音景

2010年5月20日 (木)

・随分と前に、『便器と携帯電話』と題したブログで
 トイレの進化について、以下のように書きました。

   トイレに入ると、自動で音楽が流れ、
   便器の前に立つと、ふたが開き、便器が光をはなつ。
   そして、脱臭が始まり、いい香りもしてくる。
   事を終え、便器を離れると自動洗浄。
   ふたも勝手に閉じる。

 書いたものの、実際にこのようなトイレに遭遇したことは
 なかったのですが、
 先日のこと、ついに出会うことができました。
 そのトイレは、
 上にあげた機能はもちろんのこと、
 さらに、「除菌イオン」機能もついたりして、
 カタログの機能一覧表をみるとそこには
 なんと28もの機能が記されていました。

 機能が多いことには改めてびっくりしたのですが、
 ひとつ、関心した機能がありました。

 それは、

  洗浄音がすごく小さい

 ということ。

 イオンとかは正直よくわかりませんが、
 こういう進化は大いに賛成です。

 何というか、

  こんな上品な音で、しっかりと流れるんだろうか?

 と老婆心ながら思うほど、お上品な音で流れるのです。
 こういう必要な機能は、どんどん進化してもらいたいものです。

・少しまえに

  ハイブリットカーの音が静か過ぎて問題になる

 ということがありました。
 実際ににそういった車に遭遇すると、
 本当に静かでびっくりしてしまいます。

 問題になったように、近づく車に気づきにくいという
 デメリットはありますが、
 車もきっと、どんどん静かになっていくでしょう。

 電気自動車になればなおさら・・。

前にも書きましたが、結局のところ
 人間ほど静かに作動する動力は無い気がしています。

西山哲雄

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2010年4月12日 (月)

ふるいおと

古い家に暮らしはじめてはや2年、西山です。
今日は久しぶりに古い家の気づきをおとどけします。

それは、

 風を感じる

ことです。

我が家の建具は、木製で、そこにガラスがはまっています。
サッシではありません。
しかも、現代の木製建具のように、
ガラスと木部の接点をコーキングするような処置も
とられていないため、
建具を動かせば、ガラガラと、ガラスと木部がぶつかる音が
します。

というわけで、その建具に風があたれば
当然のように、音がするわけです。

強風の日など、ガラスが割れてしまうのではないかというほど
大きな音がして、当初は気が気ではありませんでした。
(まだ、ガラスが割れたことはないですが・・。)

今ではすっかりその音にも慣れました。
そして慣れてしまうと、

 ガラスの音によって、風の有無や強弱を知ることが出来る

便利なものであることがわかりました。

サッシでは、こういう世界とは無縁でしょう。
実際、アパート暮らしの時を振り返ってみれば、
風のことなど、気にしたこともありませんでした。

古い家は全てが不便だと思われがちですが、
よぉく見てみれば、便利なこともあるもんです。

だいぶこじつけな感はありますが・・。

西山哲雄

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2010年2月 9日 (火)

雪解け水の音色

こんにちは、ソリ遊びに夢中になりすぎて、
案の定、足腰が痛くなっている金石です。

大雪が降ったのは先週の土曜日。
今週は打って変わって穏やかな陽気となりました。
銀世界と化した界隈の雪もずいぶんと溶け、
屋根にこんもりと積もった雪も
ガサッと音を立てて落ちてくるほどです。

今日は現場との移動で
栗の小径を頻繁に歩いていたのですが、
この時期ならではのある「音」を楽しんでおりました。

その音の正体がこちら。

Img_5125

屋根の上の雪が溶けて軒先から滴っております。
栗の小径沿いの建物の軒先には
雨樋が付いていないため、
この雪解け水が落ちる音を楽しめるのです。

軒先から落ちた足元には
玉砂利や積もった雪の山があり、
実に多彩な音色がこの空間に満ち溢れています。

Img_5126

面白いもので、この雨垂れ音は
栗の小径のクランクを曲がると
ピタッと聞こえなくなります。
理由は周囲の建物に雨樋が付いているから。

今、私は「栗の小径→界隈の外」
のルートで解説しましたが、
一般のお客様は「界隈の外→栗の小径」
のルートが一般的。

その目線でこの現象を捉えると、
クランクを曲がった瞬間に
目の前の空間が奥に長く開け、
同時に雨音に満ち溢れた空間を体感する、
ということになります。

なかなかニクイ演出です...

金石健太

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2009年2月25日 (水)

メンテナンスのおと

こんにちは、西山です。

今日の結論は

 「見せるメンテナンス」には音は禁物

です。

さてさて・・・

先日、といっても少し前のことになりますが、
ほぼ一日中、落ち葉を拾っていたことがありました。

一日中拾うほど大量の落ち葉が・・
と思われるかもしれませんが、そうではなくて、
落ち葉をもたらす大きな木の下に、
低木や笹の類が植えてありまして、
そこに落ちた葉っぱを集めようとしていたわけです。

ですから、
ホウキで一気にあつめて・・というわけにはいかなくて、
仕方ないので、地道に手で落ち葉をかき集めてはゴミ袋へ・・
ということを延々と繰り返していたわけですが、
落ち葉をひろい続ける中で、

 人間の手は、なんてよくできているのだろう。

と、いまさらながらに感心してしまいました。
というのも、

 笹の間に挟まった落ち葉をまずは笹ごと手で掴み、
 そのまま持ち上げてしまうと、笹を傷めてしまうので、
 そうならないように、指の間から笹をうまく逃がしながら
 笹と一緒に落ち葉がこぼれないようにうまく調節しつつ、
 落ち葉を掬い取る

なんていう言葉ではとても説明しずらい芸当を、
たいしたことだと思わずに、やってのけているわけです。

しかし考えてみたですね、それを機械や道具でやろうとしたって、
なかなかできないと思いませんか。

熊手のような道具でやろうにも、
はかどらないことは容易に想像できます。

いろいろ考えて、一番有効であろうと思われるのは、
以前お寺掃除の例でとりあげた、
「ブロアー」を使って、落ち葉を吹き飛ばし、
ひとところに集めるという方法ではないかと。

これなら、木の間に挟まったような落ち葉でも、
割合簡単に集めることができそうですし、
現に、そのようにして公園等の落ち葉掃除をしているのを
見かけたことがあります。

ただ・・・、

音がうるさいんですよね。
ブロワーも機械ですから、「ぶぉー」という作動音がするわけです。

便利なのだから、
音ぐらいいいじゃないかという気もしないのではないですが、
かねてよりどうもこの点が引っかかっていました。

それ以来この問題が引っかかっていたのですが、
「見せるメンテナンス」を考えるようになって、
自分なりの答えが出せた気がします。

つまり

 「見せるメンテナンス」には音は禁物

ということ。

庭を掃く禅寺のお坊さんも
壁を磨くホテルのスタッフも、
余計な音を出していないからこそ、
それが「見せるメンテナンス」として有効なのではないか?

と思い至ったわけです。

厳密に言えば、
掃き掃除の時には竹箒が砂利をこする「シャーッ、シャーッ」
という音がするでしょうし、
拭き掃除であれば時折「キュッ、キュッ」という音が
するかもしれません。

でもそれらの音は、その作業における「本来の作業音」なのかな
という気がしています。

「本来の作業音」をうまく説明できないのですが、
例えば、丸太を輪切りにするとして、

 ①ノコギリを使う場合

 ②チェーンソーを使う場合

をイメージしてみてください。
①の場合はいわゆる「ノコギリで木を切る音」がします。
しかし、②の場合聞こえてくるのは
チェーンソーの刃を回転させるためのエンジン音です。

もし無音のエンジンというものがあれば、
②の場合でも、チェーンソーの刃ば木をとらえていく音
が聞こえるのではないでしょうか。

その音こそが、「本来の作業音」だと私は思うのです。

そして、「本来の作業音」を伴う作業であれば、
人目にふれる場合においてもそれは
「見せるメンテナンス」として通用するのではないのかな?

それが今現在の、私の結論になっています。

西山哲雄

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2009年2月 6日 (金)

メンテナンス道

「見せるメンテナンス」というのがあるのではないか

と考えています。

メンテナンス・・・
ここで想定しているのは、日々の「清掃」の類です。

たとえば、
営業時間内の店内(とりあえず喫茶店とする)で、
客もいるのに、掃除機をかけていたらどうだろう?

あまり気持ちのいいものではないと思うし、
そんな状況に遭遇したこともありません。

対して、同じ店内で、
布巾でガラスのテーブルを拭いていたら?

これにはさほど拒否反応はないのではないか。

床掃除とテーブル掃除を比べているので
多少無理があるかもしれないが、
同じメンテナンスでも、一方は見せてもいいもの、
一方は見られたくないものといった印象を受けます。

こんな例はどうでしょう。

とあるお寺で、

 ①お坊さんが、砂利の上に落ちた落ち葉を
   竹箒で集めている姿
 
 ②お坊さんが、ブロアーで落ち葉を吹き飛ばしている姿

  ※ブロアーとは、掃除機と反対に、噴出し口から
       風を送り出し、ゴミなどを吹き飛ばす機械のこと。
   当然、使用時は音がでます。

をみかけたとして、
どちらが見ていて気持ちがいいものでしょうか。

①なら、そのお寺を参拝にいったときに遭遇しても、
不快な思いをしないと思いません?

むしろ、

 こまめに清掃していて、さすがだ。

 
 弛まない努力の結果が、
 綺麗に手入れされたこの庭なのだな

なんて思うのではないでしょうか?

これが、私が考える「見せるメンテナンス」です。

続く。

西山哲雄

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2008年10月23日 (木)

音景 ~大工編~

こんにちは。座り仕事をしていると膝にダメージが蓄積する、土屋です。

さて、「籾殻の現場」は無事木枠の取り付けも終わり、
現在は目下、床下地のレベル調整に悪戦苦闘しております。
既存の根太の上にいろんな厚さのパッキンをかって、
レベルを見ながら調整していくという、大変地味ですが大事な仕事です。

そんなこんなで、ここ数日は大工仕事をしているわけですが、
先日の西山氏のブログで音景の話を思い出し、
大工仕事も音について考えてみるとだいぶ様変わりしているなと、
作業をしながら考えていました。

今は電動工具が主流となり、
木を切るときや削るときには、モーターが回る音でしょうか、
ウィーンとそれはもう、けたたましい音がします。
また、電動ドライバーでビスを打つときにもガーガー音がします。

これらに共通していると感じるのは、
それがどちらかというと不快な音であるということです。
やっている本人はさほど気にはなりませんが、
もし、休みの日に隣から聞こえてきたら不快に感じると思います。

対して、鋸を挽く音や金槌で釘や鑿を叩く音は不快には感じなく、
かなり個人的な感覚かもしれませんが、むしろ何をしているか興味を持ったり、
心地よくすら感じるんじゃないかと思います。

以前、倉庫で鑿と金槌で作業をしていたら、その音を聞いた観光客の方が、
倉庫まで何をしているか見にこられたことがありました。
また、小学生の頃、家の改築工事をしているときに、
大工さんがシュッ、シュッと一定のリズムを刻むように鉋をかけている横で、
その音と透けるように薄く削られる鉋くずに心を奪われ、
黙ってじっーと見ていたことを覚えています。

大工仕事ではありませんが、昔の瓦屋根のなどの下葺きに、
薄い小羽板を釘で打ちつけた屋根が見られますが、
これは釘を打つ音から、「トントン葺」と呼ばれます。
これがもし、現代のように電動ドライバーでビス止めしたとしたら「ガーガー葺」、
エアコンプレッサーで釘止めしたとしたら「プシュプシュ葺」、
とでもなるでしょうか。パッとしませんよね。

電動工具が普及し、作業効率は格段に上がったことは言うまでもありませんが、
そうなることで、ここでも一つ優れた景観が失われている気がします。

さてさて、いよいよ明日は仕上げ材の杉材が入ります。
今から楽しみです。

土屋 直人

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2008年10月10日 (金)

なつかしい音

先日、なつかしい音に出会いました。

先日といってもお盆のことなので、
かなり前のことになりますが、
帰省の折に、三島大社の夏祭りに行ってきました。

実家のある沼津にも夏祭りはいろいろあるのですが、
三島大社の近くに従姉の家がある関係もあって、
子供の頃はほぼ毎年、夏祭りに行っていて、
祭りといえば、三島大社の夏祭りといってもいいほど
私の家では浸透していました。

実家を離れて以来、夏祭りに行く機会もほとんど
なくなっていたので、今回は久しぶりの機会だったのですが、
そんな私を出迎えてくれたのが、「しゃぎり」の音でした。

祭りといえば、出店や花火など、見所満載ですが、
大社のお祭りの見所はなんといっても、「しゃぎり」です。

P1020681_ni
山車の上に乗った人たちを確認できるでしょうか?

町内ごとの山車に乗った彼らが演奏するのが
「しゃぎり」です。
太鼓や笛も登場しますが、
主な音源となるのは、彼らの手に握られた摺鉦(すりがね)です。
(摺鉦については、こちら

灰皿状の摺鉦の内側を叩くことで、音がでるのですが、
これがなんとも言えない音を出すのです。
(文字で表現するなら、チャンチキチャンチキ・・・といった感じです。)

思い返してみれば、子供のころは
お盆になると、このしゃぎりの音を聞いていたわけで、
久しぶりにその音を聞いて、なんだかとてもなつかしく感じました。

でもよく考えると、
私はしゃぎりをやったこともないし、一年のこの時期にだけ
耳にする程度だったので、
頻度としてはそれほど高くなかったのですが、
その割には
予想以上に自分のなかに浸透しているものだなと。

前に音景の話をしましたが、そこにも書いたように、
音も景観の一部として考えるならば、
お祭りの音といった非日常的なものであってもそれは、
景観の構成要素の一つであると考えられるのではないでしょうか。

であるならば、
それほど高頻度で聞いていた音ではないのに、
かなり体に染み込んでいて、私になつかしいと感じさせた、
三島大社のしゃぎりの音は、
優れた景観要素といえるのかもしれません。

景観というと、どうしても目に見える部分だけを追いがちですが、
音というものに着目して、景観を考えていくのも
ひとつの手かもしれないなと思った、お祭りの夜でした。

西山哲雄

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