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2009年8月28日 (金)

きりがある

こんにちは、西山です。

・きりがないという言葉があります。

 どういう意味か、みなさんご存知でしょうが、一応・・

  きり【切り】
  ①続いていたものの終わり。くぎり。

  ②[「切りがない」の形で]終わりがない。際限がない。
   「いくらやっても―がない。」

            (大野晋『角川必携国語辞典』348頁)

  「きりがない」の形ではのっていないんですね・・。

 それはともかく、上の②を参照すれば、

   きりがない=終わりがない

 ということになります。
 
 この言葉は、わりと頻繁に会話のなかに登場しますし、
 ややもすれば、自分でも比較的容易に使ってしまう
 便利な言葉になっているように思います。

 しかしです。
 そういうときのことをよくよく思い出してみてわかったことは、
 本当に「切り」が無いことなんて、そうそうはない
 ということでした。

 私自身に限って言えば、
 「きりがない」と言ってしまうときは大抵そのうらに
 「面倒くさい」という気持ちがセットであるようで、
 本当は少しだけ手間を惜しまなければ、
 きりはあるのです。

 そうはいっても、本当にきりがないことも
 なかにはあるわけで、
 (いいたとえがでてきませんが・・。)
 とすれば私としては、
 「きりがない」と「きりがある」の境目を
 知りたいと思います。

 たぶんそれは、
 物事によって違うのは当たり前だし、
 個々人によっても違うはずです。

 だから私は
 「やってみなきゃわかんねぇ」精神で、
 その境目を探したいと思うのです。
 
 

・秋、大きな木の下で、次から次へ落ちてくる葉っぱを拾う。
 なんていう行為も、
 「きりがない」と言われかねないことの典型ではないかと
 思います。
 
 しかし、その大きな木についた葉っぱの数は有限で、
 一度落ちてきて拾った葉っぱは、
 もう二度と拾うことはないわけです。

 だから、本当は「きりがある」のです。

 ・・・

 単純作業の繰り返しで、心が折れそうなときに、
 よくこんなことを思います。
 

・もし池田学さんの絵を上からなぞれと言われたら、
 それは多くの人にとって、
 「きりがない」ことなのかもしれません。
 
   注)池田さんの絵は、一日根詰めて描いても
     10cm四方を描くのが限界らしいです。

 私がやれと言われても
 
  「こんなのきりがないよ・・。」

 と言ってしまうと思います。
 だけど当たり前ですが、池田さんにとってそれは

 「きりがある」こと

 なんですよね・・。

・考えてみれば、昔の職人仕事なんていうのも
 現在の基準で考えれば

 「きりがない」ことなのかもしれません。

 
 「昔の職人は、よくこんなものやったもんだ」
 「いまはこんなつくり方だれもできない」

 というような話を、建築の世界でも良く耳にします。

 ほかの世界でも、同じでしょうか?

西山哲雄

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