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2007年12月13日 (木)

小布施ッション77 窪島誠一郎

語り部だと思った。

窪島先生は、
ご自身の半生を振り返りながら、
信濃デッサン館を立ち上げるきっかけとなった、
書店での、
村山槐多との運命的な出会いや、
その槐多の絵をはじめて手に入れた時のエピソード、
そして、無言館に収められている、
戦没画学生のこと
などなど・・
時に笑いを誘いながら、
途切れることなく、話してくださいました。

特に圧巻だったのは、
槐多が若くして亡くなる時の様子や、
絵が描きたいのに、
戦争に行かねばならぬ画学生の想いと、
その家族や恋人との物語。

それらのことを話すとき、
窪島先生は、
まるでそれが、
自分の身に起こった出来事であるかのように、
まるでご自身が、
見てきたことのように、
話されたのでした。

槐多は窪島先生の生まれる20年以上も前に亡くなっています。
太平洋戦争で命を落とした画学生たちにしても、
その開戦の年に、窪島先生が生まれたことを考えれば、
同時代を生きたとは言えないような関係です。

にもかかわらず、当事者のように話される姿に、
引き込まれていきました。

一日経って、その様子を思い起こしたとき、

 窪島先生は、槐多や画学生の人生を背負っておられるのだ。

そんな思いが、自然と沸き起こりました。

若くして亡くなった、槐多と画学生。

その無念を、
家族への想いを、
絵への想いを、
背負っておられるのだと。

だから、自分のことのように、話せるのだ。

そんな姿を見て僕は、
窪島先生のことを、

語り部だと思った。

西山哲雄

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