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2009年2月12日 (木)

続メンテナンス道

こんにちは、西山です。

前回の続きです。

本日は、「見せるメンテナンス」を考えるようになった、
ひとつの原因のはなしです。

それは、数年前に視察で行ったホテルでの出来事でした。

 
そのホテルは海外のVIPが泊まるような
いわゆる超一流ホテルだったのですが、
そこで、ホテルの従業員が、インテリアの壁面を
拭き掃除している光景に出会いました。

その時私は、その姿を見ても何とも思わなかったのですが、
同行者の助言により、、その様子を写真に収めました。
今現在、私の手元にはその写真が残っていて、
写真がある為に、そのことを良く記憶しています。

いまその写真を見て思うことは、
これこそ「見せるメンテナンス」だったな、ということ。
 
壁面を拭くという行為自体は、メンテナンス作業であって、
メンテナンスであればそれは、人目につかないように、
営業時間外に・・と考えるのが普通であるはず。

しかしこのホテルでは、メンテナンスが、
白昼堂々と行われていました。

当時私は、そこから何も感じ取れていなかったわけですが、
今改めて、手元の写真を改めて見て感じたは、
前回例に出したお寺の掃き掃除と一緒で、

 こまめに清掃していて、さすがた。

 弛まない努力の結果が、
 綺麗に手入れされたこのホテルなのだな

ということでした。

そう受け取った原因はいくつかあると思います。
まず1つは、ビジュアルに気を遣っていたということ。
 
その人は小さな脚立に乗って作業をしていたのですが、
その脚立は、とてもシンプルなもので、
しかも目立たないように、黒い脚立でした。

間違っても、その辺の工事現場では使われていないだろうし、
ホームセンターにあったのを買ってきたというものでもなく、
わざわざ自分達のホテルに合う脚立を探してきた
ということがわかります。

そして、ガラスを磨く布も、
いかにも雑巾というようなものではなく、
布巾ということばが似合うような、
真っ白な、清潔感のある布でした。

もちろんその作業をする人も、
「作業服に身を包んだパートさん」ではなく、
おそらくそのままの格好でホテル業務をこなすだろう
きっちりとした格好に、
これまた真っ白な前掛けを腰に巻いた姿・・。

「見られる」ということをしっかりと意識していることが
写真からでも充分わかりました。

そしてもうひとつは、これまた前回の話に通じるものですが、
作業に「音の出る機械」を使っていなかった、ということ。

このことも「見せるメンテナンス」には重要なのではないかと
思うのですが、続きはまた次回・・。

西山哲雄

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