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2008年6月24日 (火)

いざ秋田。その5

こんにちは、
ここ二日ばかり、延々と釘を抜いている
西山です。

秋田での旅で、最も印象的だった言葉のひとつに

「昔は、70年生の木(秋田杉)を、草と呼んでいた」

その昔、大館をはじめとする秋田杉の産地では、
樹齢200年を超える秋田杉が、
すごい勢いで伐採された時期があったそうです。

ちなみに、樹齢200年をこえるような
天然の秋田杉のことを「天杉」と呼ぶそうです。
(天然のものを「秋田杉」、植林されたものを「秋田スギ」と呼ぶ区別もあるようです。
 くわしくはこちら。)

その量、最盛期にはなんと年間60万㎥の天杉が、
伐採・供給されていたとのことですから、
まさに一大産地だったわけです。

そんな時代に、樹齢70年の杉が、「草」と呼ばれていたわけです。
樹齢70年の杉といえば、いまではかなり立派な材ということになるでしょうが、
それが、「草」と呼ばれる時代だったわけです。
いかに大径木の天杉が、無尽蔵(と思えるほど)に、あったかというのが
お分かりいただけると思います。

私はこの一言が、かつて天杉を取り巻いていた環境を
見事に言い表している言葉に思えてなりません。

100_3283_2
天杉の林を案内していただきました。
車を降り、しばらく歩くと・・

100_3284
どうです、この迫力!
伝わりますかね?

「木だけの写真じゃ、大きさが伝わらないんだよね」
というアドバイスに従い、撮った写真がこちら↓

100_3285
どうですか?
大きさが少しはわかっていただけたでしょうか。

こんな巨大な天杉が林立する様は、
言葉では言い表せないほどです。

100_3286
Img_1429_3
特に大きい木には、このような札が立っています。
高さ50メートルというのもすごいですが、
注目すべきは、材積。
この木一本で、29㎥ですよ!
正直、29㎥がどのくらいの量なのか
実感がわきませんが・・。

しかし、さらに驚きなのが、
上で述べたように、最盛期で年間60万㎥ですから、
この巨木2万本分の量を一年間で切り出していたということです。

もはや想像すらできない量です・・。

秋田杉に圧倒された一日でした。

いままで見てきた材木は、
ほとんど「草」だったに違いない
西山哲雄

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