ひとりごと

2009年11月12日 (木)

力なり

こんにちは、西山です。

久しぶりに、リアルタイムでブログ更新しています。
このところ、西山分の更新が滞ってしまい
申し訳ありませんでした。

本日、

  10/9、15、20、23、28
  11/4、9

以上の更新を完了しました。
あいかわらずたわいもない話が満載ですが、
よろしければどうぞ。

さてさて、
さすがにこれだけ更新をためてしまったのは初めて
だったので、正直あせりました。

最初のうちは、いくつたまっているかを認識していたのですが、
途中からは、

 とにかくたくさんたまっているけど・・

とアバウトな認識になり、かなり現実逃避をしておりました。

やはり、少しずつやるのが一番ですね。

・・・・というか、日付を偽装して、過去の更新をでっち上げる
というのは、なんだかおかしいですね。

今後はなるべくこのようなことがないようにしたいとおもいます。

ということで、
更新が滞っているあいだに11月に入ったというのに
ここで勝手に

 継続

を今年の個人テーマにしたいと思います。

イメージとしては、バッターが毎日素振りをするように、
私もなんらかの「素振り」を毎日していきたいなと
思う次第であります。

正直、具体的なところはまだ見えていないのですが、
毎日かかさず、
たとえ明日、その必要がなくなるとわかっていても

 素振り

していきたいと思います。

【本日の京都】
001_5
前も取り上げました、京都の犬矢来です。
個別更新可能な、素晴らしいアイテムです。
しかし、右の部分をよく見ると・・
002_6
おわかりでしょうか。
右半分は、竹ではなく、木製です。
竹矢来でも木矢来でもどちらでもいいと思うかもしれませんが、
個人的には、

  ・竹は木にくらべ成長がはやく、わりとどこにでもあり
   入手しやすい。
  
  ・竹を加工するには、鉈とそれを扱う腕があれば十分だが、
   丸太の状態の木からこのような細い材をこしらえるには、
   現実的には大掛かりな機械に頼らざるを得ない

  ・竹矢来は節がリズムを刻み、豊かな表情を生み出している。

  ・竹は容易にしなる。

  
などの理由から、竹矢来を強く推したいと思います。
(現実に、ほとんどが竹矢来ですが・・。)

竹矢来推進委員会
西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 9日 (月)

べからず→べき

 
こんにちは、西山です。

先日私用で京都に行ってまいりました。
秋の京都といえば、見所満載ですが、
大部分の時間は他のことに費やしたため、
京都見物はあまりできませんでした。

そんななかでも空き時間にすこし街を回ってみたのですが、
残念ながら、紅葉には少し早いようでした。

せっかくなので、
紅葉狩りのかわりに看板狩りをしてきました。

001_4
002_5
003
004
005
006
007
008
009

こういうのって、日本だけなのでしょうか?

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 6日 (金)

栃木の旅 ~その1~

こんにちは。寒くなると鍋が食べたくなる、土屋です。

さて、先週末紅葉狩りと建物探訪を兼ねて、
栃木に出かけてきました。

まず、訪れたのは徳川家康の霊廟、
あるいは世界遺産として知られる日光東照宮。

Rimg0022_2
Rimg0024
陽明門。

Rimg0009
Rimg0011
三神庫。

Rimg0026
神輿舎(しんよしゃ)。

Rimg0014_2
鐘楼。

Rimg0033
石段。

実は、中学生のときに家族で訪れたそうですが、
全く記憶がなく、今回記憶が蘇ることもなく、
全てが新鮮でした。

いずれの建物も彫刻や装飾、
大斗などの組物が半端じゃありません。
規模や精密さが、徳川家の権力を感じさせます。

どこがどうすごいかうまく説明はできませんが、
とりあえずすごい!という感じは、
スペインのサグラダファミリアを見たときの感じがしました。

しかし、これだけのものを見たのに何も覚えていないとは、
中学生の時の自分は一体何を思って見ていたのだろうと、
自分の事ながら不思議に思います。

さてさて、栃木の旅は2泊3日だったため、
まだまだ続きます。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 5日 (木)

古書店にて

こんにちは、先日の季節外れの雪のせいで
連休の予定が変わってしまった金石です。

この雪が修景事業の予定をも狂わすことになろうとは...
詳しいことは後日報告があるかと思います。

さて、この連休を利用して実家へ帰省した際、
所用で東京の神保町を訪れました。

神保町といえば、言わずと知れた古書店街であります。
古書には興味ありの私ですが、
正直、どのお店にどんな本が置いてあるのか
さっぱり見当がつきません。
時間もあまりないことだし半ば諦めかけていたところに、
パッと見覚えのある店構えが目に飛び込んできました。

たしかこの店、、、
建築関係の本が割と揃っていた店だよな...

学生の頃、一度だけ立ち寄ったことのある店を
数ある古書店の中から偶然見つけ出しました。
まぁ、当時もこの界隈に関して情報を持っていなかった訳だし、
通りから目に付きやすいこの店に
ぷらっと立ち寄っただけなんだと思います。
それから10年が経ち、またもやぷらっと立ち寄ることになろうとは...

階段を地下に下りると、
所狭しと書籍が積み上げられています。
古書独特の匂いと焼け色に包まれた極小空間は、
なかなか居心地の良いものです。

棚にぎっしりと並んだ書籍のタイトルを目で追っていると、
あるタイトルの本を見つけ、そっと手に取りました。

その本がこちら。

Photo 『外部空間の設計』 芦原義信/彰国社 1975

この本、これまたちょうど10年程前に、
大学の友人に借りて一度読んだことがあります。
このイタリアの都市の地図を白黒反転させた表紙は忘れもしません。

詳しい内容まではあまり覚えておりませんが、
当時「これは良書だ!」と感じたことだけは、
今でもはっきりと覚えています。

そんないい加減な読者の私が偉そうに言うのもなんですが、
ぷらっと立ち寄った店でこんな縁に恵まれるとは!
即、買いです。
嬉しい昼休みの楽しみができました。

思いがけず古書店の魅力を体験した
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月30日 (金)

収納スペース

こんにちは。日本シリーズの行く末が気になる、土屋です。

さて、いずれはしたい家の改修に備えて、
今の家の図面をデータ化しておこうと思い、
家を建て替えた時の図面を見たのですが、
長年住んだ家ながら、改めて気付くことがありました。

収納や物置スペースが多い

ということです。
一体どれくらいの割合を占めているのかと思い、
計算してみました。

駐車場兼倉庫のようなスペースを含めると、
なんと全体の30%、それを除いても20%弱の面積を、
収納や物置スペースが占めていることが分かりました。

こうした述べ床面積に対する収納部分の面積の割合を、
「収納率」と言ったりしますが、
一戸建てなら10%程度である場合が多いようで、
我が家は多い方だといえます。

収納スペースとは別に、
各部屋にタンスや棚などを置いたりしているので、
実質的な収納スペースが占める割合は、
さらに高いと思いますが、
ほとんどいっぱいに物が入っています。

昔の農家の4つ間取りの家なんかを考えると、
ほとんど収納スペースなんてものはなく、
それだけ今の時代は物があふれていると感じさせます。

また、収納はあればあったで便利ですが、
その分他のスペースにしわ寄せが出るわけで、
収納の仕方やそれを踏まえた生活スタイルを考えることも、
家づくりの重要な要素といえそうです。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月28日 (水)

すくなくゆっくり

このところ取り組んでいるある建物の再生の仕事の現場では
できるかぎりお施主さんにも作業に参加していただいています。

その建物では、
崩れ落ちた土壁の木舞を補修し、
新たにベトを塗りなおすという作業を
お施主さんにやっていただいたのですが、
私が一通りやりかたを実践してみせただけで、結果、
立派な左官職人が誕生しました。

木舞を掻くのは奥様のほうが得意で、
ベトを塗るのはだんな様が得意と、
見事な分業体制で、
壁を仕上げていく様はとても見事なものでした。

少しの指導により、素人でもできるようになり、
基本を教えただけで、それを状況にあわせて応用することも
容易であるということ。

全てがそうだとはいえませんが、
古い建物をとりまく技術は、
プロでない人の参加を前提としたものが多く、
そういった意味では、
セルフビルド的な志向には向いているのかもしれません。

なによりお二人が楽しそうに作業している姿をみることができて
こちらも感無量でした。

出来上がりも十分に壁として機能するもので、
「綺麗さ」「平滑さ」といったところで勝負すれば
プロには到底及びませんが、
逆にプロには出すことの出来ない「作為のない痕跡」にあふれた
とても魅力的な壁になったと思います。

もうひとつ、プロとの違いは「スピード」。
速さで勝負すれば熟練の手には敵いませんが、
「スピード」が問題になるのは、それがコストに直結するからです。
しかし、自分達の手やれば、「ゆっくり」でもかまわないし、
一度に沢山の面積に手をつけようとしなければ、
膨大な作業量と作業時間に気が遠くなることもないでしょう。

だからだいじなのは、

 すくなく、ゆっくり

ということだと思います。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月27日 (火)

紅葉狩り

こんにちは。秋の夜長は眠くなる、土屋です。

さて、寒くなるにしたがって、
日に日に山の紅葉が下りてくるのが分かり、
界隈の木々もだいぶ色づいてきました。

Rimg0009
 
Rimg0010

Rimg0011_2

写真がいまいちで申し訳ありませんが、
瓦と広葉樹の取り合わせは風情があり、
とりわけ、古瓦との相性は抜群です。

紅葉のような四季を感じさせるものと、
瓦や土壁、あるいは茅葺など古来の素材の取り合わせは、
それだけで郷愁を感じさせる気がします。

今まで桜狩りには出かけたことがありますが、
紅葉狩りには行ったことがないので、
今年はどこか出かけて見たいと思っている、

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月26日 (月)

「達磨窯」準備報告 ~その2~

こんにちは、何本もの傘を事務所に置き忘れ、
肝心の雨降りの通勤時に傘がない始末の金石です。

さて、本日も達磨窯復活プロジェクトの報告です。
といっても、特に動きがあったわけではございません。
相変わらず、長い長い「許可待ち」状態は続いております。

では、何をしたかというと、
達磨窯を頭の中でつくる作業を始めました。
言い方を替えればイメージトレーニングといったところでしょうか...
工程毎の作業と仕上がり寸法を図面化してみました。

今までの調査活動の中で、既に実測図は描いていたのですが、
それはあくまで寸法を抑えただけのメモに過ぎません。
今はその寸法の根拠を必死になって探っています。

例えば...
窯の中央部に「焼成室」がありますが、
この楕円形を描く弧の形は、
白地の大きさと積み方で決まってくる形のはずです。
そのためには、我々がどういった大きさの瓦を焼くか?
あるいは我々の粘土の収縮率からして、
窯に入れる白地の寸法は約○○cm、といった情報が必要になります。

Img_7129

調査のときは、「変な形をしているな・・・」
程度に思いながら採寸していましたが、
今になってみると「なるほど!」と思えるようになりました。

まぁ、そんなことをひとつひとつ確かめながら、
達磨窯の構造を理解しようとしています。
今まで集めた「データ」を、
小布施仕様に「情報」化する作業ですね...

この作業を通して、
「わからないこと何処か?」がわかるようになってきました。
苦難の連続ですが、また一歩前進です。

同時に許可を待たずとも、
現段階で取り掛かれる作業もわかってきました。
粘土の水分が凍る冬には作業ができないので、
これからは時間との戦いです(茅刈りシーズンでもあるし・・・)。
時間が空いたときに早速取り掛かっていきたいと思います。

その様子も細かに報告しますのでご期待ください!

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月23日 (金)

もつもたない、つかうつかわない

建物をつくるとき、
我々の手で全ての作業を行うことは、
技術や資格や日程の問題などで
不可能なので、
様々な職人さんに、様々な工事をお願いします。

お願いするときに大事な事は
お金のことや会社の規模など、いろいろあると思いますが
そのなかで、「技術の問題」というのもあります。

古民家再生など、古い建物を扱う場合にはとくに、
「職人の腕」によって、その出来が左右します。

ということは、お施主さんや我々としては、
できるだけ腕のいい職人さん、技術をもつ職人さんに
仕事をお願いしたいというのが本音であり、
そういった人を探すことが我々の仕事でもあるわけです。

そんな中で最近、気づいたことがあります。それは、

職人は「技術を持つ職人」と「技術をもたない職人」
には分けられない。

ということ。
さて、どういうことか。

X・Y軸のあるグラフを思い浮かべてください。
横のX軸を「技術」軸とします。
右へ行くほど、技術を持つ職人ということです。

そして、縦のY軸を「使用」軸とします。
上に行くほど、自分のもつ技術を使う職人ということです。

これで4つのタイプ分けができたことになります。

 ①右上:技術を持ち、それを使う職人

 ②右下:技術を持つが、それを使わない職人

 ③左上:技術は持たないが、それを使う職人

 ④左下:技術を持たないので、それを使うことのできない職人

こうして分類してみると、厄介な存在に気がつきます。

 
それは②タイプ。
できればこういう職人にも、仕事はお願いしたくないのですが、
一つ救いなのは、
技術というのはある程度客観的なもので、
一朝一夕には「持つ」ことはできないけれど、
使う使わないは、職人のやる気などによって左右されることも
あるということです。

ですから我々が、職人にとって技術の使い甲斐のある「桧舞台」
を用意することができればきっと、
②から①へと変わる職人もいることでしょう。

そういう仕事も、時には必要になるのだと、思います。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月22日 (木)

試掘調査

こんにちは。めっきり寒くなりましたね。土屋です。

さて、ちょっと前のことになりますが、
達磨窯の建設予定地にて試掘調査が行われました。

なぜ、掘調査を行うことになったかといいますと、
小布施町役場に開発許可の申請書を提出した際、
建設予定地が「埋蔵文化財包蔵地」なるものに該当するため、
掘削を伴う工事を行うためには調査が必要ですよ、
とのご指摘を頂いたためです。
そして、もし土器などの遺構が発掘されようものならば、
工事をストップし、本格的に発掘調査を行うというのです。

工事ストップになろうものならば、
ただでさえ申請手続きに時間がかかってしまっている上に、
さらなる計画の遅れとなってしまいますので。
何も出ないように祈りながらの調査となりました。

Rimg0040

調査は、県の教育委員会(埋文センター?)から、
資格を持った調査員の方がいらして行うのですが、
おそらく出ないだろうとの判断なのか、
重機を使っての試掘となりました。

Rimg0039

Rimg0044

数10センチ掘るごとに、
調査員の方が土の成分や、遺構の有無を確認していきます。
上の茶色の部分が表土、
その下の黒い部分は植物などが腐敗してできた堆積層で、
底に近い辺りのように砂利が多いところには、
人が住んでいたとは考えにくく、まず遺構は出ないだろう、
ということですが‥

Rimg0048

今回の工事で掘る予定の1m掘ったのがこちら。
調査員の方が言うとおり、無事何も出ませんでした。
出たものといえばビニール袋と塩ビパイプくらいで、
遺構どころか、現代のゴミが出てきました。

心配の種が一つ消え、
あとは開発許可が下りるのを待つだけです。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月20日 (火)

セミの抜け殻

こんにちは、西山です。

最近気づいたのは、

 実家ではセミの抜け殻をよく見る

ということ。

こちらにくらべ、セミがたくさんいるのか、
はたまた我が家がセミのメッカなのか、
とにかくよく見ることに気づきました。

07  
2007夏

09  
2009夏

そんなセミの抜け殻をみて、思いました。

あぁ我々はセミ本体を見ている時間よりも、
その抜け殻を見ている時間のほうが長いのかもしれないなと。

夏の一時期だけしかみることのできない「本体」
にくらべ、「抜け殻」は比較的長い間その場にとどまり
我々の目に飛び込んできます。

ということはです。

「抜け殻」は決して「本体」ではないが、
「本体」よりもその存在を示している。

といえるのかもしれないな、と。

以上。
結論は何もありません。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月19日 (月)

茅場@木島平2009

こんにちは。ここ数日で見事にリバウンドした、土屋です。

さて、先日、木島平の茅場の様子を見てきました。

Rimg0038

100_3824

上の写真が今年の写真で、
下の写真が昨年の11月中旬の写真ですが、
比べるとまだ茎も葉も青々としていて、
刈り取りまでにはもうしばらく時間がかかりそうです。

見に行った際、この土地の持ち主のおばあさんに、
この土地について、いろいろ伺うことができました。

終戦後、中国から帰ってきたおばあさんとご主人が、
もともと山だった電気もきていないこの土地で、
ランプ生活をしながら何年もかけて開墾をしたそうです。
重機や耕運機が満足になかっただろう時代に、
これだけの面積を開墾するのはどれだけ大変だったことか、
容易に想像がつきます。

そして、いろいろな作物つくりに挑戦し、
この辺りでいち早くズッキーニの栽培などもしていたそうです。

現在、おばあさんは一人暮らしで、
冬場の間だけは雪が多いため、この土地を離れるそうですが、
決して利便性のよくないこの土地に住み続けているのは、
この土地への愛着や思い入れが強いからだと思います。

この土地で茅を刈り取らせてもらえることに感謝するとともに、
ここで刈り取られた茅がどういった建物に、
どのように使われたのか伝えることで、
少しでもおばあさんに喜んでもらえたらと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月16日 (金)

継続のパワー

こんにちは、試験前の追い込み真っ只中の金石です。

昨日、約1ヶ月の間我々が関与したとある仕事が完了しました。
本日の内容は、そこで知り合った方たちへの感謝の意も込めて
かなり私的に綴りますので、そのつもりで。
あしからず...

実は我々修景事業の面々は、
お互いの作業の様子を考慮しながら、
約1ヶ月の間一人ずつ一週間交代で
とある工場の作業を手伝っておりました。

「慣れない作業を手伝う身分」の私にとって、
1週間という時間は果てしなく長く遠い道程です...

そう自分で思っていたせいか、
最初の1週間はその日その日が終わることで頭が一杯。
自分の担当する作業を1日行い、
1日が終わると「あぁ~、背中痛ぇ」なんて言いながら、
「今週もあと2日かぁ」と自分の残りの作業日を
カウントダウンして過ごしていました。

 割と単調な同じ作業を1週間繰り返す

考えてみたら「茅拵(ごしら)え」以来の経験です。
そして、初めの1週間を終えた時点で大事なことを思い出しました。

 単調な作業の本質は、全工程を体験して初めて見えてくる

「塵も積もれば山となる」という言葉に例えるならば、
一度「山」を経験してみないうちは、
「塵を積もらせている作業」の本質が見えてこない。
そんなことを茅拵えのときに思いました。

茅葺きの場合、「山」は茅葺き屋根を完成させること。
「塵を積もらせている作業」は延々と続く茅刈りや茅拵え作業。

単調作業は、ひとつひとつの作業の質もさることながら、
「継続すること」が膨大なパワーを生み出します。
一連の作業に関わって初めてそう思えるようになりました。

人々を惹きつける茅葺き屋根の美しさは、
実はこうした「継続」のパワーがあるからだ、
というのが茅葺きにおける私の自論です。

で、それを今回のお手伝いをした私に当てはめてみると、、、
恥ずかしながら「塵と格闘している人間」でした...

というわけで、次に回ってきた順番のときには、
そんな反省をこっそりと懐にしまいながら1週間作業に挑みました。

僕ら以外はほとんど1ヶ月間この作業を続けている方たちです。
1週間単位で作業に取り組んでいる私と、
1ヶ月単位で作業に取り組んでいる周りの人たち。
「同じ作業でも、きっと見えている景色も違うんだろうなぁ」
そう心の中で思いながら、
尊敬の念も込めてその作業の様子をそっと横目で追っていました...

今回お世話になった工場の皆さん、
皆さんは本当に「カッコイイ!」、そう心から思います。
こうして大切なことを思い出せたのも、
皆さんが用意してくれた環境のおかげです。

本当に本当にありがとう。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月15日 (木)

前提とするものの違い

こんにちは、西山です。

先日、実家の稲刈りに参戦して参りました。
稲刈りをするのは随分久しぶりだなと思って、
考えてみたらなんと
前回は(おそらく)小学生時代のこと・・。

15年以上ぶりの稲刈りとなりました。

さて、
現代では、稲作の機械も便利なものがあるので、
コンバインなんかをつかえば
稲刈りも楽々と終わってしまうのでしょうが、
我が家の田んぼでは、
ベテランの機械たちが依然として活躍しておりますゆえ、
バインダーで刈った稲を、はぜにかけて干し、
ハーベスターで脱穀するという、少々手間のかかる工程で
行われています。

手間がかかるといっても
刈り取るのは機械がやってくれますので、
私の仕事といえば、
刈り取られた稲束をはぜにかけたり、
はぜを組んでいったりという
それほど力を必要としない作業でありました。

我が家の田んぼは、自家用・親類縁者用のお米を
つくっているだけなので、
広さとすればそれほどでもないのですが、
バインダーで次々と刈られていく稲を見て、

 これを全部鎌で刈れって言われたら・・断ろう。

という強い決意をもちました。
とはいえ、先人たちは当たり前のように鎌で刈っていたわけで、
そう思うと、その苦労に頭がさがります。

 昔は便利な機械が存在しなかったのだから、
 それが当たり前で、特段苦労ということはなかった

と言われてしまえばそれまでですが、
すごく簡単にまとめてしまえば

 前提とするものの違い

ということになるでしょうか。

先人たちは、

 自分の身体が前提

であったわけです。ですから身体を動かし、道具を使って
なんでもやっていました。

ですが、我々世代になるともう

 便利な機械が前提

ということになるわけです。
人間の何倍のスピードで作業する機械や
何十馬力もあるような重機を前提として作業を進める・・。

そのことが悪いわけではないですが、
個人的には

 機械を前提とするということは脆い

と思うのです。

これまたすごく簡単に言ってしまうと

 機械がなければなにも出来ないでしょ?

ということなのです。
そして、

 機械ありきでは、身体に知恵は蓄積されにくい

ということも、感じるようになりました。

最近、
公私にわたり様々な大先輩達と付き合う機会を得て
つくづく思うのが、

 彼らは本当の「知恵」を持っている

ということです。
それは個人差こそあれ、ある世代以上の方々に
共通のことであるように思います。

そこにはやはり

 自分の身体が前提

ということが原因としてあるのではないかと
私は思います。

【本日の一枚】
091_4
我が家の稲刈り風景
長野では鉄製のはぜ棒の足をよくみかけますが、
あちらでは依然として、雑木や竹製のものが主流です。

私がたてた足のいくつかは、
脱穀を待たずして倒れてしまったと
後日報告がありました。

来年の課題とします。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月14日 (水)

千曲市・稲荷山養護学校

こんにちは。先日、町内運動会で張り切りすぎて、
いまだに足に張りがある、土屋です。

さて、先日千曲市に所要で行った帰り、
偶然前を通りかかった稲荷山養護学校を見てきました。

Rimg0008

Rimg0012

Rimg0028

Rimg0019

設計は、地元千曲市出身の北川原温氏。
外壁や構造材には長野県産のカラマツが多く使われた、
黄色い特殊な形をした屋根が大変印象的な建物です。

カラマツ板の木目や節の感じが、非常に温かみがあり、
また、屋根に関しては、写真で見るより、
現地で見たほうがかなりインパクトがあります。

この建物は公共建築になりますが、
従来多かったようなRC造でなかったり、
斬新な色使いは、これからの公共建築を考える上で、
新しい指標になるんじゃないかと思います。

ちなみに、公募型プロポーザル方式で行われた、
設計者選定の最終プレゼンの内容がこちらで見ることができます。

今回は、授業もしているようだったので、
外からみて回っただけですが、
周囲の街灯や施設も統一されたデザインが施されています。

Rimg0018

Rimg0020_2

HPで他の写真を見てみると、
内部の構造材の組み方やデザインも見ごたえがありそうです。
ぜひ、機会があれば中も見学してみたいものです。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 9日 (金)

大きさを揃えること

こんにちは、西山です。

先日、自分が使っている電卓と携帯電話のサイズが
ほとんど同じ大きさだということに気づきました。

001_2
002_2
こちらがその写真。
こちらがその写真。
すこしわかりにくいですが、
どちらの写真とも、
黒い携帯電話の上に、白い電卓が乗っています。

厚みこそ違うものの、
平面的なサイズはほぼ一緒です。

おそらく両者をデスクの上においた状態で作業していて
何かの拍子に重ねてしまったところ
この事実に気づいた
ということだと思うのですが、記憶が定かではありません。

しかし、このことに気づいたときには、
なんだかうれしかったですね~。

そのことだけはよく覚えています。

上記のことは、

 両社のデザイナーが意図的にサイズをあわせた

ということではなくて、
純然たる偶然の出来事であるとは思うのですが、
物のサイズをあわせていくということは、
様々な可能性を秘めていると思います。

現在取り組んでいる再生の現場では、
お施主さまが、壊されてしまう古民家などから
譲り受けた床板や木製建具を
出来る限り再利用することを試みているのですが、
ここで大切になるのが「サイズ」であると、
身にしみて感じました。

民家は基本的に尺貫法に則ってつくられていますから、
床板などを再利用する際には、
長さを調節することなくそのまま使うことができるわけです。

また、建具にしても、
幅は尺貫法に基づいた柱間隔によって、
いくつかのバリエーションに大別することができますし、
高さにしても、「五八(ごはち)」と呼ばれるような
5尺8寸という高さが一つの基準となっていますので、

 あっちの建物から持ってきた建具をこっちのたてものへ

ということが、何の不都合もなく、簡単に出来てしまうわけです。

再利用に耐えうるだけの丈夫なつくりであるとか、
無垢材を使用しているだとか、
他にも重要な要素はありますが、
これからの「持続可能な社会」とか「長寿命住宅」といったものを
考えていくには、

 大きさを揃えていくこと

が、一つの突破口となるような気がしてなりません。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 8日 (木)

小諸市・小山敬三美術館

こんにちは。胸囲と腹囲が同寸だった、土屋です。

さて、前回ご紹介した懐古園のすぐ隣には、
村野藤吾氏設計の小山敬三美術館があります。
建物の内部の意匠は、凝ったつくりをしている訳ではなく、
あくまで主役は「絵」である、といった感じです。
ちなみに、私が一番気に入った絵は、
パンフレットの作品一覧表には載っていない、
小山氏が中学生の時に描いた絵でした。

外観はというと、
こだわりのディテールが満載といった感じです。

Rimg0038_2

Rimg0043_3

Rimg0044_2

Rimg0046_2

Rimg0048_2

庭を眺める顔のように見える壁やえぐられたような壁、
開口部の取り方や地面と壁の関係性など、
私にははかりきれませんが、内部のシンプルさとは対照的に、
設計者の想いが全面に出ている気がします。

一つ、関係があるかは分かりませんが、
地面から這い出たような反りのある壁の感じは、
東御市の春原家住宅で見た土蔵に似た印象を受けました。

建物自体は、築30年以上が経ち、若干古びた感じはありますが、
その意匠には新鮮さを感じました。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 7日 (水)

「美味しい」の要素 ~その2~

こんにちは、目薬の蓋をしっかりと閉めていなかったために、
ポケットの中がビシャビシャになってしまった金石です。

前回のブログの続きです。

胸焼けの原因が、
「実の部分だけ」になった大量の農産物をずっと眺めていたこと
でることを気付いた私は、
性懲りもなくさらに思いを廻らせました。

「実の部分だけ」ということは、
ある見方をすれば、食品としての「純度が高い」
ということになると思います。
そういった観点で、今回の出来事を見直すと、

 「純度が高い」 → 「美味しい」
 と直結すると思っていたが、実はそんなことはなかった

といったところでしょうか?
これを逆の見方をすれば、こんな関係が見えてきます。

 「食品としては不要な部分」 → 「美味しい」
 
つまり、今回の場合で言うと、
「食品としては不要な部分」は、
機械で自動的に剥かれた「皮」が該当します。
この「皮」を含めた映像イメージこそが、
「美味しい」気持ちを誘っているのでは?と思ったのです。

例えば...
ミカンをイメージします。
ひとつは黄色い皮に包まれたままのミカン。
もうひとつは黄色い外皮を剥いた状態のミカン。

かなりの確率で前者の方が「美味しさ」を誘うのではないでしょうか?
「美味しい」と言いながら口にするのは後者の方なのに...

そうか、不要な部分にこそ「美味しい」の要素が隠れているんだ!

と、他人から見れば「だからどうした?」的な発見で
いささか興奮気味の
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 5日 (月)

小諸市・懐古園

こんにちは。2週間で4,5キロの減量に失敗した、土屋です。
ただ、ジョギングは続いております。

さて、東御市を過ぎて、お隣の小諸市では、
桜や紅葉で有名な小諸城址・懐古園に立ち寄りました。
周囲が断崖の園内に入ると、立派な石垣や三門が残っています。

Rimg0056

Rimg0066

Rimg0069

駅から専用の通路を通ってくると、三門の目の前に出たり、
園内には遊園地、動物園、藤村記念館があったりと、
小諸のランドマークであることが伺えます。

また、一角には復元されたものか、
どこかで見覚えのあるような茅葺の四阿が建っていました。

Rimg0057

Rimg0060

このようにいろいろある園内には、
たくさんの緑や、芝生の広場もあったりして、
これからの紅葉シーズン、
子供から年配の方まで一日過ごせる場所ではないかと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 2日 (金)

「美味しい」の要素 ~その1~

こんにちは、雨で稲刈りに参加できなかった金石です。
毎年楽しみにしているイベントだっただけに非常に残念です。

さて、最近とある食品の加工現場に顔を出しておりました。

食品加工の現場だけあって、
その工場にはある特定の農産物が
山のように積まれております。
そこで絶え間なく稼動する加工機械の横で
ずっと作業をするという環境にしばらく身を置いておりました。

当初は自動的に皮を剥いて、
食品として必要な実の部分だけにする機械を
驚きと共に新鮮な気持ちで見ていたのですが、
人間、不思議なもので、
その状況がずっと続くと、考えも変わります。

私の場合、、、
機械を通して実だけになったその農産物の山を見て、
軽い胸焼けに近いものを催しました。

 普段美味しく感じるものでも、
 日常生活で扱う量を大幅に超える量を目の前にすると、
 見ただけで胸焼けを引き起こす。

不思議な現象を身をもって体験しました。

でも、これって「量」だけの問題でしょうか?
なにか腑に落ちないものを感じた私は、
後からよく考え直してみました...

そして、あることに気付いたのです。
それは、

 皮を剥く前段階の農産物の山を見たときには
 胸焼けを起こさなかった

ということ。
このときはむしろ「美味しそう」と思ったくらいでした。

つまり、「実の部分だけになった」大量の農産物を見たことで、
私は胸焼けを起こしたのだ、ということに気付いたのです。

一見、不要なものを省いた実だけの方が
「美味しそう」の気持ちに直結しそうなものですが、
人間の感覚とは繊細なもので、
そう簡単にはいかないようです。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 1日 (木)

知恵と知識

知識よりも知恵を身に付けたいと
常日頃思っている。

ある時代まではきっと、
知識の絶対量が賢さの象徴であったのかもしれない。
しかし今や、インターネットという、
誰もが簡単にアクセスできるところに
それこそ膨大な量の知識が蓄えられているので、
ほしい知識はそのつどそこから得られ、
自分の頭のなかにどれだけの知識があるかということは
あまり問題ではなくなった
と言えるのではないか。

前回のブログでも少し書いたが、
先日の高野登氏の講演会の際に、高野氏が

 現代は、量の争いをしても何もかわらない世界に
 なってきている。
 これからは量ではなく、質の勝負になる。

という話をされていて、水を例にとり、

 水は0℃~99℃まではただ熱い水になっていくだけだが、
 99℃からたった1℃上がって100℃になると、
 水は蒸気となり、動力になりうる。

 つまり、0℃~99℃までは量の争いであるのに対し、
 99℃から100℃への変化というのは、
 質の変化である。

と。そして、

 量を変えるのは、知識の勝負であるが、
 質を変えるのは、知恵の勝負だ。

とおっしゃっていた。

私はこれに、激しく同意する。

最近、知恵の塊のような素晴らしい人と出会うことが
頻繁にあり、なおさら知恵の大切さを実感している。

辞書にはこうある。

 【知識】
 ものごとについて知っていること。
 また、わかっていることの組織的な内容。

 【知恵】
 ものごとの道理をわきまえ、正しく判断したり、
 適切に処理したりする能力。

 (大野晋『角川必携国語辞典』871頁、866頁引用)

この説明にはまいった。

ある事態に遭遇したときに、
過去に同じ事態に遭遇していれば、
知識というのは役立つのかもしれない。

しかし、未曾有の事態に遭遇したときに、
頼りとなるのは知識ではなく
知恵ではないかと、私は思い至っていたからだ。

古い建物を繕う仕事をしていると、
セオリー通りにはいかない事態に遭遇することが
しばしばある。

そういうときに頼りとなるのは知恵であると、
最近、立て続けに実感した。

だから私は、
知識よりも知恵を身に付けたいと
思っている。

西山哲雄
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月30日 (水)

東御市・春原家住宅

こんにちは。ジョギング三日坊主は避けた、土屋です。

さて、前回ご紹介した東御市の児玉家住宅のすぐ近くに、
重要文化財・春原家住宅もあります。

Rimg00162

10.5間×4.5間という大きな茅葺寄棟の建物は、
外観からして、いかにも農家住宅といった感じです。
戸が全てしまっているうえに、すぐ隣には民家があり、
なんだか中には入ってはいけないような気がして、
小さな窓から中を覗いて見てきました。

「旧~家住宅」というように、「旧」は付きませんが、
現在は人は住んでいないようですが、
中を覗くと若干の生活感が感じられます。
カマドのあるダイドコがあったり、
中もまさに農家住宅といった感じです。
ちなみに、調べてみると、いつでも無料で見学できるようです。

この母屋の裏側には土蔵があるのですが、
個人的にはこの土蔵の方が魅力的でした。

Rimg00152

Rimg00142

Rimg0010

こじんまりとした大きさの茅葺屋根に、
地面から這い出たよおうな、緩やかな反りのある土壁、
全てが土で覆われた庇屋根など、全体的にかわいらしい感じで、
今まであまり見たことないような気がします。

この春原家住宅や、前回の児玉家住宅の他にも、
文化財の指定は受けていませんが、
現在も人が暮らしている古い建物が、
この集落にはたくさんあるように感じました。

Rimg00282

ゆっくり散策してみるのも楽しいかもしれません。
またあちら方面に用事で行った際には、
今度は違った地区も回ってみれたらと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月29日 (火)

建物の硬さの違い

こんにちは、右手の親指が痺れ続けている金石です。

日曜日にとある単純作業を長時間行ったところ、
力任せに酷使し続けた親指が痺れてしまい、
それが未だに治りません。
やはり「力任せ」ではなく、「コツ」を掴むことが重要です。

さて、先日ユニットバスを新たに設置する工事で、
既存の浴室を解体する機会がありました。

1坪の空間に目一杯のサイズのユニットバスを納める為に、
壁床のタイルとモルタル下地を綺麗に取り除く必要があり、
ハツリ機を手にして「ダッダッダッ」とやっていたわけです。

まぁ、当然の話なんですが、
ブロックに塗られたモルタルなんかは
なかなか剥がれなくて結構苦労します。

で、私は
「建物を解体するって大変だなぁ」
と誰でも言えるありきたりな感想を抱きました。

ん???

ここであることに気付きました。

今まで解体作業なるものは何度か経験してきたのに、
こんな感想はあまり持たなかったような...

そう、今まで行った大半の「解体作業」は、
「古民家」と呼ぶにふさわしい建物ばかりで、
その多くがバール1本さえあれば、
次々と解体できるようなものでした。

あぁ、そうか!
昔の建物の素材と現代の建物の素材では、
モノ同士の接着力が違うんだ!

これまた「そんなこと常識だろっ!」
と怒られそうな当たり前のことに気付かされました。
改めまして、
現代の建物は硬いです、はい...

でも、よく考えてみたら、
バール1本で壊れるモノのくっつき方で、
100年スパンで建っているという事実に感心します。
そんなところに人間の知恵が垣間見えて、
その奥深さを知るのでありました。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月28日 (月)

できたこととできなかったこと

こんにちは、西山です。

最近、私の周りで開催されるイベントがいろいろとあり、
ほとんど週末ごとに、何らかの催しものに出て行ったりしています。

・個人的にもかかわりのある「まちとしょテラソ」では、
 ここ一ヶ月ほどのあいだに、立て続けに行事がありました。
 
  
 高野登氏講演会・交流会

 では、これからは「量」の争いから「質」の争いになるだろうという
 特に興味深かった話のほかにも、次から次へと
 琴線に触れるお話をいただき、
 また、高野氏の本当に暖かい人がらにふれることができ、
 大変貴重な経験を得ました。

 まちとしょテラソ市 

 は、リンゴ箱1つが出店者の「店」となり、そこに並べた古本を売る
 という企画で、私は出店者として参加させていただきました。

 普段から本は好きで、よく本屋さんにも行くし、家に本も割とあるので、
 気軽な気持ちでいったのですが、
 ただただ自分の売りたい本を並べても、
 全然見向きもされなかったり、
 同じ本でも、テーマを設けて並べるなどと工夫することで、
 お客さんの注目度も上がったりと、
 「本」を介したコミュニケーションというものを
 身をもって学ぶことができ、とても面白かったです。

  
 『世界一のパン~チェルシーバンズ物語』出版記念会と原画展
 

 は、岩崎小弥太さんとミス・パウエルの絆から始まった人の輪が
 大きく結実したような、すばらしくあったかい会でした。

 そしてなにより、チェルシーバンズがおいしかった・・。
 
 ・・・・・・

 と、こんな感じで行事が目白押しでしたが、
 どれも、人との縁というものを感じる、とても小布施らしい
 行事だったのではないかと思います。

・9月19日には、今年1月の小布施ッションの講師、
 ナガオカケンメイさんの取り組み「NIPPON PROJECT」として、
 「D&DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO」
 オープンしました。

 
 前日の18日にはオープニングパーティが開かれ
 私も張り切って参加してきました。

 D
 諏訪の御柱の木遣り
 木遣り初体験でしたが、最高でした!

 D_2
 ベーコンとチーズときのこのトースト
 美味!!

・まだ会期中ですが、
 益子で「土祭」が開催されています。

 少し前にこの祭の情報を知ってからというもの、
 行ける機会を虎視眈々と狙っていたのですが
 残念ながら叶わぬ夢となりそうです。

 本当はシルバーウィーク中に行くチャンスがあった
 のですが、
 私が漠然と描いていた益子へ道程にくらべ
 ずいぶんと時間がかかることがわかり、
 また、渋滞に巻き込まれたらそれこそ
 何時間かかるかわからないと判断して、
 その日は別の場所へ向かいました。

 そこでも、すてきなご縁に恵まれたので
 それはそれで、充実した休日になったのでした。
 
 ・・・・・・
 
 と、
 一度は諦めがついていたのですが、
 ナガオカさんの日記を読むにつけ、
 諦めきれない気持ちがふつふつと・・・。

 でも、多分いけないです。

 来年も開催されるのかわかりませんが、
 是非期待したいところです。

 そしてだれか、私の代わりに行ってきて下さる方が
 いらっしゃれば、是非どうぞ!

・少し前もブログにも書きましたが、
 現在「おぶせミュージアム」では
 「水野学展」が開催中でして、
 シルバーウィーク中には
 水野学さんと中島千波さんのトークショーが
 開催されました。

 これまた大分前から、手帳に予定を書き込み
 楽しみにしていたのですが、
 やむにやまれぬ事情により、断念しました。

 それでも残り少ない会期のなか、
 もう一度は彼の絵と対面してきたいと思います。

このような感じで、ここ一ヶ月ほどは
さまざまなイベントに顔をだし、
さまざまなイベントをあきらめ、
そんな日々を送っていましたが、
振り返ってみればなんだかとても充実していた
気がします。

願い叶わなかった諸々の事は残念ですが、
それを諦めたことで得られたものもあったわけで、
またの機会を楽しみに待ちたいと思います。

以上、超個人的近況行事報告でした。

追伸
これから先の超個人的要チェック行事としては、

 
 10/3 谷川賢作ライブ@BUD(小布施)
 10/10 秋も一箱古本市@不忍ブックストリート(東京)
 10/17・18 クラフトピクニック@あがたの森(松本)
 10/24 第4回北信濃地域づくりサミットin飯山市・斑尾高原
 10/24 WAKITA MUSEUM OF ART
      建築ワークショップ Vol.6@脇田美術館(軽井沢)
 10/31 安藤忠雄講演会@飯山
 10/31~安曇野スタイル
      唐木さち 安曇野 深秋を生ける―信州の作家とともに
                      @安曇野ちひろ美術館
 11/7・8 女子ソフトボール一部リーグ
       決勝トーナメント@京都

こんな感じです。
日にちが重なっているものもあるので、明らかに全てに
参加することは不可能なのですが、
すこしでも多くの場所へ行けたらと思っています。

きっとそこには素敵な出会いが待っているでしょうから。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月25日 (金)

東御市・児玉家住宅

こんにちは。2週間で4~5kgの減量を目指し、
最近、ジョギングをはじめた土屋です。
三日坊主にならないようにがんばりたいと思います。

さて、先日のシルバーウィークの間、
佐久に用事の途中、看板に誘われるがままに、
東御市にある、児玉家住宅という民家を見てきました。

Rimg00172

看板の案内にしたがって進んでいくと、
立派な石垣が印象的な、お城のような感じの土蔵が見えてきます。
これが、児玉家住宅です。

児玉家住宅は、国登録有形文化財に指定されていて、
敷地2千坪、宅地9百坪、十二棟からなる明治期の大きな住宅です。
文化財の住宅の中には「旧~家住宅」というように、
現在は人が住んでおらず、保存が目的の住宅も多くありますが、
この児玉家住宅は、現在も人が暮らしています。

そのため、塀越しに中の様子を見させていただきました。

Rimg00232

Rimg00192

Rimg00222

Rimg00262

(おそらく)母屋の玄関の上が出桁でせり出していますが、
こうした造りは近くの海野宿などでも見られる造りで、
この辺りの地域性がうかがえます。
正面は人が暮らしている生活感のようなものはなく、
塀の中は明治時代のままといった感じです。

後で調べて分かったことですが、
ここを訪れるつい2日前には、一般公開がされていたようで、
なんだか惜しいことをした気分になりましたが、
また、機会があれば来て見たいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月24日 (木)

情報発信と罪

こんにちは、9/16(水)のブログをやっと更新した金石です。
まずはそちらからご覧ください。

そう、何を隠そうこの私、
建物を高崎まで見に行って、
結果として建物を見れなかったのです。
それも1度ならばまだしも、2度までも...

一緒に連れて行かれた家族に対して、
これほどバツの悪いものはありません。

というわけで、この場を借りて弁明の機会を頂くこととしました。

そもそもこの「高崎哲学堂」、
もともとネット上でのインフォメーションが極端に少ないんです。

初めて訪れたときも、
「どうやら土日祝日しか開館していない」
という情報をやっとの思いで得ることができたほどで、
そこで祝日に行ったら「冬季休業」の始末。

そして今回、「冬季休業」でない「土日祝日」ということで
先日行ったら「閉館」。
正確には管理元が財団から隣接する市立美術館に変わったようで、
現在は改装中とのことです。

で、なんだか愚痴っぽくなりますが、
己への戒めの意味も込めて今回感じたこと。
それは、

 ある程度の需要が見込まれる物事について、
 情報が無いというのは、罪である。

ということ。
管理元に悪気があるわけではないのですが、
酷な言い方をするとこういうことなんだと思います。
もうそういう時代なんだ、と意外な経験から思い知らされたのでした。

≪追伸≫
なんとインターネット上で「高崎哲学堂」で検索すると、
私の以前訪問した際のブログ記事が割りと上位に登場します。
このブログもそうなるかは謎ですが、
この情報が誰かの役に立てばいいなぁと思います。

「高崎哲学堂」を訪問しようと考えている皆さん、
今年度中は改修工事中で中を見学することはできませんよ~!

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月18日 (金)

長持ちする家~番外編~

こんにちは、西山です。

先日、家づくりに関する様々なメーカーが集まる催しに
お客として参加してきたのですが、
そこでもらったとある屋根材メーカーのカタログに
こんなことが書いてありました。
(以下、商品名の部分を○○○と置き換えます)

 住まいの中でも最も過酷な条件下におかれる屋根。
 常に最良のコンディションを維持するためには
 定期的な点検が欠かせません。
 ○○○では、維持管理の目安として10年後、
 20年後の基本メンテナンスプログラムを推奨。
 もちろん点検やメンテナンス作業は、
 ○○○に精通した「○○○ショップ」の専任スタッフが
 当たります。

また、別頁には、

 住宅のロングライフ化実現に向けて

 屋根のメンテナンス方法

 補修工事などにつきましては、適切なメンテナンスを
 行うため、原則建築物を建設された住宅会社様または、
 工務店様にご相談の上、
 専門業者にご依頼ください。(原則有料となります)
 補修工事をお施主様ご自身で絶対に行わないでください。

と・・・。

これはまさに、私が前々回までのブログで危惧していた、

  「この家は200年もちます」
 と保証している会社自体が、
 200年後も存在する保証はどこにもない。

というところに、そのまま当てはまります。

・・・・・・・

やっぱりこれが、良くも悪くも
日本の「ロングライフ」な住宅をめぐる現状なのだと
実感させられた日でした。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月17日 (木)

重さを目で感じる

こんにちは。最近、自然と早寝早起きになってきた、土屋です。

さて、先日からとある作業に参加しているのですが、
その仕事の中に、ネタを18.6kgピッタリになるように、
取り分けるという作業があります。

パレットに入れられて回ってくるネタを、
スコップのような道具ですくい取って漉し機に入れ、
漉し機から出てきたネタが18.6kgになるように、
新たなパレットに取り分けていきます。

最初、結構ピッタリ賞が出るような気でいましたが、
これが、なかなか難しい!
最初に回ってくるネタの水分の含み具合が違ったり、
すくい取る道具も決まった量をすくい取れなかったり、
そして、一番の判断材料となるのが“見た目”という、
かなり勘に頼る部分が大きいのです。

重さを目で感じとる、
これができそうでできないものだなと思いました。
昨日今日で、この作業を100回弱やったと思いますが、
ピッタリが出たのはたったの2回だけです。
2回だけなのか、2回もなのかは分かりませんが‥

もう少しこの作業をやる機会があるので、
この、重さを目で感じる勘所をつかめるように、
ピッタリ賞にチャレンジしたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月16日 (水)

再・高崎哲学堂

こんにちは、「ついてない男」こと金石です。

先日の休みのこと...
我が家で「さて今日は何をするか?」となったので、
「天気も良いことだし、ドライブにしよう!」
と提案したところ、
以外にも了解を得ることができました。

ドライブといっても、
私には心に温め続けていた目的地がちゃんとあり、
家族は父親の趣味に
半強制的に参加させられてしまったわけであります。

ETC割引を使って、高速を走ること1時間半、
我が家族の載せた車は目的の高崎へと到着しました。

高崎???

察しの良い方はお気づきかもしれません。
そう、私の目的地は「高崎哲学堂」です。

以前ブログでも紹介しましたが、
実は私、前にこの建物を見に出かけて、
冬季休業で中に入れなかった経験があります。
しかも、家族で新幹線で赴いて...

で、今回、晴れて再訪問の機会を得たわけです。

Img_3829_2

右の案内板にご注目...
「高崎哲学堂は閉館致しました」とさ。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月15日 (火)

植物の奥行き

こんにちは、西山です。

ものづくりを志すものの端くれとして心がけていることは
少しでも美しいものをつくりたいということです。

そんなことはきっと、誰しもが思うことでしょう。

しかし実際、人がつくったもので
見とれてしまうくらい美しいものには、
なかなか出会わなかったりします。

それに比べると、
自然の産み出すものは、
なんと美しいものが多いことか・・。

Photo
これは実は一本の木で、
多行松と呼ばれる種類らしいのですが、
つい先日、私はこの松に目を奪われ、
思わず写真におさめました。

この造形は、人の手で産み出せるものでは
ない気がします。

たとえまったく同じ形を人工的につくることが出来たとしても
それが同じ感動を与えるかといったら
私はあやしいと思います。

このようなうつくしい自然を前に、
私の出来ることといったら、
私の作り出すものが、少しでもそこに近づけるように
努力することと、
この美しさの邪魔をせず、むしろ最大限に
生かす方向で考えることだと思います。

敬愛する内藤廣先生もの中で

 建築家は木をきるな

と書かれていますし、
古谷誠章先生の設計されたまちとしょテラソ
既存の桜の木をそのまま残すために
建物をえぐるような形で切り取り
桜のスペースを確保するとともに、
その桜を最大限生かせるような設計が
なされています。


彼らのような一流の建築家がそれだけの心遣いを
しているわけですから、
おなじところで生きるものとしては
彼らを見習って、(そしていつか追い越せるように)
頑張るしかないですね!

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月14日 (月)

はつり

こんにちは。訳あって髪の毛がゴワゴワする、土屋です。

さて、なぜゴワゴワするかといいますと、
今日はあるお宅の改修工事で、
コンクリートの「はつり」作業をしてきました。

「はつり」とは、聞き慣れない言葉かもしれませんが、
建築工事において、コンクリートやモルタルを削ったり、
切ったり、壊したりする作業のことをいいます。
私は現場に出るようになって初めて聞いた気がします。
ちなみに、漢字では「斫り」や「削り」と書きます。

今日の作業は、はつりの中でも壊す作業で、
コンクリートやモルタルをはつり機と呼ばれる工具で、
ひたすら壊していきます。
道路工事などで、アスファルトをガガガと壊しているあれです。

このはつり機と並んで、二大はつり工具ともいえるのが、
コンクリートカッターです。
壊しやすく切れ目を入れたり、細いはつりの際に使用します。
このコンクリートカッターを使用するときには、
ものすごい粉塵が発生するため、体中埃まみれになる訳です。

この二大工具のおかげで硬いコンクリートも、
手仕事で壊すことができますが、
これらがなかったら、タガネとハンマーでやることになるので、
考えただけでも気が遠くなってしまいます。

このはつり作業、削ったり壊したり大胆で豪快な作業、
というイメージをもつ方もいるかもしれませんが、
はつり屋という、はつりを専門としている職人さんがいるぐらい、
時に繊細かつ正確さが要求される作業でもあります。

今回はひたすら壊すような大胆な作業でしたが、
一日やっただけで、キーボードを打つ手がプルプルしていて、
とても専門になんてやれそうにない、

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月11日 (金)

モノの寿命

こんにちは、先程から1匹の蚊と格闘中の金石です。
このブログを書いている間は休戦中です。

昨日、とある会議に出席し、
大変興味深いお話を耳にしました。

というのも、

 樹木の寿命は原種に近いものほど長い

らしいです、一般論としては。

なるほどそうかもな・・・。
今までそういう観点を持ち合わせていなかった私は、
感心しながら妙に納得しておりました。

例えば...
お隣の高山村には樹齢200年を遥かに超えるような
「枝垂桜」の大木が点在しております。
一方で、お花見で有名な「ソメイヨシノ」は
エドヒガンとオオシマザクラの交配種とされておりますが、
その寿命は60~100年くらいと言われているようです。

植えられる環境が違うので、
一概に数字だけを比較できませんが、
「原種の方が寿命が長い」
という説は、ストンと私の中に入ってきました。

 あれこれ手を入れすぎるとどこかで無理が生じる

これってどんなの世界でも
結構当てはまっていると思います。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月10日 (木)

長持ちする家~その3~

こんにちは、西山です。

誠に恐縮ではありますが、
今回も前回の続きとなります。

・・・・・・

前回の最後にこんなことを書きました。

 「この家は200年もちます」
 と保証している会社自体が、
 200年後も存在する保証はどこにもない。

と。
各企業がそれぞれの工法や素材を追い求める中で、
この事実は、意外と重いものであるように思います。

要するに、
メンテナンスさえすればまだまだ使える家が、
それを担う企業がなかったり、
または必要な材料が手に入らなかったりすることで、
壊してしまわざるを得ない状況に
追い込まれてしまうことが起きるのではないか?
ということです。

では、そうならないためにどうすればいいのか?
それは、歴史が教えてくれる気がします。

昔(といってもひと昔程度の昔ですが・・)は、
家は、その土地にある材料を使って、
その土地の気候風土に合わせてつくられていました。

それはみなさんご存知かと思いますが、
なにせ昔は、身近にある材料といっても、かなり限られていました。

土、木、草、・・・そんな自然素材を使うしかなかったわけです。

そして、つくりかたにしても、
限られた素材を使ってその土地の気候に合わせなくては
いけませんでしたから、突飛なことはできません。
その結果、
ある範囲の土地では、どれも同じような工法による、
同じような格好の家が並ぶことになるわけです。

昔はただ「結果として」そうなったわけですが、
今と比較して考えれば、
昔は材料と技術の両方が、地域の職人によって共有されていた。
ということが言えるのではないかと思います。

だからたとえば、その家をつくった職人がいなくなってしまっても、
その土地の職人ならばだれでも、
その家のメンテナンスを引き継ぐことができたはずです。

・・要するに、

 地域として
 「この家は200年もちます」
 ということを担保する

ということが、成り立っていたのではないかと思うのです。
で、もしそうであるならば、これは、

 個人や企業として
 「この家は200年もちます」
 と担保する

ことに比べて、圧倒的に安定感があるのではないかなと
私は思います。

みなさんは、どう思いますか?

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 9日 (水)

??葺

こんにちは。今日はほとんど汗をかいていない、土屋です。
だいぶ過ごしやすい季節になってきました。

さて、先日事務所近くの界隈で、こんな屋根を見つけました。

Ca390050

建物の間のちょっとした塀ですが、
なかなか凝った屋根をしています。

Ca390051

こうした小さな板を使って葺く屋根の場合、
左右突き合せて板を並べ、上の部分を重ねて次の段を葺いていきますが、
この屋根は、板の左右に重なりをとって、
段ごとにその重なりを逆にしています。
軒先も珍しい納まりをしています。

Ca390052

以前、少し触れたかもしれませんが、
私は大学時代の研究テーマが「板葺屋根」だったため、
板で葺かれた屋根は資料でたくさん見ましたが、
この葺き方は初めて見ました。

通常の板葺の場合、上下の重なりの部分が密着することで、
毛細管現象で水を吸い上げてしまう心配があります。
そのため、通常、機械で製板した板ではなく、
手で繊維に沿って割った板の方が、
表面に適度な凸凹が生じるためよしとされますが、
この葺き方ならば、そんな心配はいらなそうです。

この規模だからできる葺き方なのかもしれませんが、
他にもあるのか、なんていう葺き方なのか、
気にかけていきたいと思います。

しかし、1ヶ月ほど前ここに来たときには、
この屋根の存在に全く気付いていませんでした。
やはり、目には入っていても認識できていないものって、
身近にもたくさんありそうです。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 8日 (火)

木材加工

こんにちは、材木屋で木材加工をしてきた金石です。

旧山田写真館の扉枠を取り付けるにあたり、
木材の発注をしたところ、
加工機を貸してくれると言ってくださったので、
お言葉に甘えて遠慮なく作業させてもらいました。

木材の加工自体は我々の加工場でもできるのですが、
作用をするスペースの広さが全然違いますので...
広~い空間を自由に使わせていただきながら、
黙々と木材加工に汗を流していたわけであります。

「汗を流す」といっても、実際に木を削っているのは、
私ではなく機械です。(当然ですけれども…)
私はというと、単に木材を機械の場所まで持っていくだけ。

「ブィ~~~ン」という轟音と共に
綺麗に寸法どおりに削られれた木材が反対側から現れ、
また別の機械へ持っていくと、
「シュィ~~~ン」とカンナ掛けした状態で出てくる。
とまぁ、こんな具合で作業は続きます。

幼稚な表現ですが、

「ブィ~~~ン」→「シュィ~~~ン」→できあがり

なんだか「レンジでチンッ」みたいですが、
これが現代を生きる私たちの木材加工です。
(これを否定する気はさらさらございません、念のため...)

よく、古民家に使われている木材に心動かされますが、
それもそのはず、木材加工に膨大な労力が費やされているんです。

そんなことがリアルな体験として少しずつわかり始めた
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 7日 (月)

長持ちする家~その2~

こんにちは、西山です。
変則シフトの結果、先週ブログの当番が回ってこず、
ずいぶんと久しぶりにブログを書く気がします。

間があいたうえでの前々回のつづきで申し訳ないのですが、
よろしくおねがいいたします。

~前々回のあらすじ~
 200年もつような「長持ちする家」を想定するならば、
 「手入れ」の思想なしには成り立たない。

 「手入れ」を前提に家を考えるならば・・・。

さて、「長持ちする家」を思い浮かべたときに
私が気になったのはこんなことです。

例えば、Aというメーカーが「長持ちする家」をつくったとします。

その家は、A社独自の「○○工法」で建てられており、
使用する材も、そのほとんどがA社のオリジナル製品。

最近の住宅産業においては、このようなことは
どこの会社でも見られる事態です。

よりよい工法を探ったり、他社との差別化のために
オリジナルの建材を使ったりすることは、
努力の方向として当たり前に思うかもしれません。

しかし、と私は思いました。

このようにして専用仕様・専用部材によって建てられた住宅は
メンテナンスするにしても
模様替え程度のものならいざ知らず、
主要部分に手を入れることになればおのずと、
その専用仕様・専用部材ありきになってしまうと思うのです。

つまりは、その専用仕様を理解する会社が、
専用部材を用いてメンテナンスする、と。

これはこれで、メンテナンスとして成り立っているように
思えますが、
なにせここで想定している「長持ちする家」は
200年という長いスパンで考えていますから、
このような「閉じたサイクル」は危険なのではないのかと
私は思うのです。

つまり、上記の例でいうならば、
200年の間に、
専用仕様を理解する会社が潰れてなくなってしまったり、
専用部材が「廃盤」になってしまったり、
もっといえば、
おおもとのA社自体がなくなってしまった場合に、
専用仕様・専用部材ありきのこの住宅のメンテナンスは
立ち行かなくなってしまうのではないでしょうか?

要するに、この家の「長持ち」を担保するものは、
A社であり、限られたメンテナンス会社であり、
専用部材であり、
そのうちのどれが欠けてしまっても
この「閉じたサイクル」は破綻に向かうでしょう。

・・・・・・

すごく強引に、一言でまとめてしまえば、
私の不安は、

 「この家は200年持ちます」
 と保障している会社自体が、
 200年後も存在する保証はどこにもない。

ということなのです。

つづく

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 4日 (金)

茅場@高山村2009

こんにちは。昼間あまり動いていなくても、
ついつい夕食を食べ過ぎてしまう、土屋です。

さて、9月に入り一年の3分の2が過ぎました。
田んぼの稲は頭を垂れ始め、秋の気配を感じる時期になりました。
そうなると気になってくるのが、茅の成長具合です。

今年は夏雨が続き、寒暖の差がないなどの天候の影響で、
農作物に影響が出ているなどのニュースを耳にしていたので、
茅にも何か影響が…と思い高山村の茅場に行ってみると、

Rimg0013
Rimg0012
Rimg0015

天候の影響も何のその、モッサモサ元気に生えていました。
株も例年と変わらない大きさのように思えます。
茅の隣では稲も元気に育っていました。
ただ、場所によっては風の影響か、
はたまた、成長のしすぎか、動物の仕業か、
倒れてしまっているところもありました。

Rimg0017

そして、もう一つ気になることが。

Rimg0021_2

去年は茅で埋め尽くされていたところが、
元の畑の姿に戻ろうとしていました。
休耕地になっているよりいいことだと思いますが、
複雑な心境です。

こうなると木島の茅場の様子も気になりますが、
また時間があったら見に行ってみたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 3日 (木)

塗料の臭い

こんにちは、久しぶりにペンキ塗装をして
鼻の奥がずっとシンナーの臭いがしている金石です。

いやぁ~...

皆さんも一度は嗅いだことがあるであろうペンキの臭い、
しばらく作業していると頭が痛くなりますね...
今日なんか作業場所が天井付近だったもので、
その臭いが作業空間に充満して、もう...

たかだか数時間のペンキ塗装でこんな具合ですから、
間違いなく私は塗装屋さんにはなれそうにありません。
でも、冷静に考えると、
以前からこんなにシンナー臭に敏感ではなかったように思います。

ペンキを塗りながらその原因を探っていたところ、
思い当たる節が見つかりました。

それは「古色塗装」。
思い返せば最近の塗装工事といえば専らこちらでした。

古色塗装では、主な臭い成分は「柿渋」です。
もちろん、シンナーとは無縁の存在。
確かに、柿渋も独特な臭いを発しますが、
塗料にする段階で水で薄めたりするので、
匂いの強烈さではシンナーの比ではありません。

まぁ、私という人間はペンキよりも柿渋などを好む人間なので、
正当なジャッジが下せないのかもしれませんが、
実際に両方の塗装をある程度経験した中で言えることは、

古色塗装の柿渋臭は初日に気になるだけであとは慣れる。
しかし、ペンキの臭いはいつまで経っても慣れることはない。

「臭いに慣れる」ってよく考えたら変な話ですが、
でも、本当にそんな感覚なんです...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 2日 (水)

本当にエコなモノ 

こんにちは。涼しいところで作業をしているのに、
一人滝のような汗をかいている、土屋です。新陳代謝、活発です。

さて、近年は省エネルギーや低汚染などの、
いわゆる“エコ”な製品があらゆる分野で開発されています。
先日もテレビで、「自動調光ガラス」なるものの特集をしていました。

今回特集していた自動調光ガラスとは、
まだ、製品化はされておらず、開発途中だそうですが、
ガラス自体にあらかじめ特殊なコーティングをしておくことで、
気温の変化によってガラスに皮膜が生じることで紫外線の進入を調整し、
夏は熱を通さず、冬は熱を最大限とり入れることができるそうです。

大学の講義での先生の話をあまり覚えている方ではありませんが、
こうしたエコな製品の話題を見ると、いつも思い出す話があります。
それは、環境設備の講義で、太陽光発電パネルについて、

 太陽光発電パネルは取り付けてからはエコかもしれないが、
 そのパネルをつくる際には莫大なエネルギーを消費しているし、
 処分もできないあんなもの、エコでも何でもない

というような話です。もう何年も前のことなので、
話が大きくなっていたり、状況も変わっているかもしれませんが、
たしかに、考えられないことではないことだと思います。

太陽光発電パネルの場合、
つくるのに100のエネルギー(電力)を消費するとします。
そのパネルを購入した人は、
パネル設置以前より、年間10のエネルギーを削減できたとします。
すると、購入した人にとっては、
その分お得で環境への負担を減らすことができます。

しかし、トータルで考えると、処分のことを考えなかった場合、
10年間使用してはじめて、つくった際のエネルギーを回収でき、
10年以上使ってはじめて環境にやさしくなっていくわけです。

これは例えばの話ですが、
本当の意味での“エコ”を考えるならば、
つくってから処分するまでをトータルで考える、
先生はきっとそういうことを言いたかったんだと思います。
やはり、授業をまじめに聞いていればためになるものですね。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 1日 (火)

規格化の効用

こんにちは、髪を切ったり頭にタオルと巻くと
娘に大泣きされる金石です。
些細なことで「父親」と認定されなくなる
なんとも肩身の狭い男です。

さて、ここのところ色々な用事が重なって、
古い建具を数多く目にします。

当たり前のことですが、
昔の建具、さらに大きく言えば建物全体は、
ある程度大きさの規格が全国共通で定められており、
結果として、建具なんかは再利用の利く場合があります...

今、私は何気なく「結果として」と表現しました。
実際、古民家再生の現場などでは、
こうした建具を再利用できます。
現代の私たちの感覚では、
「たまたま我が家の開口部と大きさが合うから」という感覚で、
「結果として、再利用...」という表現が
結構しっくりくるかと思います。

でも、本当に「結果として」なのか?

そんなことが気になり始めました。

そもそも、規格化ってどういうこと?
考え始めたら、そんなところから疑問になります。

確かに、何らかの規格が存在すれば...

例1)木を切り倒して製材するとします。
   本来であれば、注文された大きさに
   木割りを施してそれぞれの材を納めるところを、
   規格が存在すれば、
   この大きさに切っておけば柱材、
   残りのこの部分では間柱材になるな、
   と、あらかじめある程度の計算が立ち、
   材のストックが利くようになります。

  →要するに流通に乗せやすくなります。

例2)今度は大工さんの気持ちになってみます。
   家をつくるのに毎回つくりも納め方も違えば、
   仕事の度に新しいことへのチャレンジで負担大です。
   でも、規格が存在すれば、
   基本的なつくりや納め方は同じになり、
   技術の応用がしやすくなります。

  →要するに技術が体系化します。

さっとこんなことが想像できます。
この考え方は現代社会でもよくみられるかと思います。

で、今日私が言いたいことは、
規格化の最大の効用のひとつに、

 材の再利用が可能となること

が挙げられるのではないか?ということです。
先程例に挙げた建具のように、
規格化すればその再利用が容易なことは
簡単に想像がつきます。

昔の人は「材の寿命>建替えのサイクル」
ということをよく知っていて、
再利用しやすくするように規格化したのでは?
そう思えてくるのです。

そして、これが肝心なこと。

 この考え方って現代に通ずるものでしょうか?

どっぷり使い捨て文化の中で生きている
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月31日 (月)

サンアップル

こんにちは。私たちが仕事をしている事務所は、
夕方の涼しくなってくる時間帯に30度を越えます。土屋です。

さて、先日、日頃の運動不足を解消しようと、
長野市にあるサンアップルという施設に行ってきました。
ここは障害者福祉センターで、スポーツや文化活動を通じ、
健常者と障害者の垣根なく、親しくふれ合おうという施設です。

休日だったこともあり、施設は大勢の方で賑わっていました。
体育館では、中学生や小学生がバスケットをしていて、
それを車椅子の高齢者の方が見ていたり、
テニスコートでは車椅子の方がプレーしていました。

私は主にジムで筋トレなどをしていたのですが、
隣では車椅子の方もトレーニングしていて、
こういう状況って今までにはなかったな、思いました。

小学校や中学校の時は、特別学級があったので、
一緒に授業をすることはあまりありませんでしたし、
今、普通に生活している分には、まずこうした状況はありません。

そのためか、障害を持った方を見かけると、
何か意識をしてしまったり、
大丈夫かな、手をかした方がいいのかな、と思っても、
結局何もできない、ということがたまにあります。

そんなとき、こうした施設があることで、
小さい頃からお互い身近に感じることもできるでしょうし、
どんなことができて、どんなことが困難なのかということに、
自然に気付けるようになるんじゃないか、と思いました。

とはいっても、私がここに行く理由は、
プールや体育館、トレーニングルームなど様々な施設が
格安で利用できるところですが、
こうした施設がもっと増えてくればいいなと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月28日 (金)

きりがある

こんにちは、西山です。

・きりがないという言葉があります。

 どういう意味か、みなさんご存知でしょうが、一応・・

  きり【切り】
  ①続いていたものの終わり。くぎり。

  ②[「切りがない」の形で]終わりがない。際限がない。
   「いくらやっても―がない。」

            (大野晋『角川必携国語辞典』348頁)

  「きりがない」の形ではのっていないんですね・・。

 それはともかく、上の②を参照すれば、

   きりがない=終わりがない

 ということになります。
 
 この言葉は、わりと頻繁に会話のなかに登場しますし、
 ややもすれば、自分でも比較的容易に使ってしまう
 便利な言葉になっているように思います。

 しかしです。
 そういうときのことをよくよく思い出してみてわかったことは、
 本当に「切り」が無いことなんて、そうそうはない
 ということでした。

 私自身に限って言えば、
 「きりがない」と言ってしまうときは大抵そのうらに
 「面倒くさい」という気持ちがセットであるようで、
 本当は少しだけ手間を惜しまなければ、
 きりはあるのです。

 そうはいっても、本当にきりがないことも
 なかにはあるわけで、
 (いいたとえがでてきませんが・・。)
 とすれば私としては、
 「きりがない」と「きりがある」の境目を
 知りたいと思います。

 たぶんそれは、
 物事によって違うのは当たり前だし、
 個々人によっても違うはずです。

 だから私は
 「やってみなきゃわかんねぇ」精神で、
 その境目を探したいと思うのです。
 
 

・秋、大きな木の下で、次から次へ落ちてくる葉っぱを拾う。
 なんていう行為も、
 「きりがない」と言われかねないことの典型ではないかと
 思います。
 
 しかし、その大きな木についた葉っぱの数は有限で、
 一度落ちてきて拾った葉っぱは、
 もう二度と拾うことはないわけです。

 だから、本当は「きりがある」のです。

 ・・・

 単純作業の繰り返しで、心が折れそうなときに、
 よくこんなことを思います。
 

・もし池田学さんの絵を上からなぞれと言われたら、
 それは多くの人にとって、
 「きりがない」ことなのかもしれません。
 
   注)池田さんの絵は、一日根詰めて描いても
     10cm四方を描くのが限界らしいです。

 私がやれと言われても
 
  「こんなのきりがないよ・・。」

 と言ってしまうと思います。
 だけど当たり前ですが、池田さんにとってそれは

 「きりがある」こと

 なんですよね・・。

・考えてみれば、昔の職人仕事なんていうのも
 現在の基準で考えれば

 「きりがない」ことなのかもしれません。

 
 「昔の職人は、よくこんなものやったもんだ」
 「いまはこんなつくり方だれもできない」

 というような話を、建築の世界でも良く耳にします。

 ほかの世界でも、同じでしょうか?

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月27日 (木)

長持ちする家~その1~

こんにちは、西山です。

定期的にブログを書くようになってからというもの、
いつもブログのネタを探しているような気がします。

ふとした拍子に思いついた、ブログのタネを
手帳などに書きとめることもよくあるのですが、
今日はそんななかからのネタをお送りしたいと思います。

 注)かなり前のメモなので、ひょっとしたら既に書いた
   ものかもしれません。
   その場合はご容赦くださいませ。

少し前から、国が「200年住宅」と言い出したり、
そのことを受けてか、
ハウスメーカーが長寿命をうたいだしたりと
「長持ちする家」が話題になっていますが、
そんな流れのなかで、私なりの
「長持ちする家」について考えましたので、
少し披露させていただきます。

仮に

 長持ち=200年もつ

とさせていただきます。
200年の寿命をもつ家を想定したときに、
間違いなく言えることは、

 手入れすることなしに、200年もつ家はつくれない

ということです。
わかりやすいところで言えば、
お風呂や台所などの水周りは間違いなく200年はもちません。
日々のちいさな故障に対するメンテナンスや、
時には設備そのものの更新(取替)も必要になるでしょう。
そういったメンテナンスや更新を、ここでは「手入れ」と
呼びたいと思います。

そして、このことを踏まえれば、

 長持ちする家とは、
 手入れしながら使い続けられる家

といえると思います。

もちろんその前提として、主要構造部が200年耐えられるように
できていないと話にならないわけですが、
今回はこの

 手入れし続けること

に的を絞って、話を進めていきたいと思います。

・・・・・・・

さて、200年という長い間には、
上にあげた水周りなどの設備系の手入れ以外にも、
外壁周りの手入れや、場合によっては間取りの変更や
増築といった手入れも出てくることでしょう。

少しずつ手入れされながら住みつづける家をイメージしたときに、
私はひとつ、気になることをみつけました。

それは・・

長くなってしまいましたので、以下次々回に続きます!

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月26日 (水)

災い転じて福となす

こんにちは、ブログ更新忘れ常習犯の金石です。

夏の暑さも峠を越えたのか、
ジリジリと照りつけるような陽射しはなくなってきました。
今日はびっくりするくらい涼しく、
外で作業をしても汗でベタベタになりません。

さて、相変わらず写真館の塗装をしております。
塗装といっても、今日の作業を正確に表現すれば、
「洗い落とし」とでも言いましょうか...

先日、頼もしい助っ人の皆さんに手伝ってもらった
古色塗りの塗装工事ですが、
やや厚塗り加減の箇所があったため、
その部分に水を塗り、ウエスで強く拭き取ってみました。

すると、表面に粉っぽく残っていた余分な塗料が取れて、
綺麗に木目が浮き出てくるではないですか。
(すいません、肝心なその様子の写真を撮り忘れました...)

おぉ~っ!
結構良い感じだ。

今までは塗料を塗ってから、
それが乾かないうちにタイミングを見計らって拭き取る、
という作業工程でしたが、
そのタイミングは判断が難しいところです。
材によって吸い込み方が違ったりするとなおさらです。

実際、私も実際に自分でやって見せて、
「こんな感じです」としか説明できませんでした...

ところが、、、

後から水分を含ませて拭き取るだけで
こんな仕上げとなるのなら、
まずは細かい斑や拭き残しは気にせずに
ドンドンと塗ってもらい、
その後に今回の要領で拭き取る方が
仕事効率が良いかもしれません。

塗る方も気が楽ですし。
この方法ならば、大げさに言えば子供でも手伝えます。

まさに「災い転じて福となす」。
大発見でした。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月25日 (火)

住観光

こんにちは、西山です。

視界に入っていても、「見よう」と意識しなければ
「見えないもの」は割と多いと思っています。

そこらじゅうに張り巡らされた電線も、その類でしょう。

電線のように、いったんその存在に気づいてしまうと
もう「無かったこと」にはできないような厄介者もありますが、
そういった悪者でなくても、
見慣れてしまえば「背景」に埋没してしまうようなものも
あります。

私が住み、働く小布施町には、たくさんのイベントがあります。

 小布施見にマラソン

 小布施音楽祭
 
 北信濃小布施映画祭

 おぶせTシャツ畑

 安市

 境内アート

 ・・・・

少しまちを歩いてみれば、このようなイベントの告知ポスターが
そこかしこに貼られているのに気づきます。
また、そういったものに加え、
町内にたくさんある美術館などの企画展のポスターなども
これまた沢山ありますから、
沢山のポスターで彩られたお店もよく見かけます。

こんな状態ですので、これはあくまで私の場合ですが、
これらのポスターをまちで見かけても、
「見ている」はずなのに「見ていない」ことにしていると
気づきました。

新しいポスターが貼ってあっても、
イベント名などは見て、何のポスターかくらいは理解するのですが、
よく見てそれ以上の情報を得ようとするようなことは
これまであまりありませんでした。

首都圏ならともかく、
地方において自分の住むまちで、
それだけ沢山のイベントが開催されていることは、
本当はすごいことで、
大いなるチャンスでもあると思うのですが、
住んでいるまちであるが故に、それらが日常化してしまい、
実際に行こう!ということにならないのかったのかもしれません。

・・・・・・・・・

というわけで、前置きが長くなりましたが、
たまには自分のまちを観光してみようということで、
先日、おぶせミュージアムに行ってきました。

ミュージアム自体は何度か訪れたことはあったのですが、
今回ちょうど、「池田 学 展」が開催されていることもあり、
重い腰をあげるきっかけとなりました。

Photo
この「池田 学 展」のポスターも、至るところに貼られているのですが、
私にとってはすっかり「見えないもの」化していました。

ですので、池田学さんがどのような人で、
どのような表現をなさっているかたなのかとか、
この展覧会がいつまでやっているのかとか、
何も知らないままひょっこりと行ったわけですが、
結果・・・大当たりでした!!!

特に私が好きなテイストの表現だったということもあり、
それまでは名前しか存じ上げていなかったのに、
ミュージアムから出る頃にはすっかりファンになっていました。

もちろん受け止め方は人それぞれですので
皆さんにとって大当たりとなるとは一概にはいえませんが、
それでも、一度は見ておく価値のある表現だと思います。

おぶせミュージアムの回し者でもなんでもないのですが、
一個人として、お勧めしておきます。

会期も10月6日までと、かなり余裕がありますので、
よろしければぜひ。

私ももう一回くらい行きたいと思っております。

[本日の空]
Photo_2
ミュージアム前にて
Photo_3
写真にとると、電線を見てみぬふりはできなくなるようです。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月24日 (月)

安全性と景観

こんにちは。今日はTシャツだと少し寒いくらいの陽気で、
今朝いつも通り薄着で布団をかけずに寝ていたら、
危うく風邪をひきそうになった土屋です。
今年は特に季節の変わり目が掴みにくい気がします。

さて、先日、多摩川の堤防工事をめぐって、
住民通しの間で対立が起こっている、
というのをテレビで見ました。

賛成派、反対派、それぞれの言い分がありますが、
一番の対立点は、安全性か景観か、ということでした。
ざっくりまとめると次の通りです。

堤防工事賛成派の人は、生命財産を守るためには、
安全性を重視し、100年前の洪水のときの水位を基準とした、
国土交通省の設定した堤防の高さが必要であるという意見。

反対派の人は、堤防工事自体は賛成だが、
国土交通省の設定する高さや規模では、
今までの河川敷の景観や自然が崩れてしまう。
近年の洪水を基準とした、計画の半分ほどの高さでいいのではないか、
という意見でした。

注目すべきは、反対派の多くは河川の近くに住む人たちで、
賛成派の多くは河川からは離れたところに住む人たちというところです。
普通だと逆に考えてしまいますよね。
いかに河川の近くに住む人たちが
河川敷の景観や自然を大切に感じているかというのが分かります。

これを見ていてつくずく土木工事、とりわけ河川工事での、
景観の考え方って難しいな、と思いました。
規模も大きくなり、また、その規模の設定いかんで、
多くの人に影響を及ぼしますし、
意匠といった面でも苦労することだろう思います。

当事者でない私は、反対側住民の言う規模でいいんじゃないか、
と思ってしまいますが、絶対大丈夫と思えないのも事実です。
自分が住民、施行側それぞれの立場だったらどうするだろうか、
今まで以上に土木工事に、目を向けていかなければ、
そう感じさせる内容でした。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月20日 (木)

惹かれる

こんにちは、
少し前のことになりますが、流行の波に乗って
発売早々に『1Q84』を購入&読破した
西山です。

村上春樹さんが初めて小説を書いたのが29歳だと知り、
つい先日29歳に到達した私は、今年は特別な年に
なるに違いないと勝手に確信しております。

さてさて・・

先日、おぶせTシャツ畑のワークショップに行ってきました。

講師は、書道家の高橋里江先生。
今回初めてお会いしたのですが、
なかなかパワフルで素敵な先生でした。

先生の熱血指導により、「花」というテーマを
Tシャツに表現すべく試行錯誤する我々生徒達。
中には先生と熱い議論を交わす生徒もおりましたが、
最終的には、それぞれの満足する作品ができあがりました。

私はというと・・

T001
こんな感じに仕上がりました。

Tシャツ畑のワークショップには毎回参加しているので、
今回で3回目ですが、
今年が一番満足のいく出来になったと思います。

これも、里江先生の熱血指導と、
理想ベックさんのすばらしい塗料のおかげだと思います。

おぶせTシャツ畑は、
昔小布施でおこなわれていた和綿の栽培を復活させて
その和綿でTシャツをつくるという素敵な夢を描いています。

そのコンセプトに惹かれ、ワークショップなどに参加しているのは
もちろんなのですが、
それと同じくらい私がTシャツ畑に惹かれる理由は、
Tシャツにあります。

小布施Tシャツ畑では、
作品として飾られているTシャツはもちろんのこと、
スタッフTシャツまでもが、
久米繊維工業(株)さんのオーガニックコットン製Tシャツなのです。

もちろん、ワークショップに使われるTシャツも同じです。

こちらをご覧いただければわかりますが、
このTシャツは、
出来る限り環境に負荷をかけないようにつくられていて
その取り組みは非常に素晴らしいと思うのですが、
私がこのTシャツに惹かれる一番の理由は
そこではないのです。

・・・・・・・

まどろっこしくてすみません。
簡潔に述べますと、こういうことになります。

 私がこのTシャツに惹かれる一番の理由は
 その着心地である。
 そしれひいてはそれが、
 このTシャツを使用する「おぶせTシャツ畑」に惹かれる
 大きな理由のひとつとなっている。

はい、こんな感じです。
要するに、久米繊維工業㈱さんのオーガニックコットン製Tシャツは、
すこぶる着心地がいいんです!

これは、ホントにお勧めです。

つまり、Tシャツ畑に参加すれば、

 ①オリジナルTシャツが作れる
 ②かなり着心地のいいTシャツが手に入る

という、一石二鳥状態なわけです。

今年の開催はもう終わりましたが、
来年はぜひ、一緒に参加しませんか?

[本日の一枚]
T002
理想ベックさんの塗料(西山使用後)
こちらも作品と呼んでもいいくらい綺麗でした。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月18日 (火)

夏休みの出来事

こんにちは、この夏、水鉄砲を大人買いした金石です。

他の用事で立ち寄ったおもちゃ屋で偶然それを見つけました。
家族で楽しむには1~2個買えば済むものを、
「こんなものは大勢で遊んでナンボだっ!!」
と声高らかに宣言し、
近所の子供達の分まで大量に買い込んだのでした。

水鉄砲を購入した瞬間から、
頭の中はこれから繰り広げられるであろう
「水鉄砲バトル」のことでいっぱいです。
正直なところ、ここまで何か楽しみに待つという感覚を
かなり久しぶりに味わいました。

ところが...

いざ家へ帰ってくると、
これから戦闘相手になるはずの我が家の息子が
なんと遅めの昼寝に突入。

えぇ~...

息子には悪いですが、
私は先程よりずっと「水鉄砲バトル」を楽しみにしていたので、
昼寝から起きるまで気長に待ってなんかいられません。

そこで私が取った行動は...

今思えば自分でもビックリですが、
なんと近所の子供を「一緒に遊ぼう」と誘いに行ったのでした。

そんなわけで、
大人に半強制的に遊びに誘われた子供達は
次々と水鉄砲を手渡され、
戦場へと刈り出されていったのであります。

まぁ、その後の展開はご想像に難くないと思いますが...

私を含め全員が全身ズブ濡れ。
ビショビショに濡れた道路が戦闘の激しさを物語っておりました。

で、長々とかなり私的な内容の報告までして、
結局、何が言いたいかと申しますと、

水遊びは世代を超えて楽しいという事を実感した

ということなのでした。
先月の西山氏のブログの「水遊び」に対する仮説は
かなり的を得ているような気がします。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月17日 (月)

廃れる

こんにちは、西山です。

先日テレビで、
『鉄道旅行帳』なるものがヒットしているという
特集をみました。

調べてみたら、正式名は『日本鉄道旅行地図帳』でしたが、
とにかく、そのような本が出ておりまして、
なにやら売れているらしいと、知りました。

この地図帳が売れている理由はいろいろとあるのでしょうが、
個人的に気になったのは、

 全ての廃線を網羅している

というところでした。

わたくし、鉄ちゃんではありませんので、
車両の写真をとったり、廃線跡をおいかけたりという趣味は
持ち合わせていないのですが、
廃線が地図にのってたらうれしいだろうな~ということは
我がことのように、よくわかりました。

というのも先日、
このような経験をしたからです。
 
 不肖西山、
 ひょんなことから、今は廃止されてしまった某スキー場に
 行く用事ができまして、
 小布施から割と近い場所ではあったのですが、
 土地勘のない私は、いつもそうするように
 グーグルの地図でその場所を調べようとしました。

 ところが・・・、見つからないのですね。
 そのスキー場の名前を入れても

 「○○○という場所は見つかりませんでした。」

 という悲しいお知らせが出るだけで、
 それ以上の情報は得られず、
 途方にくれてしまいました。

考えてみればわかることですが、
ウェブ上では、情報が頻繁に更新されていくので、
地図ひとつとってもそれは、
出来うる限りの最新のものであるわけで、
数年前までたしかにそこに存在していたものであっても
今はないものであれば、
当然のように「最新の」地図からその情報は削除され、
それがどこにあったかを確認することさえ難しいのだと
そのときに初めて気づいたのです。

その後どうにか目的の場所を探し当てたわけですが、
そんなこともあって、
「過去の情報」をのせた「地図帳」のすごさと、
それをよろこぶであろうユーザーの様子が
容易に思い浮かべることができたということでした。

5年前の地図とか、10年前の地図とか、
ウェブで簡単に調べられるようになったら面白いですね、きっと。

西山哲雄

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月11日 (火)

続・珪藻土壁材 ~その2~

こんにちは。毎日、水分を出る以上に摂取している気がする、土屋です。

さて、前回は珪藻土の発がん性について、
肯定派と否定派で見解が分かれる、というところまで書きましたが、
今回はその続きです。

珪藻土は未焼成珪藻土あるいは融剤添加焼成珪藻土ならば、
大部分が非結晶性シリカなのですが、
焼成することで、一部結晶性シリカを生成してしまうというのです。
ここで、見解が分かれます。

発がん性がある、とする立場では、
日本で販売されている珪藻土製品材は焼成珪藻土を使ったものが多く、
その中の結晶性シリカの含有率もほとんどが定かではなく、
発がん性の疑いを否定することはできない、
=珪藻土は発がん性物質である、という見解になります。

対して、発がん性物質ではない、とする立場では、
未焼成珪藻土であれば、主成分は非結晶性シリカであるし、
仮に焼成珪藻土を使用した製品であっても、
壁に塗って固形化した状態で、規制濃度を超える量を
浮遊させることは不可能に近いということや、
適正に焼成をすれば食品にも使えるくらい安全であるということから、
発がん性物質ではない、という見解になります。

どちらの言い分も、「う~ん、たしかに」、
と思わされるものですが、心配性の私としては、
発がん性の疑いは拭いきれない、といった感じです。
確かに壁に塗ってしまえば、安全な気もしますが、
粉の状態から扱うことも考えれば、?がついてしまいます。

施工性や風合いの良さから、
珪藻土壁材に対する需要はこれからも確実にあるだろうと思います。
現時点では、選ばれる方の考え方次第、という感も否めませんが、
やはり、製品の安全性を詳しく調べることが必要そうです。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 7日 (金)

つぶやき

「普通」のことをしたり、「普通」のものを選ぶのに
理由はいらないのだ。

と最近気づかされました。

こんにちは、西山です。

「普通」という言葉はすごいおおきな力を持っている
と思います。

手元の辞書によれば、

 ふつう【普通】
 ①ごくありふれていること。どこにでもあったり、
  いつでも見られたりして、めずらしくないこと。
  また、中くらいの程度。
  まともでありこと。
  なみ。

 ②たいてい。広く、一般に。

とあります(大野晋『角川必携国語辞典』1200頁)。

ここで私が想定しているのは、②の意味での「普通」です。

たとえば、ある事柄の解決法について
AとBで迷っていても、ほかの人に
「Aがふつうだよ。」
と言われれば、それに従わない手はないように思ったり
するようなことです。

この場合、こちらが

「じゃあ、Aにする。」

といえば大抵の場合、そこで一件落着です。
そうした理由も問われません。
しかし

「Bにする。」

と答えたならば、その人は聞くでしょう。

「なぜBなんだい?」

って。
そうすればこちらは、Bを選んだそれなりの理由を
述べないと、その場は収まらないでしょう。

このことは、すごく当たり前で、
日常よくある出来事だと思いますが、
「普通」だと言う理由で、Aを選んでもいいものかと思うわけです。

この世のなかで、「普通」と思われているものには、
それ相応の理由があって、
「普通」ということになっているのだと思いますが、

 それがなぜ「普通」となったのか?
 
 いつから「普通」なのか?

 本当に今も「普通」なのか?

 そしてこれからも「普通」であり続けるのか?

ということについて、
よくよく考えてみる必要があるのではないかと、
そう思います。

たとえ結果は同じだとしても、
与えられた「普通」ではなく、
考え抜いて「普通」を獲得したいなと
今日は思いました。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

続・珪藻土壁材 ~その1~

こんにちは。ようやく夏らしい天気になってきました。土屋です。

さて、以前珪藻土を使った壁材について書きました。
その中で、「珪藻土には発がん性の疑いがある」と書きましたが、
今回は、これについてもう少し調べてみました。

珪藻土の主成分は、二酸化ケイ素という物質なのですが、
アスベスト問題に端を発して、
この二酸化ケイ素が問題になったようです。

二酸化ケイ素は、結晶性シリカと非結晶性シリカという、
異なる物性の2つに分けられるそうです。
そして、問題になるのが結晶性シリカ。
粒子の形状がアスベストに似ていて、
発がん性でもアスベストと同じランクに分類されています。
対して、非結晶シリカは発がん性があるとはいえないようです。

と、ここまではどのサイトにも、
珪藻土を取り扱う会社のHPにも共通して書かれていることです。
では、やはり珪藻土には発がん性の疑いがあるのか。
ここからが、それぞれの立場で見解が異なるところです。

というところで、聞きなれない言葉が並んで、
読むのも疲れたことと思いますし、
書いていても疲れてしまったので、
本日はここまで。続きは次回に持ち越したいと思います。
あしからず。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 4日 (火)

ちいさきもの

こんにちは、西山です。

先日うどん屋で食事後の器を返却したら、
そこに居合わせた従業員のおばさまに
「おっっっっっきいねーーーーー。びっくりしちゃった!!」
と本当にびっくりされました。

確かにちょっとしたバレー選手くらいの
身長を持ち合わせているので、
大きいねと声をかけられることはよくあるのですが、
あそこまで面と向かってびっくりされたのは初めてだったので
こちらもびっくりしてしまいました。

さて

自分に無いものを求めるということは
その対象が何であれ、良くある事だと思いますが、
私もそういうところがあるようで、
何を隠そう、ちいさいものが好きなのです。

小さな木のスプーンや、小さなガラスのビンなど、
単体で小さいものももちろん好きなのですが、
小さなものが集まって一つの面を形成しているようなものを
より好きなことに、少し前に気づきました。

001
Photo
瓦屋根や茅葺屋根に惹かれるのも

001_2
こんなものや

001_3
こんなものに惹かれるのも、

Photo_2
果ては、こんなものが好きなのも、
その理由のいくらかは

 小さなものが集まって大きな面をなしている

ことにあるのかもしれません。

ほかにもここでご紹介したい「ちいさきもの」たちは
沢山あるのですが、
残念なことに写真が無いんです・・。

今回の件は単なる個人的趣向のことなので、
その記録が無いとしても、たいして困らないですが、
なにはともあれ、
記録するということは、大事なことだと、
こんな些細なことでさえ、痛感しました。

まずは、
 
 記録するという意思
 
をもつことから始めたいと思います。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 3日 (月)

アルミサッシと富山

こんにちは。昨日一日、数時間の間で、
左腕だけでも7,8ヶ所蚊に刺された、土屋です。
何かに集中していると、刺されても気付かないものなんですね。

さて、今や住宅をはじめ多くの建物の窓には、
その耐久性と気密性からアルミサッシが多く用いられます。
そのアルミサッシのメーカーが富山県に多いって、
皆さんご存知でしたか?

今日打ち合わせで、サッシ屋さんと話している中で、
そんな話になったのですが、
それにはれっきとした理由があるそうです。

一つ目は、富山は昔から、鍋や釜の鋳物製造工場が多く、
サッシをつくるもととなる技術が発達した地域であったそうです。

二つ目は、アルミサッシをつくる際には、
非常に多くの安定した電力が必要になるそうなのですが、
富山は立山連峰の豊かな水資源を使った水力発電が発達したため、
その電力の供給が可能であったからだそうです。

これはちょっとした豆知識ですが、考えてみれば、
アルミサッシは日常で多く目にし、触れてもいますが、
それがどこでどういう風に作られるか、
今まで興味を持ったことはありませんでした。

サッシ屋さんによると、
一昔前はよく工場にアルミサッシの製品検査がよく行われ、
工場に行く機会も多かったんだそうです。
その工場も、今はだいぶオートメーション化が進んでいるとのこと。

調べてみると、大手のメーカーなどでは、
工場見学のツアーを開催したりもしているようなので、
富山に行く機会があった際にはぜひ一度、
工場見学に行ってみたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月31日 (金)

カブトムシと私

こんにちは、にわか昆虫崇拝者の金石です。

今日も塗装工事をしていると、
我々の事務所の大家さんからカブトムシを頂きました。

カブトムシは小さな子供達にとってまさに「夏のヒーロー」です。
これは我が家の子供も喜ぶと、
遠慮せずにありがたく頂戴してきた次第です。

前回のブログにも書いたとおり、
最近、昆虫の凄さに心奪われている私は、
カブトムシもまじまじと観察してしまいます。

そういえば、、、

どこかで「カブトムシの殻は汚れない」という文章を
読んだことがあるような気がします。
たしかこの手の昆虫は、
殻から分泌液を出しているために汚れが付かない、
ということだったような...

調べてみると、どうやらこれは事実のようです。

さすが夏のヒーロー、やることが憎い!
自らの身だしなみはキチッとしています。
その心構えこそが子供達のヒーローたる所以でしょう。

それに比べ私ときたら、、、

カブトムシに負けないくらい大量の汗を分泌しながらも、
それらは絶妙な塩梅で煤や埃と皮膚の表面で混ざり合い、
見た目は真っ黒、おまけになにやら異臭が...

まだまだ子供達のヒーローには程遠い
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月30日 (木)

呪縛

こんにちは、西山です。
今日は台所用洗剤をあたらしくしたという話です。
それ以上のことは書いてありませんのであしからず。

・・・・・・

少しばかり前のことになりますが、
我が家の台所用洗剤をあたらしくしました。

それまでは日本のメーカーがつくっている
ごく普通で、スーパーでよく安売りしているようなものを
なんのこだわりもなく使っていたのですが、
ひょんなことから、我が家にあたらしくやってきたのは、
ドイツ製の洗剤でした。

ドイツと聞いて「エコ」と連想する方が多いかと思いますが、
うちにやってきたその洗剤も、大方の予想を裏切らず
「エコ」をうたった商品で、
ドイツの主婦の間では定番となっているほど
昔からある商品のようですが、
このところの「エコ」びいきのながれによって、
日本で(過剰に)もてはやされているものだということが
調べてみたらわかりました。

その洗剤は、原液をそのままスポンジにたらしても使える
のですが、薄めて使用することが推奨されていて、
原液を薄めて泡にして出すことのできる
「フォームボトル」なる容器も販売されていました。

さてさて、
我が家でも「フォームボトル」を手に入れたので、
早速使ってみました。
ハンドソープのボトル容器によくにたその容器に
少々の原液をいれ、水を加えてフタをしました。
そしてノズルを押してみると、
見事な泡がその先からでてくるではありませんか。

そんな些細なことに感動を覚えた私は、
その泡をスポンジでしっかりと受け止め、
意気揚々と食器洗いをはじめました。


・・・これで何事もなく済んだのなら良かったのですが、
この新しい洗剤、なんだか洗えている感じがしないことに
気づきました。

というのも、スポンジに乗せたときは見事な泡が立つのですが、
いざ食器洗いに取り掛かると、その泡が見る見る間に消え、
ただスポンジで食器をなでているような状態になってしまうのです。

で、頻繁に洗剤をつけてみるのですが、
状況はまったくかわらず・・。

どういうことなのだと途方にくれかけたときに、
一つの仮説が浮かびました。

それは

 この洗剤はさして泡立たないのが普通なのかもしれない

ということ。

さして泡立たない洗剤をわざわざ「フォームボトル」で
泡立てて使うというのは、
少し頭を使えばどう考えてもおかしく、
この説に正当性がないことはすぐにわかるはずなのですが、
そのときの私にはそんな判断力はありませんでした。

私が考えたのはつまり、こういうことです。

 食器がうまく洗えている感じがしないと私が感じるのは
 この洗剤が泡立たないからである。
 しかし、私は

   泡立つ→汚れが落ちる→食器が洗える

 という図式にとらわれていないだろうか?
 泡によって汚れが落ち、食器がきれいになることは
 当たり前のことであるように思える。
 しかしそれは、食器を綺麗に洗うための
 方法のひとつでしかないのではないか。

 つまり、私は従来の台所用洗剤や洗濯用洗剤、
 石鹸などを扱った経験から、泡立つことが汚れ落しの
 必要十分条件のように思っていたが

  泡立たないが、汚れは落ちる

 という洗剤があったって、いいはずだ。

と。
ようするに、
 
 さすがドイツ製。
 泡によって汚れを落すという
 私の「当たり前」を簡単に飛び越えてきた!

と思い至ったのです。そして私は、
この洗剤の例のように、
 
 いかに我々が、
 あらゆる局面で従来の慣習や自己の経験からくる
 「当たり前」という感覚に束縛されているか

を勝手に嘆き、そんな呪縛をまず我々が
建築という分野で解き放っていかねばならないな・・。

と、食器を洗いながら感慨にふけっていたわけです。

・・・・・・

ただ単に、「フォームボトル」に入れた原液の量が少なかっただけ
と気づくのは、数日後のことでした・・。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月29日 (水)

自然素材と天然素材 ~その3~

こんにちは。カキ氷にはまって以来、毎日にというくらい、
ガリガリ君を食べていますが、未だに当たりのでない、土屋です。
調べてみると、当たりの出る確率は50分の1だそうで、
当たりが出るまでにはまだまだ食べ続けなければいけないようです。

さて、前回は「自然」と「天然」では何が違うのか、
その言葉の意味と使い分けについて書きました。
では、次に「自然素材」と「天然素材」は何が違うのか。
2つの言葉に「素材」という言葉をつけてみると、

 自然素材:何の人工も加えず、ひとりでにある素材
 天然素材:(人工を加えないまま)天の神のつくったままの素材

という感じになるかと思いますが、
これらは使い分けができるのでしょうか。

「土」という素材を考えてみましょう。
厳密に言うと、土は地球上にもともとあったわけではなく、
岩石が風化や生物作用を繰り返して土になるそうです。
そうすると、天の神がつくったもの、ではなさそうですし、
生物の力も借りているので、ひとりでにあるもの、でもない気がします。

こんな感じで使い分けるどころか、
なんだかよく分からなくなってきてしまいました。
そこで、「自然素材」と「天然素材」は何が違うのか、
私なりの結論はこちらです。

 人工を加えない、という文言にのみ着目し、
 「自然素材」と「天然素材」は同義語である。
 ただ、一般的には「自然素材」の方が適していて、
 「天然素材」はごく稀に使う程度。

最初から、そう思っていたよ、
という方も多いかもしれませんが、
それはさておき、私なりにすっきりしたので、
今後は左官で使われる自然素材あるいは天然素材を中心に、
素材ごとに考えていきたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月28日 (火)

毛虫と私

こんにちは、最新のユニットバスのカタログを調べていたら、
途中からこれが「お風呂」であることを
うっかり忘れそうになった金石です。

なんせテレビに音楽、浴槽内のライトアップ、、、
とまぁ、いろんなオプション機能が目白押しなもので...
ちなみに、この「ここが何の空間だかわからなくなる感覚」は
トイレのカタログを見ていても同様に味わえます。

さて、当初の予定では、
「ユニットバスやトイレが何処へ向かおうとしているのか?」
ということをこのブログで考えてみようとしていたのですが、
どうしても説教臭い内容になってしまいそうなのでやめました。

結論から言うと、
私はこうした空間に「機能」を持ち込むことに
疑問を持っているようです。
もちろん、ユニットバスやトイレそのものに対する機能
に関しては大賛成ですよ。
商品としては、なるほど良くできています。

そんなわけですので、
ブログを書く内容がメデタク無くなってしましました。

そんな状況にかなり困った挙句、
得意の「どうでもいい話」で現状を打破することに決めました。
時間にゆとりのない方、
これより先に目を通すことをお勧めしません。

先日、現場で道具を洗っていると、
地面の草陰に毛虫を発見しました。

 水+毛虫 → 攻撃

まさに条件反射的に「うらっ、うらっ」と毛虫に水を浴びせまくる私。
そして平穏な生活から突如として滝壺に落とされた毛虫。

夕暮れ時の爽やかな風がそよぐ中、
30歳を迎えた坊主頭と毛虫が、
草むらの中で密かにバトルを繰り広げていたのでした。

まぁ、誰がどう見ても私が幼稚なのですが、
他の昆虫には類を見ない、あの「敵対意識」は何でしょう?
こう言ってはなんですが、
本気で溺死させようと水を浴びせ続けました。

そう、私は大人気なく毛虫に水を掛け続けたのです。

ところが、、、

毛虫って濡れないんですね!
多少の水であれば、あの毛の上で水滴になって弾いてしまいます。
つまり、毛が濡れないんです。

えぇっ~!!

もう、ビックリもいいところです。
ここで止めとけばいいものを、
意地になった私はさらに大量の水をお見舞いしたのでした。

すると、先程は水を見事に弾いたものの、
これだけの水を浴びせると毛虫も葉っぱにしがみ付くことができず、
水溜りの底へと沈んでいきました。

この事実を見届けて、私は憎き毛虫をやっつけたと、
しばらく勝利の余韻に浸っていたのですが、
ふと目を下にやるとなにやら蠢(うごめ)く物体が・・・

えぇっ~!!(2回目)

奴です。
先程、大人気ない私に溺死させられていたはずの毛虫です。
水溜りの底から何事もなかったかのように這い上がってきたのです。
よく見ると、先程同様、毛も体は全く濡れていません。

毛虫って濡れないんだ...

詳しいメカニズムはわかりませんが、
毛虫の毛の意外な機能に脱帽です。
同時に、この戦いに敗れ去ったのは私だと気づかされました。

時は経って数日後、、、

あまりの陽気に業を煮やして、私は頭を丸め直しました。
具体的には、毛の長さ6mmです。
バリカンでの散髪を無事に終えた私は、
風呂場で頭を洗いました。

一通り頭を撫で回し、
「さぁ、さっぱりした!」と目の前の鏡に目をやると...

えぇっ~!!(しつこいようですが3回目)

私の刈りたての頭の毛の上に丸い水滴が...

あのときの毛虫と全く同じ奇跡が、
私の頭上で起こっているではありませんかっ!!

そんなわけで、何の因果かめでたく毛虫になれた
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月27日 (月)

我家

こんにちは、
町内に一軒家を借りるようになって、
2年目に突入している、西山です。

・我が家のことなのですが、
 古い家なので、結構隙間があります。
 戸のたてつけが悪くなって隙間が空いていたり、
 廊下の床板がすいていたりと、
 経年変化によって空いた隙間もありますが、
 現代の家に比べればおそらく最初から多くの隙間があり、
 「密閉」には程遠い状態であったと思います。

 そんなわけで、大小さまざまな隙間があいた我が家ですが、
 先日、

  沢山の隙間が空いているわリには
  虫などの侵入が思ったほどない

 ということに気づきました。

 何度も書きますが、本当に多くの隙間がある家なので、
 (そのおかげで、窓を開けなくても充分に換気をとれるのですが、)
 その気になれば、小さな生き物たちは
 入り放題なはずです。

 そりゃ、多少の虫は来ますけどね、
 それでも隙間の多さに比べれば驚くほど少ないと
 思うのです。

 それで思い至ったのは、

  彼ら(虫たち)は彼らで、
  好き好んで人間の住む場所に行きたいと
  思っていないのかもしれない

 と。
 
 隙間実験、これからも続けてみようと思います。
 

・我が家のことなのですが、
 少ないといっても、わりと多様な小さな生き物達が
 出入りしています。

 その中で、今まで一度も行き会ったことがなく
 できればこれからも行き会いたくない生き物がいます。

 それは・・ねずみさん。

 社会人一年目のときに住んでいた家には
 彼らがいらっしゃりまして、
 とくに冬場は天井の上で、各種運動に励んだり、
 台所に下りてきては、各種食べ物を召し上がられたりと
 自由奔放に活動されていました。

 大概の生き物は大丈夫な私でも
 あれには少し、参りました。

 まさかねずみさんと食料を争う日が来るとは
 思ってもみなかったものですから・・。

 あの日々以来、明日の食料が確保されていると思ったら
 大間違いだと、気を引き締めるようになりました。

 今のところ、我が家にはお越しになってませんが、
 そのまましばらく、ご無沙汰でいたいものです。
 

 
・我が家のことなのですが、
 わりと大きめな庭があります。

 その大半は、無農薬雑草の栽培地なのですが、
 その間を縫うように
 花や実のなる植物を植えたりしています。

 私が把握しているだけでも現時点で、
 トマト、ねぎ、ニラ、しそ・・などが植えてあります。
 それに加えて去年は、綿を植えたのですが、
 今年はひょんなことからひょうたんの苗をいただきまして、
 少し前に植えて、今ではぐんぐんと蔓がのびています。

 自由にできる地べたがあるっていうことは、
 本当に楽しいと、この家に住むようになって実感しました。

 その分、草むしりの権利も与えられているわけですけどね・・。

[一日一空:002]
20090725

西山哲雄

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月24日 (金)

自然素材と天然素材 ~その2~

こんにちは。最近、自分でも不思議なくらい汗をかく、土屋です。

さて、自然素材と天然素材について調べ始めたわけですが、
まずは、言葉の意味を知っておこうと思います。

「自然」と「天然」、この似たような言葉は何が違うのでしょうか。
大野晋 田中章夫 編『角川必携国語辞典』によると、

 自然 : 山・川・海・森林・草木などのように、この世界を
       成り立たせているもの。また、人の手が加わらない
       ありのままのもの。

 天然 : 人手の加わらないままであること。

とあります。人の手が加わらない、という点は同じですが、
この辞書はすばらしいことに両者の使い訳が書いてあります。

 「自然」は、文明・文化の反対に、人工のはたらきを加えない
 ままのものの意。(中略)
 「天然」も、人工を加えないままという点では「自然」と同じ。
 しかし「自」は、「自分一人で」という意味であるのに対して、
 「天」は、「天の神のつくったまま」の意。
 したがって、「自然」は何の人工も加えず、ひとりでにあるもの。
 「天然」は、天の神のつくったままのもの、とする点がちがう。

「自然」と「天然」という言葉だけで比較してみると、
どうやら使い分けはされるようでありますが、
「素材」という言葉を付け加えて考えてみたとき、
使い分けは非常に難しい気がしますが、
そのあたりの考察は次回とさせていただきます。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月23日 (木)

地下足袋と私

こんにちは、耳を蚊に刺されてやりきれない気持ちの金石です。

最近、努めて地下足袋を履くように心掛けております。
正直なところ、理由は特にありません...

 薄っぺらい靴底のあの接地感と
 キュッと締め付けられたふくらはぎの感じがなんだか好き

あえて言うならばこの程度の理由です。

今は旧山田写真館で塗装作業をしておりますが、
機能面から考えれば、
なにも地下足袋である必要はありません。
むしろ、地下足袋のまま現場と事務所を往復しているせいで、
踵(かかと)に疲労が溜まってしまうくらいですし、
脱いだり履いたりするときに、
ハゼをとめる余計な手間が掛かります。

あれっ?
こんなに勝手が悪そうな地下足袋をなんで愛用するんだ??

まさに自問自答ですが、明確な答えがパッと出てきません...
そこで、この機械にその謎を自分なりに探ってみました。

改めて自分の気持ちを分析してみると、
どうやら私は地下足袋に対して「機能」ではなく、
「精神」的なものを求めているようです。

簡単に言うと、「これから作業をするぞっ!」と
心を『作業モード』に切り替えるためのツールとして
地下足袋を捉えているみたいです。

仕事柄、「デスクワーク」と「外での作業」に迫られますが、
その2つの仕事を気持ちの面でもスッキリ分けて行うためには、
「地下足袋を履く」というやや面倒な行為が
今の自分には必要だったみたいです、はい...

地下足袋を履いて歩くと背筋がシャキッと伸びる感じがしますが、
ひょっとすると心のスイッチが気持ち良く『作業モード』に
切り替われているからかもしれません...

 あなたの仕事上の正装は?

と聞かれたら、迷わず

 ロングニッカに地下足袋です!

と答えられる人間になりたいと思う
金石健太

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年7月22日 (水)

当たり前を少し飛び越える

こんにちは、西山です。

・昨日のブログで土屋も書いていたように、
 小布施見にマラソンの当日には、虹が出現しました。

 でも実は、こんな虹も出現していたのです。

 2009001
 なんと、虹色のトイレです。

 元はただの、建築現場によくある仮設トイレなのですが、
 その扉部分に色とりどりのシートを貼るだけで、
 こんなにも印象が違うのか!とびっくりしました。

 ちなみに、
 このシートは、当日のうちにはがしてしまいましたが、
 後に残った、横一列の仮設トイレの姿といったら
 見るに耐えないものでした・・。

・頭を丸めるようになってはや4年以上たちますが、
 先日頭を丸めるときに気づいたことがあります。

 それは、

  バリカンで刈る前に頭を濡らすと、刈りやすい
 
 ということ。

 今まで私は、なんの疑いもなく、乾いた髪にそのまま
 バリカンをあて、刈り取っていたのですが、
 この前はたまたま、
 髪を切ることを忘れて入浴しかけてしまったのです。

 気づいたときには、頭はびっしょり。
 
 次の日に持ち越すことも考えたのですが、
 なんだかどうしてもその日のうちに刈ってしまいたい
 衝動に駆られまして、
 塗れた髪にバリカンを当てたのです。

 ・・これが、刈りやすいのなんのって。

 考えてみれば、美容院なんかではカットの前に
 洗髪しますもんね。

 おまけに、私のバリカンには「水洗い可」の文字。
 水で洗っていいくらいですから、濡れた髪をきることくらい
 へっちゃらなはずです。

 さらに私はいつも、風呂場で髪を切っていたのです。

 これほど水分ウエルカムな状況にありながら
 いままで乾式頭刈りを続けてきたことが
 今となっては不思議でしょうがありません。

 もう何度もいい続けてきていることですが、
 自分の「当たり前」なんて、易々と信じちゃいけませんね。

[一日一空:001]
2009002
20090719

 西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月21日 (火)

第7回小布施見にマラソン

こんにちは。先日からカキ氷にはまっている、土屋です。
水の違いか削り方の違いかは定かではありませんが、
氷だけでもおいしい氷といまいちの氷があるんですね。

さて、先日の19日、第7回小布施見にマラソンが開催されました。
梅雨明けしたにも関わらず、前日までは雨が続き、
当日の天気も心配されましたが、
時折、雨がぱらつく程度で、日差しもそれほどなく、
暑すぎずマラソンには適した天気になりました。
スタート前には、こんな瞬間も。

Ca390042

今年の、参加申し込みは7,500人余りに達し、
当日走ったランナーも6,700人ほどという、
これまでにない大きな波が小布施の町に押し寄せました。

その反面、第1回から準備に携わっている私たちですが、
年を追うごとに仕事量が減っています。
これも、運営スタッフやボランティアの方々のおかげだと思います。
みなさん本当にお疲れ様でした。

お疲れといえば、走ったランナーの方はさぞお疲れだと思いますが、
片づけをしているときには、町内を観光している、
完走タオルを持った方を大勢見かけました。
そんなランナーの方々を見送るように、
夕方にはまた虹がかかっていました。

Ca390047

ランナーの皆さん、来年もお待ちしております!

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月16日 (木)

いたみさん

こんにちは、西山です。
後日更新としたままだったこの回のブログを
忘れた頃に更新しておきます。
(現在→2009年8月8日AM8:39)

・先日、「ささいな痛み」に襲われました。

 なんのことはない、
 ただ、指先を堅いものの間にはさんでしまった
 というだけのことで、
 それも、軍手をはめていれば防げたような
 軽度の衝撃だったのですが、
 あいにく素手だったもので、
 はさんでしまった指先はその後、
 ジンジンするようになって、しばらくのあいだ
 その「ささいな痛み」と付き合うことになりました。

 
 私の体はわりと丈夫にできているようで、
 滅多なことでは風邪もひかないし、
 そのほかの病気にもかからないし、
 常時抱えているような体の不具合もないので、
 「痛み」からはかなり遠いところに位置しています。

 そんな私だからかもしれませんが、
 その「ささいな痛み」と向き合ったときに感じたことは、
 いかに普段、我々が痛みから遠いところにいるか
 ということでした。

 もちろん、私の「痛み」さんとの疎遠ぶりは特殊なほうで、
 諸々の「痛み」さんと日々お付き合いされているかたのほうが
 多いのかもしれませんが、
 それにしても・・、と思うのです。

 比べる相手が間違っているのかもしれませんが、
 我々人間以外の生き物達は
 日々、多種多様な痛みさんと付き合っているのでは
 と思います。

 野生の生き物たちは
 衣食住なにひとつとして保障されていませんから
 それだけでも痛みさんは身近な存在でしょう。

 擦り傷切り傷は日常茶飯事で、
 生命に関わるような怪我も
 我々に比べたら、遭遇する頻度は高いはずです。

 私も昔のことを思えば、
 小さいころはいつもどこかに、転んでできたような
 擦り傷切り傷を抱えていたように思います。
 
 しかしいつの間にか、無茶な行動は控えるようになり
 それとともに、
 痛みさんとも頻繁には行き会わないようになりました。

 ・・・・・

 うだうだと書いてきましたが、
 
 いかに普段私が、
 痛みさんという古い友人と疎遠であるからといって
 彼の存在を忘れてしまってはいけないのだと思います。

 いけないというか、もったいないというか・・。
 つまり、彼のことを少し気に留めているだけで、
 今、彼と親しい仲にないことが、どれほどの幸運か
 わかるような気がするのです。

 ひさしぶりに痛みさんと少し行き会った私が思いついたのは
 こんなことでした。

 いまはまた、彼はどこか遠い場所に行ってしまったので、
 不在のあいだ、その分がんばろうと思っています。

・少し前に『earth』という映画のDVDを見たことも
 痛みさんのことを考えるきっかけのひとつに
 なったのかもしれません。

 この映画、お勧めです。

・「いたみ」違いですが、
 最近、伊丹十三さんのことが気になります。
 きっかけは、とある雑誌の、伊丹十三特集でした。

 そのなかではじめて私は、
 彼が多種多様な職業を経験して、
 その経験を総動員するかのように、
 50歳を過ぎてから映画を撮り始めたことを
 知りました。

 そんな生き方、かっこいいな~ と。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月14日 (火)

古色仕上げ塗装中の独り言 ~その2~

こんにちは、最近、畑で農作物を作りたい衝動に駆られている金石です。

いつものことですが、、、
単調な作業をしているときに限って、
あれこれと妙な考え事が進むときがあります。
例によって、今、行っている塗装作業をしているときなどは、
脳ミソがもう絶好調にフル回転し、
どうでもいいことを考え続けてしまいます。

今回考えていたことは、

 雑巾掛けは清掃行為なのか?

という、かなりどうでもいい内容です。

私、今まで30年生きてまいりましたが、
私にとって「雑巾掛け」とはまぎれもなく「清掃行為」でした。

 何か汚れたものを拭き取る

これぞ雑巾掛けの絶対的な定義です。
今まで教室の床や窓ガラス、机の上などを拭いたことはありますが、
いずれもこの定義に従った行為といえます。

ところが...

先日、おそらく生まれて初めて、
この定義の枠をはみ出してしまう「雑巾掛け」をする機会がありました。
そしてそれこそが、今、せっせと行っている
「古色仕上げ」の塗装作業だったのです。

作業内容は次の通り。

 塗料を塗る → 少し乾いたら余分な塗料を拭き取る

この文字の並びだけを見たら、
「余計な塗料(=汚れ)」とも捉えられますが、
実際には、余計な塗料を拭き取ると同時に、
塗料が部材に染み込むように「塗り込んでいる」のです。

 不必要な塗料は拭き取りつつも、同時に必要な塗料は塗り込む

これが現在行っている雑巾掛け作業であって、
一見、相反する行為が同時に行われているのです。
これ、完全に従来の雑巾掛けの定義を逸脱しています...

さて、ここで思い出したのが古民家の柱です。
古民家の柱は、手の届く高さでピカピカに渋く光っていることがよくあります。
これは、民家の住人の方が、
毎日の掃除の中で磨き上げてきた結果生まれた代物といえるでしょう。

この場合、部材に付いた汚れを落とすという「清掃行為」よりも、
人が触った手油や、掃除に使う米ぬかを塗り込んでいるという
「塗装行為」の意味合いの方が強いような気がします。

そうか...
雑巾掛けって「清掃行為」であり、「塗装行為」でもあるのか!!

本日の独り言の結論です。
あしからず...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月10日 (金)

漆喰製品あれこれ

こんにちは。最近、洗濯物の匂いに困っている、土屋です。

さて、前回は珪藻土を使った壁材についてでしたが、
今回は漆喰についてです。

漆喰は消石灰を主原料とした材料で、
古くから日本はもちろん、世界各地で使われ、
馴染みのある壁材ではないかと思います。

製品として各社から様々な漆喰が販売されていますが、
今回は漆喰製品を探していて気付いた事を何点かご紹介します。

一つ目は、日本の漆喰と西洋の漆喰があります。
両者の主な違いは、日本の漆喰はつなぎ材として糊やスサを用いるのに対し、
西洋の漆喰は大理石の粉などの骨材をつなぎとして用いる、
という違いがあるそうです。

二つ目は、粉の状態で水を加え練って使うものと、
すでに水で練ってあり、蓋を開ければすぐ使えるものがあります。
水で練ってあるタイプは西洋漆喰に多く見られます。

三つ目は、漆喰ではなくて、
“漆喰調”と謳った製品も数多くあります。
主原料は様々ですが、漆喰のような白壁に仕上がる、というものです。

実際に使ってみないとそれぞれの違いはよく分からないですが、
仕上がりのイメージや、求める性能などで使い分けができるよう、
今後は、漆喰の性質や特徴はもちろん、
製品の特徴を詳しく調べて行けたらと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 9日 (木)

古色仕上げ塗装中の独り言 ~その1~

こんにちは、小屋裏でお昼を過ぎた頃から迫り来る
『闇』と格闘している金石です。
3時を過ぎると本格的に手元が見えなくなり、
なかなか作業が進みません。

電気を付ければ?

皆さんそう思われるかもしれませんが、
実はこの現場、電気を引いていないんです。
なにかと不便なことも増えてきたので、
近々仮設の電気を引くことになりそうです。

ちなみに古い発電機を現場に持ち込んで
投光器で照らすことも試みましたが、
古いだけあって振動音が大変うるさく、
ご近所に迷惑をかけてしまうので泣く泣く断念しました。

さて、本日の塗装作業中の私の頭の中のテーマは
ズバリ、「時間と塗装」です。

今、私がしている作業は、

 新しくした部材を古色仕上げで塗装すること

です。
では、古色仕上げで塗装することとは...?
それは端的に言うと、

 部材の表面に煤や油を付着させていること

ですよね?
これって言い換えるならば、

 囲炉裏から立ち上った煙が、何十年という歳月をかけて
 部材の表面に付着させた(=塗った)煤や油を、
 一瞬のうちに塗料として塗ってしまおう

ということに他なりません。
古材の表面と古色仕上げをした部材の表面...
多少の違いこそあれ、
成分的にはほぼ同じものと言えると思います。

あぁ、そうか...

今こうして手を動かしている「古色仕上げ」って、
長い時間かけて出来上がってきたものを、
早足で仕上てしまおうっていう技術なのかもなぁ...

そんなことを暗闇の中で考えておりました。
だから何ってわけでもないんですけど...
完全に独り言です、はい...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 8日 (水)

Stay hungry,stay foolish.

こんにちは、西山です。

・マウスを新しくしました。

 少し前に、長年連れ添ってきたマウスとの別離を書きましたが、
 その際に新しくしたマウスと今回、お別れしました。

 といっても、今度は、新しくしたマウスが壊れたわけではなく、
 むしろその逆というか、
 壊れてしまった先代のマウスが、なんと復活したのです!

 数回にわたった一連のブログを読んでくださった心ある方が
 マウスの修理を申し出て下さりまして、
 見事に治ったマウスがこのたび、私の手元に帰ってきた
 ということなのです。

 私にはお手上げだったマウスを見事よみがえらせて下さった
 清久さん、ありがとうございました!!!

 
・大学生の時、所属研究室ではマックが使われていました。

 そのこともあって、今はウィンドウズ環境にありますが、
 相変わらずマックには親近感を抱いていますし、
 マックのつくりだす世界観は、大好きです。

   

  そんなマックを生み出した、
 スティーヴ・ジョブスのスピーチです。

 
 ジョブスのように、
 後に続くものに希望を与えることができる大人に
 なりたいものです・・。
 

・先日ある方と話しているときに、
 自分の原点を思い出しました。

 今なぜ、このような仕事をしているのか、
 これから先、どんなことをしていきたいのか?

 現在の仕事、今興味をもっていること、そしてこれからのこと
 そういったもののはじまりの一つを
 思い出しました。

 この「原点」は、大学生時代の出来事ですが、
 あまりにも強烈な体験だったので、
 自分の心に深く刻まれました。

 本当に強烈な出来事だったので、
 一生忘れるはずは無いと思っていたのですが、
 危うく忘れそうになっている自分に気づきました。

 その事実に気づいて、かなりショックだったのですが、
 なにはともあれ、完全に忘れてしまっていなくて
 本当によかったです。

 大切な気づきを与えてくださったその人に感謝です。
 

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

珪藻土壁材

こんにちは。梅雨の真っ只中といった今日この頃、
第7回小布施見にマラソンまであと12日となりました。土屋です。

さて、前回漆喰や、珪藻土壁材には、
各社から様々な種類の製品が出されている、
というところまで書きましたが、
今回は珪藻土を使った壁材についてです。

「自然素材で調湿効果がある」、
これが今までの漠然とした珪藻土のイメージでした。
しかし、今回いろいろHPなどを見ていると、
いい面ばかりではなく、注意するべき点も見えてきました。

一つ目は、100%天然素材ではないということです。
そもそも珪藻土とは、植物性プランクトンの化石で、
それ自体では硬化しないため、接着剤や樹脂が混入されているようで、
今回探した製品にも、合成樹脂が含まれていました。

二つ目に、珪藻土の安全性が疑わしいということです。
珪藻土に含まれる成分に発がん性の疑いがあるというのです。
すでにドイツなどでは使用が禁止されており、
近年日本でも使用が禁止されるのでは、という記述もありました。

これらの点が、全ての製品に当てはまるのかどうか、
そこまで詳しく調べたわけではありませんが、
珪藻土を含んだ製品を選択する場合は、
その製品について詳しく調べてみる必要がありそうです。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 3日 (金)

貸景

こんにちは、西山です。

・前回のクイズの答えです。

 003
 この、円通寺の庭園にある生垣は何種類の植物で構成
 されているでしょう?

 という問題でしたが、
 正解は・・・

 50種類です。

 「混ぜ垣」と呼ばれる手法とのことですが、
 とても私には、50種類を判別することは不可能でした。

・円通寺の庭園の話が続きます。

 001
 
 円通寺の座敷にしばらく座って思い至った
 あくまで個人的な感想ですが、この景色のポイントは、
 座敷と縁側の間に立つ柱と、
 生垣のところにある、何本かの杉の木ではないかと・・。

 一見、借景である比叡山の姿を遮るもののように思えますが、
 実際には、これらのおかげでより、立体感のようなものが
 生み出されているのだと、感じました。

 現代建築では、目の前に絶景が広がっている場所において、
 無柱の大開口を設けることで景色を取り込むということが
 常套手段となっているように思いますが、
 それだけが全てでないことを円通寺の庭園は語っています。

 ・・と、勝手に私は受け取りました。

・先日、梅割り器の話をしましたが、
 今度はいつもお世話になっている曳屋職人の親方から
 梅をいただきました。

 Photo

 ありがとうございます!
 そしてまた、自家製梅割り器の出番がきたようです。

 002
 ちなみにこの梅、
 生のまま食べてみたところ・・

 Photo_2
 こんな感じでした。

 
・今年もこの季節がやってきました。

 2009
 とうもろこしが主食でも一向に構わないと
 この時期は毎年、本気で思っています。

 ちなみに、とうもろこしはイネ科だと、ついさきほど知りました。
 茅といい、もろこしといい、イネ科の一年草には縁があるようです。

もちろんお米も大好きな
西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 2日 (木)

左官外装材

こんにちは。最近、ふとした拍子に腰に電気が走る、土屋です。

さて、私の友人に大工をしていて、自分の家を自分の手で建てている、
という、なんともうらやましい友人がいるのですが、
その友人に外装材について尋ねられました。
内容は、左官仕上げで自然素材を使った白い壁、
にするためには何を使ったらいいか、というものです。

ということで、日本古来よりある漆喰や、
内装材として多く用いられるようになった珪藻土壁材を中心に、
市販の左官材料を調べているのですが、
一重に漆喰、珪藻土壁材といっても、
各社から様々な種類の製品が出されています。

サンプルがもらえるものはサンプルをとってみたり、
施工後のメンテナンス性、価格を考えながら、
様々ある製品の中から、友人のイメージに合うものを探す一方、
これを機会に漆喰や珪藻土、またモルタルなどを使い、
既製品ではない仕上げ材のサンプル作りもしています。

このあたりの詳しい報告は、
おいおいしていきたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月30日 (火)

借りる。

こんにちは、西山です。

私も昨日、「小布施まちづくり大学」に参加してきました。
内容は、昨日のブログで土屋が書いたとおりなのですが、
個人的には、今年の3月に京都をおとずれたばかりでしたので、
京都の現状を容易に思い浮かべることができ、
より一層、興味深い内容となりました。

そんななかで、
講師の高谷基彦さんが用意された資料のなかに、
見慣れた写真がありました。

資料のなかには、「京都市眺望景観創生条例」によって
守りたい眺望が以下のように列記されていました。

 ①境内の眺め
 ②通りの眺め
 ③水辺の眺め
 ④庭園からの眺め
 ⑤山並みの眺め
 ⑥しるしの眺め
 ⑦見晴らしの眺め
 ⑧見下ろしの眺め

そのなかの、「④庭園からの眺め」の例として
挙げられていたのが、「円通寺」の写真でした。

「円通寺」にピンと来た人は、かなりの京都通です。
(と、にわか京都通が勝手に認定しておきます。)

上にも書きましたが、
去る3月に京都を訪れることになりまして、
その際に行き先を相談した、高校時代からの友人で
少し前まで京都に住んでいた彼の口から
その名を聞かなければ、
私はきっと今も、知らないままだったと思います。

そんな「知る人ぞ知る」的な寺、「円通寺」。
清水寺や金閣銀閣、三十三間堂などにくらべれば
知名度ではあきらかに及びませんが、
私は京都滞在の予定に組み込みました。

結果から言うと・・・この決断は大成功でした。

このお寺、京都の中心部から北へと
細い山道をしばらく登った先にあるのですが、
往復の所用時間を差し引いて余りある、すばらしさでした。

それがこちら。

001

円通寺の庭園は、後水尾天皇によってつくられたもので、
枯山水の庭の先に望む比叡山を借景としています。

写真ではわかりずらいかと思いますが、
生垣の先に、うっすらと比叡山がみえるでしょうか?

肉眼で見ると、もっとはっきりと見えますし、
庭のすばらしさも、私の写真ではもちろんのこと、
どんな写真や映像によっても、
決して伝わりきるものではないと思います。

とにかく、京都に行ったらぜひ訪れ体感してほしい場所です。

にわか京都通のおすすめNo.1です!

しばしこの景色に見とれたあと、
ご住職と話をすることができたのですが、それによれば、
このすばらしい借景も、
付近の開発によって存続の危機にあったようです。
ご住職らの努力により、とりあえず最悪の事態は免れた
ということでしたが、
今後も同じようなことが起こらないという保障はありませんよね。

・・・・と思っていたところへ、今回のまちづくり大学で、
こういった景観をまもるために
「京都市眺望景観創生条例」が制定されたと知り、
合点がいったのでした。

〈本日の一枚〉
002_2
円通寺の庭園の重要な要素の一つ、生垣。
実は様々な植物が組み合わされているのですが、
何種類の植物が組み合わされているでしょうか?

答えは次回西山担当ブログで!

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月29日 (月)

小布施まちづくり大学

こんにちは。最近、虫に刺されたところが治りにくい、土屋です。

さて、本日開かれた平成21年度小布施まちづくり大学、
第1回の講義を公聴してきました。
この「小布施まちづくり大学」は昨年度から開催され、
昨年度は前6回の講義が開かれました。
「小布施まちづくり大学」について、詳しくはこちらをご覧下さい。

ということで、今回の講師は高谷基彦さん。
京都市都市計画局都市景観部長をされている方で、
平成19年9月より実施されている、京都の新景観政策について、
説明してくださいました。

この新景観政策、詳しくはこちらをご覧頂きたいと思いますが、
5つの柱と支援策によるものだそうです。
その中でも、私が一番興味深かったのが、
眺望景観や借景を守るために制定された、
全国でも初となる「京都市眺望景観創生条例」というものです。

「眺望景観」とは聞き慣れない言葉ですが、

 ある視点場(景観を見る地点、展望台など)から視対象(眺められる
 対象物、山や海など)を眺望したとき視覚で捉えられる景観(引用

だそうです。そして、この条例というのが、
文献や市民の意見597件の中から、38箇所を選定し、
その眺望景観・借景の保全を図る、というものです。

今までの景観政策というと、町並みの高さやデザインを制限したり、
歴史的に重要であったり、景観が優れている建物を保全したりと、
建物単体、あるいはその町並みに対して基準を設ける、
というものがほとんどだと思います。

しかし、この眺望景観という考え方においては、
ある建物から見える景色、
ある町並み越しに見える景色について基準を設けるため、
これまでの政策からもう一歩踏み込んだ政策であると思います。

今後は、この眺望景観という考え方が広く取り入れられていくでしょうし、
また、取り入れられていくべき考え方であると思いました。

さてさて、次回の「小布施まちづくり大学」は、
8月3日(月)の開催予定だそうです。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月25日 (木)

旬瞬駿

こんにちは、西山です。
自慢じゃありませんが、食べ物の旬にはかなり疎いです。

このことを、

 旬に関係なくいつでもスーパーなどで
 欲しい食べ物を手に入れることができる
 現代の食事情の弊害だ

などというつもりは毛頭なくて、
ただ単に、自分がいままで旬というものを
気にしてこなかっただけだと思います。

だから、旬がわからないというか、
わかろうとしてこなかったというほうが正確ですね。

・先週末、さくらんぼを買いました。

 恥ずかしながら、今まで私は小布施で
 さくらんぼが栽培されていることすら知らなかったのですが、
 ふとしたきっかけにより、知るところとなりまして、
 今回、町内にある果樹園まで、買いに行きました。

 本当のことを言うと、
 お目当ては、さくらんぼの木の鉢植えだったのですが、
 対応してくださった生産者のかたに
 いろいろとお話を聞いているうちに、
 鉢植えはまたの機会にしようということになりました。

 それで、
 知っている人は何を当たり前の事をと思うでしょうが、
 話を聞いてはじめて、
 さくらんぼって、今が旬だということを知りまして・・。 

 無知とは恐ろしいものです。

 生産者のかたの話によると、
 6月の中旬~7月初旬のわずか20日間ほどが
 さくらんぼの旬だということでした。

 ですので、
 私がたまたま行ったときが旬だったというわけで、

  さくらんぼを買いに行った

 というか、

  行ったら旬のさくらんぼが売っていたので買ってきた

 というだけなのですが、
 最終的にはさくらんぼの旬を頭と舌で覚えることができて
 最高の結果となりました。

・梅も今が旬ですね。

 梅といえば、梅干などでかなり身近な存在ですが、
 「梅割り器」なるものの存在を初めてしりました。

 ひょんなことから
 「梅割り器」が必要になった私は
 ホームセンターへと買いに行ったのですが、
 そこにあったのは想像していたより無骨で大柄な
 「梅割り器」でした。

 それを見て、所有欲が萎んでいった私は、
 いっそのこと自ら作ることにしました。

 「梅割り器」の代わりに少々の金物を買い、
 手元にあったウォールナットの端材を利用して、
 「オリジナル梅割り器」は無事完成しました。

 金物代と手間を考えれば、
 買ったほうが安くついたのは明らかですし、
 かなり小柄でシンプルにできたとはいえ、
 細部のつくりはオリジナルには遠く及ばないですが、
 自分でつくったということもあり、
 大満足でした。

 ささいなものでも、
 自分で使うものを自分でつくるって、
 楽しいです。

・栗もある意味、今が旬です。
 Photo_2
  
  
 
  

・さくらんぼは、冬の寒さと積雪がないと
 うまく実をつけないらしいです。

  さくらんぼにとって、-10℃は適温

 と、生産者のかたはおっしゃっていました。

 冬の寒さに凍えても
 
  これでおいしいさくらんぼができる
 
 と思えば、寒い冬も耐えられる!

 ということになれば、しめたもんですが・・。

〈本日の一枚〉
Photo
大塚施設園芸のさくらんぼ
遠くから毎年、これだけを目当てに小布施に来るかたが
多くいらっしゃるそうです。

いままで食べたさくらんぼのなかで、文句なしに一番でした。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月24日 (水)

灯篭 ~その後~

こんにちは。健康診断の結果、今年も異常は認められなかったものの、
肥満(1度)、メタボ予備群に該当した、土屋です。

さて、以前書いた長野の中央通の灯篭ですが、
以前は、灯篭の設置された区間の終わり数10mを通っただけで、
ほぼ単体で灯篭を見ての印象でしたが、
先日、駅の方から善光寺に向けて車を走らせると、
前回とはまた違った印象を受けました。

車道から先を見ると、街路樹が植えてあるため、
視界の半分はその並木が見え、建物や街灯はあまり見えません。
そして、その街路樹の植え込みの中に灯篭が建っていて、
間隔をあけて連なって見えます。

すると、灯篭がなければ一見どこにでもある並木道ですが、
灯篭が建っていることで、確かに「参道」という雰囲気を感じます。
また、緑と木の灯篭に違和感もありません。
きっと、善光寺に車で訪れる観光客の方は、
善光寺の門前町らしいという印象を持たれることでしょう。

やはり、視点や先入観といったもので、
ものの見え方は変ってくるものですね。
ことこの灯篭に関してはいずれも車道からの視点だったので、
今度は、歩道からの視点も見てみたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月23日 (火)

古色仕上げ奮闘記 ~その3~

こんにちは、少しだけ身の回りの掃除に目覚めた金石です。

本日は旧山田写真館の作業報告。

先日、ようやく古色仕上げの色の調合のメドが立ちました。
というわけで、いよいよ現場での塗装作業に移ります。
が、その前に...
いくつかやっておかなければならない作業があります。

1.埃落とし
 以前建物を使っていたときに溜まった埃+解体作業時に出た埃が
 梁や桁、母屋といった材の上に溜まっています。
 塗装の前にこれを綺麗にしなくてはなりません。

2.新聞紙剥がし
 梁や柱といった構造材を中心に新聞紙が貼ってありました。
 今回はこれらの構造材が現しになるので、
 塗装の前にこれを綺麗に取り除いておきたいところです。

さて、まずは「埃落とし」から...
毎回感心させられるのですが、
どうして建物のこんなてっぺん部分に
こんなに埃が溜まるんですかね?

埃にだって当然重さがありますから、
下へ下へと舞い落ちていきそうなものですが、
ご丁寧にも風と共に舞い上がって、
お見事に梁や母屋の上に着地されております。

この埃、小箒で掃いて下へ落とすのですが、
その際にもご丁寧にモウモウと舞い上がって、
これまたお見事に汗だくの私の上に着地されます...

そして、次に「新聞紙剥がし」。

Img_4792

こんな昔の記事を読みながら、剥がします。
初めはカッターの刃で剥がしていたのですが、
作業効率が悪すぎて仕事になりません。
そこでわずかな知恵を絞って、
水をかけて亀の子だわしでゴシゴシと擦ってみることにしました。

すると、目論見どおり糊が取れて剥がれる、剥がれるっ!
これに気を良くした私は、
「ついでに」と梁全体を水で塗らしたタワシで磨いてみました。
これでまだ表面に付いている埃が落とせれば万々歳です。

磨きだして驚いたのですが、
タワシで擦ると梁の表面が泡立つんです。
洗剤も使っていないのに...
灰汁(あく)ですかね?
詳しいことはわかりませんが、
なんだかとっても「綺麗になってる」って感じで気分爽快です。
表面はヌルヌルし、滴り落ちる雫は真っ黒。
長年溜まりに溜まった埃を一気に落とすべく、
ついついタワシを擦る手にも力が入っておりました。

3時の休憩後...

先程磨いた梁を見上げて「???」。
何かおかしい...

Img_4779

あっ、埃と一緒に大事な煤まで落ちてた...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月19日 (金)

木材と塗料

こんにちは。先日の作業での手応えは空振りに終わった、土屋です。

さて、まずはこちらの写真をご覧下さい。

102_4159

これは、最近ちょっとした建具のようなものを作っていて、
その塗装前後を並べて撮ったものです。
中央左側が檜で、その左側が水性エマルション塗料を塗ったもの、
中央右側がウォールナットで、その右側が、
ポリウレタン樹脂のクリア(つや消し)を塗ったものになります。

ウォールナットは、つや消しと言えど光沢が出て、
もともとの茶色が引き立ち、深みを増しています。
対して檜は、木目が消え、塗料の色で均一な仕上がりになっています。

今回、水性エマルション塗料で仕上げるものは、
材質の指定がなかったので、余っていた檜を使ったのですが、
そうでなければ、この塗装をしてしまうにはもったいない感じです。

使う塗料によって木材を選んだり、
逆に、使う木材によって塗料を選んだり、
木材と塗料の組み合わせが重要ですね。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月18日 (木)

古色仕上げ奮闘記 ~その2~

こんにちは、松煙やベンガラで
手のひらが真っ黒になっている金石です。

さて、先日のブログでも紹介した「古色仕上げ」、
予想通りかなり悪戦苦闘しております。

Img_4768_2 

・色合いの問題
・濃度の問題
・拭き取りのタイミング
・木材の仕上げの度合いと塗料の水分量
・乾燥後の乾拭きの程度
・塗装面保護のための柿渋の塗布、、、等

本当に様々な要素が絡み合っています。
同じ塗料を塗っても仕上がりが違ってきたりなんかして、
いろいろと試したけれども、

 よくわかったようで全然わからない

これが現在の正直な感想です...

でもまぁ、だいたいの要領は掴んできたことだし、
あとは現場であれこれやってみるかな?
そう思って、たくさんのサンプルを持って現場に向かったのですが、
改めて現場を見渡すと...

あれれ??
一口に古材といってもいろんな色があるもんだ...

そう、本当にいろんな色、艶の古材があって、
どれを目指していいのかわからなくなってしまいました。

今までは梁や小屋組みの掃除をしていた関係で、
それらの部材の色を目指してやっていましたが、
ひとたび壁に目をやれば
柱や窓枠はまた違った色合いではないですか!
さらに柱にいたっては部屋によって
表情がまったく違うときています。

この現実を目の前に、

 あっ、そうか!
 いろんな色、艶があっていいのかもしれない!

と考えが変わりました。
要は建物全体としての色調が整えばいいのですから、
なにもペンキで塗ったように
全てを同じ色にすることはないのです。
(むしろ、全ての部材が均一な色艶の方が不自然かも?)

なんだか良い意味で
「己の中の凝り固まった考え」が拭えたようで、
また少し違ったものの見方ができるようになった気がします。

≪本日の実験結果≫
Img_4771

塗装面保護のために柿渋を塗り重ねると
ベンガラの赤味が若干失われるらしい...
(手前2枚の下半分が柿渋を塗り重ねた部分)

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月17日 (水)

故障日和2

こんにちは、西山です。

実は先日のブログは、最後まで書くつもりだったのですが、
とりあえずのつもりで、書けたところまでアップしたら
そのままになってしまいました。

というわけで、続きです。

~前回のあらすじ~
マウスが壊れた。そして途方にくれた。

・よく考えてみたら壊れたマウスは、
 学生時代から使っていたものなので、
 かれこれ7年近く使っていたことになります。
 
 7年も持てば、がさつな使い手の相棒としては良く持った
 ほうかもしれないなあと思い、
 私はこのマウスをあきらめることにしました。

 そんなわけで、
 普通に動くマウスがないと仕事にならない私は、
 その日のうちに新しいマウスを買いにいきました。
 
 近くのホームセンターで買って済ませようという魂胆だった
 のですが、そううまくはいきませんでした。

 一軒目のホームセンターには、マウスが売っておらず、
 二軒目のホームセンターには売っていたのですが、
 しっくりくるものが無く、
 結局、車で30分ほどの距離にある電気屋まで行くことに・・。

 マウスを買うためにずいぶんと遠出したわけですが、
 結論から言うと、かなり妥協したマウス選びとなってしまいました。

 目論見としては、今まで使っていたメーカーの同じタイプの
 ものが買えればいいかなと思っていたのですが、
 その電気屋はマウス自体は沢山の種類を置いていたものの、
 目的のものはありませんでした。
 それどころか、同じメーカーのものがひとつもありませんでした。

 是が非でも同じメーカーのマウスを!

 という強い想いは特にはなかったので、どのメーカーのものでも
 よかったのですが、ただ、握り心地にはこだわりがありました。

 というのも、

 Photo_2
 これが、7年間使い倒したマウスなのですが、
 見てお分かりの通り、若干変わった形をしておりまして、
 この握り心地にずいぶんと慣れてしまっていたものですから、
 新しいマウスにも、同じような握り心地を求めていました。

 それでです。
 電気屋さんのマウスコーナーにならんだ何十というマウスのなかから、
 同じような握り心地のマウスを選ぶという、たいしてむずかしくない
 行為をすれば問題は解決するはずだったのですが・・。

 握れないのです、マウスが。

 売り場に並んだマウスは、
 箱なんかに入って綺麗にパーッケージされているものですから、
 マウス自体は良く見え、目視で姿かたちを確認できるのですが、
 「握り心地」を確かめるということができないのです。

 私は途方にくれてしまいました。

 つづく

〈本日の一枚〉
Photo
瓦屋根と煙突

西山哲雄
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月16日 (火)

道具と労力

こんにちは。先日からの作業で、
確実にやせている手応えを感じている、土屋です。

さて、昨日からとある塗装工事をしています。
もともと塗ってあったパテとペンキをはがし、
もう一度ペンキを塗り直す、という作業です。

そのペンキをはがすときに、
下の写真のような「ケレン」という道具を使います。

Img_2260

これは二つとも同じケレンで、
用途には「ペンキはがし」と書かれているのですが、
実際使ってみると、作業効率が驚くほど違います。
どちらの方が、ペンキがはぎやすいと思いますか?

形の違いなのか、先端の尖り方の差なのか、
はたまた、上は500円弱、下は300円弱と値段の差なのか、
とにかく、上のケレンの方がペンキがよくはげます。

私は買うときに形状の差は気にせずに、
値段だけで選んでしまいましたが、
作業効率の違いを考えれば、少し高くても絶対上を買います。
しかし、今回のような経験がなければ、下を買い続けていたでしょう。

さてさて、ケレンでパテとペンキをはがした後は、
ペーパーを当てて、表面をきれいにするのですが、
作業効率でいうと、やはり機械の力はすごいものがあります。
回転式の電動サンドペーパーがあるのですが、
一連の作業が3~4倍の速さでできてしまいます。

ケレンにしても、電動サンドペーパにしても、
実際やってみなければ分からなかったことですが、
今後、また同じような工事がある場合には、
作業内容と量との兼ね合いで選ぶことができそうです。

Img_2261_2

今回使っているこの布ペーパーの布から、
なぜか、柿渋の匂いがするのが気になっている、

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月15日 (月)

友人の彼

こんにちは、先日に引き続き昨日も
大学の友人の結婚式に参列してきた金石です。

本日のブログはかなり私事になりますがご容赦ください...

昨日めでたく結婚した彼とは同じ研究室の同期生でして、
研究室で夜中までああだこうだと語り合ったり、
自分たちでプロジェクトを立ち上げて、
それ企画立案していく中でお互いの意見をぶつけたり、
足がつるまでサッカーをしたりと
思い起こせば自分が学生時代に夢中になったことの
大半の想い出を互いに共有した仲であります。

大学卒業後、仲間の多くが全国各地へ飛び立っていく中で、
信州の地を拠点として活動していこうと決めた点でも
彼とは共通していました。

とりわけプライベートで親交が深かったわけでもなく、
性格が似ているわけでもなく、
特に親密に連絡を取り合っているわけでもないのですが、
なんだかお互いの目指す方向性は一致しているような気もするし...
けれども、そこに到達しようと選択するプロセスも互いに違う。
なんだか不思議な関係なんですが、
今でも常に頭のどこかで「奴は何をしているかな?」
と強烈に意識していている自分がいるのも確かです。

そんな彼に結婚披露宴という場で久しぶりに会いました。
場所が場所なのでそんなに話はしなかったのですが、
彼と会って、

 一緒に何かしたいっ!!

って強く思いました。
別に具体的にこれを・・・ってものは何ないんですが...
かなり無責任かつ直感的な感情です。
でも、今までの経験上、
この手の感情を抱いたときはそれを行動に移すと
数々の良いことがあることはわかっています。

彼と一緒に、
20年、50年、100年先を見据えた「何か」をする!!
一方的かもしれませんが、そう心に決めました。

≪追伸≫
披露宴の後の2次会のビンゴゲームの景品として、
たいそう高級な「スケール」をいただきました。
聞くと景品の選別は彼が行ったようで...

Img_4765

Img_4766

スケールの機能はもちろん素晴らしいのですが、
ちゃんと目盛りがメートル法と尺貫法の両用のタイプを
チョイスしているあたりなんとも彼らしいな・・・と。
しかもこの目盛りのデザイン、明らかに主役は尺貫法...

当初は誰に当たるかわからなかったであろうこの景品を、
彼はどんなつもりで選んだのだろうか・・・?
彼のことだからこれが当たる「誰か」に対して、
暗に自分の思う「何か」を伝えたかったのかもしれない。
でも、その「何か」は私には伝えてくれなかったし、
特に何も考えずに思いつきで選んだのかも知れない。

う~ん...

なんとも歯痒い感じだが、
これ以上考えるとまさに彼の術中にはまったようで面白くない。
でもここは素直になって、
しばらく尺貫法を意識して物事を見てみることにしよう。
そうすれば彼が伝えたかった「何か」が見えてくるだろうか?
はたまた、そうして私が見えた「何か」が何かを
彼は期待して待っているのだろうか?

う~ん、歯痒い...

でも、この景品、女の子に当たったらどうするつもりだったんだ?
普段は筋道立てて物申すくせに、
こんなところで妙に適当なのも、実に彼らしいのですが...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月12日 (金)

故障日和

こんにちは、西山です。

・先日、突然マウスの調子が悪くなりました。

 ホイールの回転を感知する部分がおかしくなったようで、
 少しだけスクロールしたいと思っても、
 一気にいってしまったり、かと思えば正常に感知したりと 

 なんとも不安定な状況になってしまいました。

 日ごろの不精により、埃等が舞い飛ぶ過酷な使用環境
 なものですから、そんなのが詰まっているのではと思い、 

 私はマウスを分解してみました。

 ネジをはずしてみると、案の定埃が詰まっており、
 それをブロアー(カメラ用)で吹き飛ばし、一件落着!

 ・・・かと思いきや、組み立てなおしてみると
 ホイールの不具合は一向に改善しておりませんでした。

 それだけならまだしも、あろうことかマウスの動きも
 おかしくなっているではありませんか。

 マウスを動かしても、ポインタがうまくついてこなかったり、
 突然あらぬ場所にワープしてしまったり・・。
 
 おそらくは、マウスの動きを読み取るはずのレーザー部に
 何らかの不具合が出たものかと思いますが、
 詳しい原因がわかりません。

 なんせ、掃除しようとしてこわれたわけですから。

 マウスパッドを変えてみたりなど試行錯誤してみたのです

 が、症状の緩和にはつながらず、
 あきらめてなんとかそのまま使おうとしてみたものの、
 これが具合の悪いのなんのって・・。

 最近ちょうど、CADで図面を書いているのですが、
 マウスの動きは作業効率に大きく関わります。
 生命線といってもいいぐらいです。
 
 こんな調子のマウスじゃ、ただでさえ遅い作業が
 いつまでたっても終わらなくなってしまいます。

 私は途方にくれてしまいました。

 
つづく

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月10日 (水)

灯篭

こんにちは。久しぶりに膝をすりむいた、土屋です。

さて、先日所要で長野に行ったときに、
久しぶりに中央通りを通ったら、こんなものができていました。

100_4147

これは、戦後にアーケードが設置されるまで存在していた灯篭で、
今年の善光寺ご開帳にあわせ、有志により復元建立されたようです。
詳しくはこちらの事業内容をご覧下さい。

中央通りは、蔵作りの建物が並ぶ中にも、
藤屋旅館を代表に、大正ロマンを感じさせる建物も多くあり、
和洋折衷の町並みが印象的な通りです。
それほど全国の門前町を訪れたことはありませんが、
それが他の門前町とは違い、また、魅力になっていると思います。

そのせいでしょうか、
この、こてこての和のデザインの灯篭、
確かに「門前町」という雰囲気を演出していますが、
まだ新しく色も落ちついていないからかもしれませんが、
個人的には、何か違和感を感じました。

ちなみに、下がこれまでの街灯です。

100_4148

これがデザイン的にどうかはさておき、
こうした雰囲気がしっくりくる感じがしますが、
建物も街灯も和洋折衷になり、
これから風景に溶け込んでいくのでしょうか。

何度も足を運んでいる私の印象はこんな感じでしたが、
観光客の方は私と違った印象をもたれることでしょう。
私も今度は、「旅人の目」で見てみたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 4日 (木)

はてるかかけるか

さいきん、
「朽ちる」という言葉に、親近感をもつようになった。

普通この言葉は、いい意味で使われることは少ないと思う。
ほとんどないといってもいいかもしれない。

私は、

 なかから小石や藁などが顔をだして、味わい深い表情
 となった土蔵の壁

 年輪の夏目の部分が削り取られ、
 冬目が残ってその表面に深い陰影を蓄えるようになった
 板壁や雨戸などの木部

 苔むした瓦

 草が生えてきた茅葺屋根

 ・・・・・・

といったものに心惹かれるのだが、
こういったものたちはいわば、程度の差こそあれ
いずれも「朽ちる」過程にあるのではないかと思うようになった。

もしそうなのであれば、「朽ちる」ということは
あながち悪いことばかりではなさそうだ。
 

辞書で「朽ちる」を調べてみると、

[朽ちる]
①木が腐って、形が崩れたり、役に立たなくなったりする。
 「朽ちかかった家」
②(名声などが)すたれる。「その名は永遠に―ことはない」

(大野晋 田中章夫 編『角川必携国語辞典』373頁)

とあった。

建築物やその構成要素に対して使う場合は、①の意味であろう。

隣のページには、「朽ち果てる」という言葉が載っていて、

[朽ち果てる]
①すっかり腐ってしまってしまう。
②世に知られることなく死ぬ。「片いなかで―」

(大野晋 田中章夫 編『角川必携国語辞典』372頁)

という解説がなされていた。

朽ち果ててしまったものにも心惹かれることはあるし、
果てた美というものも確かにあるだろう。

しかし、朽ち果ててしまった建物はもう
ただそこにあるだけで、
建物としての用途は果たさない。

そして、元のように戻すこともできず、
残された時間の経過を緩やかにしてやることも、
多くの場合できない。

ようするに、あとは土に還っていくのを見守るしかない。

「朽ちる」ことでうまれる美があるとするならば、求められるのは

  「朽ちかけた」状態を保つこと

かもしれない。

決してはてることなく、かけつづけること。

「朽ちかける」という言葉は、辞書にありませんでしたが・・。

Photo

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 3日 (水)

引き出す

こんにちは。今朝の早起き野球の成績が、
2打数1安1トイレだった、土屋です。
ノーアウト1,3塁というチャンスの場面、
お腹を下しトイレに行っていてアウトになってしまいました。
ともあれ、チームはやっと今期初勝利を収め、一安心です。

さて、先日とある番組で育児の特集をしており、
その中で、とある鹿児島の保育園が取り上げられていました。
独自の教育方法を行うその保育園では、
驚くことに園児が皆逆立ち歩きをし、跳び箱10段を跳び、
絶対音感を持ち、一度聞いた音楽をすぐに演奏できるんです。

その教育方法とは、具体的にはいろいろありましたが、
一貫しているのは、子供のやる気や本来持っている力を引き出す、
ということです。すると、誰でもできるようになるんだそうです。
また、園長さんはこんなことも言っていました。

 30年子供を見ていれば子供がどういうものか分かる

園児たちを見れば、その30年、真剣に子供たちと向かい合い、
注意深く観察していたんだろうと思います。
この言葉や、教育方法は育児だけではなく、
仕事や人間関係を築いていく上でも同じことが言えると思います。

仕事で言えば、私たちが向き合っていくのは、
主に家であり、それをつくる技術や素材、過程であったりしますが、
それらが持つ魅力や性能を引き出していけたらと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月29日 (金)

朝の贅沢

こんにちは。ここ数日、図面仕事のため、
日中あまり日光を浴びていない、土屋です。

そんな状況だからでしょうが、
さて、まずはこちらの写真をご覧下さい。

Rimg0231

これは、事務所の前の栗の小径沿いのツタです。
植えられた当初は、ヒョロヒョロと何本か植えられたものが、
今となっては壁面が見えないくらいに成長しました。
厳しい冬を何度も乗り越え、立派なものです。

また、同じ壁面の隣にも、
昨年の秋頃に植えたツタもだいぶ成長してきました。

Rimg0234_2

これは、知り合いの方にもともとあったツタからちぎって、
根をつけてもらったものを挿し木したものです。
何年後かには残りの壁面を覆い尽くすほどに成長して欲しいものです。
どちらもこの時期は、一層緑が濃く、イキイキしてる気がします。

また、その隣には紫色の花が咲いています。

Rimg0237

これはおそらく、シランという花かと思いますが、
行き交う人々も、立ち止まって見ていました。
この時期は緑も鮮やかで、このシランのような花も咲き、
栗の小径は今が一番気持ちのいい時期かもしれません。

ということで、最近、朝の誰もいない静かな栗の小径を通って、
通勤してくる事が、ちょっとした贅沢に感じる、

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月28日 (木)

泥団子づくり経過報告

こんにちは、近所の子供と仲良しな金石です。

先日、我が家の庭で「泥団子づくりワークショップ vol.2」を開催しました。
といっても、そんな大げさなものではなく、
私が庭先で先日報告した泥団子づくりの続きをしていたところ、
道路で遊んでいた近所の子供達が
興味を示して集まってきたというわけです。

幼稚園児から小学生まで、
男の子も女の子もみんな先程までの遊びをやめ、
私の手元を不思議そうに見つめています。

 みんなも粘土で遊んでみる?

こう問いかけると少し戸惑いながらも首を縦に振る子供達。

あぁ、そうか。
粘土遊びなんて子供は喜ぶかもな...
それにしても、世代を超えて
こんなにも人間の心を惹きつける粘土ってスゴイ。

そんなわけで前回余した粘土を水で捏ねて
好きなように遊んでもらいました。
すると、みんな真剣な顔をして丸いお団子を作り始めます。

 これって乾くと硬くなるの?

と聞かれ、「そうだよ」と前回作った泥団子を手渡すと
ビックリした様子で「本当だぁ」と目を輝かせています。
そしてこの会話を最後に皆沈黙...
真剣に手のひらの上で粘土の塊をゴロゴロとやっていました。

考えてみれば、この子達の「粘土」って、
幼稚園や小学校で使う「油粘土」なんですね。
私もこういう分野に足を踏み入れるまではそうでしたが...

さて、子供達の登場で諦めかけていた私の泥団子作りですが、
皆真剣に手を動かしてくれたおかげで、
思いがけず作業を続けることができました。

前回は荒壁土を丸めて下地となる団子を作りましたが、
今回はその上に砂漆喰を塗ります。
前回の粘土同様、現場で出た残材の漆喰と
子供の砂場から拝借した砂とを1:1の分量で混ぜて、
砂漆喰のできあがり。

フィルムケースの口の部分でグリグリと丸くして...

Img_2508

こんな感じに仕上がりました。
これに今度はノロ(粘土を水でドロドロに溶いたもの)を塗って
できあがる予定です。

ちなみに30分も経てば子供達の泥団子も次々と完成してきます。
小学生だとフィルムケースを使ってまん丸にしたり、
表面を磨いたりできるみたいです。

で、他にも何か作って!
とお願いされ、リクエストされた作品がこちら。

Img_2510

こんな顔だったっけ???

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月27日 (水)

言うは易く行うは難し

古民家には、長い時間の蓄積による
味わいや風格や風情があると思う。

こうした、時を経るごとに増す価値のことを
「建物の経年的価値」と呼びたい。

そして、このような価値の存在を認めるならば、

 古民家に限らず、古い建物に手を加える際に大事なのは
 それが再生のように大がかりなものであれ、
 わずかな補修や修繕であれ、
 その建物が持つ「経年的価値」を
 損なわないようにすることである。

と言えるのではないか。
そして、さらに言えば、

 その際新たに手を入れたところがやがて、
 「経年的価値」を持つように
 材料や技術を選択していくことが、
 古い建物を扱うものの使命ではないか。

と思う。

こうして書いてみれば、ごくシンプルなことであるし、
当たり前のことであるが・・。

 
〈本日のトイレ〉
100_2616
茅野市民館

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月26日 (火)

再会の約束 ~その2~

こんにちは。「本屋でお前のこと見たけど」と、
ここ数日立て続けに友人から連絡を受けた、土屋です。
お時間のある方は、本屋で坊主頭3人を見つけてみてください。

さて、本日とある取材に私たちもお招きいただき、
ライターの方とお話をさせていただく機会があり、
修景事業の活動や今後について話しました。

先日のGSデザイン会議のときもそうでしたが、
私たちの活動に感銘を受けたと言っていただき、
これからの活動に対して有難い励ましのお言葉を頂きました。

大学を卒業してから、この修景事業に就職して、
今のような活動ができていることの幸せさと、
これからもっとがんばらなくては、と改めて感じている今日この頃です。

また、そのライターの方が、

 出会うべき人とは出会うように決まっている
 今日の出会いも運命だった

ということをおっしゃっていました。
私は決してロマンチストではありませんが、
確かに友人たちや仕事を通じてであった人との出会いや、
これまでの進路を考えると、どれも運命といっていいくらい、
偶然が重なったり、奇跡的なことが起こってのものだと思います。

今年は達磨窯をつくり、山田写真館もある程度形になることで、
修景事業の活動の幅も広がってくるのではないかと思います。
エグザイルはメンバーが変わり、第2章を迎えましたが、
修景事業もメンバーは変わらずも、第2章を迎える、そんな感じです。

出会いも今まで以上に増えてくるでしょう。
というか、増えてほしい。
そして、その一つ一つを大切にしていきたいと思います。
今日の取材の方々とも、次に出会うときはおまけではなく、
私たちの取材に来ていただけるように、
日々がんばっていきたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月25日 (月)

再会の約束

こんにちは、事務所のトイレに入って用を足した後、
トイレットペーパーがないことに気付き、
土屋氏にこっそり電話して助けてもらった金石です。

突然の悪魔のようなお願いに嫌な顔一つせず
満面の笑顔で大量のトイレットペーパーを持ってきてくれた土屋氏が、
今日ばかりは仏様のように見えました...
ありがたや、ありがたや...

あっ、失礼。
くだらない報告はこの辺にして...

まぁ、こんなスットコドッコイな私ですが、
今日は仕事のやり取りで交わしたメールに
心温まるメッセージを頂き、
なんだかとっても嬉しい気持ちになりましたのでそのお話を...

今、修景事業は我々の事務所となる
旧山田写真館の改修工事を行っています。
そこでは古材と新材が混在しているため、
新材を古材の色に合わせるための
「古色仕上げ」を試みようとしているところです。

「古色仕上げ」は主に柿渋、ベンガラ、松煙などを調合して、
木材に塗装していくというもの。
これらの材料をメーカーから取寄せなければなりません。
それで、それらの材料の発注をしていたわけでありますが、
中でも「柿渋」に関しては個人的に思い入れのあるメーカーがあります。
そこでそのメーカーに製品の発注メールを送りました。

以下、私の送ったメールの「追伸欄」の抜粋。

 実は私、6年前の学生の時分に一人で御社を訪問したことがございます。
 当時、何の連絡もなしに突然やってきた若造を
 ○○社長は暖かく迎えてくださいました。
 2階の部屋で様々なお話をお聞かせいただいた事、
 そこで見た数々のサンプル品、
 工場で飲ませていただいた柿渋の味、、、
 どれも衝撃的な思い出として心に残っております。
 そのときに柿渋1.8リットル2本を購入し、
 「これがなくなった頃にまた来ます」と言い残して帰り、
 それ以来、ずっと足を運べずにおりましたが、
 社会人となった今、こうしてまた再びお世話になれることを
 大変嬉しく思っております。

そして、このメールに対する返信の抜粋。

 『追伸』のメッセージを嬉しく拝見させていただきました。
 お近くにお越しの際には是非、お立ち寄りくださいませ。
 お会いできることを楽しみにしております。

いやぁ、本当にありがたいお言葉をいただきました。
こちらのメーカーさん、無知の学生の私でも知っているほどの
柿渋業界でもトップメーカーさんなんです。
にもかかわらず、本当に突然訪問した当時学生だった私に
貴重な時間を割いていろいろと柿渋についてお話していただきました。
それだけでもありがたいのに今回のこのお言葉...

おそらくは当時のことなんて覚えていらっしゃらないかと思いますが、
これはもう、お言葉に甘えまくって絶対に会いに行きます!
「近くにお越しの際」ではなくて「あなたに会うため」に!
そして、今度こそ私をキチンと覚えていただくために。
伺いたい話は山ほどあるんです。

でもまぁ、今度は社会人らしくアポをとって行くことにします...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月22日 (金)

飛行機はなぜ飛ぶのか実はわかっていない

↑って知っていました?
こんにちは、西山です。

001

この写真は、以前ここでとりあげた
九谷焼の窯跡の覆屋と同じ敷地に建つ、
以前は工房として使われていた建物です。

今は展示棟として利用されていますが、
往時の雰囲気を感じさせました。

この展示棟には、
九谷焼の名品がずらりと並べれていたのですが、
なかでも驚きだったのが、こちら。

001_2
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、
大きさとしては、おちょこくらいです。
このおちょこ(仮)には、模様が描かれているのですが、
この写真ではわかりませんね。

ということで、拡大したものがこちら
003
なんとそこには、大勢の人間が描かれていました。

もう一度書きますが、この器はおちょこ大です。

その側面に、人間わざとは思えないほど細かい絵付けが
なされているのです。
さらに、写真ではわかりませんが、
このおちょこ(仮)の内側にも、同じくらい細かい絵付けが
なされているのです。
(内側のほうがより難しいことは、想像に難くありません)

この細かすぎるほどの絵付けが久谷の特徴の一つである
ということを、スタッフの方に教えていただいたのですが、
そのかたがおっしゃるには、久谷の技術は
1ミリの間に5~6本の線を引くことができるほどだそうです。

常人には考えられない世界です。

そして、こんな細い線を引ける筆はどんなものだろう?と
思いませんか?

これまたスタッフの方の説明によれば、

 絵付けの筆には、ねずみの毛が使われた

とのこと。
なるほどねずみねぇ・・と納得しかけていたのですが、
説明には続きがありました。

 ねずみのなかでも一番いいのは、
 琵琶湖の湖畔の酒屋のねずみの髭です。

と・・。

ここまで細かく、かつ具体的にされると、
おそらくほとんどの人は、迷信の類だと思うでしょう。

正直にいえば、そのときの私も、そう思いました。

しかし今思い返してみると、別の想いを抱きます。

というのも、こういった言い伝えの類は、
建築の分野にも多く存在するのです。
(具体例は後日ということで・・)

それで、そういったもの全てを、

 ああなるほど、昔の迷信ね・・

と片付けてしまっていいのだろうか、と。

私は、そういった言い伝えの多くは、
実は理にかなったものであって、ただ現時点では、
その「理」が解明されていないだけなのではないかと、
勝手に思っています。

というわけで、この類の問題を

 琵琶湖の湖畔の酒屋のねずみの髭問題

と命名し、これから鋭意調査に励もうと思います。

プロジェクト名が長くて、覚えられるか心配ですが・・。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月21日 (木)

景観相談会

こんにちは。ちょっと動いただけですぐ汗が滴ってくるのですが、
同じ仕事でも、人一倍がんばっているように見えるのではないかと、
姑息なことを考えてしまう、土屋です。

さて、本日、小布施町で毎月開催されている、
景観相談会なるもの行ってきました。

小布施町は、1980年代に行われた「町並み修景事業」以来、
町独自のデザイン基準を設けたり、条例を制定するなどして、
そして2004年には景観法の制定に伴い、小布施町は景観行政団体となり、
町独自で景観行政に取り組んでいます。

こういった流れの中で、小布施町では住宅などを新築する場合には、
そのデザインが定められた基準に合致しているか、
事前の届出が必要であり、その前段階として相談会が行われています。
そして、各種申請手続きを進めている達磨窯の上屋も例外ではなく、
その建物の相談に行ってきたというわけです。
ちなみに、この辺の詳しい内容についてはこちらをご覧下さい。

相談会は、設計事務所の所員の方1名と、東京理科大の学生1名、
役場の担当の方1名、計3名の相談員と個別相談になります。
私が着いた時には先客がお1人いらして、別室で待機することに。
通常、一人20分ほどで相談が終わるとのことだったんですが、
私の順番が来たのは、1時間後のことでした。

達磨窯の上屋のデザインについては、早々に了承が得られ、
そのあとちょっと雑談をする中で、
前の人の随分時間がかかった理由を尋ねると、
「どうしても基準に合ったものを受け入れてもらえなくて」
というような理由でした。

小布施町の場合、景観形成重点地区とそれ以外の地区とに分かれており、
どちらに該当するかで基準の絶対度が違い、
それ以外の地区の場合、極力基準に沿わせる、という感じのため、
行政と施主の間で見解が合わないことが多々あるのではないかと思います。
そうしたときに、行政がどこまで意見を通し、どこで折れるか、
そこがこの制度では重要になってくるのではないでしょうか。
素材やデザインが多様化するなか、この判断は難しいと思います。

また、例に挙げられるような家が少ない、
デザインも決まり、着工間近に相談に来られる方が多く、
指導をしようにも変更が困難なときがある、などの問題点もあるようです。

「外はみんなのもの、内は自分のもの」

「町並み修景事業」から続くこの考え方が、
どれだけすばらしく、大事であるか、改めて感じました。
また、基準を満たした上でいかに施主の要望に応えるか、
設計者の能力も問われてくるのではないかと思います。

帰り際、相談員の方に、
「修景さんで家を建てるときは、お手本になる家を建ててください」
と、激励の言葉をいただきましたが、
現在設計中のH邸、完成を楽しみにしていてください!

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月20日 (水)

コンクリートの表情

こんにちは、いよいよ30代に足を踏み入れた金石です。

先日から再開した旧山田写真館の工事報告です。
本日の作業内容はこちら。

 1.外壁水切りの加工・取り付け
 2.コンクリート基礎表面のビシャン仕上げ加工

2.については先日の土屋氏のブログの紹介にあったとおりです。
その後、土屋氏はめでたく「ビシャン職人」となったわけでありますが、
本日の午後、所用で席を外したため、
私が代打として作業したというわけです。
で、本日はそこで思ったことを...

ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ・・・

多くの観光客の行き交う国道に
重たく不気味な音を響かせながら、
この地味な作業は延々と続きます。

時折、現場の前に立ち止まった観光客の方から、
「あら、石みたいになっていいわねぇ」なんて
励ましの言葉をいただきながら、
大量の汗をかきかき手を動かして考えておりました。

 この作業は「コンクリート」を「石」に見せるための作業なのか?

と...
たしかに、我々も冗談半分で仕上がった面を
「石っぽい」なんて言ってみたりはしておりますが、
「コンクリートを石に見せる」という考え方には
いささか違和感を覚えずにはいられません。

そりゃぁそうですよね?
今、目の前にしてハンマーで叩いているのは
まぎれもなく「コンクリート」ですから。
「石」を目指すのであれば、
経済的な問題はあれ、初めから石で施工すべきでしょう。

何かに似せてつくられた素材は、
やはりどうしても「偽者感」が付きまとい、
どこかシラけた表情になってしまいます。
注意して世の中を見ると、
そういう素材はたくさん転がっています。

なにも目に限った話ではないですが、
人間の感覚って意外と繊細に厳しくジャッジしています。

では、今コンクリートをハンマーで叩いているこの作業は何なのか...?

そんなことをゴンゴンっとやりながら考えていたのです。
で、自分なりの答え。

 この素材はまぎれもなくコンクリートです。
 建物の基礎としてはなかなか優秀な素材です。
 ただ...
 仕上がった表面がどこかのっぺりとしてしまい、
 その質感が古い建物には似合いません。
 だから、表面を叩いて微妙な陰影をつけているのです。

Img_3610

そもそも、

 「コンクリート」→「のっぺり」

という表情が、どこか当たり前のように感じておりました。
が、考えてみるとそれは
シンプルな施工方法によって生み出される表情の一部に過ぎません。

つまり、型枠に流し込んで固まった後、
型枠を剥がした状態が普段我々がよく目にする「コンクリート」ってだけで、

 「コンクリート」→「ツルツル・のっぺり」
          →「ザラザラ・凸凹」

でもいいわけです。
よく考えてみると「石」だって

 「石」→「ツルツル・のっぺり」:墓石タイプの磨き仕上げ
    →「ザラザラ・凸凹」:切石タイプの叩き仕上げ

と、同じ石でも加工によって表情は違いますよね?
今回のコンクリートの仕上げもこれと同じです。

まぁ、そんなわけでゴンゴンッとやっております。
仕上がってしまえば誰もこんなところを気にしないとは思いますけどね...
それはそれで理想的なカタチです。
気にしないってことは、建物との違和感がないってことですから...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月19日 (火)

廃番 

こんにちは、西山です。
突然ですが、
粘土が廃番になってしまうって知ってました?

・少し前にこのブログで「ロングライフ建築」と題して
 
  この世から土がなくならない限り、壁土はなくならない

  だから土壁は、いつまでも修繕することができる

 というようなことを書きましたが、
 それと時を同じくして、
 ある陶芸家のかたと話す機会がありました。

 
 我々もこれから瓦という焼き物を焼こうという身ですので、
 質問することといえばおのずと、
 材料となる粘土の産出場所や窯の種類、
 焼成方法など・・になるわけです。
 
 
 そんな会話のなかで、そのかたがおっしゃっていたのは、
 
  (陶芸用の)粘土が廃番になってしまう

 ということでした。

 陶器の場合、壁土とはちがって、
 どんな土でも成立するというわけではないので、
 粘土が商品として取引されることはごく自然の流れだと
 思いますし、その様な状況は知っていたのですが、
 
  粘土が廃番になってしまう

 ということは、思ってもみませんでした。また、

  「粘土」

 という響きと、

  「廃番」

 という響きの組み合わせに、
 書籍やCDと粘土が同列に扱われているようで、
 かなりの違和感を感じました。

・廃番粘土の話に違和感を感じたのは、
 茅葺きの工事に関わるようになり、
 茅が商品として扱われる様を見てきたからかもしれません。

 茅に限らず、一昔前までの家は
 身近にある材料を利用して作られていたので、
 そこには、「商品」「流通」「廃番」・・なんていう言葉は
 存在しなかったはずです。

 材料は、そこらにあるわけで、「廃番」になんかなりっこないし、
 自分で調達すればいいだけの話ですから。

 それに対し
 現代の家づくりは、よくもわるくも、「商品」ありきだと感じます。
 自分たちで材料をそろえるかわりにそれが、
 商品としてやってくる。

 「商品」を組み合わせて家がつくられる。

 「商品」に頼る以上、「廃盤」の可能性は常にあるわけで、
 「廃番」というかたちで材料や部品の供給を絶たれてしまえば、
 増改築や修繕の際に、困ることは目に見えています。

 
 長持ちする家をつくるには、

  できるだけ「商品」にたよらないこと

  「商品」が「廃番」になる可能性を見越し、代替品での対応を
  可能にしておくこと

 そんなことが大事なんではないかと思うのですが、
 どうでしょう?

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月15日 (金)

当事者意識

こんにちは、東京に1日滞在すると肩が凝る金石です。

ブログの更新がまたもや遅れましたが、
5/15(金)はとある用事で東京を訪れておりました。
その「とある用事」はこちら。

 GS連続シンポジウム2009
 『まちづくりへのブレイクスルー・このまちに生きる』
 第2回『受け継いできたもの、受け継いでゆくもの-長野 小布施町』

GSデザイン会議主催、土木学会 景観・デザイン委員会後援の
シンポジウムで、会場は東京大学工学部景観研究室。
そう、第93回小布施ッション講師の川添善行先生の研究室です。

このシンポジウムのパネリストとして、
今回当社代表取締役でもある市村次夫(株式会社小布施堂代表)と
当社取締役でもあるセーラ・マリ・カミングス(株式会社桝一市村酒造場代表)が
招かれたわけですが...
なんせシンポジウムのタイトルが
『受け継いできたもの、受け継いでゆくもの-長野 小布施町』
ときたものですから、そうれはもう...
少々無理を言って坊主頭3名も同行させてもらったというわけです。
もちろん受け継いでいく立場の人間として。

シンポジウムの内容については割愛させていただきます。
それよりも今回のシンポジウムに参加して、
少しばかり我々の紹介もさせていただいて、
さらには多くの刺激的な方々とお話をさせていただいて、
しまいには懇親会の締めの言葉までまかせていただいて、、、
と盛り沢山な内容の1日を過ごした後の個人的な感想をここでひとつ...

我々に暖かいお言葉を掛けてくださる方々は、
直接的にはこう表現しませんが、
要するに、

 お前らがこれからの小布施をつくっていけるのか?
 本当に当事者意識をもってやっていけるのか?

ということを暖かな目線から、それでいて厳しい態度で
我々に問いただしてくれていたように思います。

まぁ、実際のところ、
皆様が我々に対してどう思ったかはわかりません...
でも、少なくともこの坊主頭にとってはそのように映りました。
これは本当にありがたいことです。

で、その問いかけに対する応えはというと、

 我々がこれからの小布施をつくっていく!!

そうそうたる方々が集う懇親会の最後で
全力で大見得を切ってきたとおりです。
大見得を切ったと同時に、
本当の意味での「当事者意識」がやっと自分の中に芽生えたような気がした
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月13日 (水)

スポーツとまちづくり

こんにちは。以前ラジオショッピングで買った商品が、
買ったときより安くなって販売されていてショックな、土屋です。

さて、先日とある理由から、
信濃グランセローズの公式戦を見ることができました。
BCL発足以来、一度は見てみたいと思いつつ、初めての観戦でした。

試合が行われたは、公式練習場にもなっている中野市営球場です。
会場に着いたのは試合開始の二時間前だったのですが、
予想に反して、開場を待つ人ですでに盛り上がっている感じでした。

Ca390025

試合が始まり、スタンドに上がってみると、
ホームである信濃グランセローズの3塁側スタンドは、
ほぼ満席で、赤く染まっていました。

Ca390026
Ca390030

試合は、終止信濃グランセローズがリードする展開で、
最後は危ない所もありましたが、7-4と見事に勝利し、
集まった1376人のファンも大盛り上がりでした。
この1376人というのも、収容人数が1600人の球場では立派なものです。

また、地域密着やファンサービスを大事にしているBCLですが、
ほとんどのスタッフが後援会のボランティアであったり、
試合前や試合中に選手によるパフォーマンスがあったりと、
その頑張りが随所で感じられました。

さらに、観戦中にはあちこちから、
「おい○○、なんでそんな球に手を出すんだよ」、
「○○、ここでもう一本頼むぞ」、
と声(野次?)がとんでいましが、
はて、この声の掛け方の感じ、身に覚えがあるような…
高校で野球をしているころ、保護者が声を掛ける感じと同じなんです。

後援会や観戦者を見てみると、子供連れも多かったですが、
それにも増して、ちょうど私の親と同じか、それより上の年齢の方が多く、
高校野球の延長のような感じで、
地域の人に受け入れられているんだなと思いました。

度々、「中野市はスポーツによるまちづくりを進めています」、
と聞く機会がありますが、それを実感できた気がします。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月12日 (火)

球体の泥団子

こんにちは、最近何かと粘土と接する機会の多い金石です。

さて、泥団子づくりの経過報告です。

手でピンポン玉大に丸めた荒壁用の粘土ですが、
半日乾かすと表面はザラザラとしてきて、
少し前まであったグニュっとした粘土特有の感触はすっかりと何処かへ...

そうなってきたところで整形作業開始。
ホールソーの刃(鋸刃が円筒状になっているもの)を
泥団子の表面に当てながらグリグリと撫で回すと、あら不思議!?
余計な凸凹が削り落とされて球体になります。

とはいえ、そもそもは荒壁用の粘土ですから、
繋ぎ材として短く刻まれた藁がたくさん含まれています。
当然、表面を削るとそれらがあちこちに顔を出しますので、
実際には球体の粘土から藁がピョンピョンと跳ね出した状態ですが...

で、最後にその跳ね出した藁をバーナーの火で焼くと、、、

Img_3593

泥団子の下地材の完成~っ!!
(結構まん丸な球体になります。)

それにしても、ホールソーの刃だとか、ビンの口だとかで
泥団子の表面をグリグリ撫で回すと球体ができるんですね。
知っていればなんてことないことですけれども、
今まで気付きもしませんでした...

この球体を作る作業、
大人がやってもちょっと感動しますよ。
粘土(淡路産)だけを使って試作した正真正銘「泥団子」は、
薬のビンやフィルムケースの口でグリグリやったら
かなりの精度で球体に仕上がりました。

Img_3594

この技術を子供の頃に知っていたら、
もっとみんなの人気者になっていただろうに...

と今更悔やんでみても仕方がないので、
この技術を子供達に教えて、
子供達の人気者になってやろうと密かに目論んでいる
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 8日 (金)

静岡の旅 ~その2~

こんにちは。最近、10時半くらいになるとお腹が空く、土屋です。

さて、静岡の旅の続きです。
浜松市から静岡市に移動したあと、
さらに東に移動して、富士宮市を目指すことに。

Rimg0105
静岡市の海岸沿いです。
いちご海岸通りという名前がついているくらい、
いちご狩りのハウスが並んでいました。
天気も良く、富士山がきれいに見れると思っていたんですが…

Rimg0107
これまた静岡市ですが、
名勝「三保の松原」に向かう三保羽衣参道「神の道」です。
樹齢400年ほどの松並木がおよそ500m続いているそうです。
「神の道」とは大それた名をつけたと思いましたが、
確かに神秘的な感じを醸していました。
そして、いよいよ富士宮市へ。

Rimg0111
Rimg0110
こちらは、日本盲導犬総合センターです。
この建物は、盲導犬の訓練や、引退した盲導犬が暮らす施設で、
数々の建築賞も受賞しています。

そして、今回ここに立ち寄った大きな理由は、
富士の裾野に建つこの建物を写真で見たときに、
富士山を背負って建つ外観がとてもきれいだったからなのですが…

Rimg0113
Rimg0122
Rimg0126
惜しい!
青空で、きれいに富士山が見えてくれたら、
どんなに気持ちのいいところだろうと思いました。

それでも、昼間の天気がうそのように富士山に近づくにつれ、
雲が増え、富士宮に入った時には雨がパラついてきたような中、
うっすらでも富士山が顔を出してくれましたのは、
幸運だったかもしれません。

これにて、今回の静岡の旅は終わりになりますが、
今月末、再び友人の結婚式のため浜松に行く、
土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 7日 (木)

とある家のGW

こんにちは、ずっと体調不良で寝込んでいた金石です。
そう、GW期間中ずっと...
しかも家族揃って...

そんなわけで世の中の混雑っぷりは
ニュースを通してかなり他人事として眺めておりました。
思い起こせば、こんなにも外出しない休日が続くことなんて
今までになかった気がします。

でもまぁ、体調が良いときには庭に出たり、
近所を散歩したりしていたんですよ。
とはいえ、移動手段の大半が「徒歩」ですから、
とってものんびりとした気分になれました。

不思議なもので、
のんびりとした気持ちで暇をもてあますとになると、
なにか手を動かしたくなります。

 「穏やかな心境」+「余裕のある時間」=「創作意欲」

これ、私の心の中の方程式です。
裏を返せば、
これほどまでに贅沢な環境が整わないと創作意欲が沸かない
とも読み取れますが...

そんなわけで、今回私がチョイスした「創作」とは・・・

Img_2301

泥団子~っ!!

以前、常滑の「どろんこ館」を訪れたときに、
「光る泥団子」なるものが世の中にあることを知り、
一度はつくってみたいという感情を
ずっと密かに心にしまい込んでいたのですが、
ここにきてようやく体が動いたわけです。

私が「どろんこ館」を訪れたのは昨年の12月ですから、
以来、約5ヶ月もの長い長い我が体内での潜伏期間を経て、
やっとチャレンジ開始です。
まぁ、人間なんてそんなものかもしれませんね、
なかなか行動に移せません...
今回、奇跡的に贅沢な環境を得て手を動かせる私は幸せな気もします。

早速、左官現場から出た荒壁の残材と、
淡路島に行ったときに分けてもらった粘土を少しばかり拝借し、
水をかけては手で捏ねたら、
はいっ、粘土の出来上がり~っ!

もともと粘土なんですから、当たり前です。
実際、体調不良の3歳の子供でもできました。
もちろん、体調不良の大人でも問題なくできました。

これをピンポン玉大の大きさにして乾かして、
それから上塗りと磨きを重ねていきます。
今後、砂漆喰を塗って、最後にノロを塗り込めば多分光るはず。
追って作業経過を報告いたします。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月30日 (木)

静岡の旅 ~その1~

こんにちは。今年は結局お花見にいけなかった、土屋です。
まだ桜が咲いていて、屋台が出ているところはあるものでしょうか。

さて、先日友人の結婚式のため、浜松に行ってきました。
その帰り道、いくつか建物を回ってきました。

Rimg0073
登呂遺跡内にある白井晟一氏設計の芹沢銈介美術館です。
登呂遺跡が工事中であることは、以前の西山氏のブログで知っていたのですが、
まさか美術館が休館日とは、考えもしませんでした。
事前調査の大事さを痛感いたしました。

Rimg0081
長谷川逸子氏設計の静岡大成中学校・高等学校です。
窓の配置が独特で一見学校には見えない建物で、
中がどんな感じなのか気になり除き込んだりしていると、
怪しい人を見る視線を感じたので、退散してきました。

Rimg0088
Rimg0100
磯崎新氏設計のグランシップです。
いかにも磯崎新、という感じのする建物で、
その名の通り、船を連想させるデザインをしています。
コンサートホールや会議場の巨大な複合ホールです。
外壁の石の使い方が印象的でした。

静岡の旅はもう少し続きますが、
続きは次回。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月27日 (月)

いちばんたいせつなこと

こんにちは、西山です。
これは27日更新のブログということになっていますが、
本当は、その翌日の28日に書いております。

というのも、27日にブログに取り掛かったのですが、
少し書いては消し、少し書いては消しを繰り返した結果、
何が書きたいのかわからなくなりまして、
とりあえず、その文章とともにのせる予定だった写真だけ
アップするという事態になりました。

下の写真がそれです。

001
001_2

001_3

001_4

001_5

001_6

P4275831
P4275844

これらの写真を見ただけでは、私が何を書きたかったのか
わからないと思います。

一応そのときは、
それなりのまともなことを書こうと思ったのですが、
書いている途中にどうも自分の文章が、
説教じみているように思えてきまして・・。

それも心の底からそう主張することを望み、書いたものなら
説教じみていても問題ないのですが、
ちょっと上から目線で物を言っているというか、
自分の身の丈に合わないところから書いているというか、
こんなことを書いて、賢い自分と思われたいというような、
まあとにかく、背伸びをしすぎた文章だったのです。

先日文化と文明の違いのところで取り上げた、
井上ひさしさんの本に、こんなことが書いてあります。

 「いちばん大事なことは、
  自分にしか書けないことを書くことです。
  自分にしか書けないことを
  だれにでもわかる文章で書く。」

  『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』
                新潮文庫、31頁引用

まったくもってその通りだと思います。
そして続きにはこうあります。

 「不幸にして日本の作家、学者の人たちのなかに
  ―とくに学者は相当多く、
  作家はさすがに少ないんですが―
  だれにでも書けることを、
  だれにもわからない文章で書いている人が
  いるんですね。」

昨日の私が、書きかけた文章が、
まさにそんな文章でした。

小難しいことを書こうと思って書いたわけではないのですが、
わかりやすく書くということはやっぱり、
結構大変ですね。

こねくりまわして、まわりくどい言い方で、
つらつらと説明を重ねたほうが、
いかに簡単で、楽か・・。

でも、そうやって書かれた文章は、
なんだか賢そうなことを書いているようには見えても、
実際は中身の薄い文章であるし、
結局は読んでくれる人に、
届かないのではないかと思います。

いままでに自分が書いてきたもののなかにも、
そんな文章が少なからずあったかと思いますが、
書いてしまったものは仕方ないので、
これから先、上記の言葉を心にとめて、

 自分にしかかけないことを書いた
 だれにでもわかるブログ

にしていきたいと思います。

西山哲雄

| | コメント (0) |