土壁

2010年6月 3日 (木)

達磨窯@小布施 作業報告 ~その15~

こんにちは、
地下足袋のハゼ止めのデザインが大好きな金石です。

さて、久々の達磨窯のライブ報告です。

ひとまず各部屋が完成した達磨窯ですが、
これからは壁に土を塗って窯を太らせる作業に突入です。

ですが、、、
その前に瓦を出し入れする戸口部分にL型アングルを固定して、
燃焼室に蓋ができるように細工をしました。

Img_4994

このアングルでできた凹部に
上から板を差し込んで蓋をします。
実際には、窯の内壁の位置に瓦と粘土で一度蓋をして、
現状の窯の壁厚部分に砂を詰めます。
その砂がこぼれ落ちないように、
板を差し込んで蓋をするというわけです。

で、本日はというと左官仕事です。
写真を見てお気づきかと思われますが、
前回塗った面が乾燥して大きくひび割れてしまいました。
表面もすっかり乾いたので、
このひび割れた面の上塗りをすることにしました。

Img_5004

それにしても結構な亀裂...
シャモットが足りなかったせいなのか、
粘土のネバが強すぎるのか?
未だに手探り状態の続く当プロジェクトです。

Img_5006

亀裂が大きいため、
粘土を投げつけて空気が入らないようにします。
焼成室の天井部分は両側からこの作業をするため、
反対側から飛び散った粘土が頭上から降り注ぎ、
泥仕合ならぬ「泥試合」に...

Img_5010

エクレアではありません、念のため...

金石健太

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2010年4月15日 (木)

かべについてのおぼえがき

最近また、古い壁と格闘していた
西山です。

そんななかで気づいたことがあるので、
覚え書いておきます。

漆喰の壁を塗り替えようと、既存のはがれかかった漆喰を
剥がしていてきづきました。

 漆喰の継ぎはぎは有り得ない

と。

どういうことか?
こちらの写真を見ていただくのが早いかと。

001_2
こちら、幟の広場の通称「留蔵」
古い荒壁と新しい補修とが
なんともいえないパッチワークとなり、
そこに長い年月の蓄積を感じさせ、
この場の景観に一役かっています。

私が気づいたのは、この「漆喰版」は有り得ないということです。

考えてみてください。
漆喰塗りの蔵を
同じように部分補修したとするならばそれは、
この土蔵と同じような空間の質を
周囲に提供することができるのだろうかと。

おそらく無理だろうと思います。

土壁仕上げと漆喰仕上げ
最後に漆喰を塗るかどうかという些細な違いに思えますが、
土壁と違い漆喰は
歴史の蓄積を感じさせにくい素材であると言えそうです。

漆喰は強固ですが、
補修が必要となるときには、
壁はひび割れ、一部が剥がれ落ち・・
という状態になります。

土壁のように、

 すこしずつ表面が風化していき、深い陰影を落すようになる

というわけにはいかないのです。

ですからその一部だけを補修したとしても、
補修した漆喰壁以上のものにはならず、
それならば一面ごと見切って、
既存の漆喰を全て剥がして塗り直すことが、最善であろうと。

たとえ、その部分以外はまだまだ壁として機能しているとしても
剥がさなければならないのです。

西山哲雄

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2010年4月 2日 (金)

達磨窯@小布施 作業報告 ~その3~

こんにちは、ヤッケのズボンの股が裂けて、
格段に動きがスムーズになった金石です。

見た目はなんとも情けないのですが、
動きやすいので良しとしています。
市街地の現場ならともかく、
この現場はあまり人通りも多くないことですし...

と思って安心して作業をしていたら、
ここ数日作業を見物しにくる方が増えてきて驚いております。
だいたいは近所の畑の方、
あるいはこの場所が散歩コースの一部の方です。

今までは車をゆっくり走らせて
車中から不思議そうにこちらを眺めていましたが、
毎日毎日全身泥だらけになって
なにやら作業している坊主頭が気になるらしく、
ありがたい事に車を降りて
作業を覗きに来てくれるようになりました。

さて、達磨窯の作業報告。
いよいよ燃焼室の壁を立ち上げ始めました。

古瓦を平らになるように割って並べ、
粘土とシャモットと藁を混ぜた土を載せる。
その繰り返しで壁を立ち上げていきます。

Img_4179

Img_4189

当分の間、この作業の繰り返しです。
頑張ります。

Img_4198

本日の作業終了後の様子。
来週頭には地下部分が終わります。

金石健太

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2010年2月 1日 (月)

自分のモノサシ

こんにちは、修景事業の新型インフルエンザ第1号の金石です。
とうとう感染してしまいました。
ちなみに感染ルートは謎です。
こんな私が言うのもなんですが、
皆さんも気をつけましょう、結構熱が出ます。

先々週の金曜から長らくブログの更新が滞ったのは、
何を隠そう自宅待機をしていたからなのでした...

さて、私がインフルエンザで倒れる前の話ですので、
時間は1週間以上遡ります。
我々は既存の民家の土壁を落とす
という作業をしていたのですが、
ここであることに気付きました。

 1間スパンの土壁は結構たわむ

柱間が1間(=1820mm)の土壁、
それも貫に小舞下地を掻いて、
荒壁、中塗りと仕上げていく伝統工法の壁は、
真ん中あたりをその気になって強く押せば、
壁全体がポワンポワンッとたわむのです。

考えてみれば、
壁の芯は薄い板材の「貫」と細い竹と葦の「小舞」ですから、
当然の結果ともいえます。

こんなこと、日常生活の範囲内では問題ありませんよ。
特に苦にする事もないでしょう。

ただ、ひとつの体験として、
私にはかなり新鮮なこととして写りました。

実務的な話をすれば、
通常、住宅の設計を施すときに、
柱間を1間確保しておけば、
構造計算上まず問題になることはありません。

この「計算上は」問題にならなくても、
「体験上は」壁がたわむことがある。
というのが、新鮮なこととして写った大きな理由です。

世間一般に認められている構造計算といっても、
たかだたそんなもん。

少々言葉は乱暴ですが、
良い意味でそんな風に考えられるようになってきました。

「体験上は」っていうモノサシを得ている今の作業は、
我々にとってとても貴重な時間なんだ、
と改めて実感しながら作業しております。

金石健太

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2010年1月29日 (金)

さて

問題です。
これは何でしょう?

001

数センチほどの大きさの木片たち。
解体中の民家から採集しました。

正解は次回。

にしやまでした。

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2010年1月26日 (火)

こわすことが、つくること。

こんにちは、にしやまです。

001
解体中の民家

土壁を落としていくと・・・中から木舞がこんにちは。

落とした土壁は、水を加え練り直して、
ここに新たに建つ建物に、塗られることになります。

土壁を再利用することは、リサイクルによってゴミを減らす
ということもありますが、
実は、古い土壁を練り直したベトのほうが
新しいベトよりも材料として優れていという面があるのです!

しかもその方法も、水を加えて練り直すだけという単純さ。
ベトはすごいです・・。

ですから今我々は
壁を「こわす」作業をしているのですが、
「こわす」と同時に、
新たな(優れた)土壁の材料を「つくる」ことをしているわけです。

誇りまみれになりながら
バールや金槌で細かく叩きながら土壁を落としていく作業は
非常に単調なもので、傍から見ればただの解体工事にしか
見えないと思いますが、
実はとても創造的なことが行われているのです。

西山哲雄

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2010年1月14日 (木)

不思議な感覚

こんにちは、お汁粉好きの金石です。

只今、とある民家を解体中です。
土屋氏のブログでも紹介したこの民家、
昭和48年に建てられたごく一般的な平屋住宅です。

仕上げ材のボードや化粧合板を剥いでいくと、
内側には小舞掻きされた荒壁の壁が現れました。

Img_5011_2 

天井・壁と順に壊していくのですが、
時を追うにつれてなんだか不思議な感覚が芽生えます。

 これは壊しているのか?
 それともつくっているのか?

答えは簡単、まぎれもなく「壊している」のです。

が、、、
確実に空間は居心地のよいものになってきている...

これは間違いありません。
首を傾げながら、アレコレ観察してみることにしました。

ひとつの理由としては、
余計な素材が撤去されて、
素材の種類そのものが減ってきたことが挙げられそうです。
建物内部を見渡すと、
目に飛び込んでくるのは「木」と「土」と「ガラス」くらい。
どんなものでもシンプルな構成には美しさがあります。

そしてなんといっても残った素材が持つ「素材感」。
これこそ最大の理由でしょう。
間仕切壁の荒壁、丸太梁、鉋掛けされていない野地板、、、
皮肉にも、当時には隠すべきものであった素材たちに、
今となっては「素材感溢れる」という評価が下ります。

Img_5016

Img_5017

その結果、解体途中のこの空間は、
私にとって居心地のよい空間となりました。
先程述べた感覚が芽生えたのも当然といえます。

それにしても、、、
昭和の時代には隠されていたものに心が惹かれる
というのは、なんだか示唆に富む時代の流れな気がします。

金石健太

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2009年12月21日 (月)

スス

こんにちは、畳の縁(へり)と格闘中の金石です。
それについては後日報告...

先日、ドラム缶で火を焚く機会があったのですが、
そのときに使った鍋底を洗っていてある発見がありました。

おそらくご想像に難くないと思われますが、
ドラム缶で火を焚いている上に網を載せて、
その上に鍋を直接置くため、
鍋底は煤で真っ黒になります。

Img_4950

こちらがその鍋底。
絵に描いたように真っ黒になります。

さて、写真をよくご覧ください。
写真右側が私がタワシで擦った後に水をかけた状態。
写真左側が焚き火後手付かずの状態。
両者の違いがわかりますか?

Img_4952

さらに寄るとこんな感じ。
タワシで擦った右側の表面は水に馴染むのに対し、
煤だらけになったままの左側は物凄く水を弾いています。

詳しいことはよくわかりませんが、
鍋底に付着した煤が影響していることは間違いなさそうです。

ナンデダロウ??

当たり前のようにも思えますが不思議です。
薪木の油分が含まれているからでしょうか?
でも、タワシで水洗いしただけで水に馴染むというのも
どうも腑に落ちないものがあります。
洗剤を使ったというのならまだ納得できますが...

そういえばこんな水の弾き方を他でも体験したことがあります。

1.古い土壁を土間に撒いて、その上に水をかけたとき
2.松煙・ベンガラの粉に水を垂らしたとき

いずれも私の予想に反して、
水が小さな玉となって表面に弾かれていたことを思い出します。

これはあくまで素人的な直感ですが、、、

今回の煤もこれらの事例も、
表面の微細な粉が影響しているような気がします。
粉同士の隙間の大きさと水の表面張力の関係とでも言いますか...

なんだかそんな類の現象じゃないかと思うのですが...

残念ながら私の知識では解明できません。
どなたか詳しい方がいらっしゃいましたら御一報ください。

金石健太

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2009年11月 4日 (水)

たたく、たたく

こんにちは、西山です。

先日、三和土を施工しました。

それも、「たたきもどき」ではなく、本物の「たたき」
左官職人にやり方を教わり、文字通り、たたいてきました。

三和土と書くくらいなので、材料は土、石灰、苦汁。
あらかじめ土と石灰を混ぜておき、苦汁をいれながら
あとはひたすら
002_4

001_3

 たたく、たたく、たたく、たたく、たたく、たたくたたくたたく・・・

 この道具は「たこ」という名前です。
 ちなみに「いか」という名前の道具にはまだ
 出会ったことがありません。

なかなかの肉体労働でしたが、
おかげで立派な三和土の土間ができました。
これまた勘所をつかむことができれば
素人にも出来る作業でした。

只今修景事業では、
三和土製作依頼、絶賛受付中です!
あなたも一緒にたたきませんか?

しかし、何回叩いたことだろうか・・。

西山哲雄

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2009年10月28日 (水)

すくなくゆっくり

このところ取り組んでいるある建物の再生の仕事の現場では
できるかぎりお施主さんにも作業に参加していただいています。

その建物では、
崩れ落ちた土壁の木舞を補修し、
新たにベトを塗りなおすという作業を
お施主さんにやっていただいたのですが、
私が一通りやりかたを実践してみせただけで、結果、
立派な左官職人が誕生しました。

木舞を掻くのは奥様のほうが得意で、
ベトを塗るのはだんな様が得意と、
見事な分業体制で、
壁を仕上げていく様はとても見事なものでした。

少しの指導により、素人でもできるようになり、
基本を教えただけで、それを状況にあわせて応用することも
容易であるということ。

全てがそうだとはいえませんが、
古い建物をとりまく技術は、
プロでない人の参加を前提としたものが多く、
そういった意味では、
セルフビルド的な志向には向いているのかもしれません。

なによりお二人が楽しそうに作業している姿をみることができて
こちらも感無量でした。

出来上がりも十分に壁として機能するもので、
「綺麗さ」「平滑さ」といったところで勝負すれば
プロには到底及びませんが、
逆にプロには出すことの出来ない「作為のない痕跡」にあふれた
とても魅力的な壁になったと思います。

もうひとつ、プロとの違いは「スピード」。
速さで勝負すれば熟練の手には敵いませんが、
「スピード」が問題になるのは、それがコストに直結するからです。
しかし、自分達の手やれば、「ゆっくり」でもかまわないし、
一度に沢山の面積に手をつけようとしなければ、
膨大な作業量と作業時間に気が遠くなることもないでしょう。

だからだいじなのは、

 すくなく、ゆっくり

ということだと思います。

西山哲雄

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