小布施の風景

2009年12月22日 (火)

霧霞

こんにちは。今朝菅平が日本で一番冷え込んだそうです。土屋です。

さて、この時期の朝方、小布施は霧に包まれることがよくあります。

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濃いときには数10m先も見えないようなときがあります。
朝霧は盆地に発生しやすいようですが、小布施は長野盆地に位置し、
扇状地という地形も影響しているのかもしれません。

このように霧がかかって、周囲が霞んで見える情景を「霧霞」、
っていうんだろうなと、私は勝手に思っていましたが、
タイトルを見て違和感を持った方はいませんか?それもそのはず、
辞書で調べてみたところ「霧霞」なんて用語はありませんでした。

ちなみに、「霧」、「靄(もや)」、「霞」は似たような用語ですが、
辞書にはこんな風に書かれていました。

 「霧」「霞」「靄」は、発生的には同じであるが、
 見通しの程度が一キロメートル未満のものを「霧」、
 一キロメートル以上のものを「靄」という。
 「霧」は、季節としては秋、時刻は朝夕夜に出るものをいい、
 「霞」は、春の霧をさし、主として昼間に見られるものをいう。
 「雲」「霞」は遠くに見えるもの。「霧」「靄」はその中にいていう。
           (「角川 必携 国語辞典、角川書店」より抜粋)

これによると「霧霞」なんて用語はおかしなことになっていますが、
言葉の響きとしてはきれいで、アリな感じがするのは私だけでしょうか。
いずれにせよ、思い込みとは恐ろしいものですが、
こうした言葉の思い込みは他にもたくさんありそうな気がします。

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こちらは今月初旬に茨城に行ったときに、筑波山から見た「雲海」です。
山を上がって行く途中は「霧」でしたが、上から見下ろすと「雲」になる。
なるほど、辞書の説明は正しいですね。
小布施の霧も、一度上から見てみたいものです。

土屋 直人

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2009年12月10日 (木)

酒林

こんにちは、西山です。

本日、我々は、山へ行ってきました。
そのわけは・・・

Photo
これです。

杉玉(造り酒屋の店先によくある、杉の葉の大きな玉)を
つくるために、
山から軽トラック2台分という大量の葉を集めてくるというのが、
本日のミッションでした。

まとめると、間伐された杉の木の、
葉っぱを切って集めるという、ただそれだけのことですが、
それがなかなかどうして、興味深い経験となりました。

作業開始前、
遠目ではどれも綺麗な緑の葉に見えたのですが、
実際に近寄ってみると、
個体差や伐採された時期の差などにより、
色の差があることがわかりました。

用途を考えると、なるべく青々とした葉を集めたい我々。
おのずと、
できるだけ鮮やかな緑色をした葉を求めて、
杉林の間を行ったり来たりすることに・・。

そして、しばらく作業に没頭した後のことでした。
私はあることに気づいたのです。

 自分の中の、「緑色」の数が増えている。

と。

最初はせいぜい、

 綺麗な緑
 いわゆる普通の緑
 くすんだ緑

といった3段階くらいを識別する程度だったのが、
最後には、うまく言葉では分けられませんが、
感覚的には10段階くらいの「緑色」が
自分のなかで生まれていました。

この感覚、すごくおもしろかったです。

普段みなれた「緑色」のなかに、
自分のしらない新しい「緑色」を発見したような・・。

「緑色」の奥行きを感じた一日でした。

西山哲雄

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2009年10月29日 (木)

大きな栗の木

こんにちは、金石です。

唐突ですが、皆さんは「街区」という言葉をご存知でしょうか?
要は道路でグルッと囲まれた内側の部分のことです。
身近な住所表記に当てはめると、
「○丁目△番×号」の「△番」に該当するエリアです。

近頃、とある住宅の設計をしている関係で、
小布施町内のとある敷地周辺を頻繁にウロウロしています。
歩きながら遠目に周辺環境を眺めていると、
ふとあることに気付きました。

 小布施の街区の中心には大きな栗の木がある

こちらが実際の写真。

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普段は通り沿いから引いた距離で眺めるため、
さほど気になりませんでしたが、
どちらもかなりの大きさの木です。
高さは15m超、葉張りも10m程はあります。
栗畑の栗の木に目が慣れているせいもあって、
実際に近くで見ると、その大きさに驚かされます。

Img_4019

ちょっと調査してみると、どうやらこうした環境は
街区の敷地割りとも大きく関係していそうです。
中央に大きな栗の木がある街区は、
決まって間口が狭く奥に長い
「鰻の寝床」と呼ばれる敷地割りがなされていることに気付きました。

少し専門的な話になってしまいますが、
このような敷地割りの街区は、
通り沿いが店舗などの「オモテ」の空間。
その裏には住居、中庭(畑)、さらには土蔵と続き、
そこにはプライベート性の高い「ウラ」空間が広がります。

その街区の「ウラ空間」に、
大きな栗の木が象徴的に残っているわけですが、
その風景は大切にしていきたいと思いながら設計しています。

今、この木は街区の方々の共有物であるかのように書きましたが、
本当のところはその街区内の誰かの所有物です。
恐らくは維持管理も大変かと思いますが、
それでもこのような木を残している
意識の高い所有者に頭が下がります。

金石健太

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2009年10月27日 (火)

紅葉狩り

こんにちは。秋の夜長は眠くなる、土屋です。

さて、寒くなるにしたがって、
日に日に山の紅葉が下りてくるのが分かり、
界隈の木々もだいぶ色づいてきました。

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Rimg0010

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写真がいまいちで申し訳ありませんが、
瓦と広葉樹の取り合わせは風情があり、
とりわけ、古瓦との相性は抜群です。

紅葉のような四季を感じさせるものと、
瓦や土壁、あるいは茅葺など古来の素材の取り合わせは、
それだけで郷愁を感じさせる気がします。

今まで桜狩りには出かけたことがありますが、
紅葉狩りには行ったことがないので、
今年はどこか出かけて見たいと思っている、

土屋 直人

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2009年9月10日 (木)

長持ちする家~その3~

こんにちは、西山です。

誠に恐縮ではありますが、
今回も前回の続きとなります。

・・・・・・

前回の最後にこんなことを書きました。

 「この家は200年もちます」
 と保証している会社自体が、
 200年後も存在する保証はどこにもない。

と。
各企業がそれぞれの工法や素材を追い求める中で、
この事実は、意外と重いものであるように思います。

要するに、
メンテナンスさえすればまだまだ使える家が、
それを担う企業がなかったり、
または必要な材料が手に入らなかったりすることで、
壊してしまわざるを得ない状況に
追い込まれてしまうことが起きるのではないか?
ということです。

では、そうならないためにどうすればいいのか?
それは、歴史が教えてくれる気がします。

昔(といってもひと昔程度の昔ですが・・)は、
家は、その土地にある材料を使って、
その土地の気候風土に合わせてつくられていました。

それはみなさんご存知かと思いますが、
なにせ昔は、身近にある材料といっても、かなり限られていました。

土、木、草、・・・そんな自然素材を使うしかなかったわけです。

そして、つくりかたにしても、
限られた素材を使ってその土地の気候に合わせなくては
いけませんでしたから、突飛なことはできません。
その結果、
ある範囲の土地では、どれも同じような工法による、
同じような格好の家が並ぶことになるわけです。

昔はただ「結果として」そうなったわけですが、
今と比較して考えれば、
昔は材料と技術の両方が、地域の職人によって共有されていた。
ということが言えるのではないかと思います。

だからたとえば、その家をつくった職人がいなくなってしまっても、
その土地の職人ならばだれでも、
その家のメンテナンスを引き継ぐことができたはずです。

・・要するに、

 地域として
 「この家は200年もちます」
 ということを担保する

ということが、成り立っていたのではないかと思うのです。
で、もしそうであるならば、これは、

 個人や企業として
 「この家は200年もちます」
 と担保する

ことに比べて、圧倒的に安定感があるのではないかなと
私は思います。

みなさんは、どう思いますか?

西山哲雄

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2009年9月 9日 (水)

??葺

こんにちは。今日はほとんど汗をかいていない、土屋です。
だいぶ過ごしやすい季節になってきました。

さて、先日事務所近くの界隈で、こんな屋根を見つけました。

Ca390050

建物の間のちょっとした塀ですが、
なかなか凝った屋根をしています。

Ca390051

こうした小さな板を使って葺く屋根の場合、
左右突き合せて板を並べ、上の部分を重ねて次の段を葺いていきますが、
この屋根は、板の左右に重なりをとって、
段ごとにその重なりを逆にしています。
軒先も珍しい納まりをしています。

Ca390052

以前、少し触れたかもしれませんが、
私は大学時代の研究テーマが「板葺屋根」だったため、
板で葺かれた屋根は資料でたくさん見ましたが、
この葺き方は初めて見ました。

通常の板葺の場合、上下の重なりの部分が密着することで、
毛細管現象で水を吸い上げてしまう心配があります。
そのため、通常、機械で製板した板ではなく、
手で繊維に沿って割った板の方が、
表面に適度な凸凹が生じるためよしとされますが、
この葺き方ならば、そんな心配はいらなそうです。

この規模だからできる葺き方なのかもしれませんが、
他にもあるのか、なんていう葺き方なのか、
気にかけていきたいと思います。

しかし、1ヶ月ほど前ここに来たときには、
この屋根の存在に全く気付いていませんでした。
やはり、目には入っていても認識できていないものって、
身近にもたくさんありそうです。

土屋 直人

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2009年9月 7日 (月)

長持ちする家~その2~

こんにちは、西山です。
変則シフトの結果、先週ブログの当番が回ってこず、
ずいぶんと久しぶりにブログを書く気がします。

間があいたうえでの前々回のつづきで申し訳ないのですが、
よろしくおねがいいたします。

~前々回のあらすじ~
 200年もつような「長持ちする家」を想定するならば、
 「手入れ」の思想なしには成り立たない。

 「手入れ」を前提に家を考えるならば・・・。

さて、「長持ちする家」を思い浮かべたときに
私が気になったのはこんなことです。

例えば、Aというメーカーが「長持ちする家」をつくったとします。

その家は、A社独自の「○○工法」で建てられており、
使用する材も、そのほとんどがA社のオリジナル製品。

最近の住宅産業においては、このようなことは
どこの会社でも見られる事態です。

よりよい工法を探ったり、他社との差別化のために
オリジナルの建材を使ったりすることは、
努力の方向として当たり前に思うかもしれません。

しかし、と私は思いました。

このようにして専用仕様・専用部材によって建てられた住宅は
メンテナンスするにしても
模様替え程度のものならいざ知らず、
主要部分に手を入れることになればおのずと、
その専用仕様・専用部材ありきになってしまうと思うのです。

つまりは、その専用仕様を理解する会社が、
専用部材を用いてメンテナンスする、と。

これはこれで、メンテナンスとして成り立っているように
思えますが、
なにせここで想定している「長持ちする家」は
200年という長いスパンで考えていますから、
このような「閉じたサイクル」は危険なのではないのかと
私は思うのです。

つまり、上記の例でいうならば、
200年の間に、
専用仕様を理解する会社が潰れてなくなってしまったり、
専用部材が「廃盤」になってしまったり、
もっといえば、
おおもとのA社自体がなくなってしまった場合に、
専用仕様・専用部材ありきのこの住宅のメンテナンスは
立ち行かなくなってしまうのではないでしょうか?

要するに、この家の「長持ち」を担保するものは、
A社であり、限られたメンテナンス会社であり、
専用部材であり、
そのうちのどれが欠けてしまっても
この「閉じたサイクル」は破綻に向かうでしょう。

・・・・・・

すごく強引に、一言でまとめてしまえば、
私の不安は、

 「この家は200年持ちます」
 と保障している会社自体が、
 200年後も存在する保証はどこにもない。

ということなのです。

つづく

西山哲雄

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2009年8月27日 (木)

長持ちする家~その1~

こんにちは、西山です。

定期的にブログを書くようになってからというもの、
いつもブログのネタを探しているような気がします。

ふとした拍子に思いついた、ブログのタネを
手帳などに書きとめることもよくあるのですが、
今日はそんななかからのネタをお送りしたいと思います。

 注)かなり前のメモなので、ひょっとしたら既に書いた
   ものかもしれません。
   その場合はご容赦くださいませ。

少し前から、国が「200年住宅」と言い出したり、
そのことを受けてか、
ハウスメーカーが長寿命をうたいだしたりと
「長持ちする家」が話題になっていますが、
そんな流れのなかで、私なりの
「長持ちする家」について考えましたので、
少し披露させていただきます。

仮に

 長持ち=200年もつ

とさせていただきます。
200年の寿命をもつ家を想定したときに、
間違いなく言えることは、

 手入れすることなしに、200年もつ家はつくれない

ということです。
わかりやすいところで言えば、
お風呂や台所などの水周りは間違いなく200年はもちません。
日々のちいさな故障に対するメンテナンスや、
時には設備そのものの更新(取替)も必要になるでしょう。
そういったメンテナンスや更新を、ここでは「手入れ」と
呼びたいと思います。

そして、このことを踏まえれば、

 長持ちする家とは、
 手入れしながら使い続けられる家

といえると思います。

もちろんその前提として、主要構造部が200年耐えられるように
できていないと話にならないわけですが、
今回はこの

 手入れし続けること

に的を絞って、話を進めていきたいと思います。

・・・・・・・

さて、200年という長い間には、
上にあげた水周りなどの設備系の手入れ以外にも、
外壁周りの手入れや、場合によっては間取りの変更や
増築といった手入れも出てくることでしょう。

少しずつ手入れされながら住みつづける家をイメージしたときに、
私はひとつ、気になることをみつけました。

それは・・

長くなってしまいましたので、以下次々回に続きます!

西山哲雄

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2009年8月25日 (火)

住観光

こんにちは、西山です。

視界に入っていても、「見よう」と意識しなければ
「見えないもの」は割と多いと思っています。

そこらじゅうに張り巡らされた電線も、その類でしょう。

電線のように、いったんその存在に気づいてしまうと
もう「無かったこと」にはできないような厄介者もありますが、
そういった悪者でなくても、
見慣れてしまえば「背景」に埋没してしまうようなものも
あります。

私が住み、働く小布施町には、たくさんのイベントがあります。

 小布施見にマラソン

 小布施音楽祭
 
 北信濃小布施映画祭

 おぶせTシャツ畑

 安市

 境内アート

 ・・・・

少しまちを歩いてみれば、このようなイベントの告知ポスターが
そこかしこに貼られているのに気づきます。
また、そういったものに加え、
町内にたくさんある美術館などの企画展のポスターなども
これまた沢山ありますから、
沢山のポスターで彩られたお店もよく見かけます。

こんな状態ですので、これはあくまで私の場合ですが、
これらのポスターをまちで見かけても、
「見ている」はずなのに「見ていない」ことにしていると
気づきました。

新しいポスターが貼ってあっても、
イベント名などは見て、何のポスターかくらいは理解するのですが、
よく見てそれ以上の情報を得ようとするようなことは
これまであまりありませんでした。

首都圏ならともかく、
地方において自分の住むまちで、
それだけ沢山のイベントが開催されていることは、
本当はすごいことで、
大いなるチャンスでもあると思うのですが、
住んでいるまちであるが故に、それらが日常化してしまい、
実際に行こう!ということにならないのかったのかもしれません。

・・・・・・・・・

というわけで、前置きが長くなりましたが、
たまには自分のまちを観光してみようということで、
先日、おぶせミュージアムに行ってきました。

ミュージアム自体は何度か訪れたことはあったのですが、
今回ちょうど、「池田 学 展」が開催されていることもあり、
重い腰をあげるきっかけとなりました。

Photo
この「池田 学 展」のポスターも、至るところに貼られているのですが、
私にとってはすっかり「見えないもの」化していました。

ですので、池田学さんがどのような人で、
どのような表現をなさっているかたなのかとか、
この展覧会がいつまでやっているのかとか、
何も知らないままひょっこりと行ったわけですが、
結果・・・大当たりでした!!!

特に私が好きなテイストの表現だったということもあり、
それまでは名前しか存じ上げていなかったのに、
ミュージアムから出る頃にはすっかりファンになっていました。

もちろん受け止め方は人それぞれですので
皆さんにとって大当たりとなるとは一概にはいえませんが、
それでも、一度は見ておく価値のある表現だと思います。

おぶせミュージアムの回し者でもなんでもないのですが、
一個人として、お勧めしておきます。

会期も10月6日までと、かなり余裕がありますので、
よろしければぜひ。

私ももう一回くらい行きたいと思っております。

[本日の空]
Photo_2
ミュージアム前にて
Photo_3
写真にとると、電線を見てみぬふりはできなくなるようです。

西山哲雄

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2009年8月20日 (木)

惹かれる

こんにちは、
少し前のことになりますが、流行の波に乗って
発売早々に『1Q84』を購入&読破した
西山です。

村上春樹さんが初めて小説を書いたのが29歳だと知り、
つい先日29歳に到達した私は、今年は特別な年に
なるに違いないと勝手に確信しております。

さてさて・・

先日、おぶせTシャツ畑のワークショップに行ってきました。

講師は、書道家の高橋里江先生。
今回初めてお会いしたのですが、
なかなかパワフルで素敵な先生でした。

先生の熱血指導により、「花」というテーマを
Tシャツに表現すべく試行錯誤する我々生徒達。
中には先生と熱い議論を交わす生徒もおりましたが、
最終的には、それぞれの満足する作品ができあがりました。

私はというと・・

T001
こんな感じに仕上がりました。

Tシャツ畑のワークショップには毎回参加しているので、
今回で3回目ですが、
今年が一番満足のいく出来になったと思います。

これも、里江先生の熱血指導と、
理想ベックさんのすばらしい塗料のおかげだと思います。

おぶせTシャツ畑は、
昔小布施でおこなわれていた和綿の栽培を復活させて
その和綿でTシャツをつくるという素敵な夢を描いています。

そのコンセプトに惹かれ、ワークショップなどに参加しているのは
もちろんなのですが、
それと同じくらい私がTシャツ畑に惹かれる理由は、
Tシャツにあります。

小布施Tシャツ畑では、
作品として飾られているTシャツはもちろんのこと、
スタッフTシャツまでもが、
久米繊維工業(株)さんのオーガニックコットン製Tシャツなのです。

もちろん、ワークショップに使われるTシャツも同じです。

こちらをご覧いただければわかりますが、
このTシャツは、
出来る限り環境に負荷をかけないようにつくられていて
その取り組みは非常に素晴らしいと思うのですが、
私がこのTシャツに惹かれる一番の理由は
そこではないのです。

・・・・・・・

まどろっこしくてすみません。
簡潔に述べますと、こういうことになります。

 私がこのTシャツに惹かれる一番の理由は
 その着心地である。
 そしれひいてはそれが、
 このTシャツを使用する「おぶせTシャツ畑」に惹かれる
 大きな理由のひとつとなっている。

はい、こんな感じです。
要するに、久米繊維工業㈱さんのオーガニックコットン製Tシャツは、
すこぶる着心地がいいんです!

これは、ホントにお勧めです。

つまり、Tシャツ畑に参加すれば、

 ①オリジナルTシャツが作れる
 ②かなり着心地のいいTシャツが手に入る

という、一石二鳥状態なわけです。

今年の開催はもう終わりましたが、
来年はぜひ、一緒に参加しませんか?

[本日の一枚]
T002
理想ベックさんの塗料(西山使用後)
こちらも作品と呼んでもいいくらい綺麗でした。

西山哲雄

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