« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月31日 (金)

カブトムシと私

こんにちは、にわか昆虫崇拝者の金石です。

今日も塗装工事をしていると、
我々の事務所の大家さんからカブトムシを頂きました。

カブトムシは小さな子供達にとってまさに「夏のヒーロー」です。
これは我が家の子供も喜ぶと、
遠慮せずにありがたく頂戴してきた次第です。

前回のブログにも書いたとおり、
最近、昆虫の凄さに心奪われている私は、
カブトムシもまじまじと観察してしまいます。

そういえば、、、

どこかで「カブトムシの殻は汚れない」という文章を
読んだことがあるような気がします。
たしかこの手の昆虫は、
殻から分泌液を出しているために汚れが付かない、
ということだったような...

調べてみると、どうやらこれは事実のようです。

さすが夏のヒーロー、やることが憎い!
自らの身だしなみはキチッとしています。
その心構えこそが子供達のヒーローたる所以でしょう。

それに比べ私ときたら、、、

カブトムシに負けないくらい大量の汗を分泌しながらも、
それらは絶妙な塩梅で煤や埃と皮膚の表面で混ざり合い、
見た目は真っ黒、おまけになにやら異臭が...

まだまだ子供達のヒーローには程遠い
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月30日 (木)

呪縛

こんにちは、西山です。
今日は台所用洗剤をあたらしくしたという話です。
それ以上のことは書いてありませんのであしからず。

・・・・・・

少しばかり前のことになりますが、
我が家の台所用洗剤をあたらしくしました。

それまでは日本のメーカーがつくっている
ごく普通で、スーパーでよく安売りしているようなものを
なんのこだわりもなく使っていたのですが、
ひょんなことから、我が家にあたらしくやってきたのは、
ドイツ製の洗剤でした。

ドイツと聞いて「エコ」と連想する方が多いかと思いますが、
うちにやってきたその洗剤も、大方の予想を裏切らず
「エコ」をうたった商品で、
ドイツの主婦の間では定番となっているほど
昔からある商品のようですが、
このところの「エコ」びいきのながれによって、
日本で(過剰に)もてはやされているものだということが
調べてみたらわかりました。

その洗剤は、原液をそのままスポンジにたらしても使える
のですが、薄めて使用することが推奨されていて、
原液を薄めて泡にして出すことのできる
「フォームボトル」なる容器も販売されていました。

さてさて、
我が家でも「フォームボトル」を手に入れたので、
早速使ってみました。
ハンドソープのボトル容器によくにたその容器に
少々の原液をいれ、水を加えてフタをしました。
そしてノズルを押してみると、
見事な泡がその先からでてくるではありませんか。

そんな些細なことに感動を覚えた私は、
その泡をスポンジでしっかりと受け止め、
意気揚々と食器洗いをはじめました。


・・・これで何事もなく済んだのなら良かったのですが、
この新しい洗剤、なんだか洗えている感じがしないことに
気づきました。

というのも、スポンジに乗せたときは見事な泡が立つのですが、
いざ食器洗いに取り掛かると、その泡が見る見る間に消え、
ただスポンジで食器をなでているような状態になってしまうのです。

で、頻繁に洗剤をつけてみるのですが、
状況はまったくかわらず・・。

どういうことなのだと途方にくれかけたときに、
一つの仮説が浮かびました。

それは

 この洗剤はさして泡立たないのが普通なのかもしれない

ということ。

さして泡立たない洗剤をわざわざ「フォームボトル」で
泡立てて使うというのは、
少し頭を使えばどう考えてもおかしく、
この説に正当性がないことはすぐにわかるはずなのですが、
そのときの私にはそんな判断力はありませんでした。

私が考えたのはつまり、こういうことです。

 食器がうまく洗えている感じがしないと私が感じるのは
 この洗剤が泡立たないからである。
 しかし、私は

   泡立つ→汚れが落ちる→食器が洗える

 という図式にとらわれていないだろうか?
 泡によって汚れが落ち、食器がきれいになることは
 当たり前のことであるように思える。
 しかしそれは、食器を綺麗に洗うための
 方法のひとつでしかないのではないか。

 つまり、私は従来の台所用洗剤や洗濯用洗剤、
 石鹸などを扱った経験から、泡立つことが汚れ落しの
 必要十分条件のように思っていたが

  泡立たないが、汚れは落ちる

 という洗剤があったって、いいはずだ。

と。
ようするに、
 
 さすがドイツ製。
 泡によって汚れを落すという
 私の「当たり前」を簡単に飛び越えてきた!

と思い至ったのです。そして私は、
この洗剤の例のように、
 
 いかに我々が、
 あらゆる局面で従来の慣習や自己の経験からくる
 「当たり前」という感覚に束縛されているか

を勝手に嘆き、そんな呪縛をまず我々が
建築という分野で解き放っていかねばならないな・・。

と、食器を洗いながら感慨にふけっていたわけです。

・・・・・・

ただ単に、「フォームボトル」に入れた原液の量が少なかっただけ
と気づくのは、数日後のことでした・・。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月29日 (水)

自然素材と天然素材 ~その3~

こんにちは。カキ氷にはまって以来、毎日にというくらい、
ガリガリ君を食べていますが、未だに当たりのでない、土屋です。
調べてみると、当たりの出る確率は50分の1だそうで、
当たりが出るまでにはまだまだ食べ続けなければいけないようです。

さて、前回は「自然」と「天然」では何が違うのか、
その言葉の意味と使い分けについて書きました。
では、次に「自然素材」と「天然素材」は何が違うのか。
2つの言葉に「素材」という言葉をつけてみると、

 自然素材:何の人工も加えず、ひとりでにある素材
 天然素材:(人工を加えないまま)天の神のつくったままの素材

という感じになるかと思いますが、
これらは使い分けができるのでしょうか。

「土」という素材を考えてみましょう。
厳密に言うと、土は地球上にもともとあったわけではなく、
岩石が風化や生物作用を繰り返して土になるそうです。
そうすると、天の神がつくったもの、ではなさそうですし、
生物の力も借りているので、ひとりでにあるもの、でもない気がします。

こんな感じで使い分けるどころか、
なんだかよく分からなくなってきてしまいました。
そこで、「自然素材」と「天然素材」は何が違うのか、
私なりの結論はこちらです。

 人工を加えない、という文言にのみ着目し、
 「自然素材」と「天然素材」は同義語である。
 ただ、一般的には「自然素材」の方が適していて、
 「天然素材」はごく稀に使う程度。

最初から、そう思っていたよ、
という方も多いかもしれませんが、
それはさておき、私なりにすっきりしたので、
今後は左官で使われる自然素材あるいは天然素材を中心に、
素材ごとに考えていきたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月28日 (火)

毛虫と私

こんにちは、最新のユニットバスのカタログを調べていたら、
途中からこれが「お風呂」であることを
うっかり忘れそうになった金石です。

なんせテレビに音楽、浴槽内のライトアップ、、、
とまぁ、いろんなオプション機能が目白押しなもので...
ちなみに、この「ここが何の空間だかわからなくなる感覚」は
トイレのカタログを見ていても同様に味わえます。

さて、当初の予定では、
「ユニットバスやトイレが何処へ向かおうとしているのか?」
ということをこのブログで考えてみようとしていたのですが、
どうしても説教臭い内容になってしまいそうなのでやめました。

結論から言うと、
私はこうした空間に「機能」を持ち込むことに
疑問を持っているようです。
もちろん、ユニットバスやトイレそのものに対する機能
に関しては大賛成ですよ。
商品としては、なるほど良くできています。

そんなわけですので、
ブログを書く内容がメデタク無くなってしましました。

そんな状況にかなり困った挙句、
得意の「どうでもいい話」で現状を打破することに決めました。
時間にゆとりのない方、
これより先に目を通すことをお勧めしません。

先日、現場で道具を洗っていると、
地面の草陰に毛虫を発見しました。

 水+毛虫 → 攻撃

まさに条件反射的に「うらっ、うらっ」と毛虫に水を浴びせまくる私。
そして平穏な生活から突如として滝壺に落とされた毛虫。

夕暮れ時の爽やかな風がそよぐ中、
30歳を迎えた坊主頭と毛虫が、
草むらの中で密かにバトルを繰り広げていたのでした。

まぁ、誰がどう見ても私が幼稚なのですが、
他の昆虫には類を見ない、あの「敵対意識」は何でしょう?
こう言ってはなんですが、
本気で溺死させようと水を浴びせ続けました。

そう、私は大人気なく毛虫に水を掛け続けたのです。

ところが、、、

毛虫って濡れないんですね!
多少の水であれば、あの毛の上で水滴になって弾いてしまいます。
つまり、毛が濡れないんです。

えぇっ~!!

もう、ビックリもいいところです。
ここで止めとけばいいものを、
意地になった私はさらに大量の水をお見舞いしたのでした。

すると、先程は水を見事に弾いたものの、
これだけの水を浴びせると毛虫も葉っぱにしがみ付くことができず、
水溜りの底へと沈んでいきました。

この事実を見届けて、私は憎き毛虫をやっつけたと、
しばらく勝利の余韻に浸っていたのですが、
ふと目を下にやるとなにやら蠢(うごめ)く物体が・・・

えぇっ~!!(2回目)

奴です。
先程、大人気ない私に溺死させられていたはずの毛虫です。
水溜りの底から何事もなかったかのように這い上がってきたのです。
よく見ると、先程同様、毛も体は全く濡れていません。

毛虫って濡れないんだ...

詳しいメカニズムはわかりませんが、
毛虫の毛の意外な機能に脱帽です。
同時に、この戦いに敗れ去ったのは私だと気づかされました。

時は経って数日後、、、

あまりの陽気に業を煮やして、私は頭を丸め直しました。
具体的には、毛の長さ6mmです。
バリカンでの散髪を無事に終えた私は、
風呂場で頭を洗いました。

一通り頭を撫で回し、
「さぁ、さっぱりした!」と目の前の鏡に目をやると...

えぇっ~!!(しつこいようですが3回目)

私の刈りたての頭の毛の上に丸い水滴が...

あのときの毛虫と全く同じ奇跡が、
私の頭上で起こっているではありませんかっ!!

そんなわけで、何の因果かめでたく毛虫になれた
金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月27日 (月)

我家

こんにちは、
町内に一軒家を借りるようになって、
2年目に突入している、西山です。

・我が家のことなのですが、
 古い家なので、結構隙間があります。
 戸のたてつけが悪くなって隙間が空いていたり、
 廊下の床板がすいていたりと、
 経年変化によって空いた隙間もありますが、
 現代の家に比べればおそらく最初から多くの隙間があり、
 「密閉」には程遠い状態であったと思います。

 そんなわけで、大小さまざまな隙間があいた我が家ですが、
 先日、

  沢山の隙間が空いているわリには
  虫などの侵入が思ったほどない

 ということに気づきました。

 何度も書きますが、本当に多くの隙間がある家なので、
 (そのおかげで、窓を開けなくても充分に換気をとれるのですが、)
 その気になれば、小さな生き物たちは
 入り放題なはずです。

 そりゃ、多少の虫は来ますけどね、
 それでも隙間の多さに比べれば驚くほど少ないと
 思うのです。

 それで思い至ったのは、

  彼ら(虫たち)は彼らで、
  好き好んで人間の住む場所に行きたいと
  思っていないのかもしれない

 と。
 
 隙間実験、これからも続けてみようと思います。
 

・我が家のことなのですが、
 少ないといっても、わりと多様な小さな生き物達が
 出入りしています。

 その中で、今まで一度も行き会ったことがなく
 できればこれからも行き会いたくない生き物がいます。

 それは・・ねずみさん。

 社会人一年目のときに住んでいた家には
 彼らがいらっしゃりまして、
 とくに冬場は天井の上で、各種運動に励んだり、
 台所に下りてきては、各種食べ物を召し上がられたりと
 自由奔放に活動されていました。

 大概の生き物は大丈夫な私でも
 あれには少し、参りました。

 まさかねずみさんと食料を争う日が来るとは
 思ってもみなかったものですから・・。

 あの日々以来、明日の食料が確保されていると思ったら
 大間違いだと、気を引き締めるようになりました。

 今のところ、我が家にはお越しになってませんが、
 そのまましばらく、ご無沙汰でいたいものです。
 

 
・我が家のことなのですが、
 わりと大きめな庭があります。

 その大半は、無農薬雑草の栽培地なのですが、
 その間を縫うように
 花や実のなる植物を植えたりしています。

 私が把握しているだけでも現時点で、
 トマト、ねぎ、ニラ、しそ・・などが植えてあります。
 それに加えて去年は、綿を植えたのですが、
 今年はひょんなことからひょうたんの苗をいただきまして、
 少し前に植えて、今ではぐんぐんと蔓がのびています。

 自由にできる地べたがあるっていうことは、
 本当に楽しいと、この家に住むようになって実感しました。

 その分、草むしりの権利も与えられているわけですけどね・・。

[一日一空:002]
20090725

西山哲雄

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月24日 (金)

自然素材と天然素材 ~その2~

こんにちは。最近、自分でも不思議なくらい汗をかく、土屋です。

さて、自然素材と天然素材について調べ始めたわけですが、
まずは、言葉の意味を知っておこうと思います。

「自然」と「天然」、この似たような言葉は何が違うのでしょうか。
大野晋 田中章夫 編『角川必携国語辞典』によると、

 自然 : 山・川・海・森林・草木などのように、この世界を
       成り立たせているもの。また、人の手が加わらない
       ありのままのもの。

 天然 : 人手の加わらないままであること。

とあります。人の手が加わらない、という点は同じですが、
この辞書はすばらしいことに両者の使い訳が書いてあります。

 「自然」は、文明・文化の反対に、人工のはたらきを加えない
 ままのものの意。(中略)
 「天然」も、人工を加えないままという点では「自然」と同じ。
 しかし「自」は、「自分一人で」という意味であるのに対して、
 「天」は、「天の神のつくったまま」の意。
 したがって、「自然」は何の人工も加えず、ひとりでにあるもの。
 「天然」は、天の神のつくったままのもの、とする点がちがう。

「自然」と「天然」という言葉だけで比較してみると、
どうやら使い分けはされるようでありますが、
「素材」という言葉を付け加えて考えてみたとき、
使い分けは非常に難しい気がしますが、
そのあたりの考察は次回とさせていただきます。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月23日 (木)

地下足袋と私

こんにちは、耳を蚊に刺されてやりきれない気持ちの金石です。

最近、努めて地下足袋を履くように心掛けております。
正直なところ、理由は特にありません...

 薄っぺらい靴底のあの接地感と
 キュッと締め付けられたふくらはぎの感じがなんだか好き

あえて言うならばこの程度の理由です。

今は旧山田写真館で塗装作業をしておりますが、
機能面から考えれば、
なにも地下足袋である必要はありません。
むしろ、地下足袋のまま現場と事務所を往復しているせいで、
踵(かかと)に疲労が溜まってしまうくらいですし、
脱いだり履いたりするときに、
ハゼをとめる余計な手間が掛かります。

あれっ?
こんなに勝手が悪そうな地下足袋をなんで愛用するんだ??

まさに自問自答ですが、明確な答えがパッと出てきません...
そこで、この機械にその謎を自分なりに探ってみました。

改めて自分の気持ちを分析してみると、
どうやら私は地下足袋に対して「機能」ではなく、
「精神」的なものを求めているようです。

簡単に言うと、「これから作業をするぞっ!」と
心を『作業モード』に切り替えるためのツールとして
地下足袋を捉えているみたいです。

仕事柄、「デスクワーク」と「外での作業」に迫られますが、
その2つの仕事を気持ちの面でもスッキリ分けて行うためには、
「地下足袋を履く」というやや面倒な行為が
今の自分には必要だったみたいです、はい...

地下足袋を履いて歩くと背筋がシャキッと伸びる感じがしますが、
ひょっとすると心のスイッチが気持ち良く『作業モード』に
切り替われているからかもしれません...

 あなたの仕事上の正装は?

と聞かれたら、迷わず

 ロングニッカに地下足袋です!

と答えられる人間になりたいと思う
金石健太

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年7月22日 (水)

当たり前を少し飛び越える

こんにちは、西山です。

・昨日のブログで土屋も書いていたように、
 小布施見にマラソンの当日には、虹が出現しました。

 でも実は、こんな虹も出現していたのです。

 2009001
 なんと、虹色のトイレです。

 元はただの、建築現場によくある仮設トイレなのですが、
 その扉部分に色とりどりのシートを貼るだけで、
 こんなにも印象が違うのか!とびっくりしました。

 ちなみに、
 このシートは、当日のうちにはがしてしまいましたが、
 後に残った、横一列の仮設トイレの姿といったら
 見るに耐えないものでした・・。

・頭を丸めるようになってはや4年以上たちますが、
 先日頭を丸めるときに気づいたことがあります。

 それは、

  バリカンで刈る前に頭を濡らすと、刈りやすい
 
 ということ。

 今まで私は、なんの疑いもなく、乾いた髪にそのまま
 バリカンをあて、刈り取っていたのですが、
 この前はたまたま、
 髪を切ることを忘れて入浴しかけてしまったのです。

 気づいたときには、頭はびっしょり。
 
 次の日に持ち越すことも考えたのですが、
 なんだかどうしてもその日のうちに刈ってしまいたい
 衝動に駆られまして、
 塗れた髪にバリカンを当てたのです。

 ・・これが、刈りやすいのなんのって。

 考えてみれば、美容院なんかではカットの前に
 洗髪しますもんね。

 おまけに、私のバリカンには「水洗い可」の文字。
 水で洗っていいくらいですから、濡れた髪をきることくらい
 へっちゃらなはずです。

 さらに私はいつも、風呂場で髪を切っていたのです。

 これほど水分ウエルカムな状況にありながら
 いままで乾式頭刈りを続けてきたことが
 今となっては不思議でしょうがありません。

 もう何度もいい続けてきていることですが、
 自分の「当たり前」なんて、易々と信じちゃいけませんね。

[一日一空:001]
2009002
20090719

 西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月21日 (火)

第7回小布施見にマラソン

こんにちは。先日からカキ氷にはまっている、土屋です。
水の違いか削り方の違いかは定かではありませんが、
氷だけでもおいしい氷といまいちの氷があるんですね。

さて、先日の19日、第7回小布施見にマラソンが開催されました。
梅雨明けしたにも関わらず、前日までは雨が続き、
当日の天気も心配されましたが、
時折、雨がぱらつく程度で、日差しもそれほどなく、
暑すぎずマラソンには適した天気になりました。
スタート前には、こんな瞬間も。

Ca390042

今年の、参加申し込みは7,500人余りに達し、
当日走ったランナーも6,700人ほどという、
これまでにない大きな波が小布施の町に押し寄せました。

その反面、第1回から準備に携わっている私たちですが、
年を追うごとに仕事量が減っています。
これも、運営スタッフやボランティアの方々のおかげだと思います。
みなさん本当にお疲れ様でした。

お疲れといえば、走ったランナーの方はさぞお疲れだと思いますが、
片づけをしているときには、町内を観光している、
完走タオルを持った方を大勢見かけました。
そんなランナーの方々を見送るように、
夕方にはまた虹がかかっていました。

Ca390047

ランナーの皆さん、来年もお待ちしております!

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月17日 (金)

板塀の塗装

こんにちは、散髪中にバリカンが壊れた金石です。
ご存知のとおり、私、坊主頭ですので、
虎刈り状態の頭で四苦八苦しながらバリカンを直しました。
幸い、バリカンはなんとか言うことを聞いてくれたのですが、
最悪の場合、あの奇抜な髪型で
電気屋にバリカンを買いに行かなくてはならないところでした...

さて、先日、とある板塀の塗装を施しました。
この塀、第93回小布施ッション講師の川添先生と
その研究室の東京大学学生さんたちがWSで作ってくれた板塀です。
以前、このブログでも作業の様子を報告いたしました。

当日は材料と時間が足りずに、
作業は途中で終わってしまったのですが、
その後、修景事業が残りの作業を引き継いだ形となります。

当日張り残した板を張るのは問題ない作業なのですが、
ずっと頭を悩ませていたのが板の塗装です。
この場所は小布施の中心街に位置し、
国道403号に面している点からも
その仕上げには気を使います。

さて、どうしたものか...?

と思い悩んでいるときに浮かんだのが「古色仕上げ」でした。
ちょうど我々の事務所の塗装でこれを行おうとしていたので、
この塀でも良い味が出せるのでは?と考えたわけです。

実はこの決断を下した直後に、
東京大学のシンポジウムに参加する機会があり、
そこで再会した学生さんにそれとなくこの話をして、
彼らからも了解を得ることができました。

それからだいぶ時間が経ってしまいましたが...

先日、ようやく塗装が完了した、というわけです。

Ws002
塗装前

Img_4839
塗装後

今回一番の心配の種だったのは、
塗装面が屋外であることです。

最近、連日に渡り報告している我々の事務所の塗装では、
あくまで屋内であるため、雨で濡れるなんて事はありませんが、
この塀は直接風雨にさらされます。
その場合、塗料の顔料が浮いて流れてしまうことがあるのです。
実際、サンプルで塗った板を誤って雨にさらしていたら、
かなり色落ちしてしまった経験があります。

調べてみると、通常、こういう屋外の塗装では、
塗装を施した後に油を塗り込んだり、柿渋を塗ったりして
塗装面を保護するようです。

そんなわけで今回は悩んだ挙句、
柿渋を数回塗り重ねてみることにしました。

で、仕上がり具合はこんな感じです。

Img_4843_2 

Img_4846_4

柿渋を塗る度にベンガラの赤味は薄れ、
黒っぽい色に落ち着いていくことは以前の実験のとおりでした。
艶や表面の肌触りは、
オイルステインとはまた違った上品な仕上がりかと思います。

ちなみにこの写真は大雨が降った後に撮影されております。
今のところ目立った色落ちは確認されておりません。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月16日 (木)

いたみさん

こんにちは、西山です。
後日更新としたままだったこの回のブログを
忘れた頃に更新しておきます。
(現在→2009年8月8日AM8:39)

・先日、「ささいな痛み」に襲われました。

 なんのことはない、
 ただ、指先を堅いものの間にはさんでしまった
 というだけのことで、
 それも、軍手をはめていれば防げたような
 軽度の衝撃だったのですが、
 あいにく素手だったもので、
 はさんでしまった指先はその後、
 ジンジンするようになって、しばらくのあいだ
 その「ささいな痛み」と付き合うことになりました。

 
 私の体はわりと丈夫にできているようで、
 滅多なことでは風邪もひかないし、
 そのほかの病気にもかからないし、
 常時抱えているような体の不具合もないので、
 「痛み」からはかなり遠いところに位置しています。

 そんな私だからかもしれませんが、
 その「ささいな痛み」と向き合ったときに感じたことは、
 いかに普段、我々が痛みから遠いところにいるか
 ということでした。

 もちろん、私の「痛み」さんとの疎遠ぶりは特殊なほうで、
 諸々の「痛み」さんと日々お付き合いされているかたのほうが
 多いのかもしれませんが、
 それにしても・・、と思うのです。

 比べる相手が間違っているのかもしれませんが、
 我々人間以外の生き物達は
 日々、多種多様な痛みさんと付き合っているのでは
 と思います。

 野生の生き物たちは
 衣食住なにひとつとして保障されていませんから
 それだけでも痛みさんは身近な存在でしょう。

 擦り傷切り傷は日常茶飯事で、
 生命に関わるような怪我も
 我々に比べたら、遭遇する頻度は高いはずです。

 私も昔のことを思えば、
 小さいころはいつもどこかに、転んでできたような
 擦り傷切り傷を抱えていたように思います。
 
 しかしいつの間にか、無茶な行動は控えるようになり
 それとともに、
 痛みさんとも頻繁には行き会わないようになりました。

 ・・・・・

 うだうだと書いてきましたが、
 
 いかに普段私が、
 痛みさんという古い友人と疎遠であるからといって
 彼の存在を忘れてしまってはいけないのだと思います。

 いけないというか、もったいないというか・・。
 つまり、彼のことを少し気に留めているだけで、
 今、彼と親しい仲にないことが、どれほどの幸運か
 わかるような気がするのです。

 ひさしぶりに痛みさんと少し行き会った私が思いついたのは
 こんなことでした。

 いまはまた、彼はどこか遠い場所に行ってしまったので、
 不在のあいだ、その分がんばろうと思っています。

・少し前に『earth』という映画のDVDを見たことも
 痛みさんのことを考えるきっかけのひとつに
 なったのかもしれません。

 この映画、お勧めです。

・「いたみ」違いですが、
 最近、伊丹十三さんのことが気になります。
 きっかけは、とある雑誌の、伊丹十三特集でした。

 そのなかではじめて私は、
 彼が多種多様な職業を経験して、
 その経験を総動員するかのように、
 50歳を過ぎてから映画を撮り始めたことを
 知りました。

 そんな生き方、かっこいいな~ と。

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

自然素材と天然素材 ~その1~

こんにちは。今日の長野はとても熱く、
今年の最高気温35.5℃を記録したそうです。土屋です。
お昼に食べたかき氷が最高においしかったです。

さて、左官の仕上げ材について調べている今日この頃ですが、
調べていると、自然素材や天然素材という言葉が、
キーワードになっているような気がします。

「100%自然素材です」
「天然素材100%」

と謳った商品がありますが、
成分を見ると何とか酸ウンチャラなど、
私のイメージでは、それって化学物質なんじゃないの?
というような成分が含まれているものもあります。

ということで、まずは自然素材や天然素材について、
調べていこうと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月14日 (火)

古色仕上げ塗装中の独り言 ~その2~

こんにちは、最近、畑で農作物を作りたい衝動に駆られている金石です。

いつものことですが、、、
単調な作業をしているときに限って、
あれこれと妙な考え事が進むときがあります。
例によって、今、行っている塗装作業をしているときなどは、
脳ミソがもう絶好調にフル回転し、
どうでもいいことを考え続けてしまいます。

今回考えていたことは、

 雑巾掛けは清掃行為なのか?

という、かなりどうでもいい内容です。

私、今まで30年生きてまいりましたが、
私にとって「雑巾掛け」とはまぎれもなく「清掃行為」でした。

 何か汚れたものを拭き取る

これぞ雑巾掛けの絶対的な定義です。
今まで教室の床や窓ガラス、机の上などを拭いたことはありますが、
いずれもこの定義に従った行為といえます。

ところが...

先日、おそらく生まれて初めて、
この定義の枠をはみ出してしまう「雑巾掛け」をする機会がありました。
そしてそれこそが、今、せっせと行っている
「古色仕上げ」の塗装作業だったのです。

作業内容は次の通り。

 塗料を塗る → 少し乾いたら余分な塗料を拭き取る

この文字の並びだけを見たら、
「余計な塗料(=汚れ)」とも捉えられますが、
実際には、余計な塗料を拭き取ると同時に、
塗料が部材に染み込むように「塗り込んでいる」のです。

 不必要な塗料は拭き取りつつも、同時に必要な塗料は塗り込む

これが現在行っている雑巾掛け作業であって、
一見、相反する行為が同時に行われているのです。
これ、完全に従来の雑巾掛けの定義を逸脱しています...

さて、ここで思い出したのが古民家の柱です。
古民家の柱は、手の届く高さでピカピカに渋く光っていることがよくあります。
これは、民家の住人の方が、
毎日の掃除の中で磨き上げてきた結果生まれた代物といえるでしょう。

この場合、部材に付いた汚れを落とすという「清掃行為」よりも、
人が触った手油や、掃除に使う米ぬかを塗り込んでいるという
「塗装行為」の意味合いの方が強いような気がします。

そうか...
雑巾掛けって「清掃行為」であり、「塗装行為」でもあるのか!!

本日の独り言の結論です。
あしからず...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月13日 (月)

水遊び

こんにちは、西山です。

ここ数日、昼間から水遊びをしていました。

ただ遊んでいたわけではないのですが、
それはともかくとして、数日間の水遊びで気づいたのは、
どうやら「水遊び」というものは、普遍的な楽しさを
もちあわせているのではないかということでした。

海水浴やプール、噴水と戯れるなどの王道「水遊び」の
楽しさについては子供はもちろんのこと、
大人の皆さんにも了解していただけるかと思うのですが、
「泥」や「粘土」といった水分を伴った土を扱うことも、
広い意味での「水遊び」ととらえるとすれば、
泥んこ遊びや粘土遊びなどに熱中するのも、
「水遊びの楽しさ」として、海水浴などと同列に
扱うことが出来るかもしれないと、思うのです。

数日間、私がしていた「水遊び」は、
なんのことはない、単なる「モルタル練り」だったのですが、
水を適量加えてハンドミキサーで練るという単純作業に
熱中してしまったのは、たかが「モルタル練り」といえども
「水遊び」だったからなのではないかと、思うわけです。

それで、とりあえずここまでの
 
 「水遊び」には根源的な楽しさがある

という説と、

 「水遊び」の意味の拡大

について、皆様の了解を得られたと仮定します。

そうしたときに、一昔前まで当たり前だった民家の建築風景を
思い浮かべてみると、
そこには「水遊び」がたくさんあったのではないかと思います。

典型的な泥遊びである「壁塗り」、
細かく言えば、壁土をこしらえる作業もこれまたわかりやすい
水遊びです。
昔は瓦だって、
一枚一枚人の手で粘土から成形していたわけですから、
「瓦づくり」も水遊びでしょう。
さらには、水分を抜いていく水遊びとしては、
「土間たたき」(三和土)もあげられます。
また、建材に関していえば、
一枚ずつ手漉きされていた「障子紙」も、水遊びといえます。

ざっとあげただけでも、こんな感じです。
今、普通に家をつくるとすれば、
これらの工程は、
水を使わない建材に置き換えられたり、
水を使うとしても、その作業は人の手を離れ、
機械などが担うようになっているものがほとんどです。

このような建築の「水ばなれ」は
私がこんなところで言及するまでもなく、
誰もが知っているようなことでありますが、
もしも「水離れ」が進むことによって、
そこにある「楽しさ」までもが奪われているのだとすれば、
これはなんだかもったいない気がするのは
私だけでしょうか?

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月10日 (金)

漆喰製品あれこれ

こんにちは。最近、洗濯物の匂いに困っている、土屋です。

さて、前回は珪藻土を使った壁材についてでしたが、
今回は漆喰についてです。

漆喰は消石灰を主原料とした材料で、
古くから日本はもちろん、世界各地で使われ、
馴染みのある壁材ではないかと思います。

製品として各社から様々な漆喰が販売されていますが、
今回は漆喰製品を探していて気付いた事を何点かご紹介します。

一つ目は、日本の漆喰と西洋の漆喰があります。
両者の主な違いは、日本の漆喰はつなぎ材として糊やスサを用いるのに対し、
西洋の漆喰は大理石の粉などの骨材をつなぎとして用いる、
という違いがあるそうです。

二つ目は、粉の状態で水を加え練って使うものと、
すでに水で練ってあり、蓋を開ければすぐ使えるものがあります。
水で練ってあるタイプは西洋漆喰に多く見られます。

三つ目は、漆喰ではなくて、
“漆喰調”と謳った製品も数多くあります。
主原料は様々ですが、漆喰のような白壁に仕上がる、というものです。

実際に使ってみないとそれぞれの違いはよく分からないですが、
仕上がりのイメージや、求める性能などで使い分けができるよう、
今後は、漆喰の性質や特徴はもちろん、
製品の特徴を詳しく調べて行けたらと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 9日 (木)

古色仕上げ塗装中の独り言 ~その1~

こんにちは、小屋裏でお昼を過ぎた頃から迫り来る
『闇』と格闘している金石です。
3時を過ぎると本格的に手元が見えなくなり、
なかなか作業が進みません。

電気を付ければ?

皆さんそう思われるかもしれませんが、
実はこの現場、電気を引いていないんです。
なにかと不便なことも増えてきたので、
近々仮設の電気を引くことになりそうです。

ちなみに古い発電機を現場に持ち込んで
投光器で照らすことも試みましたが、
古いだけあって振動音が大変うるさく、
ご近所に迷惑をかけてしまうので泣く泣く断念しました。

さて、本日の塗装作業中の私の頭の中のテーマは
ズバリ、「時間と塗装」です。

今、私がしている作業は、

 新しくした部材を古色仕上げで塗装すること

です。
では、古色仕上げで塗装することとは...?
それは端的に言うと、

 部材の表面に煤や油を付着させていること

ですよね?
これって言い換えるならば、

 囲炉裏から立ち上った煙が、何十年という歳月をかけて
 部材の表面に付着させた(=塗った)煤や油を、
 一瞬のうちに塗料として塗ってしまおう

ということに他なりません。
古材の表面と古色仕上げをした部材の表面...
多少の違いこそあれ、
成分的にはほぼ同じものと言えると思います。

あぁ、そうか...

今こうして手を動かしている「古色仕上げ」って、
長い時間かけて出来上がってきたものを、
早足で仕上てしまおうっていう技術なのかもなぁ...

そんなことを暗闇の中で考えておりました。
だから何ってわけでもないんですけど...
完全に独り言です、はい...

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 8日 (水)

Stay hungry,stay foolish.

こんにちは、西山です。

・マウスを新しくしました。

 少し前に、長年連れ添ってきたマウスとの別離を書きましたが、
 その際に新しくしたマウスと今回、お別れしました。

 といっても、今度は、新しくしたマウスが壊れたわけではなく、
 むしろその逆というか、
 壊れてしまった先代のマウスが、なんと復活したのです!

 数回にわたった一連のブログを読んでくださった心ある方が
 マウスの修理を申し出て下さりまして、
 見事に治ったマウスがこのたび、私の手元に帰ってきた
 ということなのです。

 私にはお手上げだったマウスを見事よみがえらせて下さった
 清久さん、ありがとうございました!!!

 
・大学生の時、所属研究室ではマックが使われていました。

 そのこともあって、今はウィンドウズ環境にありますが、
 相変わらずマックには親近感を抱いていますし、
 マックのつくりだす世界観は、大好きです。

   

  そんなマックを生み出した、
 スティーヴ・ジョブスのスピーチです。

 
 ジョブスのように、
 後に続くものに希望を与えることができる大人に
 なりたいものです・・。
 

・先日ある方と話しているときに、
 自分の原点を思い出しました。

 今なぜ、このような仕事をしているのか、
 これから先、どんなことをしていきたいのか?

 現在の仕事、今興味をもっていること、そしてこれからのこと
 そういったもののはじまりの一つを
 思い出しました。

 この「原点」は、大学生時代の出来事ですが、
 あまりにも強烈な体験だったので、
 自分の心に深く刻まれました。

 本当に強烈な出来事だったので、
 一生忘れるはずは無いと思っていたのですが、
 危うく忘れそうになっている自分に気づきました。

 その事実に気づいて、かなりショックだったのですが、
 なにはともあれ、完全に忘れてしまっていなくて
 本当によかったです。

 大切な気づきを与えてくださったその人に感謝です。
 

西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

珪藻土壁材

こんにちは。梅雨の真っ只中といった今日この頃、
第7回小布施見にマラソンまであと12日となりました。土屋です。

さて、前回漆喰や、珪藻土壁材には、
各社から様々な種類の製品が出されている、
というところまで書きましたが、
今回は珪藻土を使った壁材についてです。

「自然素材で調湿効果がある」、
これが今までの漠然とした珪藻土のイメージでした。
しかし、今回いろいろHPなどを見ていると、
いい面ばかりではなく、注意するべき点も見えてきました。

一つ目は、100%天然素材ではないということです。
そもそも珪藻土とは、植物性プランクトンの化石で、
それ自体では硬化しないため、接着剤や樹脂が混入されているようで、
今回探した製品にも、合成樹脂が含まれていました。

二つ目に、珪藻土の安全性が疑わしいということです。
珪藻土に含まれる成分に発がん性の疑いがあるというのです。
すでにドイツなどでは使用が禁止されており、
近年日本でも使用が禁止されるのでは、という記述もありました。

これらの点が、全ての製品に当てはまるのかどうか、
そこまで詳しく調べたわけではありませんが、
珪藻土を含んだ製品を選択する場合は、
その製品について詳しく調べてみる必要がありそうです。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 6日 (月)

古色仕上げ奮闘記 ~その6~

こんにちは、先日土屋氏に「塗装するときは手袋をしたら?」
という大変ありがたい助言を頂き、
晴れて指先が黒くならなくなった金石です。

さてさて、本日も相変わらず野地板の塗装をしておりますが、
まだまだ終わりが見えてきません。
それもこれも、全ては目地部分の塗装が原因ですね。
先日のブログでも書きましたが、
かなり余計な手間がかかってしまいます。

P7036336_2 

そんな地道な作業ばかりしている最近の楽しみは、
休憩時間に足場の上で大の字に寝転んで、
掃除し終えた梁と塗り終えた野地板を見上げることです。

現場が暗いせいもあって、
写真では真っ黒に写ってしまいますが、
今回調合した色はかなり赤味を帯びた黒色です。
それもベンガラの「粉っぽい赤」ではなくて、
野地板の「杉板の地肌を利用した赤」...
つまりは、塗料は薄くして板の本来の色を利用した仕上げにしております。

ですので、下から寝転がりながらじっと見上げると、
板によって微妙に色合いが違っているのがよくわかります。
木の赤身の部分と白太の部分では
当然表情は違ってくるし、同じ赤身の部分を比べても
表面の仕上げ状態によってもこれまた微妙に違ってくる。

P7036344

でも...

全体として見たときに「力強さ」を感じます。

これって色斑のある地瓦の表情とよく似ています。
まぁ、地瓦ほど斑があるわけではないのですが...

それにしてもこの「色斑=美しい」とジャッジする
人間の視覚というか感性というものはどこから来ているんでしょう?

なんてことを考えながら、
汗を掻き掻き手を動かしています。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 3日 (金)

貸景

こんにちは、西山です。

・前回のクイズの答えです。

 003
 この、円通寺の庭園にある生垣は何種類の植物で構成
 されているでしょう?

 という問題でしたが、
 正解は・・・

 50種類です。

 「混ぜ垣」と呼ばれる手法とのことですが、
 とても私には、50種類を判別することは不可能でした。

・円通寺の庭園の話が続きます。

 001
 
 円通寺の座敷にしばらく座って思い至った
 あくまで個人的な感想ですが、この景色のポイントは、
 座敷と縁側の間に立つ柱と、
 生垣のところにある、何本かの杉の木ではないかと・・。

 一見、借景である比叡山の姿を遮るもののように思えますが、
 実際には、これらのおかげでより、立体感のようなものが
 生み出されているのだと、感じました。

 現代建築では、目の前に絶景が広がっている場所において、
 無柱の大開口を設けることで景色を取り込むということが
 常套手段となっているように思いますが、
 それだけが全てでないことを円通寺の庭園は語っています。

 ・・と、勝手に私は受け取りました。

・先日、梅割り器の話をしましたが、
 今度はいつもお世話になっている曳屋職人の親方から
 梅をいただきました。

 Photo

 ありがとうございます!
 そしてまた、自家製梅割り器の出番がきたようです。

 002
 ちなみにこの梅、
 生のまま食べてみたところ・・

 Photo_2
 こんな感じでした。

 
・今年もこの季節がやってきました。

 2009
 とうもろこしが主食でも一向に構わないと
 この時期は毎年、本気で思っています。

 ちなみに、とうもろこしはイネ科だと、ついさきほど知りました。
 茅といい、もろこしといい、イネ科の一年草には縁があるようです。

もちろんお米も大好きな
西山哲雄

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 2日 (木)

左官外装材

こんにちは。最近、ふとした拍子に腰に電気が走る、土屋です。

さて、私の友人に大工をしていて、自分の家を自分の手で建てている、
という、なんともうらやましい友人がいるのですが、
その友人に外装材について尋ねられました。
内容は、左官仕上げで自然素材を使った白い壁、
にするためには何を使ったらいいか、というものです。

ということで、日本古来よりある漆喰や、
内装材として多く用いられるようになった珪藻土壁材を中心に、
市販の左官材料を調べているのですが、
一重に漆喰、珪藻土壁材といっても、
各社から様々な種類の製品が出されています。

サンプルがもらえるものはサンプルをとってみたり、
施工後のメンテナンス性、価格を考えながら、
様々ある製品の中から、友人のイメージに合うものを探す一方、
これを機会に漆喰や珪藻土、またモルタルなどを使い、
既製品ではない仕上げ材のサンプル作りもしています。

このあたりの詳しい報告は、
おいおいしていきたいと思います。

土屋 直人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 1日 (水)

古色仕上げ奮闘記 ~その5~

こんにちは、誰もいない朝の駐車場で
独りド派手な転倒を演じてみせるサービス精神旺盛な金石です。

先日からお伝えしている旧山田写真館の塗装工事、
ようやく野地板、垂木の塗装に移りました。

特に野地板は注意が必要です。
何に注意するかといえば「塗料の吸い込み」です。
この建物の場合、野地板の仕上げは鉋がけがされていません。
皆さんも想像できるかと思いますが、
表面の仕上げが荒いと塗料の吸い込みは強くなります。

要するに、

 色合いが濃くなり、塗料が伸びなくなる

という作業上の弊害が生じるわけです。
そのため、

 ・塗料の濃度をあらかじめ薄めに調整する
 ・木材の表面に一度水を塗ってから塗装する
 ・塗装後の拭き取りのタイミングを早める

という対応を私はとりました。

Img_4797

新しい垂木と野地板を塗装したところ。
ご覧になっていただければ一目瞭然ですが、
野地板の隙間の未塗装部分が目立ちます...

ここを小さい筆を使って塗り潰していくのですが...
これが非常に面倒な作業です。
新築の場合、あらかじめ塗装してから造作工事に移ることを
強くお勧めします。

そしてもう一つ失敗事例を紹介。
写真をよ~く見ると気づくかもしれません...

後から塗り潰した目地部分(左端)に注目。
ここだけ少し赤味を帯びているのがわかりますか?
これはベンガラ(赤)が強く出てしまった影響です。

ベンガラは混ざっているだけで溶けてはいないので、
時間と共に塗料の下の方に沈殿しがちです。
気をつけてかき混ぜながら塗装していたのですが、
後から塗った部分に赤味が強く出てしまいました。

さて、まさに手探り状態の古色仕上げはまだまだ続きます。

金石健太

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »