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2009年10月 1日 (木)

知恵と知識

知識よりも知恵を身に付けたいと
常日頃思っている。

ある時代まではきっと、
知識の絶対量が賢さの象徴であったのかもしれない。
しかし今や、インターネットという、
誰もが簡単にアクセスできるところに
それこそ膨大な量の知識が蓄えられているので、
ほしい知識はそのつどそこから得られ、
自分の頭のなかにどれだけの知識があるかということは
あまり問題ではなくなった
と言えるのではないか。

前回のブログでも少し書いたが、
先日の高野登氏の講演会の際に、高野氏が

 現代は、量の争いをしても何もかわらない世界に
 なってきている。
 これからは量ではなく、質の勝負になる。

という話をされていて、水を例にとり、

 水は0℃~99℃まではただ熱い水になっていくだけだが、
 99℃からたった1℃上がって100℃になると、
 水は蒸気となり、動力になりうる。

 つまり、0℃~99℃までは量の争いであるのに対し、
 99℃から100℃への変化というのは、
 質の変化である。

と。そして、

 量を変えるのは、知識の勝負であるが、
 質を変えるのは、知恵の勝負だ。

とおっしゃっていた。

私はこれに、激しく同意する。

最近、知恵の塊のような素晴らしい人と出会うことが
頻繁にあり、なおさら知恵の大切さを実感している。

辞書にはこうある。

 【知識】
 ものごとについて知っていること。
 また、わかっていることの組織的な内容。

 【知恵】
 ものごとの道理をわきまえ、正しく判断したり、
 適切に処理したりする能力。

 (大野晋『角川必携国語辞典』871頁、866頁引用)

この説明にはまいった。

ある事態に遭遇したときに、
過去に同じ事態に遭遇していれば、
知識というのは役立つのかもしれない。

しかし、未曾有の事態に遭遇したときに、
頼りとなるのは知識ではなく
知恵ではないかと、私は思い至っていたからだ。

古い建物を繕う仕事をしていると、
セオリー通りにはいかない事態に遭遇することが
しばしばある。

そういうときに頼りとなるのは知恵であると、
最近、立て続けに実感した。

だから私は、
知識よりも知恵を身に付けたいと
思っている。

西山哲雄
 

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