2009年10月26日 (月)

「達磨窯」準備報告 ~その2~

こんにちは、何本もの傘を事務所に置き忘れ、
肝心の雨降りの通勤時に傘がない始末の金石です。

さて、本日も達磨窯復活プロジェクトの報告です。
といっても、特に動きがあったわけではございません。
相変わらず、長い長い「許可待ち」状態は続いております。

では、何をしたかというと、
達磨窯を頭の中でつくる作業を始めました。
言い方を替えればイメージトレーニングといったところでしょうか...
工程毎の作業と仕上がり寸法を図面化してみました。

今までの調査活動の中で、既に実測図は描いていたのですが、
それはあくまで寸法を抑えただけのメモに過ぎません。
今はその寸法の根拠を必死になって探っています。

例えば...
窯の中央部に「焼成室」がありますが、
この楕円形を描く弧の形は、
白地の大きさと積み方で決まってくる形のはずです。
そのためには、我々がどういった大きさの瓦を焼くか?
あるいは我々の粘土の収縮率からして、
窯に入れる白地の寸法は約○○cm、といった情報が必要になります。

Img_7129

調査のときは、「変な形をしているな・・・」
程度に思いながら採寸していましたが、
今になってみると「なるほど!」と思えるようになりました。

まぁ、そんなことをひとつひとつ確かめながら、
達磨窯の構造を理解しようとしています。
今まで集めた「データ」を、
小布施仕様に「情報」化する作業ですね...

この作業を通して、
「わからないこと何処か?」がわかるようになってきました。
苦難の連続ですが、また一歩前進です。

同時に許可を待たずとも、
現段階で取り掛かれる作業もわかってきました。
粘土の水分が凍る冬には作業ができないので、
これからは時間との戦いです(茅刈りシーズンでもあるし・・・)。
時間が空いたときに早速取り掛かっていきたいと思います。

その様子も細かに報告しますのでご期待ください!

金石健太

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2009年10月22日 (木)

試掘調査

こんにちは。めっきり寒くなりましたね。土屋です。

さて、ちょっと前のことになりますが、
達磨窯の建設予定地にて試掘調査が行われました。

なぜ、掘調査を行うことになったかといいますと、
小布施町役場に開発許可の申請書を提出した際、
建設予定地が「埋蔵文化財包蔵地」なるものに該当するため、
掘削を伴う工事を行うためには調査が必要ですよ、
とのご指摘を頂いたためです。
そして、もし土器などの遺構が発掘されようものならば、
工事をストップし、本格的に発掘調査を行うというのです。

工事ストップになろうものならば、
ただでさえ申請手続きに時間がかかってしまっている上に、
さらなる計画の遅れとなってしまいますので。
何も出ないように祈りながらの調査となりました。

Rimg0040

調査は、県の教育委員会(埋文センター?)から、
資格を持った調査員の方がいらして行うのですが、
おそらく出ないだろうとの判断なのか、
重機を使っての試掘となりました。

Rimg0039

Rimg0044

数10センチ掘るごとに、
調査員の方が土の成分や、遺構の有無を確認していきます。
上の茶色の部分が表土、
その下の黒い部分は植物などが腐敗してできた堆積層で、
底に近い辺りのように砂利が多いところには、
人が住んでいたとは考えにくく、まず遺構は出ないだろう、
ということですが‥

Rimg0048

今回の工事で掘る予定の1m掘ったのがこちら。
調査員の方が言うとおり、無事何も出ませんでした。
出たものといえばビニール袋と塩ビパイプくらいで、
遺構どころか、現代のゴミが出てきました。

心配の種が一つ消え、
あとは開発許可が下りるのを待つだけです。

土屋 直人

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2009年10月21日 (水)

「達磨窯」準備報告

こんにちは、とある国家試験に失敗した金石です。
悔しいですがまた来年...
(ちなみに建築士ではありませんよ)

先日、ある建物の解体現場に顔を出しました。

Img_3971

この長屋を解体するとのことです。

解体して捨ててしまうくらいであれば...
ということで小1時間ほどお邪魔して、
下屋部分の古瓦を頂いてきました。

Img_3978

この瓦、屋根に葺くために頂いたわけではありません。
この瓦の使用用途は、何を隠そう「達磨窯」であります。

Img_7024_2 Img_7108_2

このように達磨窯は粘土と瓦を交互に重ねながらつくります。
現在、達磨窯のために確保済みの古瓦は
サイズが通常のものよりもやや大きい為、
新たに通常サイズのものを調達しました。

大きいサイズで何が問題かというと、
窯の壁の厚みは、通常サイズの瓦の大きさを基準とするため、
壁が厚くなってしまう、とそれだけのことなんですが...
壁が多少厚くなったからといって、
全体としてはそんなに大きな問題とはならなそうですが、
初めての試みですし、ここは慎重に前例に倣った方が得策かと...

そんなわけで回収には打って付けの下屋の瓦を
ササッと頂いてきたわけであります。
予想通り、あっという間に回収作業は完了しました。

恐らく来月から着工するであろう達磨窯、
準備は着々と進んであります。
はやく開発許可が下りてこないかなぁ、
と首を長くして待っている状態です。

金石健太

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2009年8月10日 (月)

この秋、達磨窯建設!!

こんにちは、盆休みが終わってから
盆前の日付でブログを更新している金石です。
何を隠そう、このブログを書いている今日は8/17(月)です。

ちなみに私、夏休みの宿題は
休みの最後にやるタイプの人間です。
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので...

さて、本題。
先日、我が修景事業の事務所に嬉しい報告がありました。

前々から騒いでいた、あの「達磨窯」が...

ついに実現しそうであります!!!

正確にはまだ許可が下りる段階ではないのですが、
本申請をかけるひとつ前段階の「事前相談」で
県の担当部署からGOサインを頂きました!
これから本申請のための書類を揃えて、
正式に開発許可申請を提出する運びです。

市街化開発区域での開発許可申請だったため、
当初の予定より大幅に遅れてしまいましたが、
まぁ、この秋のうちには達磨窯の建設ができるはず...

あんまりのんびりしていると、
茅刈りという収穫シーズンにぶち当たってしまいます。
さらにその後には冬も控えておりますし...
なんとしても茅刈りの前につくってしまわなければ!

詳しい日程は決まり次第、報告していきます!

金石健太

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2009年6月 4日 (木)

はてるかかけるか

さいきん、
「朽ちる」という言葉に、親近感をもつようになった。

普通この言葉は、いい意味で使われることは少ないと思う。
ほとんどないといってもいいかもしれない。

私は、

 なかから小石や藁などが顔をだして、味わい深い表情
 となった土蔵の壁

 年輪の夏目の部分が削り取られ、
 冬目が残ってその表面に深い陰影を蓄えるようになった
 板壁や雨戸などの木部

 苔むした瓦

 草が生えてきた茅葺屋根

 ・・・・・・

といったものに心惹かれるのだが、
こういったものたちはいわば、程度の差こそあれ
いずれも「朽ちる」過程にあるのではないかと思うようになった。

もしそうなのであれば、「朽ちる」ということは
あながち悪いことばかりではなさそうだ。
 

辞書で「朽ちる」を調べてみると、

[朽ちる]
①木が腐って、形が崩れたり、役に立たなくなったりする。
 「朽ちかかった家」
②(名声などが)すたれる。「その名は永遠に―ことはない」

(大野晋 田中章夫 編『角川必携国語辞典』373頁)

とあった。

建築物やその構成要素に対して使う場合は、①の意味であろう。

隣のページには、「朽ち果てる」という言葉が載っていて、

[朽ち果てる]
①すっかり腐ってしまってしまう。
②世に知られることなく死ぬ。「片いなかで―」

(大野晋 田中章夫 編『角川必携国語辞典』372頁)

という解説がなされていた。

朽ち果ててしまったものにも心惹かれることはあるし、
果てた美というものも確かにあるだろう。

しかし、朽ち果ててしまった建物はもう
ただそこにあるだけで、
建物としての用途は果たさない。

そして、元のように戻すこともできず、
残された時間の経過を緩やかにしてやることも、
多くの場合できない。

ようするに、あとは土に還っていくのを見守るしかない。

「朽ちる」ことでうまれる美があるとするならば、求められるのは

  「朽ちかけた」状態を保つこと

かもしれない。

決してはてることなく、かけつづけること。

「朽ちかける」という言葉は、辞書にありませんでしたが・・。

Photo

西山哲雄

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2009年5月 1日 (金)

やわらかいということ

こんにちは、西山です。

少し前に、日本人の学生が海外の世界遺産に
落書きをしたとして話題になりましたが、

001
これは京都某寺の近くの土壁です。
近くに寄ってみると・・

002
土塀に異変が起きていることがわかりますでしょうか?
もっと寄ってみると・・

003
場所が日本であれ海外であれ、
落書きをする人はどこでもするんですね・・。

このケースの場合、落書き対象である土塀は、
土でできていますので、
マジックやペンキなどの落書きグッズを持っていなくても
小枝や石ころなどちょっとしたものさえあれば
簡単に文字や模様を刻むことが出来てしまいます。

それゆえに
落書きへのハードルが低いのかもしれませんが、
それにしてもひどい有様です。

落書き対策を考えると、
表面のやわらかい土塀は分が悪い気と思いますが、
表面がやわらかいがために、
風雨によって表面の土がほどよくおちていくことで、
時とともに味わいを増すのは
土塀を含めた、土壁の魅力であるともいえます。

001_2
こんなふうに・・。

これは直島で見つけた土塀ですが、
風雨に晒されることで、壁土の下から瓦や石が顔を出し、
それが見事な経年変化の美しさとなっていました。

このようにして旅行中いくつかの土塀をみて、
私は前々から思っていたことに確信を持ちました。

それは、
土塀なり土壁を新たにつくったり、補修したりする時に、
この「経年変化の美しさ」を念頭におくとすれば、
大事なのは、仕上げ材よりも中身ということに
なりはしないか、と。

要するに、土壁の経年変化の美にとって大事なのは、
表面の壁土が落ちた時に、
そこから何が顔を覗かせるのか?
ということではないでしょうか。

前出の京都の土塀にいい例がありました。
003_3 
この写真の下のほうに、崩れた土壁のなかから何か
顔を覗かせているのがわかりますか?
その部分に寄ってみると・・

004
この様になっております。

壁のなかから白っぽいメッシュ状の物体が出てきています。
実はこれ、ひび割れ防止のための補強材として
壁のなかに塗りこまれていたものなのです。

それが、この場合は風雨でか人間の落書きによってか
わかりませんが、壁土が落ちたことによって、
人目にふれることになったわけです。

どうですかこのメッシュ?

壁を仕上げてしまえば見えるものではないので
見てくれは関係ないのかもしれませんが、
年月を経ればこういった事態もありうるわけですよね。

どうせ顔をのぞかせるなら、瓦や石ころがいいなと思うのは
私だけでしょうか?

〈おまけ〉
003_4
これまた直島でみつけた(おそらく)土塀の名残です。
いまとなっては、塀の役割は果たしていませんが、
圧倒的な存在感をはなっておりました。

そしてちょっと注目なのは左端です。

004_2
裏から見るとこうなってます。
なんと、土塀の上に煉瓦が積まれた形跡が・・。
いったい往時はどのような姿をしていたのか・・。

謎です。

西山哲雄

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2009年4月15日 (水)

「技術」考

こんにちは、茅葺きの隅部分のリベンジに
なんとか成功した金石です。

作業スピードはまだまだですが、
「こう納めればうまくいくかな?」
と夜中に思ったことがうまくいったのです。

今回の一連の苦い経験を通して、
「技術」について考えさせられました。

私にとっての「技術」とは?それは

 毎回違う作業環境の中で、
 臨機応変に工夫をしてうまく納めていくこと。

確かに基本となる工程や考え方はどんなことにだってあります。
その部分はマニュアル化も数値化もできます。
もちろん茅葺きにだってそういったものはあります。
ただ、実際に現場に出てみると、
その基本が当てはまらないことなんて日常茶飯事です。

そんなときに基本となる考え方を充たしながら、
どのような工夫ができるか?
そこが職人としての勝負どころです。

で...
今日、なぜだかわかりませんが、
作業をしながら現代の建築業界について考えている自分がいました。

私の考察によると、現代の建設業界は、

いかにして「基本が当てはまらない状況を作り出さないか」
ということに躍起になっている。
材料の規格化なんてものは、その最たる例です。

要するに、私の中での「技術」が登場しにくい環境が
猛スピードで培われていっているようです。

う~ん...

なんか違うよなぁ...

対して、伝統的な分野には嬉しいことに
「基本が当てはまらない状況」が溢れんばかりに用意されています。
ひょっとすると私がこの分野に憧れるのも、
この辺に原因があるのかもしれません。

以前のブログに、
地元の粘土でいかにして良い瓦を焼くかが技術か?
誰にでも焼ける「良い子ちゃん粘土」を作ることが技術か?
みたいな事を書いたことがありますが、
今一度「技術」について真剣に考える必要がありそうです。

まぁ、何はともあれ、
今回の隅部分の挫折を通して、
茅葺き屋根の奥深さと面白さの一端を垣間見ることができました。
これからも自分のアンテナに正直に、
どっぷりと「技術」の世界に漬かっていきたいと思います。

金石健太

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2009年4月 9日 (木)

km

・前回の小布施ッションで、川添先生は、
 
  文化は場所におこるもので、
  そこに人が介在することは許されるが、
  文明は場所によらないもので、
  人の介在を許さないものだ。

  そして我々は、文化を創っていかなくてはならない

 というようなことをおっしゃっていました。

 文化と文明の違いは、
 他にもいろいろあるのかもしれませんが、
 川添先生の説明に則るならば、ここ数十年我々は
 「文明」を創るため、発展させるためばかりに躍起になって、
 文化というものを、
 かなりおざなりにしてきたのかもしれません。
 
 我々がこの小布施という土地で、
 この地の粘土を使い、達磨窯という土の窯で、
 この地に葺く瓦を焼こうとしていることは、
 間違いなく「文化」をおこすとだと思います。

 
 「文明」という、
 ある種の洗練されたものとは程遠いかもしれませんが、
 我々は泥まみれ汗まみれになって、
 瓦を焼いていこうと思います。

 

・旅先で、いくつかの「窯」関係のものに出会いました。

 001_2
 004

 こちらは京都の河井寛次郎記念館にある、登り窯です。
 
 「この窯は五条坂によく見られた、何軒かで使用する共同窯
  で、寛次郎氏は高温度で還元焼成できる下から2つ目の
  室をもっぱら使っておられた」
 (河井寛次郎記念館編『河井寛次郎の宇宙』講談社、23頁)

  とのことです。

 共同窯ってなんだかいいですね。
 窯焚きのときなんか、たくさん人が集まりそうで、
 なんだかたのしそうです。

 お気に入りの焼成室のとりあい
 なんてことにならなかったのでしょうか。
 
 
 
 002
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 こちらは同じ敷地内にある素焼き窯。
 なんともかわいらしい風貌をしています。

 001_4
 ところかわりこちらは加賀。
 建物の前のおおきな茅が気になりますが、
 お目当てのものは黒い建物の中にあります。

 002_2
 建物内部です。下のほうに見えるのは
 発掘された久谷焼の窯跡です。
 
 ここにもかつて、河井寛次郎記念館にあったような
 登り窯が築かれていたということです。

 この窯跡の覆屋は内藤廣先生による設計で、
 内藤先生は、この覆屋に対し、

  これらの建物は、敷地に流れる目に見えない時間を
  なんとか過去から未来へつなげようとしている。
  (中略)時間は場所に堆積する。
  失われつつある時間を建築の中に再創造すること、
  それが、今の建築に課せられた大きな課題なのだと思う。
  つまらなくて価値のあるもの、価値とは時間のことだ。
 
  (加賀市教育委員会発行
   『九谷焼窯跡展示館展示解説図録』2頁)

 という言葉を残されています。

  つまらなくて価値のあるもの

 まさにその言葉がふさわしい、すばらしい建物でした。

西山哲雄

 
 

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2008年12月12日 (金)

常滑 ~その2~

こんにちは、西山です。
前回の最後に少し書きましたが、
常滑は煙突の多い街です。

焼き物の街の象徴というところでしょうか。

 
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山田さんのトークショーの前に時間があったので街を散策
したのですが、本当にたくさんの煙突を見かけました。
山田さんの話では、これでもだいぶ数が少なくなってきて
いるとのことでした。

010
今でも本当にたくさんの煙突が残っているのですが、
周りにマンションなどの建物が建っている場所もあり、
それらは煙突より低いとはいえ、
雰囲気を損ねている感じがして少し残念でした。

昔はこれ以上にたくさんの煙突があり、
さらに煙突以外の建物はせいぜい2階建てくらいだった
でしょうから、煙突の存在感といったら・・。

まさに「煙突の街」だったに違いありません。

004
登り窯の煙突です。
煙突が連なる姿も美しいものです。

Photo_2
山田さんが常滑を好きな理由のひとつが、
道の角度が良い、とのこと。
道が曲がりくねっていて、
その曲がった道なりに建物や塀が立っていることだそうです。
そんな話を聞いたあと、
家に帰ってきてから自分の撮った写真を確認してみたところ

・・・ありました。

上の写真、よく見ると、軒先に向けて瓦を斜めに葺いています。
きっと、道の曲がりにあわせて建てたということですね。


また、山田さん曰く常滑は「総合焼き物屋」とのことで、
要するに、器だけを焼くような産地とちがい、
焼酎瓶やトイレの便器、配管や・・・など、
焼き物で作れるものはなんでもつくっていたようです。
その様子が、山田さんの心を捉えたようです。
Photo_3
2 
そんなわけで、常滑では土留めも焼酎瓶です。


いまだったらどこでも同じコンクリートの壁になってしまうところですが、
自分たちの一番身近なもので、土留めをしたということですね。

ひょっとして、瓶を積むのも、
住んでいる人が自分たちでやったのかもしれません。

地域の特色を生かした、知恵と工夫が感じられる構築物でした。






トークショーでは上記の話のほかに、
今までの生い立ちや、写真業界、建築業界の裏話的な話など、
本当に酒を断って、水を片手にお話しされていました。
残念ながら、
それ以上いるとその日のうちに小布施に帰ってこられなくなるために
最後まで聞くことはできなかったのですが、
非常に楽しいトークショーでした。

山田さんの写真展につられ、ふらっと来た常滑でしたが、
予想以上に面白い街でした。
Photo_4
風雨にさらされた煙突のレンガや、ツタの這う板壁など
心引かれる古い物とともに、昔はおそらくなかったであろう、
雰囲気のよい飲食店やギャラリー、雑貨屋なども
あちこちで見受けられ、古い物と新しい物が共存しているようでした。
過去の遺産をしっかりと引き継ぎつつ、新しい力を入れながら
現代を生きる街。そんな印象を受けました。

また是非たずねたい街です。

002_2
ガラスに映った煙突をみつけ、思わず写真を撮りました。

こんなやり方で、煙突を増やしていくことも
できるのかもしれません。

西山哲雄

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2008年12月 9日 (火)

常滑~その1~

先週の土曜日、友人の結婚式に出席するため
名古屋まで行ってきました。

ここ数年、名古屋での結婚式に参加することがよくあり、
だいたい土曜日開催でそのまま名古屋泊となる
ものですから、
そのたびに翌日(日曜日)は、いろいろと寄り道をして
小布施まで帰ってきていました。

今回もそんな魂胆でいた私に、
まさにうってつけの企画があることを先日気付きました。


それはこちら

『焼き物の街・常滑 
―山田脩二の写真・軌跡 1963-64年シリーズより―』


なんと、
我々がいつも大変お世話になっている山田脩二さんの
写真展が常滑であるじゃないですか!

というわけで、
感動の結婚式の翌日、前日のお酒を多少引きずりながら
初めての常滑に行ってきました。


この日は写真展の最終日だったので、
日程的にはぎりぎりセーフだったのですが、
会場である、INAXライブミュージアムどろんこ館に到着してみると
なんとそこには、山田脩二さんご本人が!
丁重に挨拶した後に話を聞いてみると、
これまたなんと、この日の夕方から、
「オープニングイベント」ならぬ「クローズドイベント」ということで、
トークショーをやるとのこと。

いや~、心躍りましたね。

しかもよくよく聞いてみると、
この日はなんと、酒を断って、話をされるとのこと!!!

(山田さんを御存知ない方はこれがいかにすごい事なのか
 わからないと思いますが・・)
これを逃す手はないと思った私は、
唯一のネックが、帰宅が深夜になることだったのですが、
そんな邪念を振り払い、トークショーに参加してきました。

つづく。


001
常滑は煙突が印象的な街でした。

西山哲雄

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2008年11月12日 (水)

宣言

こんにちは、西山です。

私も昨日、小布施ッションに参加してきたのですが、
土屋氏が書いていたように、白戸さんは

・思い立ったらすぐに行動しなければいけない。
 自分に言い訳ができないように追い込むことが肝心

ということをおっしゃっていました。要するに、

 言い訳に逃げないように、退路を絶つ

ということ。
トライアスロンを始めようとする人にとってその一番の方法は、

 まず、トライアスロンの大会に申し込んでしまうこと。
 (できればお金も払ってしまったほうがいい。)

だそうです。
たしかに、申し込んでしまえば
いやがおうにもその大会が目標となり、
そこに向かって練習せざるを得ないわけですから、
なるほどなぁ~と思いました。

・・・・・・

そんなわけで、影響を受けやすい我々は、
早速、長年の懸案事項について退路を断ってみようかと
考えました。

その懸案のプロジェクトとは、

 DGK@Obuse

です。

これまでさまざまな問題にぶつかりながら進めてきた
プロジェクトですが、多くの問題については解決の糸口が
見えてきたかな、というのが現状です。

いまなお残る問題点や不安要素はありますが、
ここらで一丁、勝負に出る時が来たかなと思います。

実は今年度の始まりの日に嘘に紛れ込ませて
一応宣言したのですが、
今日改めて、大真面目に、そして高らかに宣言したいと思います。

我々は、来年2009年に小布施で達磨窯をつくります!!!!
そしてもちろん、その窯で瓦を焼きます!!!!!

 2007年 甘楽

 2008年 淡路

 そして・・・

 2009年 小布施

 DGK「達磨窯復活プロジェクト」初期三部作、ここに完結。

 構想十余年、実現不可能といわれたあのプロジェクトが
 幾多の困難を乗り越え、ついに始動!

 見逃すな!!!

なんだかハリウッド映画の宣伝のようになってしまいましたが、
宣言した以上は、何が何でもやるしかありません。

今年のうちは、諸手続きなどが中心になるかと思いますが、
白戸さんの言葉にあったように、

 大きな目標の前に、小さな目標をたくさんつくる

を実践して、まい進していきたいと思います。

西山哲雄

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2008年11月10日 (月)

「美しいもの」をつくる

こんにちは、週末に行われるシンポジウムの
プレゼン内容をあれこれと思案中の金石です。

今回、プレゼンの機会をいただき、
改めて「我々の活動はどういったものか?」ということを言葉にしようと、
只今、格闘中なんですが...
その過程の中で、改めて気付いたことがありますので、そのことを...

改めて気付いたこと。
それは、、、

我々は「美しい景観をつくろうとしている」ということ。
地瓦・茅葺き・土壁・石積み・・・、どれもそうです。

文字にすると「何を今更・・・」なんて思えてきますが、
これって現代においては本当に大事なことだと思います。

いいですか?
「美しい景観に調和するためのもの」を
つくろうとしているわけではないんですよ?
今、世の中が「景観」という言葉を使って必死に調和を図ろうとしている、
もともとその地にあった「美しいものそのもの」をつくろうとしているんです。

「景観に配慮した・・・」という言葉はよく耳にしますが、
それはあくまで「配慮した」だけであって...、
そこで使われる工業製品たちからは、
どうも心をグッと動かされるような感動は受けないんですよね...

もちろん、こうした「景観に配慮したデザイン」は大切だと思います。
修景事業も今後、こうした考えの建物をつくっていくでしょう。
けれども見方を変えると、
それだけでは「美しい景観そのもの」は更新されず、
どんどんと希薄になる一方なんじゃないか?
改めてそう思えるようになりました。

美しい景観が損なわれていくスピードを抑えるだけではなく、
美しい景観そのものを更新できるようになりたい。

漠然と思い描いていたものが、やっと自分の言葉になりました。

まぁ、実際に必死にあれやこれやと動いてみると、
この「美しいものそのもの」をつくるのが本当に難しいことを痛感します。
日本の「美しいもの」が姿を消すに至った理由が
だんだんと現実のものとして見えてきました。

ちょうど先日の西山氏のブログの引用にもありましたが、
技術的な問題、材料の問題、システム的な問題...
様々な難題が山積みですが、難題がよく見えてきた分、
どう工夫すればいいのかも考えられるようになってきたのも事実です。

これからの修景事業の活動を進める上で、
普段の我々の理念・考えが言葉になってきたことは、
非常に大きな収穫です。
少なくとも、私は心の中が少しスッキリとしてきました。

こういう機会を与えてくれた
「東京理科大・小布施町まちづくり研究所」の皆様に感謝です。
あとは、プレゼンがうまくまとまるかどうか...、頑張ります。

金石健太

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2008年10月21日 (火)

案ずるより産むが易し

こんにちは、西山です。

本日、
「もみじキャラバン・地域活性化応援隊派遣相談会」
というものに参加して参りました。

内容としては、政府の構造改革特区についての説明・相談と
地域活性化に関する説明・相談という感じで、
我々は、DGK@obuseのことで相談に行ってきました。

相談結果のほうは、今後のDGK@obuseに活かしていくとして、
今日はそのほかに、「地域活性化伝道師」の澤功氏による講演がありました。

澤さんは、谷中で「澤の屋」という家族旅館をされております。
現在澤の屋は、宿泊客の90%以上が外国人旅行者で、
客室の稼働率も、連日ほぼ満室という状況ということで、
外国人に愛される宿として有名になっています。

そんな澤の屋ですが、初めて外国人を受け入れたのは
昭和57年ということでした。
その頃、12部屋ある客室のうち、バストイレ付きがわずか2部屋、
かつ、全ての部屋が和室という澤の屋は、
だんだんと宿泊客離れが進んでいる状態だったそうです。

そしてついに昭和57年の夏、3日間連続でお客ゼロという事態になった澤の屋。
このままでは旅館を続けていくことはできない。
この危機をなんとか乗り越えなくてはいけない。
そんなことで考えられたのが、
「外国人旅行者の受け入れ」だったそうです。

外国人旅行者を受け入れると決めたといっても
それまでは、日本人相手の旅館だったわけですから、
英語が出来る人もおらず、
外国人向けの設備が整っていたわけでもなかったそうです。

それでもなかば無理やりに外国人旅行者を受け入れるようになり、
受け入れてみてわかったことは、

 言葉の問題は、大した問題ではなかった。

ということでした。
大抵は単語英語で通じるし、それでもダメならジェスチャーや筆談(絵)で
なんとかやれたそうです。

言語の問題よりもむしろ、
文化や習慣の違いによるハプニングに苦労されたとおっしゃっていました。

講演のなかで、澤さんがおっしゃったのは、

 外国人旅行客を受け入れる設備や環境を整えてから受け入れよう
 と思っていたら、100年経っても受け入れられない

と。
ご自身の体験に即した、大変重い言葉でした。
一歩踏み出せるかどうか、そのわずかな違いが将来を左右するのだと
思いました。

そしてこのことは、我々が今まさに始めようとしているDGK@obuseにも
いえることだなと。

我々も澤の屋精神を勝手に継承して、がんばりたいと思います。

西山哲雄

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2008年8月27日 (水)

気泡と蚊

・監査の話の続きですが、
 監査員のかたに修景事業の業務内容を
 説明していたときのこと。
 現在実際にやっている事と、これからやっていきたい事の
 両方を話したのですが、そのなかで、
 「これから、瓦を焼こうとしているんです。」
 ということも伝えました。

 「我々が焼きたいのは、焼き斑のあるような瓦で、
  年月とともに、苔が生えるような瓦なんです。
  そのためには、ある程度吸水率のある瓦を焼いて
  いきたいのです。
  だから、真空土練機で粘土を練るのではなく、
  真空をかけない状態で、空気を取り込んで
  練ればいいのではないかと思っているんです。」

 なんていう話を、聞いてもらいました。
 そうしたところ、監査員のかたから、思わぬ言葉が。

 「要するに、気泡の入ったような瓦でしょ。
  そのためにはね、焼くとなくなってしまうものを混ぜて
  土を練って、焼けばいいんだよ。」

 その昔、製造業に携わったこともあるというその監査員が
 言うにはつまり、
 粘土を練る段階で、後の達磨窯での焼成の段階で
 とんでなくなってしまうような物質を混ぜておき
 成型し焼成すれば、気泡の入ったような瓦ができるのでは?
 ということでした。

 ・・・・・・

 この方法、ある分野では、よく用いられているようで、
 監査員のかたも、当たり前の方法のように、
 教えてくださったのですが、
 私にとっては、目から鱗でした。

 この方法が、そのまま瓦製造に使えるかどうかはともかく、
 我々は当たり前のように、
  真空をかけずに、土を練るしかない
 と思っていたのですが、
 方法はひとつではないかもしれない
 ということに、気づかせてもらったような気がします。
 

 やはり、人との出会いは大切だなと感じました。
 そして、出会いはどこにあるかわからないなとも。

 なんせ、監査員のかたに、瓦の焼き方を教わるくらいですから。

・蚊は、一日に何回血を吸うのでしょうか?

 今日は屋外作業をしていたのですが、夕方になると
 無数の蚊がやってきて、私から血を奪っていきました。

 最近は、室内で籾殻と戦っていたので、
 蚊の脅威をすっかり忘れ、油断してたところに蚊の襲撃・・。

 
 刺されたところをかきながら作業を続けていたのですが、
 ふと頭をよぎったのが、冒頭の疑問。

 一日に数回吸うのか、何日かに一回でいいのか、
 よくわかりませんが、
 結構な頻度で、命がけで食料を確保しようとしている
 わけですよね。

 それに比べたら、我々は恵まれてるなと。

 少なくとも私は、毎日命を賭けることなく食料を得てますから。

 その分なにかを一生懸命にやれってことなのかもしれませんが。

西山哲雄

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2008年5月23日 (金)

続々・「突き抜け箱冠」考

こんにちは。広大なブドウ畑を見ていて、飲んでいたグレープジュースには、
どれだけのブドウが使われているんだろうと思って見てみたら、
なんと「無果汁」だった、土屋です。‥悔しいですっ!

さて、先日とある補修工事で瓦屋根の補修があったので、
気になっていたあのことを聞いてみました。

Img_1346

そう、箱冠の先についている、鬼瓦を突き抜けている、
仮称「突き抜け箱冠」の名称についてです。
しかし、お聞きした瓦屋さんもそのときには分からず、

「おれも気になってはいたんだよなぁ。今じゃつくってないからね。
 また聞いてみるね。」

というお返事をいただき、数日後、一本の電話が。

「あいつの名前分かったよ。“キバナ”っていうんだって。
 “鬼”の“鼻”って書いて“鬼鼻”ね。正式名称じゃなくて俗称みたいだけど。」

とのこと。俗称とはいえちゃんと呼び名があったんですね。
う~ん、鬼の鼻というよりは角の方が近い気がしますが、鼻に見えないこともなく、
洒落た名前をつけたもんだなと思います。
瓦屋さんは、こんなこともおっしゃっていました。

「あれ(鬼鼻)は、かなり地域性が強いものみたいで、
 小布施、須坂、綿内の辺りにしかなかったみたいだよ。」

この証言だと、須坂を中心に半径5キロくらいの範囲ということになります。
確かに地域性は強い。実際はどうかは分かりませんが、
いくら専門書を見ても載っていなかったのも納得できます。

なんだか、「鬼鼻」について論文でも書けそうで、
こういうものこそ地元の大学に研究して欲しいなどと思ってしまいますが、
人任せにしていても仕方ないので、これからもちょこちょこ調べていきたいと思います。

土屋 直人

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2008年5月19日 (月)

須坂の瓦屋根 ~その1~

こんにちは、このところのデスクワークが原因で
頭だけがやけに疲れている金石です。

無理にでも体を動かす作業をしないと、
季節は感じられないし、作業しながらの考え事の時間はないし、
なんだか感性が鈍っていくような感覚に襲われます。
(しかも、余計なお肉も蓄えてしまうし...)
外で汗を流す1次産業的な仕事を体が欲しています。

さて、、、
以前のブログにも書きましたが、なにを隠そうこの私、
運転の最中に屋根を見る癖が抜け切れておりません。
なんの自慢にもなりませんが、
通勤途中の瓦屋根の様子はだいぶ把握しているつもりです。
なかにはシルエットの美しい鬼瓦や、迫力ある甍の波、
今にも抜け落ちそうな瓦屋根等、見所となる箇所はいくつもあります。

本日はその数ある屋根の中から、
1番のお気に入りの屋根を(勝手に)ご紹介。

その屋根は国道沿いにある民家の瓦屋根です。
おそらくは達磨窯で焼いたであろう、
独特の黒い燻し瓦が載っているのですが、
注目すべきはその屋根の形状です。

Img_1575

養蚕農家だったのでしょうか?
主屋の棟部分の並んだ越屋根がリズミカルで小気味良い印象を受けます。

これだけでも十分に美しいのですが、
この建物のすごいところはこの手前の付属屋を含めた形状です。

Img_1576

おわかりいただけるでしょうか?
一番奥の屋根が先ほどの写真の一番手前の越屋根です。
屋根の高さが大きく分けて3段になっているのですが、
そのそれぞれに越屋根が付いている関係で、
ものすごく段の数が多いように感じられます。

では、こういった形状の建物ではどんな現象が起こるのか?
答えはこちら。

Img_1571

おおぉ~~っ!!
たった一つの建物なのに、
こんなにもたくさんの鬼瓦を一直線に見ることができるんです。
しかも車で国道を走りながら見ることができるんですよ!
この鬼瓦がキッチリと並んで見えるほんの一瞬を毎日楽しみにしております。

まぁ、こんなことで朝から興奮している人間は私だけかとは思いますが、
毎日幸せな気持ちをもたらしてくれるこの屋根形状はスバラシイっ!!

金石健太

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2008年4月18日 (金)

「突き抜け箱冠」の現状

こんにちは、お調子者の金石です。

前回、前々回と2度に渡ってブログに取り上げた「突き抜け箱冠」。
お調子者と呼ばれるだけあって、今回も調子に乗って第3弾っ!
本日は「突き抜け箱冠」の現状を調査してまいりました。

今までにわかっていた情報は以下の通り。
・箱冠の燻し瓦は工業製品として存在する
・「突き抜け箱冠」の箱冠の先端に該当する瓦は入手困難
・「突き抜け箱冠」の鬼瓦に該当する瓦は入手困難

では、まちの屋根の現状はどうでしょう?
まずはこちら。

Img_1417

Img_1418

あっ!!
周りは工業製品の燻し瓦なのに、
箱冠の先端と鬼瓦だけ古瓦をそのまま利用してます!
やはりこの部分の瓦は入手しにくいんですね。
それにしても、補修前のデザインであったであろう
「突き抜け箱冠」にこだわった施主の方の心意気は素晴らしいっ!

Img_1325

こちらは古瓦屋根の箱冠の補修として、
新しい燻し瓦の箱冠を載せています。
古瓦の箱冠のストックがあれば、もっと違和感なく補修できますね。

Img_1310

こちらは古瓦屋根の箱冠の補修として、
新しい燻し瓦の丸桟伏間を載せています。
丸桟伏間はポピュラーな瓦なので、
箱冠よりも入手しやすかったのかもしれません...

こうしてざっとまちを眺めてみると、
「突き抜け箱冠」の補修はかなり危機的な状況にありそうです。
この地域の財産ともいえるデザインを保全するためにも、
早く達磨窯を築きたいと意気込んでおります。

金石健太

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2008年4月16日 (水)

続・「突き抜け箱冠」考

こんにちは。今日も鼻ティッシュ、土屋です。

さて、先日のブログの「突き抜け箱冠」。未だ正式名称は分からず、
ということで、瓦屋さんに聞けばすぐ分かるのかも知れませんが、
それだけの用事で電話するのもなんなので、とりあえず事務所にある本を調べてみました。

「甍」、「屋根・棟飾」、「日本の瓦屋根」、「図鑑瓦屋根」など、
いかにもというタイトルの本を見てみると‥
私の見た限りではわかりませんでした。

「箱冠」は出てくるのですが「突き抜け箱冠」(仮称)はでてきません。
地域性が非常に強いデザインであることが窺いしれます。
そして、もう一つ気付いたことが。
先日のブログでの茅葺のグシのデザインを真似た説、納得です。
見れば見るほど納得です。
ですが、本を見ていて「鳥ふすま」が変形したもの、とも思えてきました。

Untitled
http://www.oni-seisen.com/sub15.htmより)

「鳥ふすま」とは、鬼瓦の上に載っていて棟瓦に接続して葺かれる瓦です。
これを見ていると、角のように出た「鳥休」といわれる部分の反り具合と、
「突き抜け箱冠」の先端の尖った部分の反り具合が似ているような気がして、

「箱冠」に接続しやすいように変形させた瓦が、「突き抜け箱冠」である。

とも思える気がします。茅葺のグシに似ていることに変わりはないのですが‥。
いずれにしても、由来はどうあれなんという名称なのか気になります。
今度瓦屋さんに電話する用事があったら聞いてみたいと思います。

土屋 直人

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2008年4月15日 (火)

「突き抜け箱冠」考

こんにちは、焚き火で眉毛をチリチリに焦がした金石です。

焚き火の爆風を正面から浴びると、
眉毛、まつ毛の先端が1mm程カールしてしまうことがわかりました。
ちなみにこのカールした部分、
手で擦ればパラパラと簡単に舞い落ちます。

さて、先日お話した「突き抜け箱冠」(正式名称は未だに謎のまま)。

Img_1346

Img_1345_2

ここで取り上げたこともあって、以前よりも注意して目で追うようになりました。
車の運転中でもそれを見つけては屋根を見上げるという
いささか不謹慎な癖もついてしまい、頭を悩ませております。

そんな訳で先日の帰宅途中のこと。
その日も例に漏れず「突き抜け箱冠」を見上げておりました。
夕暮れ時に空に映えるその特徴あるシルエットを見て、

ん!?
このシルエット、どこかで見たことあるぞ?

と気付いたのです。
どこで見たのか?答えは簡単でした。

Img_1349

そう、茅葺き屋根等によく見る「グシ」のシルエットです。
「グシ」とは、屋根の棟の一番上に載せる木材の呼び名です。

茅葺き屋根と瓦葺屋根。
種類は違えど屋根の同じ位置に同じような形で載っていながら、
今までまったく気付きませんでした。

 「グシ」のデザインを瓦で真似たのが「突き抜け箱冠」

一度気付いてしまうと、ますますそんな風に見えてくるのですが、どうでしょうか?

昔は屋根の上は神聖な場所だったことを考えると、
「グシ」に対するある種の信仰心が「突き抜け箱冠」のデザインを生んだ。
少し飛躍した考え方ですが、そんな背景も考えられなくもないですよね...

金石健太

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2008年4月10日 (木)

突き抜け箱冠?

こんにちは、Mr.運動不足こと金石です。

最近、屋根の棟瓦の形を注意深く見るようにしています。
そして行き着いた答えは、

 箱冠っていいよなぁ...

「箱冠」??聞きなれない言葉でですよね?
言葉で説明するより、写真で見たほうがわかりやすいと思いますので、
まずはこちらをどうぞ。

Img_1327

これです。
屋根の棟の一番上に載る瓦の名称です。
断面がちょうど将棋の駒のような形をしている、
四角い(正確には五角)瓦です。

Img_1326

中でも、個人的に大好きなのはこのタイプのもの。

Img_1328

普通は両隅の鬼瓦に小口が当てて終わる収め方なんですが、
これは大空に突き刺さるかのごとく鬼瓦を突き抜けてしまっているんです。
当然、鬼瓦も箱冠を避けるかのように、
頭を欠いたような特殊な形をしています。

これは北信地域の古い土蔵なんかによく見られる収め方です。
勝手に「突き抜け箱冠」と呼んでいますが、正式名称は定かではありません。
今度瓦屋さんに聞いておきます...

詳しいことはまだ調べきれていないんですが、
このタイプの収め方を他の土地で見かけたことがありません。
棟瓦に箱冠を載せるのはよくあるのですが...

これって全国的に見ても珍しい収め方なんでしょうか?

(かなり簡易的ですが)独自の調査の結果、
箱冠の燻し瓦は手に入るんですが、
「突き抜け箱冠」タイプの鬼瓦と箱冠の両隅に当たる瓦が入手が困難のようです。

Img_1331

であるならば、我々でつくりましょう!
地域のデザインは大事にしていきたいし、なによりこの収め方が好きですから。

Img_1329

この「突き抜け箱冠」、私のネーミングは野暮ですが、
夕暮れ時に浮かぶシルエットは絶品です。

金石健太

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2008年4月 4日 (金)

淡路こぼれ話

こんにちは、西山です。

本日は、淡路こぼれ話を。

 

・畑を縁取る瓦。

 Img_3869_5
 石垣ならぬ、瓦垣です。
 こんなちょっとしたところにも、
 淡路が瓦の一大産地であることを
 感じさせます。

・淡路といえば、瓦とともに有名なのが、たまねぎ。
 道をゆけば、そこかしこに、
 たまねぎの貯蔵庫「たまねぎ小屋」が見られます。
 我々も3日間で多くのたまねぎ小屋を見ましたが、
 そのなかで、ベストオブたまねぎ小屋がこちら。

 100_2941

 周りには鉄骨で作られた小屋があふれるなか、
 この小屋は木造です。
 そして屋根は瓦。
 しかも中央部分が桟瓦で、その両側が本瓦葺きという
 変わった構成になっています。

 この小屋、抜群の存在感を放っていましたが、
 すごくいい、存在感の放ち方をしていました。

 壁を原色に塗ったり、
 奇抜な形の建物にすれば、
 存在感がでるのは当たり前ですが、
 それは、ひとりよがりの存在感です。

 この小屋は、寡黙ですが、
 いぶし銀の存在感をまとっていました。

 

・山田さんの話では、
 津井では、最盛期には196基の達磨窯があったといいます。
 当時はどの窯も、数日ごとに火を入れていたということですから、
 毎日、50基以上の窯から煙があがっていたのではないでしょうか。
 それは壮大な光景だったと思います。
 
 今回の達磨窯が、津井では40年ぶりの復活ということです。
 40年ぶりに窯に火が入り、煙が上がる日は近いはずです。

・おまけ
 Img_3886_3
 淡路の観音様

 西山哲雄

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2008年4月 3日 (木)

淡路の迫力!

こんにちは。現在、鼻で息ができない、土屋です。

さて、今回の淡路の旅では、
いろいろなところに連れていっていただきましたが、
とりわけ衝撃が大きかったのが、土の採掘現場です。

瓦の一大産地である淡路島。
原料となる土がどんな風に採取されているか興味がありましたが、
いろんな職業の方が参加しているDGプロジェクト、
昨日紹介しましたように、ベト屋さんも参加されていて、
トントン拍子で採掘現場に連れて行ってもらえることになったのです。

達磨窯建設地から車で走ること数十分、
普通に民家が立ち並ぶ海沿いの通りから少し山に入ると、
そこが粘土の採掘現場でした。

100_2898
100_2891_2

とにかく広い!
下から見たときには想像もできないこんな景色が、
見渡す限りに広がっています。
どのくらい広いかって、
そんなスケール感がなくなってしまうくらいの広さです。
強いていうなら、自分がちっぽけに感じるくらい広いです。
また、自然が作り出すダイナミックな土の層にも驚きです。

100_2894
100_2895

こうした層になった土の中で、
淡路の瓦には灰色っぽい色をした層の土を使うそうです。
触ってみるとそれほど粘り気がないのに驚きました。

Img_1818

私たちが以前、粘土採取を行ったときの土がこんな感じです。
違いは一目瞭然です。
たしかに、この場所には淡路のような灰色っぽい土もありましが、
そのときは、むしろ採るのを避けるくらいでした。
この辺りは詳しく調べて、その土地にあった土を選ぶ必要がありそうです。

土屋 直人

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2008年4月 2日 (水)

淡路のエネルギー!!

こんにちは、久々の農作業で少しグッタリ気味の金石です。

本日も引き続き淡路の達磨窯の話。

今までの報告にもあったように、
我々は淡路のDGプロジェクト「脩」に参加させていただいたわけですが、
実は作業開始当初、現場で作業されている方との会話の中で、
ある違和感をひしひしと感じておりました。

その違和感とは、、、

ズバリ、会話の内容が「ハイレベル」。

まぁ、僕が勝手にそう感じただけなんですけれども...
「何がハイレベル?」と聞かれたら、具体的には答えられません。
極めていい加減なジャッジです。

ただ、確実にいえることは、「瓦を焼くこと」について、
かなりミクロな視点とマクロな視点をお持ちで、
それでいてそれぞれの視点からの専門的な知識を持ち合わせていらっしゃったこと。

漠然と「達磨窯は経験がモノをいう世界」のように感じていたのですが、
ここでは飛び交う会話の内容がかなり化学的だったりします。

やっぱり瓦の産地ともなるとちょっと違うなぁ...
と、勝手に思い込んでいたのですが、
休憩時間にその「ハイレベルな会話」の理由の一端がつかめました。

実はこのプロジェクト、参加されているメンバーの方々の肩書きが
面白いほどにバラバラなんです。
要するに「瓦屋さんの集まりではない」ということ。

瓦生産者、道具師(役物を製作する方)に始まり、
建築設計者、ベト屋さん、陶芸家...
それぞれ、「瓦」、「粘土」、「焼く」なんていうキーワードで結びつくのですが、
「よくもまぁこんなに集まったもんだ」と感心してしまうような方々が集まっています。
それで自分の分野の知識を一挙に「達磨窯」に落とし込んでいるんですから、
会話が専門的になるわけです。

勝手に「瓦屋さんの集まり」と決め込んでいた私は、
今までに聞いたことがないような内容の話を聞いて、
違和感を感じて当然だったといえます。

はっきり言います。
この「ジャンルを超えた集まり」であることこそ、
淡路のDGプロジェクト「脩」の最大の魅力です!

あらゆる分野の方たちを引き寄せ、力を結集させる。
もうそれだけで計り知れないエネルギーを感じます。

今回、修景事業の三人も参加させてもらい、
幸か不幸か「よそ者」、「素人」というジャンルも追加された模様ですので、
これをプラスと取っていただけると我々としては幸いです...

以下、作業の様子。

Img_1025

Img_1038

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Img_1048

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金石健太

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2008年4月 1日 (火)

DGK元年宣言

こんにちは西山です。
題名の!がそろそろ見苦しくなってきたので
自粛いたします。

花粉症発症かと思いましたが、
このところ小康状態が続いています
・・と書いていたら、くしゃみがでました。

さて、本日から新年度が始まりました。

ここで修景事業よりみなさまに
お知らせがあります。

 本日、我々は
 一つの組織を立ち上げました。

 その名は
  「達磨瓦会」
 略して
  「DGK」
 です。

 各地にわずかに現存する達磨窯、
 そして、これからできるであろう達磨窯
 達磨窯で瓦を焼く人、
 その瓦を葺く職人、
 達磨瓦を求める施主
 ・・・
 そんな人やモノを
 全国ネットワークでつないでいくことで
 達磨窯とその周辺を盛り上げていき、
 ひいては、達磨瓦によって、
 日本の風景をつくっていきたい。

 そんな野望を実現するために
 DGKを設立いたしました。

 事務局は当面、修景事業におきますが、
 全国の同志とともに、活動していきます。

 すでにDGK第一弾として、
 2007年に、群馬県の甘楽町で
 新しい達磨窯が築かれました。

 そして今年2008年、
 淡路でも「DGプロジェクト”脩”」が進んでいます。

 さらに来年2009年には
 我々の本拠地・小布施にも達磨窯が出現することでしょう。
 というか、出現させます!
 小布施達磨窯プロジェクト(ODGP)の始まりです。

 このようにして、毎年数基ずつ
 各地に達磨窯を築いていきます。

 といっても、我々が出向いていって
 窯を築くわけではありません。

 やるのは、その土地の人々。

 その土地の人が、
 みずから達磨窯を築き、
 その土地の粘土で瓦をつくり、
 達磨窯で焼く。
 そして、その土地の屋根に葺く。
 かつてそうだったように・・。

 当面の目標は、
 各都道府県に一つずつ達磨窯を築くことです。

 千葉、静岡、埼玉、・・・
 すでに各地で、達磨窯建設の声が上がっています。
 それと共に、
 達磨窯で焼かれた瓦を使いたいという
 声もたくさん、事務局には届いています。

 これは決して懐古趣味のプロジェクトではありません。

  効率、安価、均一さ、手軽、メンテナンスフリー、快適・・

 そんなことを追い求めるあまり
 置き忘れてきてしまったものが
 達磨窯にはあるのではないかと思うのです。

 修景事業の目指す、苔の生える瓦も、
 達磨窯で実現できるのではないかと、考えています。

 また、一地方の達磨窯で作った瓦を
 全国へ普及させるとか、
 達磨窯の瓦で全国シェア~%をとるとか
 そんなことは考えていません。

 地方地方で、要となるような建物に、
 その地方の、「地瓦」をのせていきたいのです。

 それが、DGKの願いであり、目標です。

 ホームページ(http://darumagawara.jp/)は現在、立ち上げ準備中です。
 各地のプロジェクトの進行具合や
 達磨窯の歴史
 達磨窯の画像・映像なども
 ご覧いただけるようになる予定です。

 また、正会員・賛助会員もあわせて募集いたします。
 こちらも詳しくはホームページで。

 それからもちろん、達磨窯をつくろうという人も!!
 プロジェクトのサポートは、DGKにて最大限させていただきます。

 なお、6月の末に設立総会を予定しております。
 詳細は後日、追って連絡いたします。

 DGK事務局
 西山哲雄

・・・
4月1日ということで、
大真面目なホラを吹いてみました。
ただし、
一部ノンフィクションであり、
その他は、今後、ノンフィクションになるはずです。

たまにはホラを吹くのもいいもんです。
書き上げるのにかなり難航しましたが・・。

昨年はどうしたのかと、
2007年のブログを見返してみたところ、
4月1日は日曜日・・。
どうりで変なプレッシャーが無かったわけです。

それでは、また。
明日はDGK@淡路の話です。

修景事業
西山哲雄

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2008年3月31日 (月)

いざっ、淡路!!!!!

さて、淡路に着いた当日は達磨窯建設地から少し離れた
福良という町に宿泊しました。
宿泊したビジネスホテルでは、チェックインするなり、
「うちは片手間でやってますんで」、
「あと、ボイラーが遠いからお湯が出るまで2分はかかるから」
と言われ、その後行った銭湯はいかにも青春ドラマに出てきそうなところで、
滞在時間は短かったですが、福良はインパクトは大でした。

そして、達磨窯のもとへ。
本日の作業はアーチのレンガ積です。
すでに作業を始めていた平池さんと一緒に、
レンガを水に浸したり、モルタルを練ったり準備を進めていると、
ぞくぞくと人が集まってきます。
そして、昔達磨窯を築いたことがある「先輩」たちが来てくださると、
先輩の指導のもと、レンガ積開始です。

100_2869
まずは、先輩たちに積み方を教わりながら、作業の確認です。

100_2873
100_2874
レンガを一つ一つ、アーチの木型対して直角に積んでいきます。
私たちもやらせてもらい、多少足を引っ張ってしまった感がありますが、
両側からどんどん積みあがっていき、
一休憩とる頃には3分の2くらいは積みあがってしました。

100_2884
おくらばせながら、このDGプロジェクト「脩」の頭、山田さん(右)と先輩方。
実はこの達磨窯建設地、山田宅の敷地内にあるんです。
後ろに見えているのが山田邸なのですが、鬼瓦が誰かに似ているような‥

作業の方はアーチの頂点、キーストーンの設置に手間がかかりましたが、
天気が崩れる予報だった午後になる前には無事積みあがりました。
来られた方皆さんにやる気が満ちていて、
また、楽しそうに作業をなさっているのがとても印象的でした。

さてさて、この日の報告はこれだけではありません。
あんな人にであったり、あんなところに連れて行ってもらったり。
その報告はまた後日。

土屋 直人

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2008年3月28日 (金)

いざっ、淡路!!!!

こんにちは、花粉症とは無縁の男、金石です。
本日より、修景事業にハクション大魔王2号が誕生した模様です。
花粉症の人は、花粉の話題で盛り上がっているときに、
無駄に大げさなクシャミをするきらいがあることに気付きました。
どうでもいい話ですが...

ところで、淡路に発って早1週間が過ぎようとしておりますが、
このブログではまだ淡路の達磨窯に到着しておりません!

これはマズイっ!!

お待たせしました。
本日はいよいよ本題の達磨窯の話です。

「甍公園」を後にした我々は、細い路地を右へ左へさまよいながら、
目的地の津井の集落まで辿り着きました。
到着目前になると、さすがにテンションが上がります。
細い通りの先に建設中の達磨窯を発見したときには大興奮状態です。

Img_1004

Img_1008

我々が到着したときは、ちょうど焼成室のアーチの型を設置しているところでした。

以前から、耐火煉瓦を積んでいる写真を何度かHPで見ていたのですが、
実際に見るとやっぱり迫力が違います。
達磨窯そのものも十分に存在感がありますが、
それ以上に存在感があるのが、現場で作業する方達の息吹でした。
この場所を支配する気持ちの良い緊張感と熱気を肌で感じ取れたことは、
今後の小布施の達磨窯プロジェクトにとっても
大きな大きな意味を持っていると思います。

Img_1012_3

この現場で作業を音頭を取る平池さん。
突然やってきた、どこの誰だかわからない我々を暖かく迎えてくださいました。

Img_1010_5

議論を交わす平池さん(右)と地元の陶芸家の前田さん(左)。
世代を超えてニュートラルに意見を出せる雰囲気づくりは、
ひとえに平池さんの情熱と人柄によるものかもしれません...

Img_1005

地元の瓦業者の若手の皆さんも参加しております。
(一番右側はハクション大魔王...)

Img_1009_2

我々もレンガに付いている余計なものを取り払う作業をしました。
(後にハクション大魔王2号になる人...)

この日はアーチの型を設置して終了。
翌日からはいよいよアーチのレンガ積みです!

金石健太

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2008年3月27日 (木)

いざっ、淡路!!!

 
こんにちは、西山です。

さっそく淡路の旅の続きを。

先週の土曜日、
小布施出発したのは午前7時
どこにも寄り道はしませんでしたが、
途中、神戸では六甲の集合住宅をさがしたり、
なぜか明石海峡で必死に渦潮をさがしたりしながら、
その道中を満喫しつつ、
一路淡路をめざしました。

事前試算では

 小布施・淡路間の距離:約550キロ
 →550÷100=5.5
 →五時間半あればつくだろう

というもくろみだったのですが、
途中で幾度か渋滞に巻き込まれたこともあって、
目的地の
最寄インターチェンジである西淡三原I.Cで
高速を降りたときには
すでに8時間近くが経過していました。

さすがにつかれた我々の目にとびこんできたのが
こちら。

100_2852

思わず車をとめ、じっくりと眺めることに。

100_2850 Img_0993_2
7万枚の瓦が積み上げられたモニュメント。
圧巻です。

帰ってきて調べたら、
この場所は「甍公園」という名前がついていることがわかりました。
その名前にふさわしく、
どこを見ても瓦だらけでした。

いきなりの瓦のお出迎えに興奮気味だった我々。
たくさんの写真が残っているので、
一挙公開いたします。

100_2836
こちらはトイレです。

100_2843
100_2846
100_2863


100_2860
100_2840
100_2851
Img_0995

というわけで、なかなか話が進みませんが、
次回はいよいよ、目的地に到着する・・はずです!

西山哲雄

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2008年3月25日 (火)

いざっ、淡路!!

こんにちは、この休日に素晴らしい方々との出会い、
未だに興奮冷めやらぬ金石です。

正直なところ、気持ちは大変高ぶっているのですが、
睡眠不足と長距離移動で体は少々グッタリ気味であります...

というのも...
我々、修景事業の3名は、この土曜から月曜にかけて、
とあるプロジェクトに参加させてもらうため、
少しばかり遠出をしておりました。

Img_0988

途中、予期せぬ渋滞に巻き込まれながらも、
こんな橋を渡って辿り着いた先はこちらっ!

Img_1003

手前は言わずと知れた燻し瓦、
奥に広がるのは収穫を間近に控えたタマネギ畑。
んん!?

 燻し瓦+タマネギ=○○島

そう、淡路島っ!!

じゃあ、修景事業と淡路島の共通項は... 

達磨窯っ!!

行ってきました!見てきました!参加させていただきましたっ!
達磨窯プロジェクト@淡路(正式名称:DGプロジェクト「脩」)!!
肌で感じた迫力、勢い、夢!
じっくり報告していきたいと思います。

Img_1036

金石健太

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2008年3月19日 (水)

緑の正体

こんにちは、同僚のくしゃみにつられてくしゃみをしてしまう男、金石です。

かなり先日の話になってしまいますが...
先月末、関西大学の木下先生から、
我々が以前より疑問に持っていた「あるモノ」の正体が判明した、
との嬉しい報告をいただきました。

では、「あるモノ」の正体とはなにか?
ヒントはこの写真の中に...

Img_0983

さらにわかり易くするとこの写真。

Img_0987_3

おわかりいただけたでしょうか、
答えは信州の瓦に付着している「苔(コケ)」でした。

Img_0985

我々が一般的に「苔(コケ)」と呼んでいたこの植物、
実は植物学的にはコケ類ではなく、地衣(チイ)類の仲間だそうです。

その名も『ヤマキクバゴケ』。

んん?
コケ類じゃないのに『ヤマキクバゴケ』?
なんだか紛らわしい名前です。

ところで、我々は信州の苔の生えた緑色の瓦を『苔瓦』なんて呼んでしまっていますが...

「結果的には地衣類でしたけど、『ヤマキクバゴケ』なので名称とすれば『苔瓦』で正解!」
と、木下先生。

なるほど、そういうことですか!
慣れ親しんだ名称をいまさら変更しなくて済みました。

というわけで、現在『ヤマキクバゴケ』について調査中...

金石健太

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2008年3月11日 (火)

須坂の鬼瓦 ~その1~

こんにちは、実は小布施町民ではなく須坂市民の金石です。

たまには自分の住んでいる町も紹介しようというわけで、
本日は須坂自慢を...
ちなみに須坂市とは小布施町の南に隣接する蔵の町です。

かつては製糸業で栄えた町というだけあって、
通り沿いには立派な土蔵造りの家が立ち並んでいるわけなんですが、
なんといってもこの町で一番目を惹くのは、「鬼瓦」でしょう。

繊細なデザインのもの、力強いデザインのもの、素材感が伝わってくるもの、、、
建物ごとに異なる鬼瓦の表情は、見る者を飽きさせません。

よく見ると、軒先の瓦の文様が凝っていたり、家紋が入ったものだったり、
どれもオーダーメイドの品々であることがよくわかります。
きっと施主と瓦職人とのダイレクトの繋がりが、豊かな瓦文化を育んでいたのでしょう。
パンフレットから選んで持ってくる、いわゆる「流通製品」の鬼瓦とは重みが違います。
それゆえ、その鬼瓦たちは町の独自の風景となり得ています。

では、その数ある鬼瓦たちの中から、本日はこの鬼瓦を(勝手に)ご紹介!

Img_0831

ん?何か人のようなものが載っていますね?
拡大するとこんな感じ。

Img_0832

あっ!恵比寿様だぁ!文献(※1)によると、
これは豊野町の瓦職人森田梅吉氏の作品と伝えられているようです。

そもそも七福神を屋根に祀ろうとする発想が面白いじゃないですか!
そしてそれを可能にする確かな技術。

須坂の鬼瓦、面白いですっ!

※1 須坂市立博物館『須坂の甍』(平成12年9月発行)

金石健太

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2008年3月10日 (月)

春の前に

こんにちは
目下、界隈屋根制覇挑戦中の西山です。
登る屋根ごとに、違った景色が見えておもしろいです。

さて、先日の屋根の雪おろしのご報告を。

Img_0849_2
金石氏特製の雪かき道具”金石棒”を使って、
ひたすら軒先に向かって、雪を押し出していきます。

金石棒の構造は
角材の先に板材をとりつけただけと
いたってシンプルですが、
板の大きさは瓦の幅に合わせてあり、
なおかつ
その板は甍の波に合わせて加工されているため、
瓦にピッタリフィット。
瓦の上の雪を、逃さず落すことができるという
優れものです。

雪を落していくのはすいすい
いったのですが、
問題は、その下にあった氷。
一度融けた雪が
瓦に密着するように氷結しており、
それをはがすのに、一苦労・・。
瓦一枚一枚についた氷を、
金石棒の先をつかって
はいでいきました。

この作業、最初は軒下に脚立をたてて、
金石棒で雪を引き落していたのですが、
埒が明かず、屋根にのぼって
上方からのチャレンジとなりました。

P1030762
下から見ているときはそうでもなかったのですが、
登ってみると、勾配が結構きついんですね。
気を抜くと、滑り落ちかねない感じです。
しかも、落ちる方向に向かって
力をかけているので、よけいに怖いのです。

P1030761_3
金石棒が届かない下のほうは、
最初にチャレンジした方法で、下から雪を引き落します。

こうして無事に、雪かきを終えましたが、
次の日筋肉痛になったのは言うまでもありません。

来年はこの作業をしなくてもいいように、
対策を考えねば・・。

〈本日の煙突〉
P1030746

追伸
本当は前回の続きを書こうと思ったのですが、
それはまた次回ということで。

西山哲雄

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2008年2月27日 (水)

テレビCM

こんにちは、めでたく「職長・安全衛生責任者」となった金石です。

少々強引な手法で変則的な更新をしてしまったため、
ブログの画面上ではかなり気付きにくい場所に更新されております。
今、こうしてこの文章を読んでいる方はかなり希少なはず...

そんなわけで、
私がひっそりと更新していることに気付いてくださったあなた...
どうもありがとうございます。
マメな画面のスクロール、ご苦労様です。

最近気付いたこと。

それは一昨日の出来事でした。
何気なくテレビCMを眺めていたときのこと...

 ん!?

どこか見覚えのある風景がチラッと画面に登場しました。

それはそれはあまりにチラッとだったため、
その風景が何処なのか瞬時に理解はできませんでした。

が、次の瞬間またもやチラッとその風景が登場。

 あっ!!この人知ってるっ!!

思わずリビングで叫んでいました。
そう、「謎の風景」の正体がわかったのです。

それは甘楽の達磨窯での瓦焼き風景でした。

CMの中では本当にチラッとしか映っていないんです。
しかも何気なく眺めていて途中で気付いたくらいですから、
詳しい内容もよく確認できていません。

ただ確実なのは、
1.甘楽では達磨窯にガンガンと火を入れて瓦を焼き初めていること
2.そしてメチャクチャ生き生きとした表情で瓦を焼いていたこと

正直言ってショックでした。
「賛辞」の意と「嫉妬」の意の両面から...

本当にカッコイイと思ったので、ついここに記してしまいました。
聞くところによると、淡路でも達磨窯が復活しつつあるらしいっ!
我々も負けていられませんっ!!

<追記>
テレビCMを見た後、何のCMであったかを確認し忘れたことに気付き、
インターネットで探していろいろ調べて、ようやく何のCMかを突き止めました。

サントリーの『三十丸』というお茶のCMです!

金石健太

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2008年1月 9日 (水)

職人の気遣い

こんにちは、今年もTシャツを後ろ前に着てしまうという
不可解な癖が抜けない金石です。

本日は屋根の上で作業しました。
その建物には古瓦が乗り、眺めも良好な気持ちの良い現場です。

そこである事を発見!!
この写真をご覧ください。

Img_0218

Img_0219

どういう状態かわかるでしょうか?
これ、鬼瓦を裏側(棟の側)から見たところです。

注目すべきは両側の足の部分。
通常ですと、こんなところに模様なんてなく、
ただ平らな面があるだけです。
中には蓋をしないで中の空洞が丸見えのものもあります。

ところが、この鬼瓦は裏面まで装飾されているのです!

この鬼瓦がいつ作られたものかは不明ですが、
昔の職人はこんなところにも気を遣っていたのかと思うと頭が下がります。

Img_0227

金石健太

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2007年10月15日 (月)

ついに完成!

こんばんは。先ほど、埼玉の富岡鬼瓦工業より帰ってきました。
何をしてきたかといいますと‥気になっていた方も多いかと思いますが、
以前、製作をしていた「菊水」がついに焼きあがったということで、
取りに行ってまいりました。完成品がこちら。

100_1261

私が作ったのが左側の菊水です。と、言いたいところですが、
残念ながら私が作ったものは窯に入れる前に、見事に真っ二つに。
乾燥しはじめてから水をかけて手を加えたのがあだになったようです。
ということで、写真は同じ鬼瓦講習の受けている生徒さんの作品です。
生徒さんといっても腕はプロ並みです。
左側以外の部分は私たちが作ったものですが、
我ながらこうして見るとなかなか立派なものです。
これが屋根にのったところを想像するだけでワクワクしてしまいます。

この出来に満足せず、これからも精進していきたいと思います。
まずは、今日型紙をお借りしてきたので、
未完に終わった菊水を完成させたいと思います。

土屋 直人

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2007年9月25日 (火)

瓦談義

こんにちは、ここ数日ベト塗り作業をしておりますが、
相変わらず全身泥だらけになってしまう金石です。
さすがにこのまま洗濯に出すのも気が引けるので、
帰ったら風呂場でこっそりTシャツを洗っております。

さて、昨日、瓦に関連して素敵な方たちと出会うことができました。
その方たちがこちら。

P9230037 P9230039

関西大学環境都市工学部建築学科・准教授の木下光さん(左写真/左)と
同大学院工学研究科・博士課程の玉井悠嗣さん(左写真/右)。
それにいつもお世話になっている地元の瓦屋さんの西宮登喜男さん(右写真)。
研究活動の一環として、小布施の古瓦の再利用等、
これからの瓦の可能性を社長、西宮さんにインタビューしたいということで、
そこに我々も同席させていただきました。

小布施堂界隈の屋根を一望できる工場の3階テラスに上り、
瓦談義はどんどん盛り上がります。

P9230036

3

こうして色々な瓦を同時に見比べると、
達磨窯で焼いた燻し瓦の黒に対し、
最近の瓦の表情は均一で全体的に白っぽいのがよくわかります。

やはり歴史的な家屋には達磨窯で焼いた燻し瓦が一番良いっ!!
全員一致でこのことを再確認できました。

西宮さんのお話によると、
「北信地域で確保できる古瓦もだんだんと減ってきている」とのこと。
我々の達磨窯復活プロジェクトも、のんびりしてはいられません。

また、このインタビューの中で、
心に残る言葉を木下さんのお話の中からいただきました。
次回のブログで是非ご紹介したいと思います。

金石健太

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2007年9月21日 (金)

置屋根 番外編

置屋根の空間に住み着いた鳩対策のために、
土蔵と屋根の隙間をネットで覆ってほしい。

そんな依頼を、このたび我々修景事業は受けました。
以前ブログで置屋根のことを書いていたこともあり、
不思議な縁を感じますが、
まずは事例を集めようと、
早速、街の置屋根調査に行ってきました。

P1030170
左は、隙間対策なしの「開放型」
右は、隙間にも土を塗った「一体型」

P1030174
下地をつくり、そこにネットを貼り付けた「ネット型(ハード)」

P1030175
「開放型」

P1030176
「一体型?」

P1030178
開放型

P1030181_2
開放型

P1030187
板で覆われた「板型」

P1030191
「開放型」

P1030192
破風板からネットを下げた「ネット型(ソフト)」

P1030193
「ネット型(ソフト)」

P1030194
「一体型」

P1030195
「ネット型(ソフト)」

P1030199
「ネット型(ハード)」

P1030200
「ネット型(ハード)電線貫通タイプ」

以下、写真技術の未熟さゆえ、判別不能。
P1030171P1030179
P1030182 多分ネット型(ソフト)
P1030185 おそらく開放型
P1030188 開放型?
P1030189
P1030190

・探してみると意外とたくさんあるもんです。
 自転車で30分くらいまわって、これだけ見つけました。
 本当はまだ見つけたのですが、敷地の奥にあったりして、
 確認するにとどまりました。

・隙間部分を写真でわかるようにとるのは、むつかしいなぁと。
 肉眼ではよく見えるんですけどね。
 デジカメテクニックを磨いて、再チャレンジしたいと思います。

・こうやって見ると、隙間対策もいろいろあります。
 そして、数としては開放型が圧倒的に多かったです。
 ネット型は、もともと開放型だったと考えられますが、
 そう考えると、昔は隙間対策をほとんどしていなかったということになります。
 昔は隙間の生き物とうまくやっていたんですかね?

さて、我々はどんなものを取り付けるか?
これから検討です。

西山哲雄
 

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2007年9月18日 (火)

道路を、歩行者専用にしたらどうでしょう。

   

先日、上田市の柳町に行く機会がありました。

柳町は、旧北国街道の一部で、
現在も、その面影を比較的残しており、
映画やドラマのロケ地としても、よくつかわれているようです。

P1030130_2
こんな写真で、これが柳町ですと紹介するのはためらわれますが・・これが全景です。
ほんとは、こんな感じで、非常に風情のあるところです。

P1030126
瓦を使った明かり。
各家の前におかれています。
夜はきっときれいなはずです。

通りには、蕎麦屋や造り酒屋、天然酵母のパン屋などがあり、
結構にぎわっています。

P1030142
そんな場所で僕が注目したのは、瓦。
よく見ると、結構いい瓦が乗っていました。

P1030140_2
結構こってます。

P1030141
菊水三兄弟
そういえば、土屋君の作っていた菊水はどうなったのでしょう。

残念だったのは、通りに面した家が歯抜け状態になっていて、
あとに駐車場ができていること。
駐車場そのものも、あまりみてくれのいいものではありませんが、
もっときになるのがこちら。

P1030131
わかりにくい写真で申し訳ないのですが、
要するに、間の家が抜けることによって、
本来絶対に見えてこないはずの、家の側面(妻面)があらわになるのです。
もともとは隣の家の壁がすぐ迫っているわけですから、
たいした開口部があるわけでもないので、
なんというか、非常にのっぺりなんですね。
奥に長い敷地で、母屋と付属屋が続いてたりすると、
思いがけない大壁面と遭遇することになります。

こんなはずじゃなかったと、
つくった人はおもっているでしょう。
せめて、手前に樹木でも植えれば、すこしは違うのかなぁと思います。

西山哲雄

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2007年8月 2日 (木)

小布施人は、小布施が好きか。

こんにちは、
相変わらず土と格闘している西山です。
埃とコンタクト(ハード)の相性が最悪だってことを痛感しております。

・土壁を落としていたら、中からこんなものが・・。
 P1020036
 わかりますか?瓦です。
 そういえば、あの鐘が無くなった土蔵の窓にも・・
 Img_2982
 土壁が風雨にさらされ、瓦が見えてきていますが、
 なんだかこれも、味があるように思えます。
 
 美しく朽ちていく

 というような価値観、今は流行らないんですかね。
 古い建物に触れていると、そんなことを考えてしまいます。
 

・先日TVにアレックス・カーさんが取り上げられていました。
 カーさんをはじめて知ったのは、小布施ッションでした。
 それから、『犬と鬼』を購入し、
 読み進めるたびに、日本に失望したことをおぼえています。

 カーさんの言葉で印象的だったのは、
 「京都の人は、京都が嫌いに違いない」というもの。
  京都には、世界遺産に登録されているように、
  多くのすばらしい寺院仏閣があるのに、
  街にはどんどんと高い建物がたち、
  京都の良さを消している。
  だからきっと、京都の人は、京都という町が嫌いに違いない。
 このような話だったと思います。

そして、『犬と鬼』の表紙の写真
 柴田敏雄さんの写真です。
 僕が、法面保護の写真をとるのは、
 完全に、この写真の影響です、はい・・。
 自分のルーツを再確認した、夏の一日でした。
 

西山哲雄

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2007年5月25日 (金)

達磨窯再考 ~その6~

引き続き達磨窯の話。

達磨窯について藤原先生から教わり、
意気揚々と帰りの途についたわけなのですが、
ここでいつもの如くある一つの疑問にブチ当たりました。

「なんで達磨窯で焼くと『呼吸する瓦』になるんだ??」

藤原先生の御説明はこういうものでした。

 ガス窯だと一気に高温まで上げて焼いてしまいますけれども、
 達磨窯ではじわじわと温度を上げていく...
 そうすると瓦が「呼吸する」んです。

ということは、窯の温度上昇の過程にこそ
瓦の給水率を大きく変える「何か」があるということですよね?

これはあくまで推測ですが...

そもそも瓦は焼き物。
原料となる粘土を焼いて(高温にして)、
その中に含まれるあらゆる鉱物や金属を溶かして
化学変化を引き起こすことが基本にあるのだと思います。

きっと物質によって融点が異なったりしていて、
そういう温度状態を維持する時間の長さに
瓦の性質を大きく変える秘密があるんじゃないかな?と思うのです。
だから、一気に高温になるガス窯と、
じわじわと温度を上げる達磨窯とではできるものが違うのでは?と。

Dscn6365

[↑ガス窯の温度変化]

残念ながら、これ以上詳しい理屈はわかりませんが、
この辺りに焼き物の世界の面白さ・難しさ、
言い換えれば「技術」がありそうです。

現在、群馬県藤岡市で達磨窯による瓦作りを行っている
共和建材(有)の五十嵐さんは、
「瓦焼きは瓦を焼かずに窯を焼く」
とおっしゃっておりました。
この言葉の意味の一端が、ここにきてようやく見えてきた気がします。

金石健太

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2007年5月22日 (火)

達磨窯再考 ~その5~

達磨窯火入式の後に再会した藤原先生。
「達磨窯で焼いた瓦とガス窯で焼いた瓦とでは何が違うんですか?」
という我々の問いに対し、こう答えてくださいました。

 一番は「給水率」だと思います。
 ガス窯だと一気に高温まで上げて焼いてしまいますけれども、
 達磨窯ではじわじわと温度を上げていく...
 そうすると瓦が「呼吸する」んです。
 要するに達磨窯で焼いた瓦は給水率が高いということです。
 給水率が高いということは、ある程度水がしみ込みますますから、
 雨の日なんかは瓦の表情もだいぶ違うはずなんです。

 それと「焼き斑」。
 ガス窯は箱(窯)の中の瓦がほぼ全部同じように焼きあがるんです。
 ところが達磨窯は、下の段に積んだものと上の段のものとでは、
 窯の構造上どうしても焼き上がり具合が違っちゃうんです。
 それがごちゃ混ぜに屋根に葺かれたりするから、
 時間が経つとあの独特な色斑が出てきたりなんかするわけです。

 あとは仕上がりの「色」ですかね?
 ガス窯は燻しの工程でプロパンとかブタンガスなんかを使うんですけれども、
 昔の達磨窯では松葉を使っています。
 松葉で燻した瓦の色は、銀色というよりももっと黒い感じの色になりますね...

実際の先生の御説明は、あの独特の柔らかな関西弁です。
レコーダーを持参していなかったので、記憶を頼りに文章にしました。

001_2 窯の中の様子

それにしても、ここまで明確に言葉にしていただけるとは...
さすがは「達磨窯研究家」っ!!
貴重なお時間を割いていただいて本当にありがとうございました。

というわけで、先生のレクチャーにより
めでたく修景事業の頭の中がスッキリ整理されたのでした。

金石健太

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2007年5月17日 (木)

達磨窯再考 ~その4~

先日甘楽で行われた達磨窯火入式の後、
久しぶりに第14回小布施ッション講師の達磨窯研究家、
藤原学先生とお会いすることができました。

藤原先生は慣れた手つきで、この新しい達磨窯の実測をされていました。
達磨窯の実測をこんなに手早く、かつ事細かに記録できる方が
この世にどれだけいることでしょう?
そばで見ていた我々も口をアングリさせて、ただただその様子を見つめるばかりです。

Img_7279

藤原先生は大変ご多忙なスケジュールの合間を縫って、
甘楽まで足を運ばれたであろうことはすぐに察することはできました。
でも、どうしても聴きたいことがあったので、
先生の作業の邪魔とは承知の上、意を決して質問しました。

「達磨窯で焼いた瓦とガス窯で焼いた瓦とでは何が違うんですか?」

正直に言います。
今まで釉薬瓦と達磨窯で焼いた瓦との違いはある程度理解できていました。
ところが達磨窯で焼いた瓦とガス窯で焼いた瓦の違いが、
明確な言葉にならなかったのです。(どちらも燻瓦だし...)
出来上がったのモノの違いはイメージとして予想できるのですが、
理論的に何が違うのか?
これがはっきりせずムズ痒い感じがしていたのです。

この違いがちゃんと説明できなければ...
「達磨窯で焼いた瓦は良いんですっ!!」って言い張っているばかりだと、
想いの押し売りになってしまいますもんね?

藤原先生はサッと自分の作業の手を止め、
我々にこう答えてくれたのです...(何故か次回に続く)

金石健太

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2007年5月15日 (火)

続・達磨窯@甘楽 完成っ!!

めでたく火入式を迎えた達磨窯ですが、火入の瞬間がこちら。

Img_7272

Img_7274

そして、煙突からはこちら。

P1020060

この煙の問題さえ何とかなれば‥と思いつつ、
私たちも達磨窯を作りたい!というやる気の炎を、
この煙のように風に吹かれて流れていかないように抱き続け、
一歩一歩前進して行きたいと思う次第であります。

さて、火入式に参加する前に時間があったので、富岡製糸場に立ち寄りました。
富岡製糸場といえば、現在、世界遺産登録への活動が盛んに行われています。

Img_7254

P1020048

日本と西欧の技術が混在した木骨赤レンガ造りの建物には、
大断面の木材が使われ、中には昔の機械がそのままの状態で残っています。
そして、長さ約140m、幅約12mある製糸場に葺かれた瓦葺は圧巻です。
この瓦はこの地域で、達磨窯で焼かれた瓦だそうで、
甘楽町の達磨窯復元プロジェクトも、世界遺産登録活動の一環でもあるようです。
富岡製糸場が世界遺産にふさわしい建物かどうか、
訪れた短い時間では感じきれない部分もありますが、
世界遺産となることで、達磨窯のように消えかけた文化が復活し、
永続的に残すことにつながるのであれば、それはすばらしいことだと思います。

<本日の一枚>
今回は、卒業旅行編を1回お休みしまして、こちらの一枚。

P1020061

最後と言わず、ぜひもう一基お願いいたしますっ!

土屋 直人

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2007年5月14日 (月)

達磨窯@甘楽 完成っ!!

先週の土曜日、甘楽町に行ってきました!
目的は達磨窯プロジェクト@甘楽の窯の火入式に参加するため。

仕事の合間を見てはちょくちょくお邪魔させていただいていたあの窯が...
ついに完成ですっ!!
そして、関係者を集めての火入式というメデタイ日を迎えたわけです。

Img_7265

Img_7267

職人はもとより、町長や議員、地元のテレビ局、新聞記者などなど...
この窯作りに携わった人、それを応援した人達が、
皆晴れ晴れとした良い笑顔で列席されていたのがとても印象的です。

そうした中に僕らもいたわけですが...
正直に言うと、「嬉しい・オメデタイ」というよりも
「羨ましい」という気持ちが自分達の中で勝っていたような気がします。

早く僕らも達磨窯を作りたいっ!!
そして窯と悪戦苦闘したいっ!!

この気持ちに尽きます。

お忙しい中、快く僕らの訪問を歓迎してくださったスタッフの皆様、
本当にお世話になりました。
甘楽町でこのプロジェクトが動いてくれたおかげで、
僕らがどれだけの勇気をいただいたことか...
小布施も次に続けです!!

Img_7268

ここまで現場の指揮を執ってこられた窯築師の伊藤倉次さん(右から3人目)。

さて、これからは「窯焚き」の技術を勉強すべく、
また甘楽へお邪魔させていただきます。
式の後の2次会で確かにその約束をしましたっ!
せっかくの御好意なので、お邪魔しまくって勉強、勉強ですっ!!

金石健太

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2007年4月11日 (水)

達磨窯再考 ~その3~

前回まで小難しい話を続けてしまいましたが、
要するに瓦は生産地により、粘土の質、焼成温度が違っていたからこそ、
当然の結果としてそれぞれの地域に特徴があったのだと思います。
青苔が生えるという「信州瓦」もそのようなもののひとつです。

しかし近年は技術的な平準化が進み、
一枚当たりの大きさ以外にさほど差異はなくなっています。
唯一例外として、鬼瓦などの役瓦には、まだ地域性が見られますが...
(北信地方では雲や菊をあしらった鬼瓦を多く見ることができます。)

3

5_1

これは瓦に限った話ではないのですが、
技術が進歩した結果、全国どこでも同じ景色になったというのはいかがなものでしょう?
日本がこんなにつまらない景観になったのは、どうもこの辺に原因がありそうです。

だいたい、製品が同じような性格になるのは、
「全国どこにでも通用する瓦」の製造を行っているからだと思います。
良い土を使って高温でしっかりと焼けば「全国どこにでも通用する瓦」の出来上がりです。
そのために各地の粘土をブレンドして「良い子ちゃん粘土」をいかにして作るか?
そこに技術の主眼が置かれているようにしか見えません。

そうではなくて、その土地の粘土を使ってどうやってその土地の気候に合った瓦を焼くか?
その創意工夫こそが本来の技術であり、
その結果として、土地土地に特徴ある甍の波が生まれていたのだと思います。
こうした各地の技術が日本の美しい景観を作ってきたのです。

こういった視点から見れば、現代の技術は進歩していたのではなくて、
逆に退化してしまっているとも言えるでしょう。
私たちはどうも「技術」というものを履き違えていたような気がします。

そんなことを思いながら、修景事業は北信地方の地瓦を復活すべく奮闘しています。
そのための第一歩が達磨窯です。
色々な問題も抱えてはおりますが、ひとつずつクリアして早く小布施にも築きたいものです。
ここで偉そうにデカイ口を叩いてしまった以上、頑張ります!!

金石健太

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2007年4月 6日 (金)

達磨窯再考 ~その2~

本日も瓦のお話の続きを...

我々が目指すべき瓦は信州の屋根によく見かけられる
青苔が生えてくるような「信州瓦」です。
これは信州の土を使って達磨窯で焼いた瓦(=地瓦)です。
私も信州に来て、古い土蔵の瓦が緑色になっていたことに驚いたのを覚えています。

Img_7197

Img_7198

でも、なぜ瓦から苔が生えるのでしょう?

要因として「瓦自体の吸水率が良いこと」が挙げられます。
簡単に言うと、瓦の中にたくさんの気泡があって水をよく通すということです。
瓦自体が適度に水を吸収するから、苔が自生できるのだと思います。

これに対し、現代の瓦製造は吸水率を下げる方向にあります。
なぜなら、瓦が水を吸うことで「凍て」という問題が常に付きまとうからです。
「凍て」とは、吸収した水分が凍って膨張することで、瓦が割れてしまう現象を指します。
三州の瓦が信州に出回り始めた当初は、
どの瓦も冬に「凍て」てしまい、全く使い物にならなかったことは信州では有名な話です。
もちろん現在では改良されていますが...

「凍て」を防ぐには吸水率を下げればよい。
吸水率を下げるにはガラス質の釉薬を塗って、表面をコーティングすればよい。

そうして生まれたのが釉薬瓦です。
でも、これでは瓦が呼吸しないため、青苔は自生しません...

「達磨窯で焼いた瓦」と「釉薬瓦」。
両者の違いには先日話した「風合い」の他にも、
「吸水率」という決定的な違いがあるのです。(さらに続く)

金石健太

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2007年4月 3日 (火)

達磨窯再考 ~その1~

こんにちは、
最近、キーボードのナ行とマ行を頻繁に打ち間違える金石です。

さて、本日は瓦のお話を...
まずは次の写真をご覧ください。

P1010042 Img_7194_1

左は達磨窯で焼いた燻し瓦、右は工業製品化された釉薬瓦(=陶器瓦)。
近くで見るとこれだけ差があります。

両者を簡単に説明すると、達磨窯で焼いた燻し瓦というのは、
焼き締めた瓦の表面に炭素を付着させてコーティングした(=燻した)もの。
焼き斑や表面の剥離によって、時が経つと1枚1枚が違った表情をしてきます。

一方、工業製品化された釉薬瓦というのは、ガラス質の釉薬でコーティングしたもの。
これは現代の流通システムで出回っているJIS規格の瓦。
均一な形、均一な色、低い吸水率が求められています。

さて、ここからが本題。
この2つを見比べてどうでしょう?
一見、達磨窯で焼いた燻し瓦の方はボロボロで色斑もあります。形も少々不揃いです。
それに対し、釉薬瓦はさすがJIS規格とあって綺麗な均一の面を作り出しています。

では、この瓦を遠方より眺めてみましょう。
瓦は屋根材なので、近くで1枚1枚見るよりも、
全体を一つの面として捉えたこの視点が重要です。

5

この写真の大きな屋根面の瓦は達磨窯で焼いた燻し瓦です。(手前の建物は釉薬瓦)
至近距離で見た先ほどの写真の瓦も、引いた視点から見ればこのように見えます。
個々の色斑がかえって落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
この瓦が、JIS規格の工業製品化された釉薬瓦であったとしたら...
あの均一な面・テカテカ光る質感では、周りの木々や土壁に馴染みません。
例えるならば、「点で描いていく油絵の上にポスターカラーを塗ったような感じ」
とでも言いましょうか...

問題は色斑のある燻し瓦が、現在の流通システムでは手に入らないことです。
以前は、どこの地でも焼かれていた達磨窯で焼いた燻し瓦ですが、
安価な工業製品化された瓦に押される形で、みるみるうちに姿を消していきました。
今ではこの瓦を作っている業者は全国でも数軒を残すのみです。

「手に入らないのであれば自分達で作ろう!!」
これが我々の達磨窯プロジェクト開始の大きな原動力となっています。(続く)

金石健太

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2007年4月 2日 (月)

窯出し

こんにちは、
何千本もの桜が咲き誇る名所よりも、田んぼの脇なんかにぽつんとある1本の桜の木に惹かれてしまう西山です。

さて、本日甘楽に行ってまいりました。

先週ついに初めて達磨窯に火が入り、今日はその窯出しとなりました。
といっても、窯はまだ完成ではなく、何回か火をいれながら、土を塗り重ね、完成に向かうようです。

P1010169
窯から瓦を出しています。

P1010178
窯から出された瓦。
いぶし銀です。

P1010185
燃焼室の天井。瓦が見えます。縄は焼けてしまったようです。
火入れから4日たっているとのことですが、中はまだ熱気がこもっています。

P1010204
土を投げ、塗りつけていきます。
この天井を塗り終わってから、二回目の火入れを行うそうです。
一度目は見逃しましたが、次回はぜひこの目に焼き付けたいと思います。

P1010195

見た目はもう、立派な窯です。

西山哲雄

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2007年3月19日 (月)

「つく」は「築く」だと、伊藤さん。

こんにちは、

昨日、松本から長野へ、久しぶりに国道19号を移動中、

突如現れた「大町市」の看板に、一瞬方向感覚を失いそうになった西山です。

・・八坂村と合併したんですね。

さて、先週金曜日、再び甘楽に行ってきました。

P1000876

お昼過ぎに到着した際には、もうこんな状態でした。

P1000848

積んでいるのは、ネバ土を型に入れ成型し、天日と直火で乾燥させた「日(火)干し煉瓦」です。

目地材はネバ土です。煉瓦の両側に、泥水をつけてから、ネバ土を塗り、積んでいきます。

P1000892_1 P1000895_1

最後のひとつは、ゆるくなりすぎないように、形を整え、

目地となるネバ土の厚みを調整しながら、押し込んでいきます。

P1000904

さらに、楔を打ち込んでいきます。

P1000933

積みあがった状態。

P1000939

ここは上に、煙突がつきます。

P1000943

煉瓦の上に、ネバ土を塗っていきます。

ここでも最初に、煉瓦の表面に、泥水を塗ります。

この日は、20ミリほど、土を塗りましたが、最終的には1尺ほど、塗るとのことです。

P1000945

この日はこれで、作業終了となりました。

〈本日の車止め〉

P1000984

石がおいてあるだけで、十分に車止めの役割を果たしていると思いますが、

そこにあえて「車両通行止」と刻むところに、過剰さを感じます。

西山哲雄

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2007年3月15日 (木)

窯をつく

達磨窯づくりはいよいよ、佳境を迎えております。

P1000819

燃焼室の天井が、だんだんとふさがっていきます。

P1000847

下からみると、このようになっています。

瓦の全長の、6割を下の瓦重ね、4割を持ち出すそうです。

ですから、見えているのは、その4割の部分です。

P1000824

焼成室への入り口も、形になってきました。

P1000852

途中、予期せぬお客様が。

道を聞きにきたはずが、なぜか達磨窯見学に。

伊藤さんの説明に聞き入っていました。

P1000861

これでいよいよ次は、焼成室の天井を掛けます。

凍みないように、布団を掛け、作業終了となりました。

ところで、達磨窯をつくることを、「窯をつく」と言います。

漢字は定かではありませんが、窯は「つく」ものなのです。

これはどうやら、陶芸用の窯や炭焼き窯でも同じようです。

これがガス窯だと、もちろん自分たちでつくるわけではないですから、

「買う」とか、「設置する」とか「導入する」となるのでしょうか。

ずいぶん、味気ない表現になってしまいますね。

ちなみに伊藤さんは、ガス窯を「つく」とおっしゃっていました。

伊藤さんにとっては、どんな窯であれ、窯は「つく」ものなのかもしれません。

〈本日の車止め〉

P1000813

なにか、過剰な気がしてなりません。

 

西山哲雄

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2007年3月 9日 (金)

刻み込め!

先ほど甘楽町より帰ってきました。
本日も晴天に恵まれ、甘楽の皆さんもお元気で、作業は至って順調に進んでおります。
文章で説明するのは難しいので、さっそく写真をご覧ください。

Img_3430_2     Img_3382_1
・先日の段階での全体図            ・焼成室の壁(肌)
 畦と焚口ができ、燃焼室、            耐火煉瓦と瓦煉瓦が行儀よく、
 焼成室の壁が立ち上がっています       キレイに並べられています

Img_3419_1     Img_3396_1
・燃焼室の天井(上裏)をかける        ・燃焼室の壁を仕上げる
 縄を瓦に引っ掛け、ネバで固定し、      燃焼室の壁は、上裏が仕上がる前に
 徐々に張り出させていく             仕上げ用の粘土(トロ)で仕上げておく

ここまでが先日の様子です。次に本日の様子です。

Img_3455     Img_3474
・焚口の前に煉瓦を貼る            ・焼成室天井の木型を固定する
 窯の中に雨水が入れないため、       水平と芯に注意し、
 炭出しの作業をしやすくするため        内側に3分ほど倒して固定する

Img_3497     Img_3500
・搬入口と窓の脇を積む            ・上裏をかける
 型の曲線に沿って瓦と粘土を         粘土の乾燥の程度を見て、
 上まで積んでいく                上げ裏をかけていく

という感じで、いよいよ達磨窯の全体像がうかがえてきたのではないでしょうか。
写真は本当に大まかな流れで、工程の一つ一つに職人の知恵や工夫があり、
また、上裏の微妙な曲線を出すような熟練の技術が必要とされてきます。
実際、師匠・伊藤さんを除くすべての人が、ただ伊藤さんの仕事を見守るしかない、
といった場面が何度かありました。

いかに、細かなポイントを聞き出し、肌で感じ、仕事を目に刻み込むか。
これからますます甘楽から目が離せません!

<本日の一枚>
今回、写真をたくさん載せましたので、
お休みということでひとつ。これにて閉店、ガラガラ‥。

土屋 直人

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2007年2月26日 (月)

本日も晴天なり

P1000672_1

瓦の点検、修理をする職人さん。

小布施堂界隈の屋根は、古い瓦が多く使われているため、

新しい瓦にくらべ、どうしても手をかけることが多くなります。

年に一度、雪解けとともに見回ってもらい、

割れた瓦は取替え、ずれた瓦はもとに戻すといった作業をお願いしています。

例年は、4月か5月ころの作業となりますが、今年はもう雪もないため、

この時期となりました。

昨年の大雪では、屋根に積もった雪が下の屋根に落ち、割れた瓦が非常に多かったとのことですが、

今年はやはり、損害は少ないようです。

こんなところにも、暖冬の影響があるんですね。

〈本日の看板〉

P1000664

醤油、味噌と書いてあります。

主張しすぎない感じが、好感が持てます。

 他の看板より目立てばいい。

 そのために、より大きく、より派手に。

そういった考えではない、別の考えが、

この看板の背後にはある気がしてなりません。

まだまだ先人に、見習うことはたくさんあると感じます。

西山哲雄

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2007年2月22日 (木)

バトン

昨日も、甘楽町にて汗を流してまいりました。

一週間ぶりに対面した達磨窯は、峠に畦が積み上げられ、

一段と窯らしくなっていました。

Img_3318

耐火煉瓦が積まれている部分が、畦です。

このあいだを、火が上っていくのです。

Img_3317

煉瓦を並べる、伊藤倉次さん。

さすが職人。といった手さばきで仕事をされています。

Img_3319

ネバ土を塗っていく伊藤さん。

「このコネ具合は最高だ」と褒められました!

僕が練ったのですが、再現できる自信がありません。

粘り気具合なんかは、文章や映像ではなかなか・・。

そう考えると、こういった作業の、いわゆる勘どころは、

手から手へしか、伝えることができないものなのかなぁと、思わずにはいられません。

幸いにも今はまだ、伝えていただける手が残っています。

窯搗きの場合なら、伊藤さんです。

前走者が、まだ走っていることのありがたみを感じながら、

そのバトンを、この手に受け取るしかないと思います。

だいぶ、頼りない手ですが。

 〈本日の看板〉

P1000599_1

アップルストアの看板はやはり、洗練されております。

がぜん気になるのは、その左のビルの銀行看板縦4つ。

銀行ビルでしょうか。

西山哲雄

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2007年2月17日 (土)

写真館の屋根 続報

よろび直しと補強も終わり、瓦葺工事に入った写真館。
その瓦葺屋根について続報です。
以前書いたように、修復前の瓦葺屋根は「瓦、土、下葺、土、野地板」という、
下葺の下にさらに土がある通常とは少し異なる構造になっていました。

この構造で気になったのは、下葺の下の土は何のためか、
下葺の板(小羽板)はどうやって固定されているのか、という点です。
この点について、今回来ていた職人さんに聞くことができました。

Q、下葺の下の土は何のためにあるんですかね?
A、防火のためじゃないかな。火事のとき延焼から守るように。蔵とかにもあるだろ。
Q、小羽板を釘で留めるより、土の方が安くできたとか?
A、そんなことはないよ。土を練って屋根に上げるの方がよっぽど手間もお金もかかる。
Q、では、小羽板はどうやって固定されてるんですかね?
A、ここ(写真館)はどうだったか分かんないけど、俺が松代でやったときは、
  土に釘で留めて、桟木を垂木に利かせて押さえたけどね。それでもうずらない。
Q、けっこうこういう構造の屋根はあったんですかね?
A、まあ、このやり方は屋根が重くなるから、あんまりやらなかったんだろうね。

という感じです。写真館の場合は、桟木が垂木に利かせてあった感じはなかったので、
また別の工法だったのかもしれませんが、かなりすっきりしました。
写真館の柱を見る限り、とりわけ立派な材料を使っているという感じではありませんが、
屋根にはお金をかけて火事から守ろうとしたんですね。
それほど、昔は屋根が重要だったんですね。

<本日の一枚>

Dscn8939
これは、昨年白川郷に行ったときの写真です。
昨年は大雪に悩まされましたが、今年は記録的な暖冬。
私が生まれてから、これほど暖かくて雪の少なかった年はなかったのではと思います。
はたしてこの先、どうなってしまうのやら。心配です。

土屋直人

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2007年2月16日 (金)

達磨窯プロジェクト@甘楽 続々報

引き続きまして、達磨窯プロジェクト@甘楽の報告です。
今回は「ネバコネ部隊」と「窯搗き部隊」とに分かれて作業しました。
私の担当は「窯搗き部隊」!!

前回訪れたときにはただの大きな穴だった(1/22のブログ『良い出会い』参照)のに、
作業は着々と進んで、このような姿に変貌していました!
周囲の積み上げられた瓦は土留めです。(さすがは瓦屋さん)

Img_3039_1

中央にある三角の山を挟んで、両脇の穴が燃焼室になっていて、
両脇の先のすぼまった箇所から薪を入れます。
そして、よく見ると中央部分の壁が厚くなっています。
この後、レンガを積んで、そこに瓦を置く場所をつくります。

ちなみに、中央の三角の山を「峠」と呼び、川砂をひたすら搗き固めて整形するそうです。
以前は「割り箸も刺さらないほど搗き固める」と言われていたとか...
実際、かなり固いです。その川砂の上に粘土を塗ってあります。

窯の壁は「ネバコネ」した粘土と、古瓦とを交互に積み上げていきます。
窯に火を入れて空気が漏れないように、隙間を作らないように注意しながらの作業です。
古瓦を割るのも慣れないと結構難しく、ド素人の私は何枚も余計に割ってしまいました。
峠の高さまで積み上げたら、瓦を覆うように粘土で壁を仕上げます。

Img_7018

最後に、壁の周囲に川砂を搗き固めて、周囲の地業を施します。
こうすることで「空気の漏れを防ぐ」のだそうです。
少し砂を入れては搗き固め、その上にまた砂を入れる、、、といった地道な重労働です。

Img_3060

どうやら、窯の製作に当たっては「搗き固める」というのが基本の作業のようです。
これはしんどい作業の連続です。でも、疲労感と引き換えに気持ちの良い作業です。
そうして出来上がる達磨窯...
さらにそこで焼きあがる燻し瓦...
夢は膨らみます!!
またお邪魔したいと思います!!

Img_3066

これが作業終了後の窯の姿。

金石健太

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2007年2月14日 (水)

達磨窯プロジェクト@甘楽 続報!

本日、再び達磨窯プロジェクト@甘楽に行ってきました。
前回は「ネバコネ」準備をしましたが、その後工程は進み、
いよいよ窯づくりに突入していました。
そこで、今回は窯づくり班とネバコネ班の二手に分かれての作業となりました。
「窯づくり」については、後日、金石班長から報告があるかと思います。

さて、我がネバコネ班は、前回に引き続き「ネバコネ」の作業をしたわけですが、
まずは手順から。

①フネに藁と粘土を入れる          ②さらに藁を加え、水を入れる
 両手で2掴みくらいの藁をいれ、       粘土の上に藁を1~2掴みくらい入れ、
 前回準備した粘土を半分くらい入れる    水をバケツ3杯くらい入れる。

 1_3         2_1

③シャモットを入れる              ④混ぜる
 箕で2~3杯くらい入れる            ダマがなくなり、粘り気が出るまで混ぜる

  3_1         4_1

混ぜ方は、フネの片側に粘土をよせて、ダマを切るように引いたり、
ダマを潰すように押しながら反対側によせます。
また、混ぜながら粘土の状態をみて、固めなら水を足し、
水が多ければシャモットで入れるなどして調節します。
そのため、分量が「~くらい」になるわけです。
仕上がりの粘土の状態を、混ぜる感覚と目で覚えるしかありません。
仕上がりの状態がこちら。

  Photo_12

この状態になるまでおよそ30分くらい。
かなりの重労働で、足腰と腕に相当こたえます。
この作業を60~70代の方々が連日行っていたのですから、頭が下がります。

また、今日ご指導くださった小林さんのお話では、
前回の粘土に藁とシャモットを入れて水に馴染ませる工程を省き、
乾燥させ粉砕した粘土で、今回の工程を行ってもいいのでは、
ということ。参考にしたいと思います。

二人で一日やって、フネ14杯。
仕上がりの粘土の状態と、疲労をしっかり体に刻み込み、帰路につきました。

<本日の一枚>
今回は、写真をたくさん載せましたので、お休みします。あしからず‥ガラガラ。

土屋

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2007年2月 9日 (金)

ズバッ!!と

悪戦苦闘続きの鬼瓦製作ですが、ようやく全てのパーツを付け終わりました!
粘土の収縮や乾燥と戦ってきた数日でしたが、
これで区切りがついて一安心といったところです。
この後、波や菊の花弁・葉の模様を彫っていく作業に移ります。
(ここからも気の抜けない作業が続きますが、、、)

Img_7016 Img_7017

僕らの作業は主に夜に行われます。
昼間は通常勤務しておりますので、
基本的に鬼瓦製作は午後7:00過ぎからの数時間でコツコツと進めています。
ところが、この作業の仕方が大きな問題を抱えているのです。

最大の問題が「粘土が乾燥する」ことです。
乾燥すると粘土同士が付かなくなるし、
収縮に伴って乾燥度合いが違う箇所がヒビ割れてしまいます。
作業するにあたっていいことはほとんどありません。
毎日、霧吹き等で水をかけたりしているのですが、
なかなか言うことをきいてくれないのが粘土という素材なんです。

まぁ、要するに、全てのパーツを付け終わったということは、
とりあえず「ヒビ割れ」の脅威から解放されたということになります。
実際にやってみて改めて思うのは、鬼瓦を作るときはたっぷりの時間を割いて、
短期間でワァ~ッ!!と仕上げてしまわないとダメということですね。
そのほうが乾燥はしないし、作品にも勢いが出ますし、いいこと尽くめです。
「心を決めて、ズバッ!!と取り組む」これが鬼瓦作りの正しい姿勢です。

そういえば、我が修景事業にも「心を決めて、ズバッ!!と」行動した男が...

金石

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2007年2月 7日 (水)

モノの存在感 その2

先日から、栗の小径の舗装工事が始まりました。
ここのところ観光客も少なく、静かだった小径もご覧の通り、
大変にぎやかです。

Photo_9

栗ブロックが撤去され、下地のコンクリートだけになった小径を見て、
やはり「素材感」というのは大事だなあと実感します。
栗ブロックは平坦な道に表情を与え、足の裏から感触を伝えてくれます。
また、表面の朽ち方からは時間の経過を感じることができます。

工事の様子から、今度の小径はこれまでと少し違った感じになりそうですが、
どんな変化をしていくのでしょうか。

「存在感」といえば、以前母に教えられた「ドームハウス」を思い出しました。
ドラゴンボールのカプセルハウスのような家で、発泡スチロールでできているそうです。
かなりの存在感がありますが、これってどうなの?といった感じで、
これには本当に危機感を抱いてしまうのは私だけでしょうか。

<本日の一枚>

Photo_10

「菊水」の波づくりも残すところあと半分となりましたが、本体に異変が。
ところどころにひび割れがおこり、葉っぱは硬くなってきてしまいました。
まだ、菊の彫りこみもあるのに‥急がねば!

土屋

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2007年2月 3日 (土)

小布施ッション

先日2月2日は小布施ッション。ゲストは作家の森まゆみさん。
講演では、森さんらが出版している通称「谷根千」のお話や、
歴史ある建物や史跡、景観や自然の保存活動のお話を、
スライドショーを交えて、お話いただきました。

「谷根千」は、住民の話が重要な情報源であるため、
一軒一軒お宅をまわったり、道行く人に声をかけて調査をしているそうです。
また、創刊以来23年、今でも3人のスタッフで作業しているそうで、
私たち坊主3人も、この調査やチームワークは見習わないといけません。

また、保存活動のお話も、修景事業の方向性と重なる内容で、
たいへん刺激的であり、参考になりました。

森さんの保存活動の代表として東京駅の保存活動があげられますが、
旧長野駅も保存されていればなぁ、と思います。
改札口を出るとおやきを蒸かす湯気が立ち上がっていたり、
善光寺を意識したつくりの駅舎を見ると、「長野に来たんだなあ」と、
幼いながらに思ったことを覚えています。(旧長野駅の写真はこちらをどうぞ。)
ほんと、残念だったなぁ。

ぜひ、今度東京に行った際には、「谷・根・千」に行って見たいと思います!

<本日の一枚>

20070202_1

「菊水」づくりは、いよいよ波部分に突入いたしました。
先生はあっという間に仕上げていましたが、
実際自分でやってみると、どんな大きさにしたらいいのか、
どんな風につけたらいいのか、戸惑うばかりで、
3つの波をつけるのに一時間ぐらいかかってしまいました。
残る波はあと13。う~ん、がんばらねば!

土屋

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2007年1月31日 (水)

写真館の屋根

このところ雪も降らず工事が順調に進む、写真館。

瓦おろしの作業も無事に終わりました。

今日は、その瓦屋根について。

写真館の瓦屋根は、瓦の下にまず土、その下には下葺の板。

そしてさらに土、野地板という構造になっていました。

この下葺の板については、私の大学時代の研究テーマということもあり、

話せば長くなるので、詳しくはまた。

驚いたのが、この下葺板の下の土です。

P1000415_1

一般に見られるのは、瓦、土、下葺、野地板という構造で、

下葺の板は野地板に釘で留められています。

(瓦葺について、こちらをご覧になると簡潔にわかります。)

しかし、写真館の場合は、下葺板を釘で留めていた形跡はなく、

土の上に載っていただけのように見えます。

瓦おろしをお願いした瓦屋さんに聞くと、写真館のような構造は、

「古い家の10棟に1棟くらいはある。お金持ちの家ではやったみたいだねぇ」

とのこと。

この、下葺き板の下の土は何のためなんだろう。

調べてみるとおもしろそうです。ね、西山くん。

「板葺のスペシャリスト」なんて言われたら、やるっきゃない!

こうした、今と違った技術も、

当時は当たり前の技術だったのかもしれません。

<本日の一枚>

今回は、「菊水」製作が難航をきたしているため、一回お休みして、この一枚。

Photo_12

初詣に善光寺行ったとき、三門大修理の寄進していただいたものです。

寄進をするとこのほかに、実際に使用される葺板に署名ができます。

せっかくなら、下からみたらすぐわかるように小口に色つけとけばよかったなあ。

土屋

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2007年1月30日 (火)

達磨窯プロジェクト@甘楽 始動!

日曜日、達磨窯プロジェクト@甘楽(群馬県)に行ってきました!
この日の内容は「ネバコネ」準備です。
つまり、窯を搗くための粘土を作るというわけなんですが...

何をどうしていいのか全くわかりません!!

かなり手探り状態でした。
それもそのはず、参加者のほとんどが達磨窯なんて作ったことがありません。
地元の元窯搗師である伊藤さん(この日は欠席)の指示と、
以前、達磨窯を使っていたという職人さんの記憶だけが頼りです。

ではここで、作業の大まかな流れを説明します。
①粘土のダマ潰し
 粘土は掘ってきたままの状態なのでダマ(大きな塊)がたくさんあります。
 水によく馴染むように、これを潰します。ちなみに粘土は大型ダンプ1杯分の量。
 藤岡の平地で採れる、粘り気の少ない粘土を使用。

P1000379

②フネ作り
 粘土を水に浸すために、周囲に粘土を高く盛って土手を作り、
 その中で粘土と水を馴染ませます。

P1000371

③シャモットを入れる
 窯は高温になるので、耐火度を上げるためにシャモット(瓦を粉砕したもの)を
 粘土に混ぜ込みます。粘土の量に対して15%の量が適切とのこと。

P1000377

④藁を切る
 窯の火入れをすると、温度差に伴う収縮が起こり、粘土にクラックが生じます。
 それを防ぐために、藁を7~8cmに切り、粘土に混ぜて繋ぎとします。
 藁は硬すぎない2年モノを使用すると具合がいいらしい。

P1000375

今回は試しに、左官用のフネに1杯分の粘土に藁を混ぜる作業をしてみました。
見本として、当プロジェクトの職長である新井さん(写真右)が実演。

P1000391
ここからがいわゆる「ネバコネ」作業です。
僕らも見よう見まねでやってみます。ところが...

実際にやってみると、これがかなりの重労働っ!!

腕力だけではどうにもならなそうです。
この作業を平然とやってのけた新井職長、恐るべし。
新井さん曰く、「腰を入れて、鍬を押して混ぜる」のがコツとのこと。

そんなこんなで、約3時間の作業の後、解散となりました。
粘土が水に馴染んだら、次回からいよいよ「ネバコネ」作業です。
体力だけが取り柄の我々も、どうやら次回からは活躍のチャンスがありそうです。

金石

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2007年1月27日 (土)

今年こそは

大学院を卒業してから、早3年。

私はこれまでに2回、「一級建築士試験」を受験いたしました。

結果はいずれも惜敗。

にもかかわらず、昨今の、耐震偽造問題。

これはまったくの逆風です。いや、逆嵐です。

しかし、だからこそこの時期に合格することに意義がある、と思います。

過去2回は独学で挑みました。

学校に通って勉強をする人も多く、合格率も高いのですが、

私にとっては授業料が高く、時間的にも厳しいのが現実。

要はやる気の問題、と思い続けた結果が、2度の不合格ですが、

今年は違います!

「お前はやればできる子だ」、そういわれて育った私は、

「やればできる奴」なのです。

では、なぜ2度も不合格だったのか。

今までは努力が足りなかったのです。

理由は簡単です。今年こそはやります!

思い立ったが吉日。

現在、オークションで「一級建築士問題集8冊セット」を入札中です。

<本日の一枚>

Photo_6

パワーアップした道具で、「菊水」づくりを再始動しました。

鬼瓦講習では、菊の花と葉っぱ一枚の下地までつくりましたが、

もう一枚の葉っぱと、波のうねり部分の下地をつけました。

土屋

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2007年1月26日 (金)

自然素材と向き合う

昨日より鬼瓦を作り始めました。
今回使っている粘土は、富岡さんの工場からいただいてきた三州の粘土です。
キメが細かい粘土で、細かな細工には適しています。
でも、僕らが瓦作りのために地元で採取した粘土とは、
色も質感も粘土同士の引っ付きかたもだいぶ違う様子...

P1000369_1 

そもそも、瓦で粘土を扱うまでは、
粘土にいろんな種類があるなんて考えてもみませんでした。
でも、実際に扱ってみると、土地土地で粘土の性格が違うことを肌で実感します。
だからこそ、地方によって焼成温度や造形も変わってくるのです。
つまり、扱う素材の性格が違うから、
それに伴う技術も造形も違ってくるということだと思います。
そこが自然素材を扱う「難しさ」であり、「面白さ」ということですね。

金石

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2007年1月23日 (火)

筆の文化

先日、埼玉まで鬼瓦講習に行った際、
埼玉伝統工芸会館で催されていた「日本の伝統瓦展」に立ち寄ってきました。

そこで目にしたのが、和紙に描かれた見事な鬼瓦の型紙。
その型紙は明治から昭和初期の職人のもので、
菊や雲や波といった細かな文様のすべてが毛筆で描かれていました。
やはり筆による線はしなやかでいて力強く、そして躍動感が溢れています。
葛飾北斎のスケッチの数々を思い出します。

Dscn6379

ちなみにこの写真は、以前奈良県の瓦宇工業所で見せていただいた図面です。
今回展示されていた作品は、館内撮影禁止であったため掲載できませんでした...

こういった型紙を見ると、鬼瓦の造形を構築する数々の曲線が
「筆」と「墨」というふたつの道具が基になって生まれていることがよくわかります。
線の強弱、独特なしなり、墨のかすれ、、、
図面の持つ躍動感は、やはり筆という道具がもたらしていると思います。

もし、日本に筆の文化がなかったとしたら、
ありとあらゆる日本の造形が違うものとなっていたかもしれません。
鬼瓦の他にも、こういったものはたくさんあると思います。

金石

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2007年1月22日 (月)

良い出会い

先週の土曜日、埼玉からの帰りに、群馬県の甘楽町に立ち寄りました。

目的は、この地で動き出している、達磨窯プロジェクトの取材です。

お会いしたのは、このプロジェクトの中心である、屋根舞台の小林保さんと徳井正樹さん。

屋根舞台は、甘楽町を拠点に非常に魅力的で、地に足の着いた活躍をされている集団です。

・・すいません、知ったかぶりです。

活躍は雑誌等で拝見していましたが、お会いするのはこの日がはじめてでした。

屋根舞台の活動やこのプロジェクトについては、こちらに詳しいです。

(修景事業のホームページも、こんな素敵なページにしないとなぁ。)

この日なぜ、我々が取材に訪れたのかというと・・

そう。我々も達磨窯で瓦をつくりたいと考えているからなのです。

しかし、

達磨窯をつくれば瓦づくりがはじめられる、達磨窯プロジェクト@甘楽にくらべ、

我々の達磨窯@小布施は、まだまだ先は長い・・。

窯の立地の問題、職人の問題、瓦を成型する技術や設備の問題・・

問題は山積み。いっそのこと、

まだ、何もない

と言ってしまったほうがいいくらいです。

こんな我々に、お二人はしっかりと向き合ってくださいました。

印象にのこったのは、「風呂敷を広げすぎないほうがいい」という言葉。

まずは、自分たちの手の届くところ、できる範囲でやっていこうと、

そんな気持ちになったのでした。

でも、あまりゆっくりしていられないのも事実です。

達磨窯に関する技術が、今まさに失われかけているからです。

あせらず急いで、やっていこうと思います。

P1000344

現場は、立派な上屋がかけられ、穴が掘られた状態でした。

西山

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2007年1月20日 (土)

できるかな‥

ただいま、鬼瓦講習から帰ってまいりました。

今回、私たちが挑みます鬼瓦は、「菊水」といわれる菊と波をあしらった型です。

写真は完成品ですが、ご覧の通りとても複雑です。

私の心も複雑です。

一応、写真館の屋根にのせるつもりでつくるのですが、

はたして、今の私たちの技術で、のせられるものができるでしょうか‥

<本日の一枚>

1

今回から数回にわたって、「菊水」の製作状況をお伝えしていきたいと思います。

これからどのように変わっていくでしょうか。

乞うご期待!

土屋

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2007年1月19日 (金)

鬼瓦修業

今日と明日の二日間、埼玉県小川町の(有)富岡鬼瓦工業に
鬼瓦製作の修業に行ってきます。

富岡鬼瓦工業の富岡唯史さんは、高校卒業後、
18歳で静岡に鬼瓦製作の修業に出ました。
そこで立川流の鬼瓦製造技術を磨き、23歳のときに埼玉県小川町に戻って、
父親の富岡昭さんと共に鬼板師として活躍されています。

手作りによる鬼瓦製作の技術継承や、若手育成にも熱心に取り組まれており、
埼玉県の技術継承者育成事業の一環として、
現在、10名ほどの生徒さんに鬼瓦製作を教えています。

富岡さんとは、「日本鬼師の会」の山田脩二さんを通じて知り合いました。
「是非、鬼瓦作りを教えていただきたい」という、我々の唐突なお願いに対しても、
「いいですよ」快く引き受けてくださり、
以来、毎月通って鬼瓦製作の手ほどきを受けるようになったという訳です。

北信地方、特に善光寺や須坂市周辺には、今もなお素晴らしい鬼瓦が飾られています。
特に菊や雲水をあしらったものが多く、関西方面では字の如く「鬼面」が多く見られます。
鬼瓦のデザインは地方によって異なり、
その土地土地の独自の景観を作り出しているのです。
いうならば、その土地の「顔」です。
ところが、残念なことに、現在、この地では鬼瓦製作は行われておりません。
貴重な技術・文化が途絶えてしまっているのが現状です。

Img_0551_2 Img_0554_4

考えてみると、自分の家の屋根に家紋を入れたり、
魔除け、厄除け、火除けの意味を込めて、オリジナルデザインの鬼瓦を飾るなんて、
ずいぶんと「粋」な文化でカッコイイと思います。

金石

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2007年1月16日 (火)

行儀良く並んでいるモノ

先日、INAX BOOKLETシリーズ『瓦』を読んでいると、
心動かされるフレーズと出会えた。

―別に昔をなつかしむ積もりはありません。かつて、建築物の「構え」には
  色々な生きた素材の持ち味が生かされ、行儀よく並べられ、
  組み立てられ、生かし続けられていました。
       (※以上、山田脩二「今さら、瓦でもあるまいに」冒頭より抜粋)

「行儀よく並べられ・・・」
うん、これだっ!!
色むらのある瓦たちが見事に組み上げられてできる甍の波、
膨大な数の茅が積み上げられてできる重厚感のある茅葺屋根、
畑の際に積み上げられた小石、
塀や土蔵の壁の脇に整然と積み上げられた薪、
軒先に吊るされた干柿...

Photo_9 Photo_10

こうして考えてみると、自分が「素敵だな」と心惹かれるものの共通項は、
バラバラな性格のものが「行儀よく並べられた姿」だったんだ!
それらは地道ながら、確実に人の手によって作り出されたモノたち。
「無骨な力強さ」を持ったこうしたモノたちは、
決まって遠景からの眺めで自然と調和して、その土地の景色となっている。
反対に、全く同じ性格のもの(=工業製品)が「行儀よく並べられた姿」
というのは、どこか薄っぺらで違和感がある。
適度な「素材のバラつき」と「行儀よく並べられた姿」のバランスこそが、
美しい景観を織りなしているんだ!

おぉっ!
自分の漠然と抱いていた想いに、しっくりと言葉が納まりました!
山田脩二さん、素敵な言葉をありがとう。
今さらながら、こうした景観を生み出してきた
先人達の努力と技術に頭が下がります。
自分も素材を「行儀よく並べられる」人になりたいものです。
身の引き締まる想いです。

というわけで、一昨日、気合を入れ直すべく頭を丸めました。
どういう訳か、刈り上げた髪の長さに少し「バラつき」があります。
それでも、結構「行儀よく並んでいる」と思います。
僕の頭も信州の景色と調和しているといいなぁ。

金石

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