2009年11月12日 (木)

力なり

こんにちは、西山です。

久しぶりに、リアルタイムでブログ更新しています。
このところ、西山分の更新が滞ってしまい
申し訳ありませんでした。

本日、

  10/9、15、20、23、28
  11/4、9

以上の更新を完了しました。
あいかわらずたわいもない話が満載ですが、
よろしければどうぞ。

さてさて、
さすがにこれだけ更新をためてしまったのは初めて
だったので、正直あせりました。

最初のうちは、いくつたまっているかを認識していたのですが、
途中からは、

 とにかくたくさんたまっているけど・・

とアバウトな認識になり、かなり現実逃避をしておりました。

やはり、少しずつやるのが一番ですね。

・・・・というか、日付を偽装して、過去の更新をでっち上げる
というのは、なんだかおかしいですね。

今後はなるべくこのようなことがないようにしたいとおもいます。

ということで、
更新が滞っているあいだに11月に入ったというのに
ここで勝手に

 継続

を今年の個人テーマにしたいと思います。

イメージとしては、バッターが毎日素振りをするように、
私もなんらかの「素振り」を毎日していきたいなと
思う次第であります。

正直、具体的なところはまだ見えていないのですが、
毎日かかさず、
たとえ明日、その必要がなくなるとわかっていても

 素振り

していきたいと思います。

【本日の京都】
001_5
前も取り上げました、京都の犬矢来です。
個別更新可能な、素晴らしいアイテムです。
しかし、右の部分をよく見ると・・
002_6
おわかりでしょうか。
右半分は、竹ではなく、木製です。
竹矢来でも木矢来でもどちらでもいいと思うかもしれませんが、
個人的には、

  ・竹は木にくらべ成長がはやく、わりとどこにでもあり
   入手しやすい。
  
  ・竹を加工するには、鉈とそれを扱う腕があれば十分だが、
   丸太の状態の木からこのような細い材をこしらえるには、
   現実的には大掛かりな機械に頼らざるを得ない

  ・竹矢来は節がリズムを刻み、豊かな表情を生み出している。

  ・竹は容易にしなる。

  
などの理由から、竹矢来を強く推したいと思います。
(現実に、ほとんどが竹矢来ですが・・。)

竹矢来推進委員会
西山哲雄

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2009年10月 9日 (金)

大きさを揃えること

こんにちは、西山です。

先日、自分が使っている電卓と携帯電話のサイズが
ほとんど同じ大きさだということに気づきました。

001_2
002_2
こちらがその写真。
こちらがその写真。
すこしわかりにくいですが、
どちらの写真とも、
黒い携帯電話の上に、白い電卓が乗っています。

厚みこそ違うものの、
平面的なサイズはほぼ一緒です。

おそらく両者をデスクの上においた状態で作業していて
何かの拍子に重ねてしまったところ
この事実に気づいた
ということだと思うのですが、記憶が定かではありません。

しかし、このことに気づいたときには、
なんだかうれしかったですね~。

そのことだけはよく覚えています。

上記のことは、

 両社のデザイナーが意図的にサイズをあわせた

ということではなくて、
純然たる偶然の出来事であるとは思うのですが、
物のサイズをあわせていくということは、
様々な可能性を秘めていると思います。

現在取り組んでいる再生の現場では、
お施主さまが、壊されてしまう古民家などから
譲り受けた床板や木製建具を
出来る限り再利用することを試みているのですが、
ここで大切になるのが「サイズ」であると、
身にしみて感じました。

民家は基本的に尺貫法に則ってつくられていますから、
床板などを再利用する際には、
長さを調節することなくそのまま使うことができるわけです。

また、建具にしても、
幅は尺貫法に基づいた柱間隔によって、
いくつかのバリエーションに大別することができますし、
高さにしても、「五八(ごはち)」と呼ばれるような
5尺8寸という高さが一つの基準となっていますので、

 あっちの建物から持ってきた建具をこっちのたてものへ

ということが、何の不都合もなく、簡単に出来てしまうわけです。

再利用に耐えうるだけの丈夫なつくりであるとか、
無垢材を使用しているだとか、
他にも重要な要素はありますが、
これからの「持続可能な社会」とか「長寿命住宅」といったものを
考えていくには、

 大きさを揃えていくこと

が、一つの突破口となるような気がしてなりません。

西山哲雄

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2009年9月15日 (火)

植物の奥行き

こんにちは、西山です。

ものづくりを志すものの端くれとして心がけていることは
少しでも美しいものをつくりたいということです。

そんなことはきっと、誰しもが思うことでしょう。

しかし実際、人がつくったもので
見とれてしまうくらい美しいものには、
なかなか出会わなかったりします。

それに比べると、
自然の産み出すものは、
なんと美しいものが多いことか・・。

Photo
これは実は一本の木で、
多行松と呼ばれる種類らしいのですが、
つい先日、私はこの松に目を奪われ、
思わず写真におさめました。

この造形は、人の手で産み出せるものでは
ない気がします。

たとえまったく同じ形を人工的につくることが出来たとしても
それが同じ感動を与えるかといったら
私はあやしいと思います。

このようなうつくしい自然を前に、
私の出来ることといったら、
私の作り出すものが、少しでもそこに近づけるように
努力することと、
この美しさの邪魔をせず、むしろ最大限に
生かす方向で考えることだと思います。

敬愛する内藤廣先生もの中で

 建築家は木をきるな

と書かれていますし、
古谷誠章先生の設計されたまちとしょテラソ
既存の桜の木をそのまま残すために
建物をえぐるような形で切り取り
桜のスペースを確保するとともに、
その桜を最大限生かせるような設計が
なされています。


彼らのような一流の建築家がそれだけの心遣いを
しているわけですから、
おなじところで生きるものとしては
彼らを見習って、(そしていつか追い越せるように)
頑張るしかないですね!

西山哲雄

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2009年9月10日 (木)

長持ちする家~その3~

こんにちは、西山です。

誠に恐縮ではありますが、
今回も前回の続きとなります。

・・・・・・

前回の最後にこんなことを書きました。

 「この家は200年もちます」
 と保証している会社自体が、
 200年後も存在する保証はどこにもない。

と。
各企業がそれぞれの工法や素材を追い求める中で、
この事実は、意外と重いものであるように思います。

要するに、
メンテナンスさえすればまだまだ使える家が、
それを担う企業がなかったり、
または必要な材料が手に入らなかったりすることで、
壊してしまわざるを得ない状況に
追い込まれてしまうことが起きるのではないか?
ということです。

では、そうならないためにどうすればいいのか?
それは、歴史が教えてくれる気がします。

昔(といってもひと昔程度の昔ですが・・)は、
家は、その土地にある材料を使って、
その土地の気候風土に合わせてつくられていました。

それはみなさんご存知かと思いますが、
なにせ昔は、身近にある材料といっても、かなり限られていました。

土、木、草、・・・そんな自然素材を使うしかなかったわけです。

そして、つくりかたにしても、
限られた素材を使ってその土地の気候に合わせなくては
いけませんでしたから、突飛なことはできません。
その結果、
ある範囲の土地では、どれも同じような工法による、
同じような格好の家が並ぶことになるわけです。

昔はただ「結果として」そうなったわけですが、
今と比較して考えれば、
昔は材料と技術の両方が、地域の職人によって共有されていた。
ということが言えるのではないかと思います。

だからたとえば、その家をつくった職人がいなくなってしまっても、
その土地の職人ならばだれでも、
その家のメンテナンスを引き継ぐことができたはずです。

・・要するに、

 地域として
 「この家は200年もちます」
 ということを担保する

ということが、成り立っていたのではないかと思うのです。
で、もしそうであるならば、これは、

 個人や企業として
 「この家は200年もちます」
 と担保する

ことに比べて、圧倒的に安定感があるのではないかなと
私は思います。

みなさんは、どう思いますか?

西山哲雄

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2009年9月 8日 (火)

木材加工

こんにちは、材木屋で木材加工をしてきた金石です。

旧山田写真館の扉枠を取り付けるにあたり、
木材の発注をしたところ、
加工機を貸してくれると言ってくださったので、
お言葉に甘えて遠慮なく作業させてもらいました。

木材の加工自体は我々の加工場でもできるのですが、
作用をするスペースの広さが全然違いますので...
広~い空間を自由に使わせていただきながら、
黙々と木材加工に汗を流していたわけであります。

「汗を流す」といっても、実際に木を削っているのは、
私ではなく機械です。(当然ですけれども…)
私はというと、単に木材を機械の場所まで持っていくだけ。

「ブィ~~~ン」という轟音と共に
綺麗に寸法どおりに削られれた木材が反対側から現れ、
また別の機械へ持っていくと、
「シュィ~~~ン」とカンナ掛けした状態で出てくる。
とまぁ、こんな具合で作業は続きます。

幼稚な表現ですが、

「ブィ~~~ン」→「シュィ~~~ン」→できあがり

なんだか「レンジでチンッ」みたいですが、
これが現代を生きる私たちの木材加工です。
(これを否定する気はさらさらございません、念のため...)

よく、古民家に使われている木材に心動かされますが、
それもそのはず、木材加工に膨大な労力が費やされているんです。

そんなことがリアルな体験として少しずつわかり始めた
金石健太

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2009年7月 3日 (金)

貸景

こんにちは、西山です。

・前回のクイズの答えです。

 003
 この、円通寺の庭園にある生垣は何種類の植物で構成
 されているでしょう?

 という問題でしたが、
 正解は・・・

 50種類です。

 「混ぜ垣」と呼ばれる手法とのことですが、
 とても私には、50種類を判別することは不可能でした。

・円通寺の庭園の話が続きます。

 001
 
 円通寺の座敷にしばらく座って思い至った
 あくまで個人的な感想ですが、この景色のポイントは、
 座敷と縁側の間に立つ柱と、
 生垣のところにある、何本かの杉の木ではないかと・・。

 一見、借景である比叡山の姿を遮るもののように思えますが、
 実際には、これらのおかげでより、立体感のようなものが
 生み出されているのだと、感じました。

 現代建築では、目の前に絶景が広がっている場所において、
 無柱の大開口を設けることで景色を取り込むということが
 常套手段となっているように思いますが、
 それだけが全てでないことを円通寺の庭園は語っています。

 ・・と、勝手に私は受け取りました。

・先日、梅割り器の話をしましたが、
 今度はいつもお世話になっている曳屋職人の親方から
 梅をいただきました。

 Photo

 ありがとうございます!
 そしてまた、自家製梅割り器の出番がきたようです。

 002
 ちなみにこの梅、
 生のまま食べてみたところ・・

 Photo_2
 こんな感じでした。

 
・今年もこの季節がやってきました。

 2009
 とうもろこしが主食でも一向に構わないと
 この時期は毎年、本気で思っています。

 ちなみに、とうもろこしはイネ科だと、ついさきほど知りました。
 茅といい、もろこしといい、イネ科の一年草には縁があるようです。

もちろんお米も大好きな
西山哲雄

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2009年7月 1日 (水)

古色仕上げ奮闘記 ~その5~

こんにちは、誰もいない朝の駐車場で
独りド派手な転倒を演じてみせるサービス精神旺盛な金石です。

先日からお伝えしている旧山田写真館の塗装工事、
ようやく野地板、垂木の塗装に移りました。

特に野地板は注意が必要です。
何に注意するかといえば「塗料の吸い込み」です。
この建物の場合、野地板の仕上げは鉋がけがされていません。
皆さんも想像できるかと思いますが、
表面の仕上げが荒いと塗料の吸い込みは強くなります。

要するに、

 色合いが濃くなり、塗料が伸びなくなる

という作業上の弊害が生じるわけです。
そのため、

 ・塗料の濃度をあらかじめ薄めに調整する
 ・木材の表面に一度水を塗ってから塗装する
 ・塗装後の拭き取りのタイミングを早める

という対応を私はとりました。

Img_4797

新しい垂木と野地板を塗装したところ。
ご覧になっていただければ一目瞭然ですが、
野地板の隙間の未塗装部分が目立ちます...

ここを小さい筆を使って塗り潰していくのですが...
これが非常に面倒な作業です。
新築の場合、あらかじめ塗装してから造作工事に移ることを
強くお勧めします。

そしてもう一つ失敗事例を紹介。
写真をよ~く見ると気づくかもしれません...

後から塗り潰した目地部分(左端)に注目。
ここだけ少し赤味を帯びているのがわかりますか?
これはベンガラ(赤)が強く出てしまった影響です。

ベンガラは混ざっているだけで溶けてはいないので、
時間と共に塗料の下の方に沈殿しがちです。
気をつけてかき混ぜながら塗装していたのですが、
後から塗った部分に赤味が強く出てしまいました。

さて、まさに手探り状態の古色仕上げはまだまだ続きます。

金石健太

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2009年6月30日 (火)

借りる。

こんにちは、西山です。

私も昨日、「小布施まちづくり大学」に参加してきました。
内容は、昨日のブログで土屋が書いたとおりなのですが、
個人的には、今年の3月に京都をおとずれたばかりでしたので、
京都の現状を容易に思い浮かべることができ、
より一層、興味深い内容となりました。

そんななかで、
講師の高谷基彦さんが用意された資料のなかに、
見慣れた写真がありました。

資料のなかには、「京都市眺望景観創生条例」によって
守りたい眺望が以下のように列記されていました。

 ①境内の眺め
 ②通りの眺め
 ③水辺の眺め
 ④庭園からの眺め
 ⑤山並みの眺め
 ⑥しるしの眺め
 ⑦見晴らしの眺め
 ⑧見下ろしの眺め

そのなかの、「④庭園からの眺め」の例として
挙げられていたのが、「円通寺」の写真でした。

「円通寺」にピンと来た人は、かなりの京都通です。
(と、にわか京都通が勝手に認定しておきます。)

上にも書きましたが、
去る3月に京都を訪れることになりまして、
その際に行き先を相談した、高校時代からの友人で
少し前まで京都に住んでいた彼の口から
その名を聞かなければ、
私はきっと今も、知らないままだったと思います。

そんな「知る人ぞ知る」的な寺、「円通寺」。
清水寺や金閣銀閣、三十三間堂などにくらべれば
知名度ではあきらかに及びませんが、
私は京都滞在の予定に組み込みました。

結果から言うと・・・この決断は大成功でした。

このお寺、京都の中心部から北へと
細い山道をしばらく登った先にあるのですが、
往復の所用時間を差し引いて余りある、すばらしさでした。

それがこちら。

001

円通寺の庭園は、後水尾天皇によってつくられたもので、
枯山水の庭の先に望む比叡山を借景としています。

写真ではわかりずらいかと思いますが、
生垣の先に、うっすらと比叡山がみえるでしょうか?

肉眼で見ると、もっとはっきりと見えますし、
庭のすばらしさも、私の写真ではもちろんのこと、
どんな写真や映像によっても、
決して伝わりきるものではないと思います。

とにかく、京都に行ったらぜひ訪れ体感してほしい場所です。

にわか京都通のおすすめNo.1です!

しばしこの景色に見とれたあと、
ご住職と話をすることができたのですが、それによれば、
このすばらしい借景も、
付近の開発によって存続の危機にあったようです。
ご住職らの努力により、とりあえず最悪の事態は免れた
ということでしたが、
今後も同じようなことが起こらないという保障はありませんよね。

・・・・と思っていたところへ、今回のまちづくり大学で、
こういった景観をまもるために
「京都市眺望景観創生条例」が制定されたと知り、
合点がいったのでした。

〈本日の一枚〉
002_2
円通寺の庭園の重要な要素の一つ、生垣。
実は様々な植物が組み合わされているのですが、
何種類の植物が組み合わされているでしょうか?

答えは次回西山担当ブログで!

西山哲雄

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2009年6月26日 (金)

古色仕上げ奮闘記 ~その4~

こんにちは、手の爪の際に入り込んだ真っ黒な松煙を落とそうと、
連日風呂場で必死にゴシゴシしていたのの、
このところ半分諦め始めて、
松煙との共存の方向で調整を図り始めた金石です。

さて、前回のブログでも紹介したとおり、
旧山田写真館の小屋梁を洗浄したところ、
あっけなく煤まで落ち、茶色い木肌があらわになってしまいました。

通常の塗装工事では全ての部材をこのように洗浄してから、
オイルステイン等で塗装していくはずです。
が、、、
今回は「現在の煤けた状態をできるだけ尊重したい」ので、
極度にこびり付いている煤だけを落として、
古材に関してはあまり塗装をしないつもりです。
そうした観点から見れば、「小屋梁を洗浄」は
必要とする煤まで綺麗に落としてしまったのですから、
失敗と言わざるを得ません...

まぁ、これはこれで良い色なんですが...
空間全体のバランスを考えると、
やっぱり少し煤けているくらいの方がしっくりときます。

そこで、、、

柿渋と水に少々の松煙と本当にわずかなベンガラとを混ぜて
木肌があらわになってしまった梁を塗装し直しました。
もともと表面に付いていた煤をもう一度塗り足す要領です。

Img_4808

乾いた直後は全体が真っ黒だったものの、
タワシで擦ると表面の松煙がとれて、
なかなか自然な色斑を出すことができます。

Img_4790
<塗装前(洗浄後)>

Img_4805
<塗装後>

この建物が完成して、この梁を見上げる機会のある皆様、
入口の土間から見上げる梁を見るときに思い出してください。

 あぁ、これが金石が洗いすぎて塗装し直す破目になった梁かぁ...

と。
そして優しく笑ってやってください...

金石健太

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2009年6月23日 (火)

古色仕上げ奮闘記 ~その3~

こんにちは、少しだけ身の回りの掃除に目覚めた金石です。

本日は旧山田写真館の作業報告。

先日、ようやく古色仕上げの色の調合のメドが立ちました。
というわけで、いよいよ現場での塗装作業に移ります。
が、その前に...
いくつかやっておかなければならない作業があります。

1.埃落とし
 以前建物を使っていたときに溜まった埃+解体作業時に出た埃が
 梁や桁、母屋といった材の上に溜まっています。
 塗装の前にこれを綺麗にしなくてはなりません。

2.新聞紙剥がし
 梁や柱といった構造材を中心に新聞紙が貼ってありました。
 今回はこれらの構造材が現しになるので、
 塗装の前にこれを綺麗に取り除いておきたいところです。

さて、まずは「埃落とし」から...
毎回感心させられるのですが、
どうして建物のこんなてっぺん部分に
こんなに埃が溜まるんですかね?

埃にだって当然重さがありますから、
下へ下へと舞い落ちていきそうなものですが、
ご丁寧にも風と共に舞い上がって、
お見事に梁や母屋の上に着地されております。

この埃、小箒で掃いて下へ落とすのですが、
その際にもご丁寧にモウモウと舞い上がって、
これまたお見事に汗だくの私の上に着地されます...

そして、次に「新聞紙剥がし」。

Img_4792

こんな昔の記事を読みながら、剥がします。
初めはカッターの刃で剥がしていたのですが、
作業効率が悪すぎて仕事になりません。
そこでわずかな知恵を絞って、
水をかけて亀の子だわしでゴシゴシと擦ってみることにしました。

すると、目論見どおり糊が取れて剥がれる、剥がれるっ!
これに気を良くした私は、
「ついでに」と梁全体を水で塗らしたタワシで磨いてみました。
これでまだ表面に付いている埃が落とせれば万々歳です。

磨きだして驚いたのですが、
タワシで擦ると梁の表面が泡立つんです。
洗剤も使っていないのに...
灰汁(あく)ですかね?
詳しいことはわかりませんが、
なんだかとっても「綺麗になってる」って感じで気分爽快です。
表面はヌルヌルし、滴り落ちる雫は真っ黒。
長年溜まりに溜まった埃を一気に落とすべく、
ついついタワシを擦る手にも力が入っておりました。

3時の休憩後...

先程磨いた梁を見上げて「???」。
何かおかしい...

Img_4779

あっ、埃と一緒に大事な煤まで落ちてた...

金石健太

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2009年6月 4日 (木)

はてるかかけるか

さいきん、
「朽ちる」という言葉に、親近感をもつようになった。

普通この言葉は、いい意味で使われることは少ないと思う。
ほとんどないといってもいいかもしれない。

私は、

 なかから小石や藁などが顔をだして、味わい深い表情
 となった土蔵の壁

 年輪の夏目の部分が削り取られ、
 冬目が残ってその表面に深い陰影を蓄えるようになった
 板壁や雨戸などの木部

 苔むした瓦

 草が生えてきた茅葺屋根

 ・・・・・・

といったものに心惹かれるのだが、
こういったものたちはいわば、程度の差こそあれ
いずれも「朽ちる」過程にあるのではないかと思うようになった。

もしそうなのであれば、「朽ちる」ということは
あながち悪いことばかりではなさそうだ。
 

辞書で「朽ちる」を調べてみると、

[朽ちる]
①木が腐って、形が崩れたり、役に立たなくなったりする。
 「朽ちかかった家」
②(名声などが)すたれる。「その名は永遠に―ことはない」

(大野晋 田中章夫 編『角川必携国語辞典』373頁)

とあった。

建築物やその構成要素に対して使う場合は、①の意味であろう。

隣のページには、「朽ち果てる」という言葉が載っていて、

[朽ち果てる]
①すっかり腐ってしまってしまう。
②世に知られることなく死ぬ。「片いなかで―」

(大野晋 田中章夫 編『角川必携国語辞典』372頁)

という解説がなされていた。

朽ち果ててしまったものにも心惹かれることはあるし、
果てた美というものも確かにあるだろう。

しかし、朽ち果ててしまった建物はもう
ただそこにあるだけで、
建物としての用途は果たさない。

そして、元のように戻すこともできず、
残された時間の経過を緩やかにしてやることも、
多くの場合できない。

ようするに、あとは土に還っていくのを見守るしかない。

「朽ちる」ことでうまれる美があるとするならば、求められるのは

  「朽ちかけた」状態を保つこと

かもしれない。

決してはてることなく、かけつづけること。

「朽ちかける」という言葉は、辞書にありませんでしたが・・。

Photo

西山哲雄

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2009年6月 2日 (火)

栗ブロック製作報告 ~その1~

こんにちは、頭から足の先まで木屑まみれの金石です。

この度、某現場にて栗ブロックの舗装工事を受注しまして、
本日より栗ブロックの製作作業に取り掛かっております。
冒頭の「木屑」とは言うまでもなく栗材の木屑です。

この栗ブロック。
小布施町で町並み修景事業が始まって以来、
もはや小布施の代名詞的な存在になっているといっていいでしょう。
実際、私も学生のときに小布施の町を訪れて、
この栗ブロックの舗装に衝撃を覚えたことを覚えています。
それを自分で作ることになろうとは...

Img_4736 

今回は3寸(90mm×90mm)の栗の角材を
厚さ2寸(60mm)になるように切断して加工していきます。
ちなみに栗の小径の栗ブロックは厚さ3寸(90mm)。

Img_4731

作業場に積み上がる端材。

Img_4725

訳あって「規格外」とされた栗ブロックたち...
規格外とはいえ、おそらく隅の部分で発生するであろう
半分の大きさのブロックとしてはちゃんと使えます。

で、今日は午後の時間ずっとこの栗ブロックを切っていたのですが、
ギャ~ン、ギャ~ンと切りながらあのことを思い出していました。

そう、以前のブログにも書いた「冬の凍結」のこと。
ちょうどこの木の小口部分に水分が付着して、
冬になるとツルツルに凍ってしまうあの問題です。

おそらくはこの栗ブロックだけではなくて、
下地の問題もかなりあるとは思いますが、
この端材や規格外品を使って、
この問題を解決すべく研究していきます。

金石健太

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2009年5月19日 (火)

廃番 

こんにちは、西山です。
突然ですが、
粘土が廃番になってしまうって知ってました?

・少し前にこのブログで「ロングライフ建築」と題して
 
  この世から土がなくならない限り、壁土はなくならない

  だから土壁は、いつまでも修繕することができる

 というようなことを書きましたが、
 それと時を同じくして、
 ある陶芸家のかたと話す機会がありました。

 
 我々もこれから瓦という焼き物を焼こうという身ですので、
 質問することといえばおのずと、
 材料となる粘土の産出場所や窯の種類、
 焼成方法など・・になるわけです。
 
 
 そんな会話のなかで、そのかたがおっしゃっていたのは、
 
  (陶芸用の)粘土が廃番になってしまう

 ということでした。

 陶器の場合、壁土とはちがって、
 どんな土でも成立するというわけではないので、
 粘土が商品として取引されることはごく自然の流れだと
 思いますし、その様な状況は知っていたのですが、
 
  粘土が廃番になってしまう

 ということは、思ってもみませんでした。また、

  「粘土」

 という響きと、

  「廃番」

 という響きの組み合わせに、
 書籍やCDと粘土が同列に扱われているようで、
 かなりの違和感を感じました。

・廃番粘土の話に違和感を感じたのは、
 茅葺きの工事に関わるようになり、
 茅が商品として扱われる様を見てきたからかもしれません。

 茅に限らず、一昔前までの家は
 身近にある材料を利用して作られていたので、
 そこには、「商品」「流通」「廃番」・・なんていう言葉は
 存在しなかったはずです。

 材料は、そこらにあるわけで、「廃番」になんかなりっこないし、
 自分で調達すればいいだけの話ですから。

 それに対し
 現代の家づくりは、よくもわるくも、「商品」ありきだと感じます。
 自分たちで材料をそろえるかわりにそれが、
 商品としてやってくる。

 「商品」を組み合わせて家がつくられる。

 「商品」に頼る以上、「廃盤」の可能性は常にあるわけで、
 「廃番」というかたちで材料や部品の供給を絶たれてしまえば、
 増改築や修繕の際に、困ることは目に見えています。

 
 長持ちする家をつくるには、

  できるだけ「商品」にたよらないこと

  「商品」が「廃番」になる可能性を見越し、代替品での対応を
  可能にしておくこと

 そんなことが大事なんではないかと思うのですが、
 どうでしょう?

西山哲雄

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2009年5月14日 (木)

おもいこみ

こんにちは、西山です。

古い建物に携わる仕事をしていることもあり、
どこかに出掛けても、
自然と、古民家や古い土蔵、伝統的な町並みに
目がいくことが多いです。

そういった伝統的なものは動もすれば、
ありきたりでつまらないものとみられてしまうことも
あると思いますが、
よく目を凝らしてみてみると、意外と面白かったりします。

001
ランダムに並んだ、開口部。
丸あり、正方形あり、長方形あり、、
板戸あり、障子あり、格子あり・・

形も素材も高さもばらばらですが、
絶妙なバランスによって、美を放っています。

002
出入り口です。
写真ではわかりづらいですが、
この開口部、幅が大分細いです。
たぶん、肩幅より狭いです。

いまではこんなに細い出入り口にはなかなか
お目にかかることは出来ません。

そこにはたぶん、

 人が容易に通り抜けられるように

という配慮があるのだと思いますが、
そんな配慮がいつのまにか「常識」になって
我々を必要以上に縛っていやしないかと、
この開口部は語っているように思えました。

002_2
土塀です。
先日のブログでもとりあげたように、
土壁から瓦や小石が顔を出すのはよく見かけるのですが、
こちらは、大きな石です。

001_2
よく見ると、石積みの上に土を塗っているようだということが
わかります。
こんな土塀、いままで見たことがありませんでした。

002_3
古い建物で、よくびっくりするのが、
梁が何重にも飛び交う小屋組です。

001_4
縦横だけならまだしも、

001_5
003
斜め材が入ったり、材自体が激しく曲がってたりすると
もうなにがどうなっているのか、
理解するのが大変です。

先人達は、今よりもはるかに限りある材料のなかで、
あるものをつかい、材の曲がりを生かし、
このような空間をつくったのだと思うと、
本当に頭が下がります。

こういうのを見ると、決して
 
 古いもの=退屈

なんてことはないなと思います。

むしろ、
 
 古いもののほうが斬新で面白い

そんな仮説をもって周りのありふれた(と思っている)ものを
見てみると、面白いと思います。

西山哲雄

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2009年4月16日 (木)

何か違う…

こんにちは。花粉症がおさまりつつある、土屋です。
そういえば、先日ラジオを聴いていると、

「花粉の出ない杉の育成に成功した」

というニュースが流れてきました。
詳しい内容はよく覚えていませんが、
「花粉症の人にはうれしいニュースですね」
と、そのニュースは締めくくられました。

が、まったくうれしくないのは私だけでしょうか。
かれこれ10年近く花粉症には悩まされていますが、
これっぽっちもうれしくありません。

花粉の出ない杉なんて、
ものすごく不自然なことに思えますし、
一体いつになったら花粉症がなくなることやら…。

花粉が出ないということは、
自然に増えることはなく、植林しか杉が増える手段はありません。
植林政策を進めるも、林業の衰退で手入れが行き届かなくなり、
花粉問題が発生している、という見解もあります。
ちゃんと管理していくことができるのでしょうか。

問題の根本を絶つ、という意味では正攻法なのでしょうが、
何か違う気がします。花粉症問題を優先するあまり、
日本の中心的な建材である杉に異変がおきしまうのでは、
そんな不安がしてしまいます。

とはいえ、花粉症はなんとかしたい、
土屋 直人

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2009年4月14日 (火)

HT対策

こんにちは、にしやまです。

本日も旅ネタですが、
まずは一枚の写真からどうぞ。

001

これは、寺院などでよく見られる「斗組」です。
木材が何段にも組み合わさって、軒を支えています。

002
こちらも同じ建物の斗組ですが、
なにか余計なものがついているのに気づくでしょうか?

004
寄ってみると、このような感じです。
木が組み合わさって飛び出た上のところに、
銀色の針金状のものが何本もあるのがわかりますか?
実はこれ、さかさまになった釘で、
おそらくは鳩がとまらないようにという対策だと思われます。

003
ここにも。

005_2
このように、ありとあらゆるところが剣山状態です。
良く見ると、上のほうにネット状の鳩避けも施されており、
さらには写真ではよくわからないと思いますが、
細い糸も張り巡らされており、
鳩対策の見本市状態です。

我々も鳩対策に追われた経験があるので
気持ちはわかりますが、
ここまでくると、なにか執念のようなものを感じます。

きっと、鳩と人間の根気比べのような状態になり、
気がつけばこの様になってしまったのでしょう・・。

対策のおかげか、あたりに鳩は見当たりませんでしたが、
その代償としてのこの有様は、
はたして正解なのだろうかと思ってしまいました。

西山哲雄

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2009年1月17日 (土)

メンテナンス

先日のことです。

以前に塗装を施した板の壁が、板材の縮みとともに
板同士の間で隙間があいてきてしまったので、
その隙間を塗装しなおしていました。

木材は水分を含んでいます。
その率を含水率と呼びますが、
含水率が低ければ低いほど、縮みなどの狂いがでにくくなるわけで、
つまりは、隙間があいてきたということは、

 板材が、内に備えていた水分を放出し、縮んだ。

ということです。

そして、縮んだ状態で平衡を保っているとすれば、
それが、この場所においてのこの板材のあるべき姿
なのだと思います。

何が言いたいのかというと、
多少の縮みなら問題ないかと思いますが、
これが、センチ単位で縮んでいるとすれば、
もともとこの板材は、かなり余計な水分を含んでいた
ということになるわけで、
それは、この板材が、施工時に、
水分によってかなり着膨れした状態であったということです。

これって、厳しい言葉でいえば「偽装」では?

なんてことを、ペンキを塗りながら考えていました。

偽装を見抜くには、含水率計が必要だと思った
西山哲雄

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2008年12月11日 (木)

本棚製作 ~番外編~

こんにちは。昨日今日と、一日中パソコンと向き合っていますが、
夕方になると、暴れ出したくなる土屋です。
やはり、外で体を動かす作業の方が、性に合っているようです。

さて、私がパソコンと向かい合っているころ、
隣の加工場では本棚の部材の加工が進められています。
所定の幅に切り出した板の表面の仕上げをしているのですが、
膨大にでる削りくずからは、ヒノキのいい香りが強烈に漂ってきます。

某工業所の材木置き場に置いてあったときは、ほとんど香りもなく、
材木店で引き割ってもらうまでは、実はサワラだと思っていたくらいですが、
切った途端に強烈に香ってきました。

籾殻の現場で、秋田杉を扱ったときも、スギの香りが強烈にしましたが、
香り自体の質の違いでそう感じるのかもしれませんが、
今回のヒノキは、スギの比じゃないくらい強烈に香ってきます。

木は、木目や硬さ、また色の違いなど樹種によって様々で、
その違いを適材適所で使い分けるのが重要で、醍醐味でもありますが、
香りというのもその醍醐味の一つだと、強く感じました。

さてさて、本棚製作の方はといいますと、
部材の表面仕上げも終わり、棚板をはめ込む溝の加工に入ります。

土屋 直人

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2008年12月 8日 (月)

本棚製作 ~その1~

こんにちは。今までインフルエンザにかかったことのない、土屋です。
自分だけはかからないだろうと、毎年この時期を過ごしていますが、
今年は予防接種を受けようか悩んでおります。

さて、先日とある方から本棚の作製依頼があり、
今日から本格的に製作に取り掛かり始めました。
材種は問わないが、無垢の板がいい、という、
ご希望に応えるべく、ご近所の某工業所に相談し、
使用することになった板がこちら。

100_3937

某工業所の材木置き場に眠っていた米ヒノキを、
材木屋さんで引き割ってもらってきました。

本日の作業は、この板を所定の寸法に加工するべく、
まずは、木取りから始めました。
材料に余裕がなく、間違えると足りなくなってしまうため、
一枚一枚、節の入り方を見ながら行ないます。

次に、木取りした通りに切っていくわけですが、
ここで、万能機が大活躍します。
今回この本棚の作製も、万能機がなければ、
業者さんに外注しなければいけないので、
本当に、万能機には大助かりです。

とはいえ、まだ扱いに慣れない部分もあったり、
途中、クリスマスツリー用のモミの木の運搬依頼があったり、
そのほかいろいろすったもんだがあり、
結局、今日は木取り通り、所定の幅に切り出したところで作業終了。

明日からは、表面の仕上げをして、
一番の難関である、棚板をはめ込む溝の加工に入って行きますので、
随時、報告していきたいと思います。

土屋 直人

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2008年11月28日 (金)

棚づくり

こんにちは。来週から師走ですが、旧暦では今日が11月1日、土屋です。

さて、今日はあいにくの雨降りになってしまったため、
例の「籾殻の現場」で、当初予定にはなかった棚の作製を承ったので、
そちらを皆で作りました。

以前の工事であまっていた杉板や、
今回の工事で使った金山杉の端材や余った物を使ってつくったのですが、
完成品がこちら。

100_3888

100_3890

急な話で時間もなかったので、
凝ったつくり方はしていませんが、荒っぽい無骨な感じが、
この棚を置く部屋の感じにはあっている気がします。

で、肝心のこの棚を置く部屋の方ですが、
先日籾殻を入れた建具も吊り込みが終わり、
これで全工事完了となりました。

今回の棚もそうですが、道具が充実したことで、
こうした工事を外注しなくてすむようになり、
より自分たちでできることが多くなって、楽しみも増しました。
こんな楽しいこと他の人に頼んじゃうなんて、もったいないですよね。

さてさて、来週からは茅刈りも最後の大詰めです。
しかし、諸事情により茅刈りエースが一ヶ月の人事異動となってしまい、
大幅な戦力ダウンですが、風の噂で茅を刈りたくて仕方ないK君が、
来週は時間に余裕があるとのこと。K君に期待したいと思います。

土屋 直人

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2008年11月 7日 (金)

こんにちは、西山です。

 先日のブログで、3つの本から同じような言葉を
 引用しましたが、その後読んだ本にも同じような言葉が
 出てきたので、紹介したいと思います。

 ―以下引用―

  1950年代から90年代を通して工学に何が起こってきたか
  ということを一言でいうとすれば、
  モノづくりに対する空洞化、ということになると思います。

  一つはシステムのレベル、もう一つは物質のレベル、
  そして三つ目は建設のレベルというそれぞれのレベルで、
  空洞化が進んできたのです。

  ものをつくるレベルで空洞化が起きています。

  (中略)

  空洞化に歯止めをかけるには、
  非常に困難なことですが、
  工学や技術をわれわれの了解可能な範囲に
  留めておくことです。

  もともと、技術、デザインというのは
  人間のために存在していることを思い出してほしいのです。

  現在、コンピューターの革命的な進化に晒されている
  われわれは、それらを人間の側、われわれの感覚の側に
  どう引き戻すかについて必死に考える必要があります。

  (内藤廣 『構造デザイン講義』王国社p203-205)

 
 内藤廣さんはご存知の通り、著名な建築家であり、
 小布施ッションの講師として来られたこともあります。
 大好きな建築家のひとりです。

 コンピューターのめざましい進歩によって
 建物の構造解析は簡単にできるようになり、
 どんな形の建物でもできない建物はないと言われている現代。

 しかし、コンピューターで解析できたからといって、
 その建物が何の問題もなく建つと思ったら大間違いで、
 実際に、高名な建築家の設計した建物でも
 倒壊事故が起きているそうです。

 そういった事故を防ぐためには、コンピューターがいくら
 進化してもだめで、本当に大切なのは、
 エンジニアが工学的な知識とともに、現場などから身体的に
 得られる「経験知・体験知」といったものを持ち合わせることだ。

 と、本書は説いています。

 この書は東京大学の土木学科の学生に向けた講義をまとめた
 ものということですが、

   組積造・スティール・コンクリート
   プレキャストコンクリート・木造
  
 という構造(素材)別の章立てで、
 それぞれの歴史や使用例、利点や及第点などについて、
 自身の経験を交えながらそれぞれわかりやすく解説が
 加えられています。

 自身が実際に経験されたことや、ご自分で設計された建物を
 例にとり、平易な言葉で説明されているので、
 非常にわかりやすく、入門書としては最適かと思います。

 自作以外の最新の建築物も随所に取り上げられていますが、
 著者の個人的な好き嫌いが垣間見られて、面白いです。
 

 西山哲雄

 

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2008年10月31日 (金)

mm以下の攻防

こんにちは。今日はハロウィンですが、ハロウィンとは無縁な、土屋です。

さて、いよいよ終盤を迎えた杉板張りですが、
本日私が取り組んだ壁がこちら。

Ca390121

なんてことはない面に見えますが、
若干角度がふれていて、板の小口を斜めに切らなくてはいけなかったり、
また、両側が仕上がっているためピッタリの長さに切らなくてはいけないなど、
もろもろの事情から片側は手で切って張ることにしました。

寸法をとってみると、微妙に一枚一枚の長さが異なります。
それも621.5mm、622mm、622.5mmなど、0.5mmぐらいの微妙な違いなのです。
これをキリがいいからと端数を切ったり切り上げたりすると、
板が入らなかったり、隙間が空いてしまったりしてしまいます。
そのため0.5mm刻みで墨をして、その通り切らなくては隙間なく仕上がりません。

これまた難しいのが、コンマ数ミリくらいの墨の上を切るか、
外側を切るかで微妙に隙間が空いてしまったりします。
ですので、寸法は0.5mm刻みくらいでとりますが、
切るときはさらに細かい寸法に気を使っていることになります。

若干長めに切って、少しヤスリをかけてピタッとはまる、
これが一番きれいに仕上がる方法だなと思いました。
と、すごいことをしているように書いていますが、
実際のところは…、上の見づらい写真で判断していただければと思います。

隙間が空くといっても、パッと見は分からない使用に支障のない隙間だと思いますが、
こういった仕事をしていると気になってしまうんですよね。
普段の生活の中でmm単位、ましてやmm単位以下を意識することなんて、
ほとんどないんじゃないかと思います。普段からmm単位を意識していると、
見慣れた風景も違ったように見えたりするんでしょうか

細かい仕事ですが、ピタッとはまったときは気分爽快、自己満足に酔う
土屋 直人

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2008年10月28日 (火)

木の模様

こんにちは。この年になってもまだニキビができる、土屋です。
甘いもの、高カロリーのものを食べすぎでしょうか。

さて、昨日から始まった床板張りですが、
予想より早く本日、終了してしまいました。
張り終わった床を見て、達成感と木のもつ美しさを実感しております。
また、床板を張る前は籾殻の香りが充満していた室内も、
すっかり杉の香りに包まれて、横になったら気持ちよくお昼寝ができそうです。

今回使用している杉板は、これまでも紹介されているように、
金山杉の赤身の柾目材を使用しています。
柾目ですので木目は年輪が平行な状態で直線的になっているのですが、
板を張ってみると、その木目とは違った模様のある板があります。

Ca390120

写真が見づらいかもしれませんが、波型の模様のある板がおわかりでしょうか。
これまでも柾目の材を何度も見たことはありますが、
こんな模様が出ているのを見たのははじめてな気がします。
板目や杢目ならまだしも、柾目でこんな模様が出るなんて、
どうして出るのか、よくあることなのか、金山杉の特徴だったりするのか、
また機会があったら聞いて見たいと思います。

それにしても、製材の仕方や育ち方で様々な模様をつくり出す木は、
やっぱり魅力的な素材だなと改めて思いますね。

土屋 直人

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2008年10月24日 (金)

水の重さを感じる

こんにちは、西山です。

昨日の土屋氏のブログに予告されたとおり、
本日ついに、待望の物が届きました。

Img_1794_2

トラックが到着し、その扉が開けられると
ご覧の光景が目の前に広がりました。

遠路はるばるやってきた杉板です。

そして、杉板の山がこの目に飛び込んでくるのと
ほぼ同時に感じたのは、杉の香りでした。

天気が怪しかったため、屋根つきトラックで運んでいただいたのですが、
そのトラックの屋根が、幌のような簡易的なものではなく、
金属製である程度の密閉性のあるものだったので、
(専門的には、ウイングバンという種類のトラックのようです。)
扉を開けた瞬間、中に閉じ込められていた
杉の香りが、こちらまで届いたのだと思います。

香りつきとは、なかなか洒落たお届け物でした。

さて、この杉板たちを一時保管のため、倉庫に運んだのですが、
持ってみて驚いたのは、その軽さでした。

木材の重さは、樹種もさることながら、含水率に左右されます。
要するに、どれだけ乾燥させるかによって、木に残る水分の量がかわり、
その違いが、同形・同樹種の木材であっても、重さの違いとして
現れるわけです。

過去に杉板材を運んだ経験から、
おおよその重さを想像して持ったのですが・・・見事に裏切られました。

今までに体験したことのない重さでした。
これだけ軽いということは、本当にじっくりとそして充分に乾燥されたのだな
ということが、身をもってわかりました。

Img_1796
一時保管され杉板たち
いよいよこれから、張っていくことになります。

経過は随時、お伝えしていこうと思います。

西山哲雄

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