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2008年10月31日 (金)

mm以下の攻防

こんにちは。今日はハロウィンですが、ハロウィンとは無縁な、土屋です。

さて、いよいよ終盤を迎えた杉板張りですが、
本日私が取り組んだ壁がこちら。

Ca390121

なんてことはない面に見えますが、
若干角度がふれていて、板の小口を斜めに切らなくてはいけなかったり、
また、両側が仕上がっているためピッタリの長さに切らなくてはいけないなど、
もろもろの事情から片側は手で切って張ることにしました。

寸法をとってみると、微妙に一枚一枚の長さが異なります。
それも621.5mm、622mm、622.5mmなど、0.5mmぐらいの微妙な違いなのです。
これをキリがいいからと端数を切ったり切り上げたりすると、
板が入らなかったり、隙間が空いてしまったりしてしまいます。
そのため0.5mm刻みで墨をして、その通り切らなくては隙間なく仕上がりません。

これまた難しいのが、コンマ数ミリくらいの墨の上を切るか、
外側を切るかで微妙に隙間が空いてしまったりします。
ですので、寸法は0.5mm刻みくらいでとりますが、
切るときはさらに細かい寸法に気を使っていることになります。

若干長めに切って、少しヤスリをかけてピタッとはまる、
これが一番きれいに仕上がる方法だなと思いました。
と、すごいことをしているように書いていますが、
実際のところは…、上の見づらい写真で判断していただければと思います。

隙間が空くといっても、パッと見は分からない使用に支障のない隙間だと思いますが、
こういった仕事をしていると気になってしまうんですよね。
普段の生活の中でmm単位、ましてやmm単位以下を意識することなんて、
ほとんどないんじゃないかと思います。普段からmm単位を意識していると、
見慣れた風景も違ったように見えたりするんでしょうか

細かい仕事ですが、ピタッとはまったときは気分爽快、自己満足に酔う
土屋 直人

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2008年10月30日 (木)

方向感覚麻痺

こんにちは、やけに腕と背中が痛い金石です。

体が痛いのもちゃんとそれなりの理由があって、
例の杉板張りの工事が床・壁と順調に仕上がって、
とうとう作業する面が天井になったんですね。
するとどうでしょう。
途端に体の裏側が悲鳴を上げるんですよ!
たいした作業をしているわけでもないのに、この有様...
作業の姿勢が変わったので、
普段使っていない筋肉を使うんでしょうね、きっと。

材料が届いたときには、
「こんなに軽い材は初めてだっ!」
と鼻息を荒くして興奮していたくせに、
今となればそんな事なんて思いもしないんですから、
人間なんていい加減なものです。

で、、、
現在、その天井を張っているんですが、
ひとつどうしても克服できない問題があるんです...

それは「材の面取りをする箇所は左右どちらか?」という判断。

詳しい説明は省きますが、、、
一枚の板(さね加工をしているため、張っていく方向は決まっている)の
片方だけを面取りをしているんですね。
それだけのことなんですが、
天井に張る材を床で加工するとなると、これがもう厄介なんです。

今までは床や壁に張る材を、同じように床で加工していました。
そのときは向きや表裏があべこべに置いてある板でも、
何の問題もなく「こっちを削る」とイメージできていたんですが、
なぜだか天井だと床でうまくイメージできないんです。
おかげで、材を一度天井に当ててから削る側を確認するという、
少し面倒な作業が増えてしまっています。

なんでですかね???
いたって簡単そうなんですけどね???

この文章だけを読むと
「こいつ、頭おかしいな」と思われるかもしれませんが、
実際にやってみると難しいと思います、、、多分。
こんなに苦戦しているのは私だけでしょうか?

床に置いてある材料の向きを全部同じにすれば、
何も考えずに「こっち側を削る」と覚えることもできるんでしょうけれども、
何か悔しいので、ささやかながらこの難題に挑戦しております。

金石健太

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2008年10月29日 (水)

道具と機械

こんにちは、
水曜日にブログ当番だったのに
うっかりすっとばしてしまい
木曜日の今日、こうしてブログを書いていますが、
過去に戻って記事を書き込むことができるという
お助け機能により、何事もなかったかのように
水曜日に更新したようにみせかけようとしている
西山です。

さてさて、本日はまず3つの引用文から入ります。

 ・どんなに有能な調理道具でも、
  じつのところ「手」につかえる下僕だと
  あらためて知る。

  (平松洋子『平松洋子の台所』新潮社 p95)

 ・近年、人々の生活にもパソコンが急速に入り込むように
  なりました。その一方で、さまざまな問題が浮き彫りに
  なってきています。

  そもそもパソコンは、スイッチを入れてから使えるように
  なるまでの起動時間がかなりかかりますし、
  アプリケーションに不具合が出ることもしばしばです。

  こんな状態ですから
  人間がよほど機械(=パソコン)に合わせないことには、
  使いこなせません。

  これまでは、人間が機械に合わせて働き、
  機械に合わせて行動様式を変えなくてはならない局面が
  多くありました。

  結局、手間が増えてしまい、せっかく機械を使っているのに
  便利になったのかわからないということも
  しばしばあります。

  しかし、これからは「機械が人間に合わせる」ための
  方法を考える必要があります。

  (原丈人『21世紀の国富論』平凡社 P90)

 ・たぶん、仕事にあれ、完成品をもとめていくということ、
  いまここでただちに完全であることを求めるということは、
  道具すら使い捨てていくことになる。

  昔の玉はがねの鍛造の鏝は、
  六寸の鏝が三寸になるまで使うことが出来たものだ。

  機械は、完成品でなければ使えないが、
  道具は完成品ではありえない。

  道具はその用途のために使われるとしても、
  機械とちがってそれを使うものの身体性
  (全身性、眼や指先だけではない)
  を通して性能が発揮されるものであるから、
  道具づくりは九分はつくるとしても
  あとの一分は使うものにあずけなければならない。

  道具の道具たるゆえんは、
  道(過程)の中でおのずから
  本質(機能)が具わってくるということだ。

  (小林澄夫『左官礼讃』石風社 p79)

この3つの文章は、
それぞれ別の本に書かれたものたちです。

一つ目は、フードジャーナリストのエッセイ。
二つ目は、ベンチャーキャピタリストの書いた本。
そして三つ目はおなじみ、わが愛読書『左官礼讃』です。

『左官礼賛』だけは大分前に読んだ本ですが、
後の二冊は今現在、偶然平行して読んでいる本です。

ジャンルも内容も全く違う三冊ですので、
みなさんにとっては何の共通性があるのか
わからないかもしれませんが、
私にとっては、同じことを言っているように思えました。

というのも、
最近、杉板を貼ったりするのに
空気の圧力で釘を打つような機械や、丸ノコなどの
電動工具を使っているのですが、どうもああいった類の
ものに親近感をいだけないのです。

逆に、かなづちや鏝、ノミや鉋といった
ものには、その風体に親近感がわきますし、
(使い込まれたものならなおさらです。)
それらを使うときの音も好きなのです。

単に、

 人力に頼る「道具」→好き
 人力以外の動力を使う「機械」→嫌い

と言ってしまえば簡単なのかもしれませんが、
好きになれない「道具」もあるし、
愛着のわく「機械」もきっとあると思うので、
そんなに簡単には割り切れないなと
思っていました。

そんなところに上の文章たちに出会い、
思わぬヒントをもらった気がします。

この道具(機械)問題はたぶん、これから先も
事あるごとに思い出し、考えていくのだと思いますが、
とりあえず、今日時点での私の勝手な想いを
まとめておきたいと思います。

〈本日のまとめ〉

私の好きな道具(機械)は、

道具(または機械)が人に歩み寄ることで、
道具(または機械)とそれを使う者(自分)とが
一体となり使用でき、
またその使い勝手の調整や、メンテナンス等を
使う者が、自らできること。

西山哲雄

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2008年10月28日 (火)

木の模様

こんにちは。この年になってもまだニキビができる、土屋です。
甘いもの、高カロリーのものを食べすぎでしょうか。

さて、昨日から始まった床板張りですが、
予想より早く本日、終了してしまいました。
張り終わった床を見て、達成感と木のもつ美しさを実感しております。
また、床板を張る前は籾殻の香りが充満していた室内も、
すっかり杉の香りに包まれて、横になったら気持ちよくお昼寝ができそうです。

今回使用している杉板は、これまでも紹介されているように、
金山杉の赤身の柾目材を使用しています。
柾目ですので木目は年輪が平行な状態で直線的になっているのですが、
板を張ってみると、その木目とは違った模様のある板があります。

Ca390120

写真が見づらいかもしれませんが、波型の模様のある板がおわかりでしょうか。
これまでも柾目の材を何度も見たことはありますが、
こんな模様が出ているのを見たのははじめてな気がします。
板目や杢目ならまだしも、柾目でこんな模様が出るなんて、
どうして出るのか、よくあることなのか、金山杉の特徴だったりするのか、
また機会があったら聞いて見たいと思います。

それにしても、製材の仕方や育ち方で様々な模様をつくり出す木は、
やっぱり魅力的な素材だなと改めて思いますね。

土屋 直人

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2008年10月27日 (月)

材料のストーリー

こんにちは、金石です。

さて、先日秋田より届いた大量の杉板材(金山杉)、
下地に合わせて一定の長さに切りそろえる作業が終わったところで、
いよいよ本日より床貼り開始です。

今まで束になっていた板材ですが、
貼り並べていくにつれてその全貌が明らかとなってきました。
はっきり言って綺麗です。

で、まぁ、その様子の報告は別の機会ということにして、
今日は材料に対する想いについて...

もうだいぶ前になりますが、
我々は秋田の杉林まで足を運んで、
この工事に使用する杉材を探しに、
実際に杉の巨木を目にしてきたわけであります。

今、「我々」と言いましたが、
実際に現地へ足を運んだのは西山氏と土屋氏だけなんです。
私は他の現場を担当していた関係で、
残念ながら秋田には同行できませんでした。

で、何を言いたいかというと、
運ばれてきた板材を見る「目」が違うんですよね、
原木を見てきた者とそうでない者では...

いや、私も写真や2人からの話で、
ある程度の予備知識はあったんですよ。
この材料に対する想い入れもあります。
でも、やっぱり原木を見てきた2人とは
感じるものの大きさや質が違う気がしてならないんです。

これってやっぱり「体験」の差ですよね?

造っている者がそれだけ多くの事を感じるんですから、
そこを使ったり、そこで生活するお施主さんも同じ体験をしていたら、
材料に対する想いや価値観だってきっと違ってくるはずです。

各々の材料のストーリーが見える家造りって絶対楽しい!
と信じてやまない
金石健太

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2008年10月24日 (金)

水の重さを感じる

こんにちは、西山です。

昨日の土屋氏のブログに予告されたとおり、
本日ついに、待望の物が届きました。

Img_1794_2

トラックが到着し、その扉が開けられると
ご覧の光景が目の前に広がりました。

遠路はるばるやってきた杉板です。

そして、杉板の山がこの目に飛び込んでくるのと
ほぼ同時に感じたのは、杉の香りでした。

天気が怪しかったため、屋根つきトラックで運んでいただいたのですが、
そのトラックの屋根が、幌のような簡易的なものではなく、
金属製である程度の密閉性のあるものだったので、
(専門的には、ウイングバンという種類のトラックのようです。)
扉を開けた瞬間、中に閉じ込められていた
杉の香りが、こちらまで届いたのだと思います。

香りつきとは、なかなか洒落たお届け物でした。

さて、この杉板たちを一時保管のため、倉庫に運んだのですが、
持ってみて驚いたのは、その軽さでした。

木材の重さは、樹種もさることながら、含水率に左右されます。
要するに、どれだけ乾燥させるかによって、木に残る水分の量がかわり、
その違いが、同形・同樹種の木材であっても、重さの違いとして
現れるわけです。

過去に杉板材を運んだ経験から、
おおよその重さを想像して持ったのですが・・・見事に裏切られました。

今までに体験したことのない重さでした。
これだけ軽いということは、本当にじっくりとそして充分に乾燥されたのだな
ということが、身をもってわかりました。

Img_1796
一時保管され杉板たち
いよいよこれから、張っていくことになります。

経過は随時、お伝えしていこうと思います。

西山哲雄

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2008年10月23日 (木)

音景 ~大工編~

こんにちは。座り仕事をしていると膝にダメージが蓄積する、土屋です。

さて、「籾殻の現場」は無事木枠の取り付けも終わり、
現在は目下、床下地のレベル調整に悪戦苦闘しております。
既存の根太の上にいろんな厚さのパッキンをかって、
レベルを見ながら調整していくという、大変地味ですが大事な仕事です。

そんなこんなで、ここ数日は大工仕事をしているわけですが、
先日の西山氏のブログで音景の話を思い出し、
大工仕事も音について考えてみるとだいぶ様変わりしているなと、
作業をしながら考えていました。

今は電動工具が主流となり、
木を切るときや削るときには、モーターが回る音でしょうか、
ウィーンとそれはもう、けたたましい音がします。
また、電動ドライバーでビスを打つときにもガーガー音がします。

これらに共通していると感じるのは、
それがどちらかというと不快な音であるということです。
やっている本人はさほど気にはなりませんが、
もし、休みの日に隣から聞こえてきたら不快に感じると思います。

対して、鋸を挽く音や金槌で釘や鑿を叩く音は不快には感じなく、
かなり個人的な感覚かもしれませんが、むしろ何をしているか興味を持ったり、
心地よくすら感じるんじゃないかと思います。

以前、倉庫で鑿と金槌で作業をしていたら、その音を聞いた観光客の方が、
倉庫まで何をしているか見にこられたことがありました。
また、小学生の頃、家の改築工事をしているときに、
大工さんがシュッ、シュッと一定のリズムを刻むように鉋をかけている横で、
その音と透けるように薄く削られる鉋くずに心を奪われ、
黙ってじっーと見ていたことを覚えています。

大工仕事ではありませんが、昔の瓦屋根のなどの下葺きに、
薄い小羽板を釘で打ちつけた屋根が見られますが、
これは釘を打つ音から、「トントン葺」と呼ばれます。
これがもし、現代のように電動ドライバーでビス止めしたとしたら「ガーガー葺」、
エアコンプレッサーで釘止めしたとしたら「プシュプシュ葺」、
とでもなるでしょうか。パッとしませんよね。

電動工具が普及し、作業効率は格段に上がったことは言うまでもありませんが、
そうなることで、ここでも一つ優れた景観が失われている気がします。

さてさて、いよいよ明日は仕上げ材の杉材が入ります。
今から楽しみです。

土屋 直人

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2008年10月22日 (水)

蔵の床板

こんにちは、生まれて初めてお尻にトゲが刺さった金石です。

古い床板を剥ぐ作業中、剥いだ板を椅子代わりにしながら横に移動したら、
チクリッとお尻にあの感覚が...
試しに隣にいたT氏に「抜いてくれる?」とお願いすると、
それはそれは丁重なお断りを頂戴致しました...、当たり前ですが。

くだらない報告はこの辺にして、、、

先ほども申しましたが、只今、土蔵の古い床板材を剥がしております。
この床板、当初の予定では新たな床材の下地として使うはずだったのですが、
正確に高さのバラつきを調べてみると、
到底これを下地として水平な床は組めそうになかったので、
一度剥ぎ取ることとなりました。

この床板、厚さ30mm程もあるなかなかしっかりとした材なんですが、
結構板の反りなんかがあって、平らな面が作れません。
そこで...

ギュウィ~ンとプレーナーで両面を削って、
24mm厚の反りのない板材に加工し直しました。

Img_1789

左が剥いだままの状態の床板。
右がプレーナーで削った後の床板。

プレーナーで木材を削る度に思うことですが、
かなり年期を帯びた材でも表面以外はとても綺麗なんですよね。
はっきり言って新材と見た目は全く変わりません。
むしろ狂いが少なくて新材よりも良い材料かと思います。

Img_1792_2

と、めでたく施工できる状態になった床板ですが、、、

こんなに良い材を新しく貼る床板の下地材にするのは、
いささかもったいない気が、、、

だって見えなくなっちゃうんですよ?
もったいないと思いませんか?

というわけで、、、

我々の事務所となる写真館の2階部分の床板にすることにしました!

そこでなら、2階の床だけでなく同時に1階の天井材として見えてくるし、
第2の人生を歩むにはピッタリの場所かと思われます。
(蔵の床板は別の材で組めば十分だし...)

金石健太

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2008年10月21日 (火)

案ずるより産むが易し

こんにちは、西山です。

本日、
「もみじキャラバン・地域活性化応援隊派遣相談会」
というものに参加して参りました。

内容としては、政府の構造改革特区についての説明・相談と
地域活性化に関する説明・相談という感じで、
我々は、DGK@obuseのことで相談に行ってきました。

相談結果のほうは、今後のDGK@obuseに活かしていくとして、
今日はそのほかに、「地域活性化伝道師」の澤功氏による講演がありました。

澤さんは、谷中で「澤の屋」という家族旅館をされております。
現在澤の屋は、宿泊客の90%以上が外国人旅行者で、
客室の稼働率も、連日ほぼ満室という状況ということで、
外国人に愛される宿として有名になっています。

そんな澤の屋ですが、初めて外国人を受け入れたのは
昭和57年ということでした。
その頃、12部屋ある客室のうち、バストイレ付きがわずか2部屋、
かつ、全ての部屋が和室という澤の屋は、
だんだんと宿泊客離れが進んでいる状態だったそうです。

そしてついに昭和57年の夏、3日間連続でお客ゼロという事態になった澤の屋。
このままでは旅館を続けていくことはできない。
この危機をなんとか乗り越えなくてはいけない。
そんなことで考えられたのが、
「外国人旅行者の受け入れ」だったそうです。

外国人旅行者を受け入れると決めたといっても
それまでは、日本人相手の旅館だったわけですから、
英語が出来る人もおらず、
外国人向けの設備が整っていたわけでもなかったそうです。

それでもなかば無理やりに外国人旅行者を受け入れるようになり、
受け入れてみてわかったことは、

 言葉の問題は、大した問題ではなかった。

ということでした。
大抵は単語英語で通じるし、それでもダメならジェスチャーや筆談(絵)で
なんとかやれたそうです。

言語の問題よりもむしろ、
文化や習慣の違いによるハプニングに苦労されたとおっしゃっていました。

講演のなかで、澤さんがおっしゃったのは、

 外国人旅行客を受け入れる設備や環境を整えてから受け入れよう
 と思っていたら、100年経っても受け入れられない

と。
ご自身の体験に即した、大変重い言葉でした。
一歩踏み出せるかどうか、そのわずかな違いが将来を左右するのだと
思いました。

そしてこのことは、我々が今まさに始めようとしているDGK@obuseにも
いえることだなと。

我々も澤の屋精神を勝手に継承して、がんばりたいと思います。

西山哲雄

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2008年10月20日 (月)

一発勝負

こんにちは。やっぱり秋は食欲の秋、土屋です。

さて、例の「籾殻の現場」も籾殻入れが終わり、
先週からは大工工事に突入しています。
今回の工事は内装工事のみで、仕上げが板張りということもあり、
すべての大工工事を我々で行います。

先週、板張りの下地工事も終わり、
今日からは木枠を取り付ける造作工事に入りました。
この造作工事、材料に予備がなく一発勝負なのでとても緊張します。
しかも、今取り付けている木枠というのが‥

Img_1787

ちょっと分かりにくいかもしれませんが、
幅240mm、厚み45mmで、鴨居と敷居は長さがおよそ4400mmという、
とても大きな木枠なんです。こんな大きな枠の取り付けで、
木枠を取り付けるのは初めて、かつミスは絶対に許されない。
とくれば、ビビリまくりです。

Img_1788

結局、この加工を4ヶ所やるのに1時間くらいかかってしまいました。
端材で一度練習し、鋸や鑿を入れるときはそれはもう慎重に慎重を重ね、
手がプルプルしていました。

やってみて感じたことは、私はやっぱり気が小さいということと、
大工さんはやっぱりすごいということです。
まあ、大工さんに関わらず様々な職人さんにいえることですが、
毎日のようにあのプレッシャーの中仕事しているわけですから。
私も、もっと早く、より正確にできるようになりたいと思いますが、
ビビる気持ちは忘れないでいたいと思います。

この木枠も明日には固定できるかと思いますし、
いよいよ来週からは板張りが始まります。
材料に負けないいい仕事ができるようにがんばりたいと思います。

土屋 直人

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2008年10月17日 (金)

屋根裏の土埃

こんにちは、ここのところ気管の調子が優れない金石です。

その原因はというと、、、
おそらく先日から作業が続いている籾殻のくずと、土蔵の屋根裏の土埃と、
木材を切断するときに舞う木の切りくずかと思われます。

屋根裏は薄暗いため、視覚的にどの程度把握できているかは謎ですが、
投光器の前にキラキラと光る埃の量から察するに、
相当量の土埃が舞っていることは確かです。
防塵マスクを着用しているとはいえ、どうやらそれだけでは十分ではないようです。

今までの経験上、古い建物であれば、
だいたいどの現場も屋根裏には大量の土埃が付き物ですが、
この土埃、いったい何処からやってくるのでしょう??
この建物の場合、囲炉裏や竈の火の影響は考えにくいですし...

・・・・・

はて...
ドコカラダ???

今まで考えてもみませんでした。

 「古い建物の天井裏=大量の土埃」

作業の経験から、この方程式が頭にインプットされてからというものの、
その理由を探ろうとせずに今まで生きてきたんですね、私...

で、、、
本日、現場の片付けやら掃除をしながら一日考えてみた結果がこちら。

<推測1:空気の対流説>
 土埃が外部からやってくるものと考えた場合、
 外部と天井裏に空気の対流があるはず。
 昔の建物は屋根裏もしっかりと換気できる造りになっていたとすると、
 この土埃は外部空間から飛来してきた可能性がある。

<推測2:施工時に発生説>
 今回作業してみて、大量の籾殻を出したり入れたりと、
 相当量の埃が施工段階で発生することを確認。
 この建物以外を考えても、
 茅葺きだったり、瓦葺きの下地にベトを乗せたり、
 なにかと埃が発生する材料や工法が多かった。

どうですかね?
何の根拠もない推測ですけどね...

本題を「土埃」とせずに、別の切り口にすれば、
もっと面白い話になりそうな気がします。
が、本日はこれにて失礼。

金石健太

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2008年10月16日 (木)

小布施ッション#87 横石知二

こんにちは、西山です。

先日10月10日の小布施ッションに参加してまいりました。

講師は横石知二さん。
徳島県の上勝町で、つまものの会社「いろどり」を立ち上げたかたです。

つまものというのは、料理に添えられ季節感を演出する、
葉っぱや木の枝などのことです。
そのつまものを商品化し、全国へ向けて出荷しているのが、
「いろどり」です。

「いろどり」と横石さんについては、
いろいろなメディアがとりあげていたり(たとえばこちら)、
本もでているので(たとえばこちら)、詳細は割愛しますが、
なぜこのような「葉っぱビジネス」がたちあがったのかというと・・

  営農指導員として上勝町に赴任してきた横石さん。
  当時の上勝町は、男衆は昼間から酒を飲み、
  女衆は縁側で嫁の悪口を延々と言い合っている・・
  というような状態だったそうです。

  そんな町をどうにかしたいと考えた横石さん。

 
  「ここでしか出来ないは何だ?」
  「何が商売として成立するんだ?」
  「女の人や高齢者でもできる仕事は何だ?」

  というのを考えていたときに出会ったのが
  「つまもの」だったそうです。

  つまものは軽いから、女の人や高齢者でも容易に扱えるし、
  上勝町の山には、つまものになるような葉っぱがたくさんある!

そう気づいた横石さん。全てはそこから始まったということでした。

「葉っぱを売ろう!」と考えてから、それがビジネスとして成立するまでには
いろいろな困難もあったようですが、
「いろどり」をはじめてからというもの、
担い手であるおばあちゃんたちが、ものすごく元気になったそうです。

おばあちゃんたちにとって「いろどり」は、「じぶんごと」なんですね。
横石さんもおっしゃっていましたが、

 人間は、朝起きたときに「今日はこれやらないと!」
 ということがあることが大事

だと。そして、上勝のおばあちゃんたちは

 忙しくて、病気になる暇がない

そうです(笑)。

 自分がやらないといけないこと、
 自分にしかできないこと

そういったものが、最高の張り合いとなり、健康にもつながるとすれば、
横石さんのやったことは、単に仕事をつくったということにとどまらず、
最高の福祉政策であったと思います。

そして、文字通り町は元気になったわけです。

日本全体がこの方向に向かえばいいのにと、心から思います。

・・・・・・

私には82歳になる祖母がおりますが、
上勝のおばあちゃんたちに負けないくらい元気です。

なぜかというと、畑で野菜を作っているからだと思います。
朝も早くから暗くなるまで、
家族の食べる野菜をつくるため、自転車で畑に行っています。

うちの祖母にとっては、野菜づくりが「じぶんごと」なのです。
事実、畑仕事は祖母がほぼ全てを担っているので、
おばあちゃんがやらなかったら、野菜はできないわけです。

帰省するたびに、体のあちこちが痛いという話を聞いたりしますが、
それでも休むことなく、畑へ出掛けていきます。

まさに、「忙しくて病気になる暇がない」状態です。

そんな姿を見て、おばあちゃんひとりに任せすぎかなとか
そのうちに、つぎの担い手(自分含む)を探さないと・・
なんてことを考えていたのですが、
横石さんの話を聞いて、少し考えが変わりました。

やる気を育てること。その気にさせること。

それが大事であり、そのために自分は気を送るのだ。
そう横石さんはおっしゃっていました。

私の祖母の場合も同じだと、気づきました。
祖母にとっては畑仕事こそが「じぶんごと」なわけで、
だとするならばその「じぶんごと」が、生きがいになるように、
たのしくやってもらうために、
そのために自分の出来ることは何か?
 「おいしかったよ」
 「ありがとう」
 「またつくってね」
そんな言葉をかけ続けることが、一番大事なのかもしれないなと。

そんなことを考えさせられました。

祖母のとうもろこしが一番旨いと思っている
西山哲雄

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2008年10月15日 (水)

茅場を探せ! ~その3~

こんにちは。そろそろ体が冬支度を始めた、土屋です。

さて、ついに新しい茅場を発見!
というところまでは先日報告がありましたが、
本日はその詳細について報告いたします。

場所は、山ノ内町側から403号線を北志賀に向けて登って行き、
木島平村に抜けてすぐの所にある、池の平という地区にありました。
道路を走っていると茅がまとまって生えているのを発見し、
意を決して近くのお宅に直談判に伺いました。
そのお宅からは、1人のおばあさんが出てこられました。

「あの~、そこの茅が生えてる土地の持ち主ってご存知ですかね?」
「うちの畑ですよ。」
「そこに生えてる茅を刈らしてもらいたいんですけど、いいですかね?」
「いいですよ。」

すばらしい!二つ返事で了承の返事を頂きました!
突然現れた見ず知らずの者に理由も聞かずに了承してくれるなんて、
すばらしすぎますよね。
その後、しっかり会社名や茅を使う目的を説明しましたが、
快い返事をしてくださいました。

よくよく話を伺うと、
茅が生えている土地は、数年前から休耕畑となっているそうで、
近くに住む息子さんが道祖神祭りの時に少し茅を刈りにくるそうですが、
それ以外は手付かずの状態になっているそうです。
そして、驚いたのはその面積です。
その広さは、1町1反4畝、約11,300㎡もあるそうです。

近くまで広い道路もきてますし、
土地も傾斜地ではなくほぼ平坦なので立地条件も抜群です。
さらに、昨年高山村の茅場で悩まされた倒れずに残っている古茅、
これがこの土地の茅にはほとんど見られませんでした。
これはかなりの収穫量が見込めそうです。

しかし、心配事が一つ。
この土地の隣に飼料用のとうもろこし畑が広がっているのですが、
今年、そのとうもろこし畑で5頭も熊が捕獲されたそうです。

何はともあれ、茅場も見つかり一安心。
来月から始まる茅刈りが楽しみです。

土屋 直人

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2008年10月14日 (火)

茅場を探せ! ~その2~

こんにちは、善光寺平野の稲刈りが終わり、
早くも頭の中は茅刈りにシフトチェンジされている金石です。

本日はその茅刈りと茅場の話...

昨年、初めて茅刈りをしてみてわかったこと。
それは、

1.茅は「買う」ものではなく、「刈る」ものだ
  →茅葺き屋根が高いのは、茅を買うからだということが判明。
   コストダウンするためには自分たちで刈り取るしかない。

2.茅葺き工事をするには、現状の面積では足りない
  →昨年は休耕田(畑)7~8箇所分を刈り取ったが、茅の量が足りない。
   工事に使用するには、少なくともその3倍程度の量が必要。

3.やっぱり茅刈りは楽しい
  →はっきり言って「仕事」というより「祭り」といった感じ。
   茅葺き屋根は、こういった作業も含めて楽しむものなんだと再確認。

ところが、、、

何事も物事そう上手くは運ばないもの。
初めて挑戦したプロジェクトには、失敗が付き物です。
当てが外れたというか、最大の誤算だったことは...

それはある夏の日のこと、久しぶりに茅場を訪れてみると、、、

あぁぁぁぁぁ~~~っ!!
茅場が畑になっちゃってる~っ!!!

・・・・・

いや~、さすがにこれには心が折れそうになりました...

1本ずつ古茅を選り分けて、それでも苦労して刈り取った1年目の茅。
春に火も入れて、2年目からは良質の茅が取れる環境がやっと整った矢先、
突如として茅の株たちが根こそぎ目の前から消えたのです...

1年目にして「現実の厳しさ」ってやつを突きつけられました。

茅場を作ろうとしている我々の頭の中では、
「茅刈り→野火付け→良い茅場」
だったわけですが、地主さん側からすれば、
「茅刈り→野火付け→良い畑」
だったわけです。

まぁ、考えてみれば当然の成り行きですよね?
問題は、「我々の考えが直接地主さんに届かなかったこと」にあったと思います。
じつは、この茅場(=畑)はある方の紹介で刈り取ったので、
お互いの意思疎通が上手く図れなかったんですね。
これは完全に我々に落ち度があったと、今になってそう思います。

さて、調子付いてきたかと思われた茅場プロジェクト、
もともと面積が足りなかったとはいえ、
2年目にして早くも暗礁に乗り上げつつあります。
昨年の茅場から取れる茅の量はガクンと減ってしましました...
これでは到底茅葺き工事の材料になんてできません...

どうしましょう??

・・・・・

って、やっぱり悔しいじゃないですか!

あんなに頑張って、
2年目からの収穫に期待して刈り取った茅場が、
2年目になったら見事になくなったんですよ!
いくら我々に落ち度があっても、
あんなに汗も流したし、やっぱり悔しいですよ!

これ、もう笑い話にするしかないですよね?

これを笑い話にするには、どうすればいいか?

それはもう、このプロジェクトを成功させるしかないんです!
また一から出直しです!(昨年の多大なる反省を引っさげて...)

というわけで、新しい茅場を求めて探し彷徨いました。

その結果、、、

Img_4584_2 

見つけちゃいましたぁ~っ!!
新しい茅場っ!!!!!!

詳しくは明日あたりに報告があるかもしれませんので、乞うご期待っ!

金石健太

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2008年10月10日 (金)

なつかしい音

先日、なつかしい音に出会いました。

先日といってもお盆のことなので、
かなり前のことになりますが、
帰省の折に、三島大社の夏祭りに行ってきました。

実家のある沼津にも夏祭りはいろいろあるのですが、
三島大社の近くに従姉の家がある関係もあって、
子供の頃はほぼ毎年、夏祭りに行っていて、
祭りといえば、三島大社の夏祭りといってもいいほど
私の家では浸透していました。

実家を離れて以来、夏祭りに行く機会もほとんど
なくなっていたので、今回は久しぶりの機会だったのですが、
そんな私を出迎えてくれたのが、「しゃぎり」の音でした。

祭りといえば、出店や花火など、見所満載ですが、
大社のお祭りの見所はなんといっても、「しゃぎり」です。

P1020681_ni
山車の上に乗った人たちを確認できるでしょうか?

町内ごとの山車に乗った彼らが演奏するのが
「しゃぎり」です。
太鼓や笛も登場しますが、
主な音源となるのは、彼らの手に握られた摺鉦(すりがね)です。
(摺鉦については、こちら

灰皿状の摺鉦の内側を叩くことで、音がでるのですが、
これがなんとも言えない音を出すのです。
(文字で表現するなら、チャンチキチャンチキ・・・といった感じです。)

思い返してみれば、子供のころは
お盆になると、このしゃぎりの音を聞いていたわけで、
久しぶりにその音を聞いて、なんだかとてもなつかしく感じました。

でもよく考えると、
私はしゃぎりをやったこともないし、一年のこの時期にだけ
耳にする程度だったので、
頻度としてはそれほど高くなかったのですが、
その割には
予想以上に自分のなかに浸透しているものだなと。

前に音景の話をしましたが、そこにも書いたように、
音も景観の一部として考えるならば、
お祭りの音といった非日常的なものであってもそれは、
景観の構成要素の一つであると考えられるのではないでしょうか。

であるならば、
それほど高頻度で聞いていた音ではないのに、
かなり体に染み込んでいて、私になつかしいと感じさせた、
三島大社のしゃぎりの音は、
優れた景観要素といえるのかもしれません。

景観というと、どうしても目に見える部分だけを追いがちですが、
音というものに着目して、景観を考えていくのも
ひとつの手かもしれないなと思った、お祭りの夜でした。

西山哲雄

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2008年10月 9日 (木)

茅場を探せ! ~その1~

こんにちは。最近、お腹の調子がすこぶる快調な、土屋です。

さて、秋も徐々に深まってまいりましたが、
そろそろ茅刈りの時期がやってきます。
昨年から刈り始めた高山村の茅場も着々と茅は生長していますが、
茅葺一軒を葺くことを考えると、高山村の茅場だけでは、
とてもまかなえる量ではありません。

そこで、新たな茅場となりうるところを探すことが、
この秋重要な課題になります。
茅なんていたる所にあるじゃないかと思われるかもしれませんが、
刈り取りや野火付けなど管理していくことなどを考えると、
一箇所にある程度まとまった量があるところが理想的で、
そうなるとなかなか見当たらないんです、これが。

ということで、なるべく近場で茅場候補地を探しているわけですが、
昨年から目をつけていた鍋倉高原を探索しに行ってきました。

100_3769

写真右側の山裾のところが、昨年見たときには一面茅に見え、
あれは刈りきれないほどあるな、と目をつけていたわけです。
さてさて、実際その場に登っていってみると…。

100_3772

道路の脇にしか生えていませんでした。
実際にはキャベツ畑やアスパラ畑が広がっていました。
なるほど、確かに高原といった感じです。
道路の脇だけと言っても量はかなりのもので、
回収のことを考えれば便利かもしれません。

他にもこの辺りをグルグル回ってみると、
休耕田になったようなところにまとまって生えていそうなところが、
ちょいちょい見かけられました。

100_3774

今年、この鍋倉高原で刈り取りを行うかはまだ未定ですが、
やはりあるところにはたくさんあるものですね。
現在、他の候補地も探索中ですが、
皆さん、心当たりのある方はぜひご一報を!

土屋 直人

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2008年10月 8日 (水)

木の匂い

こんにちは、本日は1日大工仕事をしていた金石です。

今まで埃っぽかった土蔵の中の空気も、
木材を切ると周囲に「木の匂い」が充満して、
なんとなく清々しく感じられます。
実際に清々しくなっているのかといえば、
実は現場内の空気はなんら変わっておらず、
むしろ木材の切りくずが飛散して埃っぽさは増しているんじゃないでしょうか?

 状況が悪化しているにもかかわらず、清々しい感覚を覚えてしまう

というのは、よく考えると変な話です。
が、、、私の体がそう感じてしまうんですから仕方ありません...
「木の匂い」というのはまったく不思議なものです。

この錯覚ともいえるこの感覚は、果たして私だけのものでしょうか??
私と同じような生活環境にいる人は、私と同じように感じるかもしれません。
「木の匂い」→「森林」→「清々しい」という発想を持たない人々ならどうか?
木に対して嫌悪感を持っている人ならばどうか?

同じ空間に身を置いても、人によって感じ方は様々なんでしょうね、きっと...

「人間の感覚なんて、なかなか数値化できない複雑なものなんだ」
と今更ながら改めて気付いた
金石健太

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2008年10月 7日 (火)

本当はなつかしい音の話をしようと思ったのですが・・

こんにちは

最近ほぼ毎日
「ナウマンゾウ発掘地」という名前の
信号機のところを通過している
西山です。

ナウマンゾウといえば、小学校か中学校のころに
習った記憶があります。
その時たしか、発掘された場所として、
「野尻湖」という名前も教わったのだと思います。

それからというもの、
ナウマンゾウ→野尻湖というつながりは、
私の頭から消えることはありませんでした。

かといって、よく思い出したり
誰かとナウマンゾウについて話し合ったりした記憶は
まったくないのですが、
とにかく、 

 ナウマンゾウといったら野尻湖
 野尻湖といったらナウマンゾウ

という具合に認識しておりました。

しかしですね、恥ずかしながら当時の私は
野尻湖が長野県にあるということは、知らなかったのです。

当時の私と書きましたが、大分大人になるまで
その状態は続き、
野尻湖が長野県にあるとはっきり認識したのは、
長野県民になって数年たってからだったかと・・。

つまり、20歳過ぎまで私は
野尻湖がどこにあるか、良く知らなかったことになります。

それまではずっと、なんの根拠もなく
東北の方にあるんだと思ってました・・・。

無知とは恐ろしいものです。

そんな私が、今は野尻湖にわりと近い小布施町に住んでいて
最近ではよく(仕事で)その近くを通るというのですから、
わからないものですね。

小学生の頃の自分に、
将来お前は野尻湖の近くに住むことになるぞ
と教えたら、さぞかしびっくりすることでしょう。

・・・・・・

さてさて
前置きとして書いていたはずのナウマンゾウの話が長くなりました。

題名にもあるとおり、本日は「なつかしい音」ということで
お送りする予定だったのですが、
その話は次回ということで、よろしくお願いします。

そんなわけで、内容のほとんどないブログになってしまいましたが、
あしからず・・。

ナウマンゾウは、ナウマン博士にちなんで名づけられたことを知った
西山哲雄

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2008年10月 6日 (月)

123456

こんにちは。昨日野球の試合で張り切りすぎて両足筋肉痛の、土屋です。
最近は全力疾走をすると足がもつれます。

さて、先日野球やら買い物やらで車に乗っていると、
記念すべき瞬間が訪れました。

Ca390103_2

大した記念ではありませんが、12万km以上乗った車でしか見れない瞬間です。
5年前、中古で買った時には走行距離は56,000kmでしたので、
私は67,000キロほど乗ったことになります。

この12万km、どれくらいの距離かというと、
地球の円周がおよそ4万kmということなので、
地球を3周もできる距離になります。
私が買ってからでは1.5周はしている計算になります。

さてさて、京都議定書により日本は、
2008~2012年までに1990年比で-6%の温室効果ガスの排出量削減、
というのを目標値としていますが、
単に車だけで考えた場合、私が6%削減するためには、
どれくらい車に乗る距離を減らせばいいのでしょうか。

 67,000 [km] ÷  5  [年]= 13,400 [km/年]
 13,400 [km/年] × 0.06 ≒ 800 [km/年]
 800 [km] ÷ 365 [日]≒ 2 [km/日]

ざっくりな計算ですが、年間でおよそ800km、一日ではおよそ2km、
車に乗る距離を減らせば-6%の排出を削減できる計算になります。
2kmといえば、町内のスーパーに買い物に行くくらいの距離ですが、
今までは当たり前のように車で行っていました。
800kmといえば、長野から北は北海道、南は九州までくらいの距離です。

こうしてみると、-6%というと結構厳しい数字だという印象を受けます。
企業レベルはもちろん、個人レベルでの努力も必要な気がします。
買い物は毎日行くわけではありませんが、
まずは、町内に買い物に行くときくらい車を使わないようにする、
できそうなことからコツコツとやっていきたいと思います。

土屋 直人

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2008年10月 3日 (金)

自分でやる!!

こんにちは、土蔵の壁と格闘していた金石です。

本日は例の「籾殻の現場」で、入口の開口部を大きくするために、
土蔵の壁を壊して天井を上げる作業をしていたのですが、
ふと、ある事が気になりました。

 今、自分たちがやっている大量の籾殻を建物の中に入れる作業は、
 以前はいったい誰がやっていたのか?

「大工」や「左官」のように「籾殻屋」なる者が存在したのか?
それとも大工が内装の一環として請負っていたのか?

疑問に思ったのですが、
この建物を使っていらっしゃる方に聞いて早くも謎が解けました。

答えは「自分たちでやる」。

そういえばそうですよね?
以前は左官仕事や茅葺きの仕事だって、
今で言うお施主さんの家族の人が手伝ったりしていたんですから...
以前はこの建物を使う方々が自分たちで作業をしていたわけです。

何かをしようとするときに、それを専門に扱っている方にお願いすることを
当然のように思ってしまっている自分に改めて気付きました...

これぞまさに現代の建設業界の落とし穴ですね...

大反省...

金石健太

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2008年10月 2日 (木)

新しい籾殻もそれなりに埃っぽいことに気づく。

こんにちは、西山です。

Img_1750_2

・ある日の夕刻のことです。
 その日の仕事も、もう少しで終わりというところで
 屋外を徒歩移動していた私は、
 綺麗な空に出会いました。

 しばし見とれた後
 「あ~、こんな時にカメラ持っていればな・・。」
 と、すこし残念な気持ちになったのですが、
 そこで私は気づきました。
 
 カメラ持ってるじゃん!

 仕事の作業風景をカメラに収めるために、
 その日私はデジカメを持ち歩いていて、
 ズボンの左ポケットにいれていたその存在を
 すっかりわすれていたのでした。

 そんなわけで、非常にすっきりした気持ちで撮ったのが、
 冒頭の写真というわけです。

少し前のブログで触れた、板壁に覆われた土蔵のことですが、
 あの土蔵の周囲を歩いてみると、
 ほかにもありました。

 100_3741_2
 まずはこちら。
 板壁の中央に、やはり土蔵の重厚な開口部が見られます。
 
 100_3746
 妻面から見た、同じ建物です。
 あの開口部が見えないと、
 ただの板壁の建物のように見えます。

 100_3747
 そしてこちら。
 妻面に開口部のあるタイプですね。

 この周辺にはこのほかにもそれらしき建物がいくつかありました。
 この不思議な建物の謎を解きたかったのですが、
 あいにくそのような機会に恵まれず、
 上越での仕事も終わり、
 謎は謎のままとなりました。

 いつかまた、調べてみたいと思います。
 
 

西山哲雄

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2008年10月 1日 (水)

フミフミ

こんにちは。今日から10月。
今年も残すところあと3ヶ月になりましたね。土屋です。

さて、上越での茅葺の葺き替え工事も終わり、
今日からは小布施に帰ってきて、こちらの仕事です。

Img_1761_2

決してモグラ叩きゲームをしている訳ではなく、
正真正銘、仕事をしている写真です。
では、何をしているところかといいますと‥

Img_1760

籾殻の搬入作業をしているところです。
籾殻を入れる内壁と外壁の間はおよそ30cm、
その隙間に上から籾殻を落とし入れ、踏み固めているのです。

先日の西山のブログで、
新しい籾殻はそれ自体ではそれほど埃はない、
とありましたが、確かに籾自体は埃っぽくないのですが、
如何せん天井裏に溜まった埃が舞い上がるために、搬出時同様、
上下ヤッケに防塵マスクというスタイルでの作業を強いられています。
こんな格好で踏み固めるために、何度も足踏みをしたり、
ジャンプをしたりするので、かなり疲れます。
どれくらい疲れるかといえば、

Img_1763_2

これくらい疲れます。
籾の香りを楽しんでいる余裕なんてさらさらありません。
壁への搬入はあと3分の1ほどですが、
その後には天井への搬入も控えています。

それでも、まん丸の顔が少しはほっそりするのではないかと、
ダイエット気分で汗を流している、
土屋 直人

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