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2008年8月 2日 (土)

デジカメ購入奮闘記3~小窓~

こんにちは、西山です。

昨日のことですが、
仕事を終え、自宅でのんびりしていた私は、
大事なことを思い出しました。

それは、

 今日はブログの日だった

ということ。

・・・・・

すっかりわすれてました。

いや~、こんだけすっきりと忘れ去っていたのは
初めてでした。

ブログの日はたいがい、
朝、「今日はブログだ」と確認して、
その日に書くことが決まっている日はいいのですが、
ほとんどの日は、
朝の段階では、何も決まっていないものですから、
一日の通常業務をこなしながら、
内容を考えています。

最近は、肉体労働が多いので、
そういうときには、意外とブログのことも考えられるんです。

最近は、肉体労働が多いので、
そういうときには、意外とブログのことも考えられるんです。

たまに夕方までブログのことを忘れていて、
あせることがあったり、
諸事情により時間的余裕のないときは、
後日更新ということもありますが、
これだけみごとにブログをサボってしまったのは
初めてです。

私の机の前の壁にはカレンダーが貼ってあって、
そのカレンダーにブログ当番の日をかきこんであります。
私の日は「に」
金石氏の日は「か」
土屋氏は「つ」
です。

ですから、カレンダーには
に・か・つ・に・か・つ・に・か・・・・・
という暗号のような文字が並んでおります。

昨日は運悪く、
ちょうど月の変わり目だったんですね。

そのことに早く気づいて、
目の前のカレンダーをめくっていれば、
すぐにでも
に・か・つ・に・か・つ・に・か・・・・・
と赤ペンで書き込んで、
今日がブログの日だってことに気づいたのでしょうが、
あいにく朝から外へ出てしまったこともあり、
ついにこの日、カレンダーがめくられることはなかったのです。

・・・・言い訳がましいですね。

そういうわけで、土曜日にブログを書いております、
うっかりモノの西山です。

長い前置きはこのぐらいにして、
いよいよ本題です。

さて、
 0歳児のオリンパスE-420と
 38歳のオリンパス35RC
の共通点はなにか
ということでしたが、

それは、

「ファインダーがある」ことです。

ファインダーというのは、写真を撮るときに覗く、小窓みたいなところです。
(以下、ファインダーを「小窓」と略します。)

本来、写真を撮るためには必要不可欠なものでありますが、
最近のデジカメは、液晶モニターが小窓の代わりをしていて、
最近のコンパクトデジカメには、小窓そのものがついてないが
主流ではないでしょうか。

大分前のことですが、
私は初めて買ったデジカメ(以下、デジカメ①)が古くなってしまったので、
新しいデジカメ(以下、デジカメ②)に買い換えることにしました。
デジカメ②は、後にコンクリートに落とされ、
残念な結果となったあのデジカメなんですが、
そのデジカメ②を使い始めて数ヶ月、
私はあることに気づきました。

「このカメラには、小窓がない」と。

・・・・・

気づいたときはびっくりしましたね。

それまでのデジカメ①には、
液晶モニターとともに、小窓もついていて、
当時はまだバッテリーの持ちもあまりよくなかったので、
消耗を抑えるべく、液晶をオフにして、
小窓を使っていたこともあったのですが、
デジカメ②を買う頃には、技術の進歩により、
液晶をつけたまま撮影しても、
なんの問題もないほどに、バッテリーの持ちがよくなったんですね。
さらに、液晶のサイズも大きくなり、見やすさも増していました。

で、私も当たり前のように、液晶を見ながら写真を撮っていたわけです。
ですので、小窓の必要性を感じたこともなかったし、
小窓がないことにも気づかなかったのです。

しかしまぁ、しばらく気づかなかった分際で言うのもどうかと思いますが、
小窓がない、と気づいたときは、衝撃でしたね。

なぜ衝撃を受けたのか、よくは憶えておりませんが、
たぶん、自分の中では「カメラ=小窓」くらいに思っていたのだと思います。

デジタル以前のカメラならば、小窓のないカメラなんて
考えられなかったわけです。
のぞかなければ、どんな写真がとれるのか、
わからないわけですから。

私のそれまでの二十数年の人生において、
それほどカメラとの付き合いが深かったわけでもありませんが、
使い捨てカメラもそれなりに使っていたし、
大学生になってからは、必要に迫られて
一眼レフ(フィルム)を中古で買ったりしていました。

要するに、
私の人生の大部分において、
カメラとは、「覗くもの」だったわけです。

たしかにデジカメ②を使うようになって
小窓の存在はきれいさっぱり忘れていたわけですが、
そんなのは、ここ数ヶ月の習慣であって、
それまでの多くの年月は、
小窓を覗いて写真を撮ってきたわけです。

それがね、こうも簡単になくなるものとは・・
 使用頻度があまりないからといって、
 それまでの「カメラの象徴」みたいなものをすっぱりとなくすとは・・。
と思ったわけです。

そのときに感じていたのは、
ただの郷愁だったのかもしれませんが、

新しい2台のカメラを手に入れて、
再び小窓をのぞくようになった私にとっては、
小窓はただの郷愁には思えなくなってきたのです。

何といいますか、
小窓をのぞいて写真を撮るということは、
一枚一枚の写真を丁寧にとることにつながると思うようになりました。

もちろん、液晶モニターを使っても、
丁寧に写真を撮っている人はいると思いますが、

私の場合、デジカメ②を使っていた頃は、
とりあえず、撮りたいものが入っていればいい
くらいの感覚で液晶モニターをチェックして
バシバシと、写真を撮っていました。

そんな使用方法も、デジタルカメラならではなのかもしれませんが、
そうして撮られた写真には、愛着もわかなかったりします。

それにくらべ、小窓を覗いて写真を撮ると、
小窓を覗くぶん、時間も手間もかかります。
まして35RCなんか、
小窓を覗いてから、ピントを合わせて
絞りを見て・・シャッタースピードを・・
なんてやってると、結構な時間がかかるのです。

はっきりいって、面倒だと思うことも無きにしも非ずですが、
その分、一枚一枚の写真と、しっかりと向き合っているのかもしれません。

ところで、
もう、一ヶ月近く前のことになりますが、
7月7日の小布施ッションのゲストは鍵山秀三郎さんでした。

鍵山先生は、イエローハットの創業者なのですが、
掃除のスペシャリストでもあります。
詳しくはこちらに譲りますが、
鍵山先生は、トイレ掃除のときに、
素手で持ったスポンジやブラシで、便器を磨くそうです。

その理由をたずねられた先生は、こうお答えになりました。
「対象との距離を近づけるため」
当日のメモが手元にないため、うろ覚えなのですが、
たしか、そのようなことをおっしゃっていました。

つまり、手袋をするよりも、
素手のほうが、便器(磨くべき対象)との距離が縮まる、と。
手袋をしたり、柄つきのブラシなんかで掃除するのでは、
本質から遠ざかってしまうということでした。

素手でやるかどうかは別として、
やっぱり、近づいてみないとわからないものもあるのだと
思います。

部屋の掃除でも、
柄つきモップの類で、立ったままするのと
膝をつき、雑巾がけするのでは
汚れの見え方が違うと思います。

当たり前の話ですが、
物理的に近くで見たほうが、
よく見えますから。

それを、見てみぬふりをして、
遠くからちょこちょこっと掃除するのでは、
根本解決になりませんよね。

話はずれてきましたが、
カメラにおける小窓も、
対象との距離を近づける道具なのではないかと
私は思ったのです。

目を離して液晶モニターをみるより、
多くのものが見える気がしますし・・。

そんなわけで、これからも
時間の許す限り小窓を覗いていこうと思った
土曜日の黄昏時でした。

にわか小窓愛好家
西山哲雄

追伸
ちなみに、プロのかたは、
こんなこと言ってたりします。

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