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2010年4月15日 (木)

かべについてのおぼえがき

最近また、古い壁と格闘していた
西山です。

そんななかで気づいたことがあるので、
覚え書いておきます。

漆喰の壁を塗り替えようと、既存のはがれかかった漆喰を
剥がしていてきづきました。

 漆喰の継ぎはぎは有り得ない

と。

どういうことか?
こちらの写真を見ていただくのが早いかと。

001_2
こちら、幟の広場の通称「留蔵」
古い荒壁と新しい補修とが
なんともいえないパッチワークとなり、
そこに長い年月の蓄積を感じさせ、
この場の景観に一役かっています。

私が気づいたのは、この「漆喰版」は有り得ないということです。

考えてみてください。
漆喰塗りの蔵を
同じように部分補修したとするならばそれは、
この土蔵と同じような空間の質を
周囲に提供することができるのだろうかと。

おそらく無理だろうと思います。

土壁仕上げと漆喰仕上げ
最後に漆喰を塗るかどうかという些細な違いに思えますが、
土壁と違い漆喰は
歴史の蓄積を感じさせにくい素材であると言えそうです。

漆喰は強固ですが、
補修が必要となるときには、
壁はひび割れ、一部が剥がれ落ち・・
という状態になります。

土壁のように、

 すこしずつ表面が風化していき、深い陰影を落すようになる

というわけにはいかないのです。

ですからその一部だけを補修したとしても、
補修した漆喰壁以上のものにはならず、
それならば一面ごと見切って、
既存の漆喰を全て剥がして塗り直すことが、最善であろうと。

たとえ、その部分以外はまだまだ壁として機能しているとしても
剥がさなければならないのです。

西山哲雄

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2010年4月 6日 (火)

decade

こんにちは、
先日、10年ほど使っていたバックを、買い替えた
西山です。

飽きっぽい性格ではあるのですが、
一度使うとそればっかり使ってしまうというものが、
身のまわりにいくつかあります。
仕事に行くとき以外で外出する際は必ず使っていた
そのバックは、10年使ってもへたることなく、
私の外出仲間として、重宝していました。

これからもまだまだお世話になると思っていたのですが、
ふとした思いつきと、不思議なご縁によって、
後輩となるバックがやってきたのでした。

001
こちらからやってきた、新参者。

まえの10年バックもまだまだ健在ではあるのですが、
最近はもっぱらこちらばかり使っています。

というのも、思った以上に心地のいいバックなのです。

本体はトラックの帆が再利用されているので、
バックとしては新品でも、手元に来た時点ですでに
こなれた感じがあるのです。
古着を着るのと似た感じかもしれません。

そんなわけで、新しいものを使い始めるときの

 過度に大切にする気持ち

みたいなものにとらわれることなく、
初日からがんがん使い倒せるのです。

なんせ本体がトラックの帆なので、
防水性や耐久性は明らかです。

これは次の10年をともに歩めるな
という感触を得ています。

10年後、果たしてどうなっていることやら・・。

追伸
このバック、ストラップ部分がシートベルトなので、
妙にしっくりくる触覚に襲われること間違いなしです。

西山哲雄

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2010年2月23日 (火)

「仕上げ材」考

こんにちは、栗のイガに靴底を貫通された金石です。

もうじき一冬を越そうという栗のイガ、まだまだ強力です。
侮るなかれ...
かなり侮っていた私は非常に痛い目に会いました。

さて、相変わらず解体工事が進んでおります。

解体工事の醍醐味は、

・普通の建築工事と順序が逆であること
・ある一定の時間が経った後の建物の姿を目の当たりにできる

という点でしょうか。
とにかく普段と違う視点から物事を考える
良い機会であることは間違いないようです。

で、、、
今、作業しながら考えていることは、
「仕上げ材」について。

一口に「仕上げ材」といっても色々あります。
具体的に素材を挙げたらキリがないので
ここでは辞めておきますが、
総じてこの「仕上げ材」、
耐久年数が短いんじゃないかと思うわけです。

こういう解体工事をしていて、
再利用できない廃材の多くは
「仕上げ材」だったりします。

なんだか皮肉な話です...
(ネーミングに問題が潜んでいるような気もしますが)

壊さずに回収できないという意味で
再利用が不可能という要素もあります。
そのこと自体も問題なのかもしれませんが、
それ以前に「仕上げ材」なる商品の数々は、
「汚れ・傷み」が激しくて再利用する気が起こりません。

きっと施工直後は綺麗だったんだろうな...

その当時の様子は容易に目に浮かびます。
でも、ただそれだけのこと...
時が経てばそれなりにくたびれ果てます。

一定の時間が経過したその姿を目にすると、
どうしても少々シラけた気分にもなってしまいます。

一方で、「仕上げ材」なる商品の数々を
一定の評価をしている部分もあります。

なんといっても、安い、作り易い。

これぞまさしく工業化の恩恵でしょう。
これはこれで大きな魅力ではあります。
家を建てると多くのお金を必要とするので、
コストダウンが図れることは喜ばしいことです。

一長一短の「仕上げ材」ですが、
まぁ、冷静になって考えると、

 「安い」工業製品は、長い目で見るとそれなりに「安っぽい」

そんな当たり前のことが見えてきたりします。

金石健太

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2010年2月15日 (月)

再生の再生

こんにちは、最近、大工仕事が多い金石です。

そう、先週から修景事業の事務所となる
旧山田写真館の大工仕事を始めました。
今回は窓や戸の枠の取り付けです。

古い建物を扱うときによく遭遇する問題として、
柱が傾いていたり、曲がっていたりという場合があります。
新築物件ではあまり考えられないことですが...

この建物も古いだけあって、
そういった問題と上手く付き合っていかなくてはなりません。

で、作業するときに考えます。

 この建物の再生の再生はできるのか?

と...

今回の改修工事のことだけを考えるのと、
何十年後かに訪れるであろう
新たな改修工事のことも考えるのとでは、
だいぶ工事のやり方が変わってきます。

具体的な例でいうと、
傾いた柱に何かの部材を取り付ける場合...
部材の形状や取付位置にもよりますが、
新たな部材は柱なりに取り付けると不具合が生じます。
垂直が狂ってしまいますので...

ここで考えられる選択肢は2つ。
1つは傾いた柱の一部を削って、
新たな部材を垂直に取り付ける。
もう1つは新たな部材の一部を
柱の傾きなりに削って垂直を保つように取り付ける。

施工する立場からしては、
前者の方が作業的に楽な場合が多いのですが、
「再生の再生」を考えると、
今度の工事で部分的に削った箇所が「現し」になるかもしれません。
そうした場合、後者の方法も考える必要があります。

手間が掛かると費用も掛かるわけで、
どちらが正解というのはお施主さんの判断次第ですが、
施工者として、そういった長いスパンのモノの見方も
選択肢の一つとして提示する必要もありそうです。

金石健太

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2010年2月 8日 (月)

ネイティブ

こんにちは、にしやまです。

・突然ですが、あなたはデジタルネイティブですか?
 わたしはというと、

  デジタルネイティブ度35%

 でした。
 気になったかたは、こちらで調べてみてください。
 

・便利ネイティブ

 という言葉を思いつきました。
 意味は、
 
  物心ついたときには、
  すでに便利な世の中だった人、または世代。

 としておきます。

 なにをもって、便利とするかや、
 不便と便利の境目など、
 個人差や地域差などがあるとはおもいます。

 私が子供のころには
 ケータイやネットはありませんでしたので、
 今考えると不都合なところもありました。
 しかし、
 我々の世代が経験してきた「便利への変化」は、

  不便から便利への進化

 ではなく、

  便利からより便利への進化

 ではなかったかとおもうのです。
 ですので、

  私は便利ネイティブである

 と勝手に宣言しておきます。

・過剰な便利ってあるとおもうのです。
 問題は、その見極めと、断り方。

 「便利」と「豊か」や「楽しい」は必ずしもイコールではない

 ということが、ヒントになるかもしれないと
 私は思っています。

西山哲雄

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2010年1月21日 (木)

たすひく

こんにちは、にしやまです。

ほかの二人も書いていますが、
最近、民家の解体をしています。

昭和48年に建てられた建物なので、
「古民家」ではありませんが、
それでも今から40年ちかく前ということで、
解体をしていると、しばしば時の流れを感じます。

001
たとえば、ビス。
いまはほとんど見かけなくなったマイナスビスが、
至るところにつかわれています。
逆にプラスのビスはほとんど見かけません。

マイナスがプラスに取って代わられたのは、
それ相応の理由があってのことでしょうが、
マイナスビスのなんとも言えない雰囲気が、
私は好きです。

西山哲雄

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2010年1月14日 (木)

不思議な感覚

こんにちは、お汁粉好きの金石です。

只今、とある民家を解体中です。
土屋氏のブログでも紹介したこの民家、
昭和48年に建てられたごく一般的な平屋住宅です。

仕上げ材のボードや化粧合板を剥いでいくと、
内側には小舞掻きされた荒壁の壁が現れました。

Img_5011_2 

天井・壁と順に壊していくのですが、
時を追うにつれてなんだか不思議な感覚が芽生えます。

 これは壊しているのか?
 それともつくっているのか?

答えは簡単、まぎれもなく「壊している」のです。

が、、、
確実に空間は居心地のよいものになってきている...

これは間違いありません。
首を傾げながら、アレコレ観察してみることにしました。

ひとつの理由としては、
余計な素材が撤去されて、
素材の種類そのものが減ってきたことが挙げられそうです。
建物内部を見渡すと、
目に飛び込んでくるのは「木」と「土」と「ガラス」くらい。
どんなものでもシンプルな構成には美しさがあります。

そしてなんといっても残った素材が持つ「素材感」。
これこそ最大の理由でしょう。
間仕切壁の荒壁、丸太梁、鉋掛けされていない野地板、、、
皮肉にも、当時には隠すべきものであった素材たちに、
今となっては「素材感溢れる」という評価が下ります。

Img_5016

Img_5017

その結果、解体途中のこの空間は、
私にとって居心地のよい空間となりました。
先程述べた感覚が芽生えたのも当然といえます。

それにしても、、、
昭和の時代には隠されていたものに心が惹かれる
というのは、なんだか示唆に富む時代の流れな気がします。

金石健太

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2009年12月15日 (火)

氾濫 洪水 

こんにちは、西山です。

ブログというものが世に出てきてから何年経つのか
わかりませんが、
近頃では随分と広まってきたように思います。

・・と、そんなことを書いているこの場もブログだということが
何よりブログの浸透具合をあらわしているかもしれません。

さて、お気に入りのブログを読む際に便利なのが、
RSSリーダーというしろもの。
私も個人的に某RSSリーダーを使用しており、
その恩恵に与っているのですが、
そのリーダーで最近発見したのが、

 全て読んだことにする

という機能です。

どういう機能か?

簡単です。

この操作を行うと、それまでに溜まっていた未読記事が
すべて既読扱いになるという、
まさに「全て読んだことにする」機能なのです。

わたくし、まだその機能を使ったことはありませんが、
そのありがたみはわかるような気がします。

調子にのって、様々なブログを登録すると、
簡単に言えば、読むのがおっつかなくなるのです。

未読記事がたまっていくと、なんだか少し憂鬱になったり・・。

そんな気持ちをふっとばしてくれるのがこの機能というわけです。

現代はITの発達で大量の情報が飛び交っていますから
そんな機能も必要になったんですね・・。

・・・・・・・・

というか、世に数多あるブログのなかから、
自らいくばくかを選んでRSSリーダーに登録しておいて
未読記事がたまって憂鬱だから全て読んだことにする
というのは、
なんだかおかしな気もしますが。

西山哲雄

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2009年11月24日 (火)

モノの縁(エッジ)観察日記 ~その1~

こんにちは、電車の車内で爆睡し、
大胆にヨダレを垂らしていた金石です。

先日、気持ちの良い陽気に誘われて、
家族で善光寺へお参りに行く機会がありました。

Img_3991

最近、「モノの縁(エッジ)」に興味津々の私は、
ついつい信仰心を忘れ、
あれこれと脇道に逸れては素材を観察しておりました。
この日も石畳に夢中になり、
ずっと下を向いて参道を歩くという始末...

Img_4010

善光寺参道の石畳です。
ノミで切り出されたであろうこの敷石たちは、
多くの参拝者がこの上を歩いたおかげで、
今や磨きをかけたような、
つるっとした表情になっています。

で、しばらく歩くとこんな石が目に飛び込んできました。

Img_4009

参道と自動車用の道路が交差する箇所の舗装です。

私の撮影した写真でもわかるくらい、
素材の深みの違いは明らかです。
もちろん、積み上げてきた年月の差は歴然ですし、
両者に優劣をつけることにはあまり意味がないようにも思います。

でも、、、

「何かが違う」という心の中の直感は拭いきれません。

そこで私、よく両者を観察してみました。

で、結論。
石の表面の素材感の違いはさておき、
両者の目地の違いは考察の余地あり。

さすが「モノの縁(エッジ)」に興味津々な男。
目の付け所がマニアックです。

こうして改めて比較してみると、
目地の処理って案外全体の雰囲気に及ぼす影響が
大きいようにも思えます。

言うまでもないと思いますが、
前者の方が遥かに深みが感じられます。

建設業界に身を置き、
あたりまえのように思っていた「目地」の処理ですが、
善光寺の石畳はそんな「あたりまえ」を
見事にぶっ飛ばしてくれたのでありました。

金石健太

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2009年11月12日 (木)

力なり

こんにちは、西山です。

久しぶりに、リアルタイムでブログ更新しています。
このところ、西山分の更新が滞ってしまい
申し訳ありませんでした。

本日、

  10/9、15、20、23、28
  11/4、9

以上の更新を完了しました。
あいかわらずたわいもない話が満載ですが、
よろしければどうぞ。

さてさて、
さすがにこれだけ更新をためてしまったのは初めて
だったので、正直あせりました。

最初のうちは、いくつたまっているかを認識していたのですが、
途中からは、

 とにかくたくさんたまっているけど・・

とアバウトな認識になり、かなり現実逃避をしておりました。

やはり、少しずつやるのが一番ですね。

・・・・というか、日付を偽装して、過去の更新をでっち上げる
というのは、なんだかおかしいですね。

今後はなるべくこのようなことがないようにしたいとおもいます。

ということで、
更新が滞っているあいだに11月に入ったというのに
ここで勝手に

 継続

を今年の個人テーマにしたいと思います。

イメージとしては、バッターが毎日素振りをするように、
私もなんらかの「素振り」を毎日していきたいなと
思う次第であります。

正直、具体的なところはまだ見えていないのですが、
毎日かかさず、
たとえ明日、その必要がなくなるとわかっていても

 素振り

していきたいと思います。

【本日の京都】
001_5
前も取り上げました、京都の犬矢来です。
個別更新可能な、素晴らしいアイテムです。
しかし、右の部分をよく見ると・・
002_6
おわかりでしょうか。
右半分は、竹ではなく、木製です。
竹矢来でも木矢来でもどちらでもいいと思うかもしれませんが、
個人的には、

  ・竹は木にくらべ成長がはやく、わりとどこにでもあり
   入手しやすい。
  
  ・竹を加工するには、鉈とそれを扱う腕があれば十分だが、
   丸太の状態の木からこのような細い材をこしらえるには、
   現実的には大掛かりな機械に頼らざるを得ない

  ・竹矢来は節がリズムを刻み、豊かな表情を生み出している。

  ・竹は容易にしなる。

  
などの理由から、竹矢来を強く推したいと思います。
(現実に、ほとんどが竹矢来ですが・・。)

竹矢来推進委員会
西山哲雄

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