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2008年11月10日 (月)

「美しいもの」をつくる

こんにちは、週末に行われるシンポジウムの
プレゼン内容をあれこれと思案中の金石です。

今回、プレゼンの機会をいただき、
改めて「我々の活動はどういったものか?」ということを言葉にしようと、
只今、格闘中なんですが...
その過程の中で、改めて気付いたことがありますので、そのことを...

改めて気付いたこと。
それは、、、

我々は「美しい景観をつくろうとしている」ということ。
地瓦・茅葺き・土壁・石積み・・・、どれもそうです。

文字にすると「何を今更・・・」なんて思えてきますが、
これって現代においては本当に大事なことだと思います。

いいですか?
「美しい景観に調和するためのもの」を
つくろうとしているわけではないんですよ?
今、世の中が「景観」という言葉を使って必死に調和を図ろうとしている、
もともとその地にあった「美しいものそのもの」をつくろうとしているんです。

「景観に配慮した・・・」という言葉はよく耳にしますが、
それはあくまで「配慮した」だけであって...、
そこで使われる工業製品たちからは、
どうも心をグッと動かされるような感動は受けないんですよね...

もちろん、こうした「景観に配慮したデザイン」は大切だと思います。
修景事業も今後、こうした考えの建物をつくっていくでしょう。
けれども見方を変えると、
それだけでは「美しい景観そのもの」は更新されず、
どんどんと希薄になる一方なんじゃないか?
改めてそう思えるようになりました。

美しい景観が損なわれていくスピードを抑えるだけではなく、
美しい景観そのものを更新できるようになりたい。

漠然と思い描いていたものが、やっと自分の言葉になりました。

まぁ、実際に必死にあれやこれやと動いてみると、
この「美しいものそのもの」をつくるのが本当に難しいことを痛感します。
日本の「美しいもの」が姿を消すに至った理由が
だんだんと現実のものとして見えてきました。

ちょうど先日の西山氏のブログの引用にもありましたが、
技術的な問題、材料の問題、システム的な問題...
様々な難題が山積みですが、難題がよく見えてきた分、
どう工夫すればいいのかも考えられるようになってきたのも事実です。

これからの修景事業の活動を進める上で、
普段の我々の理念・考えが言葉になってきたことは、
非常に大きな収穫です。
少なくとも、私は心の中が少しスッキリとしてきました。

こういう機会を与えてくれた
「東京理科大・小布施町まちづくり研究所」の皆様に感謝です。
あとは、プレゼンがうまくまとまるかどうか...、頑張ります。

金石健太

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